【ss】ティアキン・鍛錬班幹部の夢
最初はちょっとした気まぐれ、でもあった。
「こッ、このプレゼントを、俺にくれる、のか!?本当に!?本当だな!?」
いっちばん最初に彼へバレンタインの贈り物をしたとき、それはそれはびっくりしてた。大きな背中を少し丸めて、プレゼントを乗せた両手は微かに震えてて、大きな声もいつもより上ずって。
そんなにびっくりされると思ってなかったから、こっちの方がびっくりした。だって相手は、人の命を取ることもある凶悪集団として名高いイーガ団の、新人研修や鍛錬指導を任されているエリートの幹部殿だ。一介の構成員から指先でつまめるくらい小さい贈り物を渡されたくらいで、そこまで狼狽してみせるのだから、驚かない方がおかしいというものだ。
しかも彼は、幹部役の中でも気さくで、明るくて、前向きだから、男女問わず人気があった。私が彼へ渡す前から、鍛錬部屋の隅には彼が今日一日の間で受け取ったのだろう贈り物が山になっていて、「今更私なんかが渡してもしょうがないな」って思わせるには、余りある存在感を放っていたというのに。
その時、もう既に鍛錬部屋には誰も居なかったので、彼の狼狽がこもった大声は誰に聞かれることもなく部屋の中で反響した。わんわんわん、とエコーがかかって聞こえたのは気のせいかな。ともかく、誰も居ない時を見計らって良かった。彼にその気はないのだろうけど、いつもの元気いっぱいな溌剌ボイスは、如何せん人の目を集めすぎてしまうから。
「普段お世話になっている人へ配ってるんです、なので、幹部殿にもお裾分けで・・・・・・」
暗に「義理です」と伝えたのだけど、彼には関係ないみたい。この頃既に、彼から日課の如く告白まがいの挨拶を受けていたので、彼が私に対してそれなりに好意を抱いてくれているのは分かっていた。それに答えるような勇気や気持ちが私の中で整っておらず、とはいえ、真面目で一生懸命な彼のことは本当に尊敬していたし、普段からお世話になっていたのは事実なので、せめてバレンタインには何か贈り物をしようと考えた。
義理、とは言ったけど、いくつか作った中でも一番出来の良いものを彼に選んだのだから、結局この時から私は、彼に惹かれていたのかもしれない。それは無意識に、無自覚に。彼の良いところばかりに気が付いてしまうのだから、事実として。
なんども「ありがとうな、大事に食べるな!」と繰り返す彼の声は、本当に喜色に溢れていた。イーガは隠密集団で、素性や表情を知られないように仮面を着けるのが義務付けられているけれど、このときの彼は絶対笑顔だった。普段は一団員を窘める側の幹部役が感情に憚らないなんて、ってむず痒い気持ちになりながら、会釈をして踵を返す。鍛錬部屋を去っていくまで、彼はいつまでも大きな手の平にポツンと乗せられたプレゼントを眺めていて、少し、胸の奥がきゅっとした。
・・・・・・さて、これは去年の話。悩みどころは今年の話で、実はこの度、恥ずかしながら彼と恋仲になりました。
私としては、去年バレンタインで渡しているという以上に、せっかく恋人となった彼へプレゼントを渡さない選択肢なんてない。準備だって済ませてあるし、いつでも渡せるように常に懐へ忍ばせている。
問題なのは、この「いつ」渡すかというタイミングだった。気にかかるのは去年の鍛錬部屋で見た、隅っこで山を作る贈り物の数々。恋仲となった今となっては、視界に入れて気分の良いものじゃない。それらが全部、義理的な贈り物だったとしても、きっときらきら光っているように眩く見えて、私のこれが途端に道っぱたの石ころみたいに変わりそうで怖かった。
きっと気さくで明るくて前向きな彼のこと。誰から貰っても「おう、ありがとうな!」なんてニコニコしながら受け取っちゃって、しっかりと食べて感想を伝えちゃったりして、それでまた、「鍛錬班の幹部さんって素敵だよね」って女の子の間でうっとりされちゃうに違いない。・・・・・・私を余所に。
去年は日課の鍛錬をおこなうタイミング、つまり一日の終わりに近い時間に、彼へ押し付けた。なら、早い時刻に訪れれば、せめて山になった贈り物を見るリスクは減らせるかもしれない? と思ったけど、万が一にでも、他の女の子から贈り物を受け取っている瞬間を目の当たりにしたら、それはそれで心に大ダメージを負いそうで気が引ける。
彼が誰からも愛されていると知っていても、いざ恋心に近い感情を向けられている場面を突きつけられるのとでは、雲泥の差があると分かり切っているし。
業務に一区切りがつくごとに「今、鍛錬に行こうか」と思い立つものの、結局腰が上がらず時間だけがすぎることになった。気付いたときには業務が終わってて、いつもと同じ、つまり去年と同じタイミングで贈り物を渡さざるを得なくなってしまった。憂鬱だ。
指先でつまめるくらいの大きさではあるけれど、数日前から仕込んでいたそれは、リボンを巻き、見た目からすぐにバレンタインの贈り物だと分かる風貌をしている。これを持ち歩くのは「あの子誰かにバレンタインの贈り物を渡すんだな」と言いふらしでもしているようで恥ずかしく、とりあえず汗を拭くために持ち込んだ綿布の間に隠してから、鍛錬部屋の戸を抜けた。
このとき、彼は他の団員の稽古をつけている真っ最中で、いつものような熱烈な挨拶を受けることはなかった。今日一日の内で初めて顔を合わせる彼と遠目で挨拶を交わし、プレゼントを挟み込んだ綿布を、壁に寄せられた木箱の上に置いておく。
そのまま鍛錬に移ったけれど、剣を振るいながら、弓の弦を引きながら、そわそわと気にかかったのは、彼が他の人から貰っただろう贈り物のことだった。とはいえ、去年山を作っていたはずの部屋の隅に目をこらしても、きらきらと目に痛いくらい輝いて見えたあれらは、どこにも姿が無い。なんでだろ。もしかして私、バレンタインの日付を間違っている?
