第2幕-続
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***
『クリスと国木田が軍警の包囲網を破った』
「上等だ」
電話の向こうから聞こえてくる乱歩の声に与謝野は笑んだ。隣にいた谷崎に合図をし、二人は夜の倉庫街を歩き出す。
「後は軍警を真犯人の居場所に連れて行けば良いんだね」
『今から五分後だ。クリス達ならそれで十分だろう』
「了解」
「次の段階ですか」
与謝野の表情から通話の内容を察したのか、谷崎がホッと顔を緩める。
『谷崎の【細雪】でクリスが包囲網の外を目指しているように見せる。それでようやく軍警は包囲網の外に意識を向けるだろう。後は放置しておけば良い』
「包囲網の外で待機している太宰と賢治がクリスの目撃情報として真犯人の居場所を軍警に伝えて、たどり着いた軍警は真犯人とそれを捕らえたクリス、居合わせた国木田を目撃することになる、か」
「でもどうやって真犯人を立証するんですか?」
谷崎の問いは最もだ。クリスが真犯人を捕まえられたとしても、クリスが犯人ではない証拠にはならない。クリスは現行犯として追われているからだ。最後の事件に関して逮捕されることは確実。しかし彼女は逮捕すらされてはいけない。
与謝野もまた、クリスの過去を知らされていた。彼女の体に施された実験の痕跡、それは戦争の産物だった。思い出し、眉をひそめる。
彼女の体に刻まれた異能実験の痕跡。その内側に秘められた機密情報。内臓のほとんどが機能していない少女が背負うもの――それが世界に知られた時、世界は異能力を科学的に掌握し異能者を量産することを発想するのだという。
それは防ぐべき事態だ。
あの惨劇は、繰り返させてはいけない。
「……乱歩さん、クリスは本当に大丈夫なんだろうね?」
『その点は問題ない』
ふと、与謝野は聞こえてくる音声に耳をそばたてた。宙に逃げていくその声を掴み再度聞き取ろうとする。
「……どういう意味だい?」
『クリスならそうするだろうと思ってる』
やはり、気のせいではなかった。
――乱歩の声が、暗い。
「乱歩さん、一つ訊いても良いかい?」
『……何?』
どこかつまらなそうに答えた乱歩に、与謝野はクスリと笑った。乱歩のことだ、与謝野が何を言おうとしているかなどわかっているのだろう。その上で、許可を出した。ならばこちらとしては遠慮は要らない。
「乱歩さんはどうしてクリスを気にするんだい?」
『……答えなきゃ駄目?』
「いいや、答える答えないは人が大昔から有している権利だ」
ふてくされたような気配。通話越しでもそれがわかるのだから、相当ふてくされている。それでも与謝野は待った。答えは必ず返ってくると知っていた。
『……彼女はイレギュラーだ』
「イレギュラー?」
『存在してはいけないはずだったものだ。……異能実験体だったという経歴、一人につき一つであるはずの異能を二つ所持している事実、そして制限のない強力すぎる異能。加えて、あの演技力だ。彼女の演技は稀有だ、観客の精神にまで影響する。僕でさえ何度見ても物語の結末が読めない。まるでその話の登場人物の一人になったかのように。物語を、世界観を、展開を強引に押し付けられたかのように。本来ならあるはずのない現象だ。――あり得ないんだ、彼女に秘められた全てが』
クリスは確かに異常だ。今まで出会った中で、あれほど背負うものの多い人間はそうそういない。経歴も珍しいが、その秘められた実力もまた珍しい。
実験体として国に追われ、異能力者として目をつけられ、演者として求められる――まるで何かから逃げるために存在しているかのような。
『彼女の存在は非現実的だ』
乱歩は告げる。
『その才能も、異能力も、身の上も。そしてそのほとんどが第三者に付加されたものだ。彼女は強大な異能を、絶対的な恐怖を、消えない悲しみを与えられ、それらのために生き続けることを強要されている。それが意味することは何か? ……彼女は生き続けなければいけない、存在し続けなければいけないんだ。誰かがそう仕向けている。いや、仕向けた』
「誰が」
『彼女にその価値を付加した誰かだ』
価値を、付加した。
まるで商品のように。
「……不穏な話だねえ」
『だからこそ彼女の存在の裏に隠された意図を汲む必要がある。何もわからないままでは手放せない』
「そうだねえ、手放したらクリスの演技は二度と見られなくなるわけだから」
乱歩が黙った。クス、と与謝野が笑うと、むう、という呻き声が聞こえてくる。
『……彼女の劇の中では、さすがの僕も君達と同等になる、世の中の人間達がいかに無知で馬鹿げているかを確かめられる、本来なら経験することのなかったはずの体験ができる。それだけだからね』
「はいはい」
『ああもう、だから言いたくなかったのに!』
耳元で不機嫌な声が喚く。その声が聞こえたのだろう、谷崎が不思議そうにこちらを見上げてきた。それに片目を瞑り、与謝野は何も言わなくなった通話相手に「じゃあ」と声をかける。
「作戦通りにいくよ」
『ああ、うん――なるべく急いでやって』
ふと、乱歩が声を低めた。
『彼女は、確実に自分の命と引き替えにしてくる』