第2幕
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***
公衆電話の受話器を下ろし、クリスは手にしていた携帯電話へと目を落とした。
「……太宰、か」
結局発信器は消せなかった。が、すでにそれは壊され、クリスは信号を受信できていない。発信器に気付かれたのならば、目を付けられている可能性が高かった。
どう対策をすべきか。一番はその懐に入り込むことだろうが、下手をすれば己を晒すことになる。
「……ちょっと甘く見たかな」
とにかく、知らぬ振りをして遠くに逃げるより、近くで彼の様子を監視していた方が良さそうだ。失敗はなかったことにはならない。なら、それを踏まえて今後の計画を立てる他ない。
そのために、今、一つの仕込みをした。彼はクリスをただの一般人だと思っている。そして今後起きるそれは、偶然によって引き起こされた事件だと思い込むだろう。
――名前を聞いても良いだろうか。
落ち着きが些かなくなった声で言われたその言葉を、思い出す。
名、か。
そんなものを聞かれるとは思わなかった。隠そうとしていたわけではない。必要性が見られなかったのだ。治安維持を担当する彼らに一般市民としての証拠を作ってもらえたのなら、この街で活動しやすくなる。ただそれだけのために、太宰の携帯電話を支点として簡単な事件を一つ解決してもらおうとしているのだった。
なのに、あの堅実そうな探偵社員は。
「……優しい人、なんだろうな」
調べたところ、武装探偵社は表社会と裏社会の狭間に位置した組織だった。行動は全て義によるものであり、その信念は街の守護を基にしている。けれど警察とは違い、調査のためならば一時的に法を犯すことも許されているようだった。
光と闇の間に存在する治安維持組織。
そこに所属している人は、民間人とほとんど変わらない陳腐な平和主義者なのだろう。でなければ一時的に関わった相手を信じ切れるわけがない。クリスが意図して太宰の携帯電話を盗み、意図してそれを返そうと連絡を取りに来たと想定できないのだ、今クリスによって利用されようとしていることすら気付かないに違いない。
手駒としては最適だ。むしろ、一生気付かないでいて欲しい。
そうであれば、この胸にある冷えきった罪悪感が再び体温を宿すこともないだろうから。
電話ボックスから出、大通りを通って探偵社へと向かう。ヨコハマの中心街はビルが整然と並んでいた。背の高いそれは小道に影を落とし、街に暗部を作り出している。
日の当たる広い道路は車が行き交い人々が笑顔で歩いているが、少し逸れれば暴力で人を虐げる輩の縄張りへと変貌した。まさに光と影の両方を内包する街。どこに危険が隠れているか、わかったものではない。
――だからこそ、利用できるというもの。
クリスがビルとビルの間の小道を横切ろうとしたその時、それは起こった。
脇道から手が伸ばされてくる。人気のない場所へ引きずり込もうとしてくる太い腕。それを視認する前に感じ取り、クリスはそっと目を伏せた。
避けることはできる。相手を叩きのめすこともできる。しかし、そうしない理由がクリスにはある。
例えば――これが予期していたもの、もしくは誘発させたものだったのならば。
クリスの腕が掴まれ、脇道へと引き込まれる。強い力によろめいたクリスへ、スタンガンが当てられた。衝撃が全身の感覚を奪い取る。
「ぐ……」
クリスは落ちる意識に抗うことなく目を閉じた