程よい時間になって鍛錬を終えた頃、部屋には既に彼と私の二人しか残っていなかった。そろそろ夕餉の時刻だ。私はまだ弓や剣の扱いに不慣れで、満足するまで鍛錬をしていると時間が経ちすぎて、周囲の団員が誰一人いなくなることがしばしばあった。鍛錬場の管理を任されている彼を付き合わせているようで毎度申し訳ない気持ちにもなるのだけれど、私のこういう過集中なところが魅力的なのだと彼は言ってくれる。
彼の優しさだと分かってる。でも最近は、その優しさが心地よくて、甘えてもいいかと自分を許せる気にもなっている。
「今日も毎日の成果が出てたな。お疲れ!」
自分の射った矢を拾い集め、所定の矢筒に片付けていたとき、彼から声をかけられた。
「お疲れ様です。・・・・・・あの、幹部さん、ちょっと聞いても良いですか?」
「ん?なんだ?」
「今日、えっと、バレンタインの贈り物って、何か貰いました?」
手の甲で首元の汗をぬぐいながら、何気なしに問うてみる。何気なし、っていうのは、何気なしに思われたら良いなって私が願ってただけのこと。本当はそわそわと気持ちが落ち着かないのを、彼に知られないように振る舞っただけで、何気ない感じを装えたかどうかはちょっと自信がない。
彼は、そんな私のどうでもいい悩みなんか全く気になってないように、「ん?」と首を傾げて見せるだけだった。
「いや?今年はひとつも貰ってないぞ」
「え、ひとつも?でも、去年は・・・・・・」
「だって、お前から貰えるのに他の人間から貰うわけないだろ! 俺はただ一人、お前から欲しいだけなんだから」
至極当然という風にさらりと笑って言ったその言葉が、また誰も居ない鍛錬部屋にエコーするみたいにわんわんわんって聞こえた。どうしてか分からない。そこまで大きな声で言ったわけでもないのに。
彼が私に対し、憚らない愛情を伝えてくれるのは毎度のこと。この頃はすっかり慣れたつもりだったのに、時折私の予想を超えるような愛情を見せられて、直面するたびに呆気にとられてしまう。
じんわり。彼の言葉を何度か頭で反芻していると、じんわりじんわり、頭の芯の方から、胸の奥の方から、あったかくて、きゅうっと縮まるような痛みに刺された。
その痛みを誤魔化すように下唇を噛み締めていると、彼が「えーと」と、珍しく言葉に迷うような素振りを見せる。
「いつ貰えるか、今日一日ずっと考えてて・・・・・・貰えると思って、良いんだよな?」
なんて、私の顔も見ずに言うものだから、余計にきゅっと胸が痛んで。
私はいっぱいいっぱいに膨らんだ胸のまま、今度は急に緩みだした表情筋を引き締めるためにグッと下唇を噛む力を強めて、例の綿布の元へ向かった。大事に大事に拾い上げて胸に抱きしめて、床を見ながら彼に近づき、足先が視界に入った瞬間にぴたりと立ち止まる。
顔も上げずに、そっと綿布に包まれた小さな贈り物を、彼に差し出した。去年と全く同じ赤い布で包んだ、つまめるくらい小さな贈り物。彼にとっても二度目ましてのはずなのに、初めて見たみたいに息を飲んでみせるのだから面映ゆい。
「これ、どうぞ。去年と同じなので面白くないかも、ですけど」
彼は何も言わずにおそるおそるそれをつまんで、大きな手の平にぽつんと乗せた。暫く黙ったままだったので「何か言ってよー」と居たたまれない気持ちになったけれど、突如「ううう」って上ずり声で唸り出したので、ちょっとびっくりして思わず顔を上げた。
「嬉しいッ、何度貰っても嬉しいッ、ありがとな!本当は貰えるかどうか不安だったんだ」
「そんな・・・・・・渡しますよ。さすがに恋人、ですし」
「常識に期待はしちゃいけない。・・・・・・と、思ってもいたんだ。でも、どうしても気になって・・・・・・すごく嬉しい」
「・・・・・・はい」
「なあ、鍛錬終わりで丁度甘いものが食べたくて・・・・・・開けていいか?」
リボンに手をかけたままうずうずと言われては断ることもできない。本当は私が居ない時にこっそり中を見て欲しい気もあったけど、もう既に彼へ渡したものなのだ。私が彼の行動を指示するのもおかしな話だな、って思って「どうぞ」と手で小さく促した。
彼には、何度か手作りのお菓子を贈り物として渡したことがある。目の前で包装を解かれ、実際に口にして感想を聞いたことも。でも、彼の骨ばった無骨な指先が、信じられないほど繊細な手つきで蝶々結びを解いていく様を見るのは、何度見たって勝手にどきどきと緊張する。布で包んでリボンで縛っているだけの簡素な包装は、リボンさえ解いてしまえばすぐさま中身が姿を現す。
彼が口にすればたった一口で消えてしまうほど小さな、一粒のチョコレートだ。包んでいた布も、包装の仕方も、贈り物の中身も、味も、ほとんど去年と一緒。
