第2幕-続
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***
太宰もまた、倉庫街にいた。しかしそれはクリス達のいる場所から離れた場所、ふと見上げればあの背の高い禍々しい建物が見える場所だ。
ポートマフィア――かつて己がいた場所の足元。
いくつもの倉庫が整然と並ぶ倉庫街は静まり返っていた。軍警らはクリスの策にはまり、今はもうこの場に姿一つもない。うーん、と伸びをしてみれば、頭上に月が登っていることに気が付いた。
「良い月夜ですねえ、森さん」
「そうだねえ」
悠然と相槌を打ち、森は前方にいる太宰へとその鋭い目を向けた。その背後には闇に沈むような黒を纏った護衛の構成員達が控えている。
「鼠取りにはちょうど良い月夜だ。……それで、君は何の用があってここに来たのだね?」
「森さんと同じですよ。確認を取りに」
くるりと振り返り、太宰は無邪気を装った笑顔を浮かべる。
「ポートマフィアボス自らがこうして現れるなんて、今夜は相当な狩りなんでしょうねえ」
「私は『情報提供者がここに来る』という情報を元に来たのだが……太宰君ではないだろう?」
「勿論。別の奴ですよ」
頭上の月が彼らの足元に曖昧な影を生み出す。
「最近この街を騒がせていた連続通り魔猟奇殺人事件……あれを仕組んだのは森さんですよね?」
太宰の声は相変わらず明るい。
「目的は勿論、クリスちゃんを追い出すため。それともう一つ……ポートマフィアに敵対する組織を潰すため」
「ほう?」
「あなたはクリスちゃんの異能について部下達から話を聞いていたはずです。天候操作……空気圧操作の異能のことを。そしてそれを偽装することで彼女に罪をなすりつけようとした。いくら探偵社と親しいとはいえ、世間の注目を多く集めた殺人事件の犯人となれば極刑は免れない。裏社会で活躍した鏡花ちゃんと違って猟奇事件の被害者は皆一般市民でしたからね、異能特務課も手が出ない。実際は彼女を街から排除できれば良いわけで、彼女が捕まろうが海外へ逃げ切ろうがあなたには関係ないでしょうけど。――ともあれ、あなたはこうしてクリスちゃんを陥れることに成功した」
窺い見るように太宰は一歩森へと歩み寄った。ポートマフィア首領は何も言わず、微笑みを浮かべ続けている。それへと満足げに目を細め、太宰はくるりと背を向けて一歩離れた。微動だにしない森とは対照的に、太宰の足元の影は形と色味をよく変える。
「けれど合理的手法を好むあなたのことです、まさか小ネズミ一匹のためにそこまでお膳立てするような非効率的なことはしないでしょう。そこで疑問が生じる。なぜ猟奇殺人なのか? 話題性のためなら見立て殺人でも十分でした。ではなぜ、手間のかかる解体だったのか」
「彼女の異能がそういったものだったからではないのかね?」
「違うでしょうね。むしろクリスちゃんの排除は二番目の目的だったはずだ。――死体の身元を隠す必要があったのでしょう? なぜならこれは通り魔などという無差別殺人ではなく、意図的な殺人だったのだから。被害者の身元がわかれば被害者の共通点がわかる、それがわかれば事件の首謀者がわかる……被害者が全員、ポートマフィアの縄張りを狙っていた海外組織の構成員だったということが軍警に知られてしまう」
両手をコートのポケットに入れ、「特務課に調べてもらいました」と太宰は笑った。満面の笑顔――に見えた、底知れない表情だった。
「彼らは運び屋――芥川君に根絶やしにされたカルマ・トランジットの枠に収まるはずだった組織でした。あなたはそれを壊滅させるために、外部から殺人犯を雇い、彼らを惨殺、その罪をクリスちゃんに着せたんです。その方がギルド戦で疲弊したポートマフィア戦力を消費せずに済みますから」
「なかなか面白い推理だ、太宰君」
森は軽く両手を叩いて拍手した。くぐもった音が暗闇に吸い込まれ消えていく。
「では聞くが――君はそれを知ってどうするのかね? 彼女は厄災だ。そこにいるだけで全てを破壊する……太宰君なら知っているだろう?」
「勿論調べてありますよ。入手するのにかなり苦労しました」
太宰は笑みを絶やさない。
クリスの情報はあまりにも少なかった。けれど世界中を探し回ってようやく、太宰はいくつかの情報を手に入れている。十年程前に英国で街一つが消失したのを初めとして、世界各地で奇妙な現象が起こっていた。半年前には南米の山間で人が水死体で発見される奇怪現象が発生。三ヶ月前には紛争地に国籍不明の戦闘機が乱入、街を爆撃しようとして鋼鉄の機体ごと木っ端微塵になっている。どれも事件発生前日に英国の航空機が秘密裏に現地入りしていた。
そして、そのいずれの場所からも、一人――亜麻色の髪に青い目の少女が、事件後、姿を消している。
「確かに彼女は排除すべき存在です。……そして、それを利用しようとしている奴がいる」
「利用?」
「森さんが会おうとしていた情報提供者ですよ。奴のことだ、森さんが掴んだ『情報提供者がここに来る』という情報は、森さんをここに誘き出す罠……いや、余興だったんでしょう」
森が何かを思考するように眉をひそめる。その様子を見、太宰もまた思考した。
彼女はイレギュラーだ。あらゆる世界には必ず規定があり、その中で人々は出会い関係を構築し力を駆使して困難に立ち向かうことができる。太宰達が異能を所持し、太宰が敦に出会い、敦が鏡花に出会い、ポートマフィアと探偵社が協力しギルドに勝ったように。けれど彼女は違う。彼女との出会いは本来、想定されていなかったもの――言い換えるなら「付け加えられたもの」だ。
本来存在しないはずだった人間が一人、存在している。この異変は遠からず太宰達の今後に関わってくるだろう。もしくはそれを意図されている。だから森は本能的にクリスを排除しようとした。この世界の人間であるが故に、本来あるべき世界を、未来を守ろうとした。
とはいえこれは全て憶測、太宰にも詳細はわからない。そちら側の情報は太宰達には渡されていないのだから。
「太宰君の話で少し見えてきたことがある。……私は殺人犯に海外組織構成員の情報を渡し、殺人の手口を指定した。それだけだ。彼女が軍警に追われるよう仕向けるのは今後の予定だったのだけれど……なるほど、やはりそうか。その『情報提供者』の策もこの事件に絡んでいるということだね」
「ええ」
森から目を逸らし、太宰は空を見上げる。月があった。穏やかな光を放つ、夜の光。日々形を変え、光を変え、色を変え、それでも常に頭上にある眼差し。
太宰達を見下ろす存在。
「イレギュラーであるが故に彼女はこの世界のあらゆる場所で災いを引き起こす。世界が病原体を追い出すように。彼女はこの世界に歓迎されていないのだから。……だからこそ、価値を見出した人物がいる。奴から彼女を守らなければ、この世界の結末が大きく変わってしまうだろう。だから私は選択した」
太宰は誰にともなく呟く。
「――奴はこの世界の誰よりも、彼女の正体を知っている」