【ss】コーガ様 夢 

「実は、父さんも母さんも、イーガ団の団員だったんだ。今まで黙っていてすまない」

 17になる誕生日。走り込みの鍛錬から家に帰ると、唐突にお父さんから衝撃の事実を聞かされた。
 お風呂で汗すら流していない状態で話される内容にしては些か重くて、身体中の熱が汗の蒸発と共にどんどん冷えていく。
 今日はどんなご馳走が食べられるだろう。何か贈り物があるんだろうかとか、考えている場合じゃなかった。彼らが呆ける私に語り出したのは、今までの人生のこと。そして誕生日プレゼントは、私のこれからへの選択権、そのものだった。

 イーガ団は世を憚る隠密集団。はるか昔に王家から与えられた屈辱を果たさんと、反逆の時を陰の中から目論んでいる集団だ。父も母も団員の一人であり、小道具の卸業者としての彼らは、全て偽りだった。

 両親の後を追って入団を果たすか、それとも縁を切ってハイラルの隅で慎ましく生きるか。たくさん謝られた後に、真剣な顔で迫られた。
 隠密の道は、血の道と同義。父も母も、実の娘に二つに一つの選択を迫らなければならないことに、酷く後悔があったようだ。

 話を聞いた瞬間はびっくりしたものの、同時に「なるほどぉ」と納得する自分もいた。走り込みとか、剣の振り方とか、人の急所はどこかとか、平凡な村で過ごすには一切必要ない鍛錬や知識の数々を、今日の今日まで詰め込まれていたのだ。彼らは自らの娘を、知らない間に隠密の団員として育てあげていた。
 本当は怒っても良かったんだろうけど、私は両親を愛していた。彼らと縁を切って生活することなんか想像できない。
 私は、頭を下げる両親に「イーガ団に入るよ」と告げた。
 泣いて喜ぶ両親は、外野からイーガを支える役目を請け負っているのだと続けた。一方私は、将来ある若者として、本拠での業務を任せることになるという。
 成人を迎えた今日この日、私は、ゲルド地方の隅にあるアジトで暮らすことが決まったのである。


 隠密の生活がどんなものかと、アジトに到着するまでは緊張に苛まれていた。しかし蓋を開けてみればなんてことはない。私は団員の中でも突出して仕事のできる人間であった。
 幼少期からの英才教育が功を奏したのだ。こうなっては両親に感謝するしかなく、幹部さんからもよく褒められた。
 退屈な村の生活ではあり得ない、ハイラルの地を駆ける刺激的な日々は、私のそれまでを一変させた。
 一般的にはあんまり褒められた生活ではないんだろうけど、大志を抱き、主に仕えることそのものが、自分の性にあっていたんだと思う。ゲルド地方の乾燥風土も私の肌になぜか良く馴染み、村に残してきた両親を想いながらも充実した毎日を送っていた。

 とはいえ、両親が教えてくれたのは、あくまで隠密、イーガでの生き方のみだ。成人し、今までと全く違う生活環境に困惑するなんて、いっぱしの社会人として当然あり得るのだろう。
 私もご多聞に漏れず業務以外での問題に直面し、対処に困り果ててしまうことがあった。

「お~い、お前ちゃんと飲んでるかァ~?全然酒、進んでないぞぉ」

 もっとも困ったのは、大人数での酒の席だ。
 酒なんて嗜好品、村にいたときは手に入りもしなかったから、どんなものかも知らなかった。鷹揚なお父さんが飲んでいる姿も見たことがない。もちろん、たくさんの人と一緒に飲めや歌えや大騒ぎの宴会なんて、一度も体験したことがない。
 アジトでは度々、食堂の中央にバナナの山を作り、それを眺めながらの宴会が催される。幹部さんだろうが構成員だろうが、団員であれば一人残らず顔を出す大人数の宴会だ。
 アジトの食堂は酷く狭い。なにもギュウギュウになりながら無理にお酒を飲む必要なんか無いのに、団員が一人残らず酒の席に出席するのには理由がある。そもそもお祭り騒ぎが好きな人の多い集団、というのもあるだろうけど、部屋の奥、ど真ん中でわはわは笑う御人に全ての理由が集約されていた。