違うのは、ちょっとした形だけ。
「これって・・・・・・もしかして・・・・・・」
「今年は、えっと、・・・・・・ハートにしてみました」
チョコレートを団子状に丸めただけの去年とは違い、今年のチョコはハート型。
なんとか立体的になるように捏ねて作ったからか、歪な形になってしまったのはご愛敬だ。
言葉で彼に自分の気持ちを伝えるのが苦手な自覚があるから、せめてこんな形で渡せればいいなと思って頑張った。チョコまみれになりながらなんとか形になったとき、私の気持ちそのものが物体を伴って形になった気がして、妙な気恥ずかしさがあった。彼も喜んでくれるかな、でもやっぱり恥ずかしいなって、気持ちの上がり下がりが激しくて、居てもたっても居られずその場で何回かスクワットしたのも思い出深い。
しかし今、出来立てから随分時間がたって冷静になった頭で現物を見ると、やっぱりやめればよかったかも、なんて不安に襲われた。
「食べるのがもったいない・・・・・・」
彼はそんな私の小さな後悔を、いつも溶かしてくれるからすごいのだ。
ポツと呟かれた声が真剣過ぎて、不安なんて湯煎したチョコみたいに一瞬で溶けちゃった。
「そこまでの出来じゃ・・・・・・形も歪ですし」
「型があるわけじゃないのに、こんな複雑な形、すごいぞ。俺にはまず出来ない。あーでも、どうしたもんかな」
「なにがです?」
「この形じゃ噛めない。勿体なさ過ぎるし、ハートを噛むなんて俺には出来っこない」
ハートが噛めない? と首を捻ったけど、確かにハートを割るようなイメージは、恋人同士の間では縁起が悪いかも。そんなこと考えたことも無かったけど、普段さっぱりとした言動の彼が、意外と律儀にハートの持つイメージを守ろうとしているのが健気で、またきゅう、ってお腹の奥が縮まっていく。
「噛んだって気にしないのに」
「・・・・・・そうか舐めれば良いのか。ゆっくり味わうことにする」
「ええ?舐めて溶かすには少し大きくないですか・・・・・・?」
「絶対噛まない。全部舐める。俺は決めたんだ」
いただきます、と続け様に呟くや否や、私が「あっ」と文句を言う間もなく彼は仮面をずらして、ハート型のチョコレートを口の中に入れ込んだ。
口の中で転がしているのか、縦長になった頬の内側が時折盛り上がって見えるのが真面目な彼にしては珍妙で、見れば見るほど仮面の下の表情が緩んでいく。ぷっ、と吹き出しそうになるのをなんとか堪えたけど、立ち尽くしたまま口の中だけを動かす彼があまりに真剣だから「本当にこのまま舐め切るつもりなんだ」と段々笑えなくなった。
しようがないので近くの木箱に彼の手を引いていって、一緒に隣り合って座り、彼の完食を待つことにした。
さて、大事になったな。まさかハートにしたことで、噛まずに舐めるという話になるとは思わなかった。未だコロコロと口の中で転がしているのか、遠くを見ながら黙ったままの彼の頬が時折盛り上がる。やっぱりちょっとおかしくて「ふふ」と笑みが漏れた折、彼が「ん?」とこっちを向いてきたので、ずっと凝視していたのがバレちゃった。
誤魔化すように「美味しいですか?」と問えば、間髪入れずに何度も首を縦に振られて目を細める。
「あ、このあと夕餉なのにチョコレートなんて食べて、大丈夫ですかね?一粒なら平気かな。やっぱり後に食べた方が良かったような気がします」
「はいほうふは。おえおいふくほはへはい」
「何言ってるか分かりませんっ、食べてから喋ってください!」
「んん・・・・・・うん」
「この時期は皆でチョコのお菓子を作るんで、炊事場はずっと甘い匂いがしてますね。あの匂いだけでも満たされます、私」
「ふんふん」
「チョコって美味しくて、私も大好き。甘くて、すぐとろけて、幸せな気持ちになっちゃう」
「ほはえほ、はへふか?」
「え?」
「はへふか?」
はへふか? 未だ大きな塊が口の中にあるのか、無理に喋る彼の言葉が、はっきりとした音になっていなくていまいち理解できない。
「はふへか?」と繰り返しながら首を傾げれば、彼が私の顎を手にとり、仮面を少しだけずり上げた。
晒されたのは、鼻下の辺りまでだ。なんで、と思ったのも束の間、彼がグッと近づいてきて、柔らかく閉じられた彼の唇が私の口元に押しつけられる。途端、鼻腔をくすぐったのは、今まさに喋りながら想像していた甘ったるいチョコのにおいだった。
こんな形で口づけされると思ってなかったから、完全に不意打ちだ。どきっ、と一段強く心臓が高鳴った後、甘い匂いも相まってふわふわと思考が漂っていくけど、彼が唇の隙間から少しだけ覗かせた舌先でちろちろと舐められて、はっとなった。甘くて蕩ける、チョコのような舌先。でも、彼がしたいのはそうじゃない。彼の言った「はへふか」の意味に思い当たって、頭の方に急速に血が回って熱くなっていく。
