第2幕-続
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***
最初の被害者が発見されたのは、中心街から外れたところにある公園だった。住宅街に隣接し、子供が帰った後は街灯が一つそばにあるだけとなる、いわゆる「人気のない場所」だ。
近くの道路へ降り立ち、クリスは周囲を見回す。立ち入りを禁じるテープは既に撤去され、公園は静かな夜を迎えていた。アスファルトから砂の地面へ、足を踏み入れる。ジャリ、と足の下で砂が鳴る。
被害者が見つかったのは道路と公園の境にある植え込みの中だったという。周囲の枝は折れており、被害者が倒れ込んだ時の痕跡だとテレビで誰かが解説していた。つまり被害者は植え込みの中に倒されるように刺され、そのまま解体されたことになる。
枝の折れた植え込みを探せば、それはすぐに見つかった。夜闇に慣れた目で周囲を探る。不審な物はない。紙片か何かがあると思ったのだが。
「……外れ、とか?」
赤き獣のいた場所――事件の現場は他にもある。ここではなかったのかもしれない。次に向かうべきか、もう少し探すべきか。
考え込んだクリスはしかし、背後から聞こえた足音に振り返った。
男性がいた。スーツ姿の、恐らくサラリーマンであろう男性だ。しかしこの夜に殺人のあった公園に立ち入るとは。目を凝らし、クリスは相手を見つめる。
酔ったかのような足取りで男は前へ歩み出た。砂を踏む音。それに混じった水音に息を呑む。
車のエンジン音が近付き、すぐに公園の横を走り過ぎて行った。ライトが一瞬だけ男を照らす。
――瞠目。
「……ッぐ」
悲鳴を手で押し戻し、後ずさる。
「た、すけ」
男性が手を伸ばしてくる。その手から、雫が落ちて砂を濡らす。逃げるように後ろへ一歩下がるも、目が逸らせない。
何かを引きずる音、砂が引きずられる音。ぼとりと何かが落ちた。塊だ、中に詰め込まれていたものの一部だ。
〈赤き獣〉が、そこに立っている。
「ッひ……」
悲鳴が漏れる。
救いを求める声が迫ってくる。血濡れた手が伸ばされる。体が硬直する。
動けない。
――クリス。
声が、聞こえる。
誰の。
あの人の。
いくつもの手が闇から伸ばされる。腕を、肩を、顔を、髪を、掴んでくる。懐かしいぬくもりが肌を包み、染み込み、侵食する。あの幻覚が、目の前にある。
「や、だ」
震えた足が崩れ落ちる。
「来ないで」
声を絞り出す。それでも、目の前のそれは歩みを止めない。見下ろし、手を伸ばし、助けを求める声を発し。
頭上を彷徨う手から、はた、と頰へ何かが落ちてくる。それはゆっくりとクリスの顎へと伝い、首元へ落ちる。
「ッあ……」
じとりと服を濡らすぬくもり。むせ返るような鉄の臭い。鼓動がうるさい。うるさい、うるさい。
ここはどこだ。これは何だ。自分は、何をしている。
――また、あの場所にいるのか。
幼い頃に押し込められたあの部屋に。
透明な天井の上に期待に輝くたくさんの顔が並んでいる。四方を囲ったコンクリートの壁、そこにこびりついた赤黒い色。目の前にいるのは、人の形を失ったもの。人々の平穏を乱すという悪の化身。
誰かがそれを殺せと命じてくる。
誰もがそれを殺せと望んでくる。
幻覚、幻聴、記憶の反芻、けれどこれは現実で、事実で、まやかしで。
わからない。何も、わからない。
「嫌……」
目の前に手が伸ばされている。また赤黒い何かが地面に落ちる。
「や……、嫌、嫌だ、来ないで」
懇願は届かない。
「来ないで……!」
じゃないと、また、わたしは。
わたしは。
――あの優しい声が名を呼んでくる。