第2幕-続
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***
夜の倉庫街は静まり返っている。普段はポートマフィアが縄張りとするその区域に、警官達は懐中電灯を手に周囲を警戒していた。いくつもの点の光が闇に穴を開けている。
「こちらゼロハチ、異常ありません」
静寂の下を静かな声が這っていく。
「現場からだいぶ離れていますけど、ここを警備する必要あるんです?」
ぽそりと警官の一人が問う。声に合わせて光の一つが細かに揺れた。
「必要あるから来てるんだろうが」
低い声が答える。その手振りを追うように懐中電灯がゆるりと円を描く。
「相手は正体不明の異能者だ、警戒しておくに越したことはない。それにこちらが厳重な体制を敷いていれば、向こうさんは嫌でも行動が制限される」
「あれ」
「聞いているのか?」
「いや、だって」
す、と一方に懐中電灯の光が一筋差す。倉庫と倉庫の間の小道が露わになる。
「今、そこに誰かがいたような」
言葉が途切れた。
小道の中央に佇む人影があった。季節感を無視した底の厚い靴に、動きやすさを重視した服装。茶けた髪は肩ほどの長さで、それらは赤みのある泥のようなものに汚れていた。
双眸が懐中電灯の光を受けて青を返す。その眼差しに潜む感情は、驚愕でも困惑でもなく、無。
まるで警官に目撃されることをわかっていたかのような平静さが、それにはあった。
ぞ、と悪寒が闇をよぎる。
「……ほ、報告! 報告!」
「例の殺人犯を発見! 場所は地点R-5258!」
一斉に拳銃を引き抜き安全装置を解除、光の先にいる対象へ構える。
瞬間。
それは体勢を低くした。その手にあるものが光を反射し一本の針のように網膜を貫く。それに気を取られたのは僅かな時間。
「ぐあ……ッ」
誰かが呻いた。静かな夜の中に液体の落ちる音がよく響く。呻き声は連鎖し、次々と懐中電灯が様々な方向を照らすようになる。
――カンッ!
手放された懐中電灯が転がる音。それを蹴飛ばした足が瞬間的に照らされる。赤い泥に汚れた靴底。
「あっちだ!」
誰かが叫ぶ。
「犯人は逃亡! 警官数名を切りつけた後、南東へ逃亡! 至急応援を要請する!」
「逃すか!」
慌ただしく交錯する足音。光のない中、倉庫街は緊迫感に包まれる。
「B班、A班と共に犯人を挟み込め!」
『αチーム、βチーム、地点R-5258を作戦コードゼロゼロワンで包囲!』
『他の区域の担当班も地点R-5258に目標設定! 包囲網を狭めながら移動せよ!』
静寂の代わりに倉庫街を支配するのは人の声だ。そして暗闇の中を駆けるのは舞台のスポットライトを思わせる懐中電灯の光。どれもがただ一人を追って闇の帳を掻き分けていく。
やがて彼らは倉庫と倉庫との狭間に作られた小道へと集まった。両側を拳銃を手にした警官が、倉庫の上から狙撃手が、ただ一人を囲み、その手にした武器の銃口を向けて威嚇する。
「大人しくしていろ」
脅すような響きのある声に、それは反応を示さないまま立ち尽くしていた。
あらゆる方向から光を受けたそれは、全身に他者の血を浴びながらも凛然と背筋を伸ばしている。周囲を完全に囲まれたこの状況でも未だ策があるのか、そう疑わせ警戒させる気迫があった。
ふと。
それの髪が揺れた。今更気付いたかのようにゆっくりと周囲を見回し、そして――目を細め口で弧を描いた。
微笑み。それも、穏やかな。
戦場で見せるものではない。相手を煽るものでもない。探し物をようやく見つけたような安堵に似たそれは、誰が見ても普通の笑みだった。だからこそ、誰もが悪寒に震えた。
――何かが、起こる。
「撃て!」
突如発された命令に警官達が従う。
銃声。弾けるように放たれるこれはいくつも重なる。しかしそれらはことごとく空中で散った。破片が落下する。懐中電灯の光に照らされた中で、それは星のように輝き、その姿を人々に見せつける。
刀で割った竹のように真っ二つになった銃弾が、散らばっている。
その場にいた誰もが直感した。何かが放たれたのだと。
目に見えないそれは向かい来る弾丸を次々と砕き、なおも直進、包囲網へと迫る。次々に悲鳴と飛沫が上がる。
「ぐあッ」
「ぎゃあッ!」
「何なんだこれは!」
「警部、伏せて!」
警官の一人が体当たりで上司を押し倒す。警官の帽子が宙に浮き、そして二つに裂けた。
「何なんだ、何なんだこれは!」
「敵の異能攻撃です!」
答えつつ手にしていた拳銃を一方へ向ける。それは、あの人影が佇んでいた方向。
「殺すな、事件の真相がわからなくなる!」
「けどこうするしかない!」
引き金を引く。骨を伝う反動、弾けるような発砲音。けれどそれが放った弾丸もまた、対象に届く前に二つに割れる。
「あ……」
揺れ動く懐中電灯の光が、それを照らす。
――青の双眸。
銃弾を穿った銀色が微かに見えた気がした。それは真っ直ぐに、銃弾の飛来の痕跡を辿るように警官の元へ迫る。風が額にぶつかる。それが前触れだと、粟立つ肌が伝えてくる。
「ひッ……!」
強く目を閉じた。顔を庇うように手をかざす。来たる痛みを想像し、身を硬くし、そして。
予期せぬ音を聞く。
――ヒュッ!
それは、風を切る音。
比喩ではなかった。その音は額にぶつかってくるはずだった見えない刃を断絶する。
「……え?」
手を下ろし、目を開いた先に見たものは――小さな背中。
「下がって」
小刀を手にした和装の少女は、油断のない体勢を維持したまま言う。その横には白き女性――異能生命体。その半透明の手には白刃。それで相手の異能攻撃を切ったのか。
驚愕する警官らに、少女は見向きもしない。その視線の先は、ただ一人。
「……来たんですね」
血濡れた女が呟く。女の方へと少女が一歩進み出る。それと同調するように女の背後へ一歩歩み出てきたのは、白髪の少年。少女と同じく異能攻撃を裂いたのか、その手は獣と化し、彼もまた異能者であることを告げている。二人の若い異能者が標的を挟み対峙していた。
異能の者を複数有する組織を、軍警は知っている。
この混沌とした街を守る薄暮の武装集団。
その名は。
「私達に任せて、下がって」
少女が再度言い、小刀を構える。
「――この場は武装探偵社が引き受ける」