堪らず彼の腕に縋れば、彼の太い腕が腰に回されて引き寄せられた。違う、そうじゃない! そんなことしなくて良いって意味で縋ったのに、彼には全く伝わっていない。
でも、じゃあ本気で拒否するかといえば、そんな頭も残ってない。舌先からたった少し送り込まれた唾液が甘くて、それこそチョコみたいで、とろとろで、どんどんどんどん唇をこじ開けるような舌先の動きに、続けて彼から大きな贈り物が口移しにされる。
どろお、とチョコが口中に入ってきた途端、彼の体温で熱せられたそれがとても熱くて、まるで彼の厚い舌先で中を舐め回されているような錯覚があった。それだけでもぞくぞくして思わず呼吸が浅くなってしまうのに、とんだ贈り物だ。甘くて、とろけて、幸せの象徴みたいなチョコレート。彼が食べたはずのそれが、今は彼の唾液を纏って私の中にある。「はへふか」って、「食べるか」ってことだった。
頭がじんじんして、彼にこれを返そうなんて咄嗟に思い浮かばなかった。口の中に、幸せの塊が居座ってる。せっかくだから少し食べちゃおうかなって思っちゃうほど甘くて、誘惑してくる幸せの塊。
決して、嚙んではいけない。彼に倣ってまだハート独特の二山が残ったそれを、形になぞって舐めていく。彼がおそらく、さっきまで口の中でそうしていたように、私も彼の舌が這ったチョコレートを舐め食べていく。
「おいしい?」
彼が、おもむろに私の仮面を全部取り去っていった。ほぼ無意識に瞼を瞑っていたことに、行燈の光が瞼裏を照らしたことで初めて気が付いた。
「息荒くなってる。チョコレート舐めてるだけなのに」
それにも、言われて気が付く。確かに私はチョコを舐めてるだけなのに、随分呼吸が浅かった。全然落ち着いて息が吸えない。胸の底に何か仕込んであるように、深くまで吸った息が入っていかないような感覚がある。
「なあ、そろそろ返してくれるか? 俺も食べたい。お前のチョコレート」
チョコの香る吐息を感じたかと思ったら、彼が水音をたてながら私の口元を食んでくる。啄むような口づけの後に交差させた唇の隙間から舌先が伸びて、随分小さくなったチョコレートを抱き込んで私の舌先に絡まってきた。
もう、熱いやら甘いやら良い匂いやらで頭の中は意味が分からなくて、ちゅくちゅく鳴ってる水音も加わって、五感全部で彼にだめにされていた。チョコレートを食べたい、返してくれって言ったのは彼なのに、小さな欠片になったチョコを彼の舌先が受け取っても、そのまま私の舌先との間でざりざり擦るだけなのだ。チョコの混ざったとろとろの唾液が良い潤滑油になって、その摩擦にぞくぞくする。このとき既に、チョコレートの口移しなんかじゃなく、これは真っ暗な中、誰にも聞かれないように布団を被りながら彼とする、いつもの口づけに変わっていたのだと思う。
彼が口内を舐めるだけで、小さく声を漏らすほど高められてしまった摩擦も、終わりが来る。彼が食べたいといったチョコレートが全て溶けたからだ。固形物は口の中に見つからず、二人して口の中をチョコだらけにしてから、彼は漸く離れていった。
私は文字通り肩で息をしながら、震えて彼の腕に縋った。彼も、寝室でしか見たことないくらい息を荒くして、厚い胸板を激しく上下させていた。
「・・・・・・甘くて、とろけて、幸せだった」
「っもう」
惚けたようにチャラけたことを言うものだから、腹いせに彼の胸板をパシッと叩いた。いてって、全く痛そうじゃない声で返事して、お互いに顔を見る。
口の周りを真っ茶色にしてる大人がそこにいて、私たちは二人同時に声を上げて笑った。
「こッ、このプレゼントを、俺にくれる、のか!?本当に!?本当だな!?」
いっちばん最初に彼へバレンタインの贈り物をしたとき、それはそれはびっくりしてた。大きな背中を少し丸めて、プレゼントを乗せた両手は微かに震えてて、大きな声もいつもより上ずって。
そんなにびっくりされると思ってなかったから、こっちの方がびっくりした。だって相手は、人の命を取ることもある凶悪集団として名高いイーガ団の、新人研修や鍛錬指導を任されているエリートの幹部殿だ。一介の構成員から指先でつまめるくらい小さい贈り物を渡されたくらいで、そこまで狼狽してみせるのだから、驚かない方がおかしいというものだ。
しかも彼は、幹部役の中でも気さくで、明るくて、前向きだから、男女問わず人気があった。私が彼へ渡す前から、鍛錬部屋の隅には彼が今日一日の間で受け取ったのだろう贈り物が山になっていて、「今更私なんかが渡してもしょうがないな」って思わせるには、余りある存在感を放っていたというのに。
