第2幕-続
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***
連続猟奇殺人事件解決から二日後。
太宰は一人、喫茶うずまきにいた。珈琲が一杯、机上に置いてある。
その黒を見つめる。揺らぐ小さな水面に映るものは少ない。指を一本、カップの上に差し出す。橋のように指が珈琲に映り込む。
カタ、と机が揺れて、黒い湖面に映っていた指の輪郭が壊れた。じと、と目の前の席に座った人影を見遣る。
「遅かったじゃあないか。珍しく私の方が早いだなんて」
「あちらこちらで事件が発生しましてね、手こずりました」
コンビニ袋を机の上に置き、安吾が肩の凝りをほぐすように肩を回す。
「報告書を書き終わったと思ったら次の仕事、と思いきや出戻りを食らって書き直し……薄給が疎ましくてしかたがない、また徹夜です」
ごろ、とコンビニ袋から転がり出たドリンク剤の本数に太宰は「頑張り屋さんだねえ」と皮肉を言う。
「そんな安吾にプレゼント」
隣の席に置いていた封筒を差し出す。太宰をひと睨みしてから、安吾はそれを受け取った。中の書類を取り出しパラパラとめくる。
「護衛任務の報告書、行動記録、そして連続猟奇殺人事件の報告書……ええ、確かに受け取りました」
「クリスちゃんの異能、来歴、その他諸々はそれを参考にすると良い。作るの大変だったのだよ? その資料」
ちなみにその資料自体は国木田が徹夜で仕上げたものなので、太宰はその点に関しては何も苦労していない。
適材適所、である。
「森さんに猟奇殺人犯の来国をそれとなく知らせ、クリスちゃんに護衛を依頼させ、細かい国木田君に行動を記録させて、殺人事件の犯人として軍警にクリスちゃんの情報を流して彼女を追い詰めて……そして真犯人を捕まえ、特務課にクリスちゃんの正式資料を作らせる。ある程度事実を省いた資料を、ね。全て順調に終わって良かったよ」
「出身は米国、異能は気象操作。……この資料を見るに普通の異能者ですが、彼女は一体何者なんです?」
「知る必要のないことだよ」
太宰が笑う。その笑みを見、安吾はため息をついた。諦めの早いことは良いことだ。
「そうですか。では、そこまでして彼女を特務課に認識させた理由は何ですか」
「いつまでも隠れていてもらっては困るからさ」
肘をつき、太宰は安吾を見遣った。しかしその目が見ているものは向かい合って座っているかつての友ではなく、ここにはいない記憶の中の人間。
「これから強大な敵がこの街に来る。いや、もう来ている。奴から街を守るには手駒が多い方が良いし、奴の手駒になられては困る。それに、奴が真の首謀者さ」
「はい?」
「例の犯人、死んだんだろう? 口封じだろうね、この国を紹介し殺人に手を貸した、奴の」
安吾が息を呑む。太宰は珈琲へと目を落とした。黒の水面は揺れ続け、何も映し出さない。
「――ここに殺人犯を送り込んだのは、魔人だよ」
***
薄暗い室内にモニターだけが灯っている。いくつものそれはどれも青白い光を放ち、部屋を照らしていた。
それを眼前に微笑む男がいる。白い耳付き帽子に白い服、その白さをもかすむほどに青白い肌。それらはモニターの明かりの下でさらに白く儚く浮き上がり、彼が病弱であることを主張していた。
しかしその口元が描く笑みは鋭敏かつ端麗。
「やはり彼に動かれてしまいましたか」
親指の爪に歯を立てつつ彼は薄く笑う。
「ポートマフィアを利用して彼女を街から追い出し、こちらに勧誘しようとしたのですが……探偵社総出で防がれるとは。まあ良いでしょう、はじめましての挨拶としても十分、加えて〈本〉が眠るこの街に彼女を留めることはできました」
男の笑みは何かを楽しんでいるようではある。しかし部屋の空気そのものが冷え込むかのような、悪寒を感じさせる笑みでもあった。
「クリス・マーロウ」
名を呼ぶ声は穏やかだ。
「逃げ出した実験用ネズミ、計算された舞台装置、世界の未来を変える者。――介入者たる彼女の存在は、この世界において非常に価値があります」