第2幕-続
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倉庫の間を駆ける。時折ちらつく懐中電灯の光から逃げるように、躱すように。けれど光を手にしない黒服の男達が周囲を警戒している様子に出くわし、クリス達はやむなく影に身を潜めた。
「ポートマフィアか。見たところ軍警対応のための見回りだな。異能者を呼ばれたら面倒だ」
「立ち止まるわけにはいきません。軍警の姿がないうちに、抜けます」
「突っ込むのか」
「本来なら異能力で撃破するんですが、今ここで異能を使えば軍警に居場所を知られることになりかねません。さすがにポートマフィアと軍警に挟まれたら厄介ですし、ここは強引に突破します」
国木田に頼み、軍警が使用しているのと同型の拳銃を一丁、手帳から出してもらう。ナイフは腰の一本の他、ブーツ底の毒仕込みの一本。証拠を残すことになるので後者は使いたくない。
弾数を確認し、グリップを握り込む。異能を使わず、限られた武器でポートマフィアの一団を撃破する。高難易度の戦場だ。
クリスの様子を見、ようやくその考えを理解したのだろう、国木田が「まさか」と呻いた。
「一人で行く気か」
「逃げませんよ、監視は要りません」
「そうではない。あれほどの相手に一人は無理だ」
「いざとなったらここ一帯を潰します」
「そうではない。そうではなくて」
何かを言いかけ、国木田は口を噤む。クリスは待った。沈黙、互いに何も言わない時間。数秒に及んだそれの後、国木田は呟くように言った。
「……なぜ、あなたはいつもそうなのだ」
そこにいつもの覇気はなかった。
「自ら危険に飛び込んでいく……それはあなたも同じだろう。元々探偵社に取り入るつもりだったのなら、被害者として関わる必要はなかった。依頼人としてでも、通りすがりとしてでも、何とでも方法はあったのだ。ギルドとの戦いでも白鯨に潜入する必要はなかったのだ。なのに、あなたは……そうして助けを求めない前提で、手の届かない場所に行ってしまう」
「……国木田さんには理解できないことですよ」
「あなたが俺を理解できないように、か」
「そう……そうですね。わたし達は全く違うから」
クリスは微笑んでいた。意識してそうしたわけではない、自然の笑み。こうして笑うのはいつ振りだろう。
「わたし達は理解し得ないんです。互いの行動の意味を、ずっとわかり合えない……わたしは誰かのために自分を投げ出すあなたが理解できないし、あなたは自分のために自分を捨てるわたしが理解できない。理解し合うなんて無理なんでしょうね」
「……諦めろと、そう言うのか」
「そうだと言ったらあなたは諦めますか?」
「いや」
クリスの問いに国木田は短く即答した。それがあまりにも予想通りすぎて、クリスは軽く声を上げて笑う。
「そうだと思いました」
「あなたもだろう」
「はい?」
思わず見上げた先に眼差しがあった。強い光だ。闇の中でもそれは確かにそこにあり、そして近くのものを照らし出す。
それはきっと――クリスの心さえも。
「あなたも、俺に問い続けるのだろう。どうして、と」
明るいそれは、クリスの誤魔化しさえも許さないほどに強く、眩しい。
「……そう、かもしれません」
言い、そしてクリスは笑った。命を賭けた夜の逃亡、だのにどうしてか胸は軽い。
「そうかもしれません。わたしも、何度も言うと思います。きっとお互いに言い続けるんでしょうね」
「だとしたら……同じ問いを違いに言い合うことになるのか。滑稽だな」
「そうですね」
クリスの笑みにつられてか、国木田の表情が緩む。二つの穏やかな心地が重苦しい倉庫街の闇に浮かび上がる。これを幸せと言うのだろう。これを平穏と言うのだろう。昼の日だまりのような一時。素敵だった。手を伸ばして、掴んで、引き寄せて、ずっと抱えていたい。ずっとずっと触れていたい。
「わたし、少しわかったことがあります」
クリスは言い、一歩進み出てくるりと国木田を振り返った。月明かりの下で改めてその姿を見つめる。
几帳面さを思わせる服、束ねられた髪。その愚直さに似合う質素な眼鏡、その奥に宿る光源のような眼差し。それへと微笑む。心から、穏やかに。
「あなたに会えて良かった」
国木田の表情が一変した。それを見ることなく路上に飛び出す。名を呼ぶ声を背に、クリスは黒服の男達へと突っ込んだ。