その時、もう既に鍛錬部屋には誰も居なかったので、彼の狼狽がこもった大声は誰に聞かれることもなく部屋の中で反響した。わんわんわん、とエコーがかかって聞こえたのは気のせいかな。ともかく、誰も居ない時を見計らって良かった。彼にその気はないのだろうけど、いつもの元気いっぱいな溌剌ボイスは、如何せん人の目を集めすぎてしまうから。
「普段お世話になっている人へ配ってるんです、なので、幹部殿にもお裾分けで・・・・・・」
暗に「義理です」と伝えたのだけど、彼には関係ないみたい。この頃既に、彼から日課の如く告白まがいの挨拶を受けていたので、彼が私に対してそれなりに好意を抱いてくれているのは分かっていた。それに答えるような勇気や気持ちが私の中で整っておらず、とはいえ、真面目で一生懸命な彼のことは本当に尊敬していたし、普段からお世話になっていたのは事実なので、せめてバレンタインには何か贈り物をしようと考えた。
義理、とは言ったけど、いくつか作った中でも一番出来の良いものを彼に選んだのだから、結局この時から私は、彼に惹かれていたのかもしれない。それは無意識に、無自覚に。彼の良いところばかりに気が付いてしまうのだから、事実として。
なんども「ありがとうな、大事に食べるな!」と繰り返す彼の声は、本当に喜色に溢れていた。イーガは隠密集団で、素性や表情を知られないように仮面を着けるのが義務付けられているけれど、このときの彼は絶対笑顔だった。普段は一団員を窘める側の幹部役が感情に憚らないなんて、ってむず痒い気持ちになりながら、会釈をして踵を返す。鍛錬部屋を去っていくまで、彼はいつまでも大きな手の平にポツンと乗せられたプレゼントを眺めていて、少し、胸の奥がきゅっとした。
・・・・・・さて、これは去年の話。悩みどころは今年の話で、実はこの度、恥ずかしながら彼と恋仲になりました。
私としては、去年バレンタインで渡しているという以上に、せっかく恋人となった彼へプレゼントを渡さない選択肢なんてない。準備だって済ませてあるし、いつでも渡せるように常に懐へ忍ばせている。
問題なのは、この「いつ」渡すかというタイミングだった。気にかかるのは去年の鍛錬部屋で見た、隅っこで山を作る贈り物の数々。恋仲となった今となっては、視界に入れて気分の良いものじゃない。それらが全部、義理的な贈り物だったとしても、きっときらきら光っているように眩く見えて、私のこれが途端に道っぱたの石ころみたいに変わりそうで怖かった。
きっと気さくで明るくて前向きな彼のこと。誰から貰っても「おう、ありがとうな!」なんてニコニコしながら受け取っちゃって、しっかりと食べて感想を伝えちゃったりして、それでまた、「鍛錬班の幹部さんって素敵だよね」って女の子の間でうっとりされちゃうに違いない。・・・・・・私を余所に。
去年は日課の鍛錬をおこなうタイミング、つまり一日の終わりに近い時間に、彼へ押し付けた。なら、早い時刻に訪れれば、せめて山になった贈り物を見るリスクは減らせるかもしれない? と思ったけど、万が一にでも、他の女の子から贈り物を受け取っている瞬間を目の当たりにしたら、それはそれで心に大ダメージを負いそうで気が引ける。
彼が誰からも愛されていると知っていても、いざ恋心に近い感情を向けられている場面を突きつけられるのとでは、雲泥の差があると分かり切っているし。
業務に一区切りがつくごとに「今、鍛錬に行こうか」と思い立つものの、結局腰が上がらず時間だけがすぎることになった。気付いたときには業務が終わってて、いつもと同じ、つまり去年と同じタイミングで贈り物を渡さざるを得なくなってしまった。憂鬱だ。
指先でつまめるくらいの大きさではあるけれど、数日前から仕込んでいたそれは、リボンを巻き、見た目からすぐにバレンタインの贈り物だと分かる風貌をしている。これを持ち歩くのは「あの子誰かにバレンタインの贈り物を渡すんだな」と言いふらしでもしているようで恥ずかしく、とりあえず汗を拭くために持ち込んだ綿布の間に隠してから、鍛錬部屋の戸を抜けた。
このとき、彼は他の団員の稽古をつけている真っ最中で、いつものような熱烈な挨拶を受けることはなかった。今日一日の内で初めて顔を合わせる彼と遠目で挨拶を交わし、プレゼントを挟み込んだ綿布を、壁に寄せられた木箱の上に置いておく。
そのまま鍛錬に移ったけれど、剣を振るいながら、弓の弦を引きながら、そわそわと気にかかったのは、彼が他の人から貰っただろう贈り物のことだった。とはいえ、去年山を作っていたはずの部屋の隅に目をこらしても、きらきらと目に痛いくらい輝いて見えたあれらは、どこにも姿が無い。なんでだろ。もしかして私、バレンタインの日付を間違っている?
