第2幕-続
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――穏やかな日差しだった。
緑が鮮やかに映えている。風が頰を撫でていく。
国木田は見知らぬ場所に立っていた。どこかの中庭らしい、洋風の建物に四方を囲まれたこの場所は、芝生が広がり木々が植えられベンチが点々と置いてある。建物の一階部分は通路となっていて太い柱がいくつも並んでいた。その通路の向こう側から子供がはしゃぐ声。通路を歩いていく白衣の人。蝶が飛んでいる。
「……ここは」
「こんにちは」
突然の声に国木田は身を硬くした。
目の前のベンチに座っている男から発せられたのだ。先程までいなかったはず。いつの間に、と国木田は警戒する。
柔らかな銀の髪に穏やかな茶色の目をした彼は至って普通の服装をしていた。シンプルなズボンに、ワイシャツ一枚。どこか緩さを感じさせるのはワイシャツがよれているからか、それとも彼の雰囲気か。けれどその上に羽織った白衣は彼が理系学者であることを窺わせ、その雰囲気と相対している。
にっこりと微笑むその笑顔は日差しに似てあたたかい。
「まさか誰かと会えるなんて思ってもいなかったけど、特異点か」
「特異点?」
「うーん、二つ以上の異能力の干渉による特異的エネルギー反応、かな。ある程度は計算できるんだけど、まさか引きずり出されるとは思わなかった。なるほど、治癒と再定義の異能力の相互作用――どちらかというと反動の方との相互作用かな――特異点指数二・八、融合指数六十三・七、発動確率二パーセント、効果範囲〇・三。加えて再定義の異能力の補助効果。その結果がこの記憶領域の視覚化というわけだ。興味深いデータが得られたよ」
「……よくわからん」
「ベンの方が専門だからなあ、僕にもよくわからないんだ」
ゆっくりとした口調でゆったりと笑う。調子が狂う相手だ、何を訊くつもりだったか忘れてしまいそうになる。心を落ち着かせるように、国木田は眼鏡を押し上げた。
「ここはどこだ」
「その特異点の中だね」
「……質問を変える。貴様は何者だ」
「元々【マクベス】は制御困難ではあるけど反動のない、制御範囲の狭い異能だ」
国木田を無視し、男は話し始めた。おい、と声をかけても気にする様子はない。同僚達にも劣らないマイペースさだ。
「それを無抵抗発現異能【テンペスト】と部分融合させ、制御範囲を拡張させた。けど、彼女自身が【マクベス】を恐れてしまった。原理としては【マクベス】発動と同時に【テンペスト】を体内に発動させている感じかな、部分融合している影響で無条件に同時発動してしまうんだろう。――つまり【マクベス】を使用することによる反動は【マクベス】本来のものじゃない、彼女の意志に起因するものだ。抵抗性をなくしたのが逆効果だったかなあ」
やっぱり難しいなあ、と銀の髪の男は困ったように顎に手を当てる。
「ま、何はともあれ【テンペスト】の強大さに打ち負けてるから、抑制がなくても適切な制御が可能なんだよ、本来の【マクベス】はね。だから今後に影響はない」
「こちらの質問に答えろ。貴様は何者だ」
「今のは答えになってなかったかな?」
驚いたように目を丸くする男に、国木田は大きくため息をついた。
非常に疲れる。問いには簡潔な答えで返すのが一番だろうに。
仕方なく、国木田は男の発言を頭の中で反芻した。
【マクベス】、【テンペスト】、制御、無抵抗、融合、抑制。小難しいわけのわからない言葉達。しかしそれに親しみがあり、ある程度理解できるのは、ある話を聞き、ある論文を読んだからだ。
「……まさか」
「異能が所持者の姿を取ることは珍しくない。報告例もある。――この子をよろしくね」
男が膝の上に横たわる幼い子供の頭を撫でて言う。いつの間にいたのだろうか。
無造作に背を覆う長い亜麻色の髪。使い古された麻の服、サイズの合わない脱げかけた靴。閉じた瞼の下の色はおそらく青だ。亜麻色を撫でる男の手つきは優しく、その子供を慈しんでいることがわかる。
「素敵な舞台にしてくれることを期待しているよ」
穏やかな日差しが眩しさを増す。鮮やかな緑が白にうっすらと消えていく。蝶と蛍が光を発しながら飛んでいる。
白が目を刺す。
目を閉じているのか開いているのか、わからなくなった。