 誰であろう、イーガ団を取りまとめる総長・コーガ様だ。普段はなかなかお目にかかれない彼と共に過ごせる貴重な時間なので、彼を敬愛してやまない団員ならば、出席せざるを得ないというのが団員の本懐であった。

 私だって、普段はお姿も見ることができないコーガ様と同じ空間に居たかった。それに、新人だから宴会を断る気概も持ち合わせてもいなかった。仕事はできても、社会人としての振る舞いを素早く身につけられず、飲めない酒を前に曖昧な笑みを浮かべているのが良くなかった。

「全然減ってねえじゃね~か」と赤い頬を仮面の下から覗かせるのは、隣に座っていた幹部さん。目敏く猪口の様子に気づかれ、抑制の効かない声を上げながら、グッと筋肉質な巨漢で圧迫してくる。
 近づいた折ににおったのは確かに酒の吐息で、私は静かに、鼻で息をするのをやめた。

「まぁまぁ幹部さん、この子、新人ちゃんですから、あんまり絡んだら可哀想っすよ」
「んなこといったってなぁ~、一杯も飲んでないのは不公平だろお、一杯くらい飲んで酔っ払え、ほら」
「いえ、私、実は飲めなくて・・・・・・」
「飲んだ上で言ってんのかぁ?お前が飲んでるところ見たことないぞ、ほらほら」

 ぎりぎりまで注がれた猪口を突き出されて、心底困った。確かに飲んだことはない。でも、立ち昇る酒精のにおいにすらオデコの辺りがフワフワしてくる気がするし、鼻の奥の方がうずうずと痒くなってくる気がする。それは到底、美味しそうとは思えないにおいだった。
 それに、いつもは凛々しく憧れすら感じている幹部さんが、こんな情けない姿になっている。頬は真っ赤で、呂律の回っていない舌足らずな喋り口調。低くてキリッとした声は抑揚だらけで、歌でもうたってるのではないかと思うほど。
 酒は忌避すべきもの、絶対飲んではいけないという警鐘に従っても、こればかり仕方ないのではなかろうか。
 ただ、私は結局、仕事のできる女というだけで、社会人としての振る舞い方が身についていない。酒を上手に断る手段が分からず、「いえ私は」とやんわり両手で壁を作ることしか思いつかなかった。

 さっきまで私を庇ってくれていた構成員の人も、結局酔っていた。「飲め飲めー」と幹部さんの味方をし始めたので、今度こそ途方に暮れてしまった。

 飲むしかないのか。飲んだらどうなってしまうんだろう。
 彼らのように呂律の回らない舌でウヒャヒャと笑い、昨日今日にあった自らの失態や功績を、開け広げに語り出すんだろうか。
 魔物と戦ってるときにベルトが壊れてよお、得物を提げてるもんだからズボンがずり落ちちまったぜ、とか。
 もしくはこの前みたいに酩酊が極限で、自らの筋肉を誇示するために装束を脱ぎだしたりとか。
 あるいは絶対に勝ち目のない相手だと分かっているのに幹部さんへ突っかかり、そのままやいのやいの言われながらジャーマン・スープレックスを決められてしまうとか。この前の構成員さんみたいに。

 せっかく真面目に業務へ打ち込む毎日なのに、得体のしれない酒という液体を身体に入れて酔っ払い、弱みを作りたくはない。
 「昨日のお前、すごかったな・・・・・・」なんて改めて言われたら、恥ずかしくて仮面越しに顔を両手で覆ってしまう自信がある。

 とはいえだ。しっかり酔っぱらった幹部さんのズケズケとしたお猪口を振り切れるほど、か弱い私は強情じゃなかった。なんせか弱い。彼の筋肉を突っぱねるくらいなら、一杯くらいのお猪口は我慢すべきかもしれない。自分が飲んだところで、私自身がしっかり理性を保てば問題ないはず。かもしれない。たぶん。きっと。おそらくは。

