第1幕
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これは、極東の港街に少女が訪れる数年前の話。
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フィッツジェラルドは高揚していた。全身に力がみなぎってくる。拳を振るえば人間などどこまでも飛んでいき、壁を蹴ればその厚さも硬さも関係なく瓦解した。一列に並んだ青白い明かりの灯る中、地下の通路を歩きながら、フィッツジェラルドは高らかに足音を立てていく。
「敵の本拠地に攻め入ったは良いものの、全く人がいないとはな」
「いや、いましたけど」
数歩遅れて、豪奢なドレスを身につけた女性が呆れた声を出す。その手に閉じた日傘を持ち、彼女はつば広の帽子の下で不機嫌そうに眉をしかめた。
「それもたくさん。全部、壁もろとも吹っ飛ばしてましたけどね」
「そうだったか。行く先行く先に障害物が出てくるから適当に破壊していたんだが、気付かなかったな」
ミッチェルの言葉にさらりと返し、フィッツジェラルドはカツカツと先へ進む。その背中へ、ミッチェルは「死ねば良いのに」と呟いた。
「しかも、言ってるそばからまた障害物じゃないの」
二人の前に通路を塞ぐ鉄製の壁が立ち塞がっている。防火扉を思わせるそれはしかし、火を防ぐためのものではない。どんな銃火器の弾丸をも凌ぐそれは、敵勢力からの侵入を防ぐためのものだった。その扉の前には数人の武装した男達がいる。それぞれ、銃口をフィッツジェラルドに向けていた。ミッチェルは足を止める。しかし、フィッツジェラルドはそのまま歩み続けていた。
「ちょっと」
呼び止めようとするミッチェルの声が通路にこだまする。
男に向けられていた銃口が、一斉に光った。
白い背広の男に爆撃が集中する。男の姿が爆風と閃光に掻き消える。
ドオォン!
突風にミッチェルは体を屈め、帽子を押さえた。塵がパラパラと吹き付けてくる。嫌だわ、と呟いた。
「汚れたじゃない」
「後で一流のクリーニングに出してやる」
煙立つ中で高らかに声が響く。視界の悪い中、殴る音と呻き声、そして壁に何かが叩きつけられる音がいくつも重なった。黙って煙が晴れるのを待っていたミッチェルがようやくその背中を見つけ出す。煙の向こうにあった景色の中で、彼以外に立っている人はなかった。鉄製の壁は底なしのクレーターのようにへこみ、通路の先の景色を隠すことなく見せつけている。
ポン、と両手を払い、フィッツジェラルドはミッチェルへと振り向いた。
「ほらな、敵などどこにもいないだろう」
言い、上機嫌な足取りで鉄の壁の先へと突き進んでいく。その高級な生地で作られた背広を見送り、そして
足元に散らばる大人数の人間を見、ミッチェルは目をすがめた。
「……あっそ」
ポンポンと服のゴミを払い落とし、ミッチェルもまた屍の横を通り抜けて通路の先へと向かう。二人分の足音が遠ざかっていく。やがて、通路は生き物の気配すら失い、静まり返った。