程よい時間になって鍛錬を終えた頃、部屋には既に彼と私の二人しか残っていなかった。そろそろ夕餉の時刻だ。私はまだ弓や剣の扱いに不慣れで、満足するまで鍛錬をしていると時間が経ちすぎて、周囲の団員が誰一人いなくなることがしばしばあった。鍛錬場の管理を任されている彼を付き合わせているようで毎度申し訳ない気持ちにもなるのだけれど、私のこういう過集中なところが魅力的なのだと彼は言ってくれる。
彼の優しさだと分かってる。でも最近は、その優しさが心地よくて、甘えてもいいかと自分を許せる気にもなっている。
「今日も毎日の成果が出てたな。お疲れ!」
自分の射った矢を拾い集め、所定の矢筒に片付けていたとき、彼から声をかけられた。
「お疲れ様です。・・・・・・あの、幹部さん、ちょっと聞いても良いですか?」
「ん?なんだ?」
「今日、えっと、バレンタインの贈り物って、何か貰いました?」
手の甲で首元の汗をぬぐいながら、何気なしに問うてみる。何気なし、っていうのは、何気なしに思われたら良いなって私が願ってただけのこと。本当はそわそわと気持ちが落ち着かないのを、彼に知られないように振る舞っただけで、何気ない感じを装えたかどうかはちょっと自信がない。
彼は、そんな私のどうでもいい悩みなんか全く気になってないように、「ん?」と首を傾げて見せるだけだった。
「いや?今年はひとつも貰ってないぞ」
「え、ひとつも?でも、去年は・・・・・・」
「だって、お前から貰えるのに他の人間から貰うわけないだろ! 俺はただ一人、お前から欲しいだけなんだから」
至極当然という風にさらりと笑って言ったその言葉が、また誰も居ない鍛錬部屋にエコーするみたいにわんわんわんって聞こえた。どうしてか分からない。そこまで大きな声で言ったわけでもないのに。
彼が私に対し、憚らない愛情を伝えてくれるのは毎度のこと。この頃はすっかり慣れたつもりだったのに、時折私の予想を超えるような愛情を見せられて、直面するたびに呆気にとられてしまう。
じんわり。彼の言葉を何度か頭で反芻していると、じんわりじんわり、頭の芯の方から、胸の奥の方から、あったかくて、きゅうっと縮まるような痛みに刺された。
その痛みを誤魔化すように下唇を噛み締めていると、彼が「えーと」と、珍しく言葉に迷うような素振りを見せる。
「いつ貰えるか、今日一日ずっと考えてて・・・・・・貰えると思って、良いんだよな?」
なんて、私の顔も見ずに言うものだから、余計にきゅっと胸が痛んで。
私はいっぱいいっぱいに膨らんだ胸のまま、今度は急に緩みだした表情筋を引き締めるためにグッと下唇を噛む力を強めて、例の綿布の元へ向かった。大事に大事に拾い上げて胸に抱きしめて、床を見ながら彼に近づき、足先が視界に入った瞬間にぴたりと立ち止まる。
顔も上げずに、そっと綿布に包まれた小さな贈り物を、彼に差し出した。去年と全く同じ赤い布で包んだ、つまめるくらい小さな贈り物。彼にとっても二度目ましてのはずなのに、初めて見たみたいに息を飲んでみせるのだから面映ゆい。
「これ、どうぞ。去年と同じなので面白くないかも、ですけど」
彼は何も言わずにおそるおそるそれをつまんで、大きな手の平にぽつんと乗せた。暫く黙ったままだったので「何か言ってよー」と居たたまれない気持ちになったけれど、突如「ううう」って上ずり声で唸り出したので、ちょっとびっくりして思わず顔を上げた。
「嬉しいッ、何度貰っても嬉しいッ、ありがとな!本当は貰えるかどうか不安だったんだ」
「そんな・・・・・・渡しますよ。さすがに恋人、ですし」
「常識に期待はしちゃいけない。・・・・・・と、思ってもいたんだ。でも、どうしても気になって・・・・・・すごく嬉しい」
「・・・・・・はい」
「なあ、鍛錬終わりで丁度甘いものが食べたくて・・・・・・開けていいか?」
リボンに手をかけたままうずうずと言われては断ることもできない。本当は私が居ない時にこっそり中を見て欲しい気もあったけど、もう既に彼へ渡したものなのだ。私が彼の行動を指示するのもおかしな話だな、って思って「どうぞ」と手で小さく促した。
彼には、何度か手作りのお菓子を贈り物として渡したことがある。目の前で包装を解かれ、実際に口にして感想を聞いたことも。でも、彼の骨ばった無骨な指先が、信じられないほど繊細な手つきで蝶々結びを解いていく様を見るのは、何度見たって勝手にどきどきと緊張する。布で包んでリボンで縛っているだけの簡素な包装は、リボンさえ解いてしまえばすぐさま中身が姿を現す。
彼が口にすればたった一口で消えてしまうほど小さな、一粒のチョコレートだ。包んでいた布も、包装の仕方も、贈り物の中身も、味も、ほとんど去年と一緒。
違うのは、ちょっとした形だけ。
「これって・・・・・・もしかして・・・・・・」
「今年は、えっと、・・・・・・ハートにしてみました」
チョコレートを団子状に丸めただけの去年とは違い、今年のチョコはハート型。
なんとか立体的になるように捏ねて作ったからか、歪な形になってしまったのはご愛敬だ。
言葉で彼に自分の気持ちを伝えるのが苦手な自覚があるから、せめてこんな形で渡せればいいなと思って頑張った。チョコまみれになりながらなんとか形になったとき、私の気持ちそのものが物体を伴って形になった気がして、妙な気恥ずかしさがあった。彼も喜んでくれるかな、でもやっぱり恥ずかしいなって、気持ちの上がり下がりが激しくて、居てもたっても居られずその場で何回かスクワットしたのも思い出深い。
しかし今、出来立てから随分時間がたって冷静になった頭で現物を見ると、やっぱりやめればよかったかも、なんて不安に襲われた。
「食べるのがもったいない・・・・・・」
彼はそんな私の小さな後悔を、いつも溶かしてくれるからすごいのだ。
ポツと呟かれた声が真剣過ぎて、不安なんて湯煎したチョコみたいに一瞬で溶けちゃった。
「そこまでの出来じゃ・・・・・・形も歪ですし」
「型があるわけじゃないのに、こんな複雑な形、すごいぞ。俺にはまず出来ない。あーでも、どうしたもんかな」
「なにがです?」
「この形じゃ噛めない。勿体なさ過ぎるし、ハートを噛むなんて俺には出来っこない」
ハートが噛めない? と首を捻ったけど、確かにハートを割るようなイメージは、恋人同士の間では縁起が悪いかも。そんなこと考えたことも無かったけど、普段さっぱりとした言動の彼が、意外と律儀にハートの持つイメージを守ろうとしているのが健気で、またきゅう、ってお腹の奥が縮まっていく。
「噛んだって気にしないのに」
「・・・・・・そうか舐めれば良いのか。ゆっくり味わうことにする」
「ええ?舐めて溶かすには少し大きくないですか・・・・・・?」
「絶対噛まない。全部舐める。俺は決めたんだ」
いただきます、と続け様に呟くや否や、私が「あっ」と文句を言う間もなく彼は仮面をずらして、ハート型のチョコレートを口の中に入れ込んだ。
口の中で転がしているのか、縦長になった頬の内側が時折盛り上がって見えるのが真面目な彼にしては珍妙で、見れば見るほど仮面の下の表情が緩んでいく。ぷっ、と吹き出しそうになるのをなんとか堪えたけど、立ち尽くしたまま口の中だけを動かす彼があまりに真剣だから「本当にこのまま舐め切るつもりなんだ」と段々笑えなくなった。
しようがないので近くの木箱に彼の手を引いていって、一緒に隣り合って座り、彼の完食を待つことにした。
さて、大事になったな。まさかハートにしたことで、噛まずに舐めるという話になるとは思わなかった。未だコロコロと口の中で転がしているのか、遠くを見ながら黙ったままの彼の頬が時折盛り上がる。やっぱりちょっとおかしくて「ふふ」と笑みが漏れた折、彼が「ん?」とこっちを向いてきたので、ずっと凝視していたのがバレちゃった。
誤魔化すように「美味しいですか?」と問えば、間髪入れずに何度も首を縦に振られて目を細める。
「あ、このあと夕餉なのにチョコレートなんて食べて、大丈夫ですかね?一粒なら平気かな。やっぱり後に食べた方が良かったような気がします」
「はいほうふは。おえおいふくほはへはい」
「何言ってるか分かりませんっ、食べてから喋ってください!」
「んん・・・・・・うん」
「この時期は皆でチョコのお菓子を作るんで、炊事場はずっと甘い匂いがしてますね。あの匂いだけでも満たされます、私」
「ふんふん」
「チョコって美味しくて、私も大好き。甘くて、すぐとろけて、幸せな気持ちになっちゃう」
「ほはえほ、はへふか?」
「え?」
「はへふか?」
はへふか? 未だ大きな塊が口の中にあるのか、無理に喋る彼の言葉が、はっきりとした音になっていなくていまいち理解できない。
「はふへか?」と繰り返しながら首を傾げれば、彼が私の顎を手にとり、仮面を少しだけずり上げた。
晒されたのは、鼻下の辺りまでだ。なんで、と思ったのも束の間、彼がグッと近づいてきて、柔らかく閉じられた彼の唇が私の口元に押しつけられる。途端、鼻腔をくすぐったのは、今まさに喋りながら想像していた甘ったるいチョコのにおいだった。
こんな形で口づけされると思ってなかったから、完全に不意打ちだ。どきっ、と一段強く心臓が高鳴った後、甘い匂いも相まってふわふわと思考が漂っていくけど、彼が唇の隙間から少しだけ覗かせた舌先でちろちろと舐められて、はっとなった。甘くて蕩ける、チョコのような舌先。でも、彼がしたいのはそうじゃない。彼の言った「はへふか」の意味に思い当たって、頭の方に急速に血が回って熱くなっていく。
堪らず彼の腕に縋れば、彼の太い腕が腰に回されて引き寄せられた。違う、そうじゃない! そんなことしなくて良いって意味で縋ったのに、彼には全く伝わっていない。
でも、じゃあ本気で拒否するかといえば、そんな頭も残ってない。舌先からたった少し送り込まれた唾液が甘くて、それこそチョコみたいで、とろとろで、どんどんどんどん唇をこじ開けるような舌先の動きに、続けて彼から大きな贈り物が口移しにされる。
どろお、とチョコが口中に入ってきた途端、彼の体温で熱せられたそれがとても熱くて、まるで彼の厚い舌先で中を舐め回されているような錯覚があった。それだけでもぞくぞくして思わず呼吸が浅くなってしまうのに、とんだ贈り物だ。甘くて、とろけて、幸せの象徴みたいなチョコレート。彼が食べたはずのそれが、今は彼の唾液を纏って私の中にある。「はへふか」って、「食べるか」ってことだった。
頭がじんじんして、彼にこれを返そうなんて咄嗟に思い浮かばなかった。口の中に、幸せの塊が居座ってる。せっかくだから少し食べちゃおうかなって思っちゃうほど甘くて、誘惑してくる幸せの塊。
決して、嚙んではいけない。彼に倣ってまだハート独特の二山が残ったそれを、形になぞって舐めていく。彼がおそらく、さっきまで口の中でそうしていたように、私も彼の舌が這ったチョコレートを舐め食べていく。
「おいしい?」
彼が、おもむろに私の仮面を全部取り去っていった。ほぼ無意識に瞼を瞑っていたことに、行燈の光が瞼裏を照らしたことで初めて気が付いた。
「息荒くなってる。チョコレート舐めてるだけなのに」
それにも、言われて気が付く。確かに私はチョコを舐めてるだけなのに、随分呼吸が浅かった。全然落ち着いて息が吸えない。胸の底に何か仕込んであるように、深くまで吸った息が入っていかないような感覚がある。
「なあ、そろそろ返してくれるか? 俺も食べたい。お前のチョコレート」
チョコの香る吐息を感じたかと思ったら、彼が水音をたてながら私の口元を食んでくる。啄むような口づけの後に交差させた唇の隙間から舌先が伸びて、随分小さくなったチョコレートを抱き込んで私の舌先に絡まってきた。
もう、熱いやら甘いやら良い匂いやらで頭の中は意味が分からなくて、ちゅくちゅく鳴ってる水音も加わって、五感全部で彼にだめにされていた。チョコレートを食べたい、返してくれって言ったのは彼なのに、小さな欠片になったチョコを彼の舌先が受け取っても、そのまま私の舌先との間でざりざり擦るだけなのだ。チョコの混ざったとろとろの唾液が良い潤滑油になって、その摩擦にぞくぞくする。このとき既に、チョコレートの口移しなんかじゃなく、これは真っ暗な中、誰にも聞かれないように布団を被りながら彼とする、いつもの口づけに変わっていたのだと思う。
彼が口内を舐めるだけで、小さく声を漏らすほど高められてしまった摩擦も、終わりが来る。彼が食べたいといったチョコレートが全て溶けたからだ。固形物は口の中に見つからず、二人して口の中をチョコだらけにしてから、彼は漸く離れていった。
私は文字通り肩で息をしながら、震えて彼の腕に縋った。彼も、寝室でしか見たことないくらい息を荒くして、厚い胸板を激しく上下させていた。
「・・・・・・甘くて、とろけて、幸せだった」
「っもう」
惚けたようにチャラけたことを言うものだから、腹いせに彼の胸板をパシッと叩いた。いてって、全く痛そうじゃない声で返事して、お互いに顔を見る。
口の周りを真っ茶色にしてる大人がそこにいて、私たちは二人同時に声を上げて笑った。