 ええいままよと、ぐいぐい突き出されるお猪口を手に取ろうかと決心した。鼓舞するために両の拳を一度グッと握り、ゆっくりと指先をお猪口に向ける。ガヤガヤと宴会の声が、このときばかり耳から外れ、音が小さくなった気がした。それほど、飲酒への覚悟を決めて集中していたということか。
 ・・・・・・ただ、結果としてそのお猪口は、私の手の平に収まらなかった。何故かといえば、目の前の卓越しにヌッと手が伸びてきて、私が掴む前にサッと猪口を攫っていってしまったからだ。
 突然のことに、え、と、私から遠ざかっていく猪口を視線で辿れば、まず目に入ったのは、目前の大きなお腹だった。それから、胸元、目の意匠が凝らされたベルト、大きくて派手な襟元に、イーガの面が目に映る。
 卓の前に立って先ほどの酒を煽るのは、この場にいる全団員が忠を捧げる、コーガ様その人だった。

「こ、コーガ様!何を!」
「いや~ちょうどいいところに酒が見えたんで、俺様が飲んでやろうと思ってな。ちょっくら失礼するぜ~」

 先ほどまで舌の回っていない幹部さんの声に、芯が戻る。少し酔いが醒めたようだった。
 それもそうだろう。なんせ、よっこいせといいながら卓を跨ぎ、コーガ様が幹部さんと私の間に、無理やり大きいお尻を詰めてくるんだから。
 慌てる幹部さんを尻目に、コーガ様は手酌で徳利から更に猪口へ酒を注ぎ、仮面の隙間から飲み干してみせる。
 多くの団員が口元を晒したまま宴を楽しむ中で、口元ひとつ見せずに酒を煽っていくのは器用としか言いようがない。私はコーガ様の飲み姿にくぎ付けとなった。

「あ?なんだ?やっぱり酒飲みたいのか?」
「い、いえ!コーガ様が飲まれたいのでしたら、そのままどうぞ!」
「もしくはあれか?俺様の口元でも見てたのかぁ?接吻でもしてやろうか、え?」

 コーガ様の仰ることが頭に染みわたった瞬間、サッと頬に血の気が集まるのを感じた。
 からから笑うコーガ様が他の団員と同じく酔っているだろうことは分かっているが、まさか接吻なんて!
 酒の席はもちろん、私は男の人との色恋話も経験がなく、はっきりと苦手である。
 何も言えずに口を噤むと、「揶揄うのはほどほどに」と、さっきまで私に酒を押し付けてきていた幹部さんが、コーガ様を窘めた。どの口が言うというのか!まったく!

「コーガ様、俺たちが飲んでたのは安酒です、あまり飲まれては悪酔いしますから・・・・・・」
「こいつに酒を進めといて俺様に飲むなとは、いい度胸じゃねぇ~か」
「いえ、そういうことではなく」
「俺様は酒も自由に飲めねえってのか~!?」
「いえ、そういうことではなく・・・・・・」

 幹部さんに詰め寄りながら大声を発するコーガ様に、隣で見ていた私はハラハラしてしょうがなかった。
 元はといえば私が酒を断ったことに端を発している。このまま幹部さんがコーガ様に攻められるのも、安酒でコーガ様がへべれけの醜態を晒し、明日の二日酔いに悩まされるのも、「コーガ様は良いでござるな二日酔いといえば業務をしなくて済むのでござるから」とスッパ様に怒られるのも、本意じゃない。

 どうにかしなければ、と思った末にひねり出した「あ、あの・・・・・・!」という言葉に、コーガ様が「あぁ?」と酒精の匂いと共に振り返った。

「私、飲めます・・・・・・!一口だったら、飲めますから・・・・・・!」

 この場を諫めようとして、変なことを言ったかもしれない。
 ぽかん、と一瞬誰も喋らなくなって、次いでコーガ様が「ぷっ」と吹き出して笑い始めた。

「だははははッ!! おまえっ、その意気やよし、気に入った!もうちょい良い酒を準備してやるから、俺様の部屋に来い!二人で飲み直すぞ!」
「えぇっ・・・・・・!?そ、それは、ちょっと・・・・・・」
「文句は言わせねえ、ほれ、行くぞ!」

 勢いよく立ち上がってぴょん、と卓を乗り越えたと思ったら、そのままコーガ様はスキップでもしそうな足取りで食堂を抜けていってしまう。
 まさか、そうなるとは思わなかった。酔った主と二人きり、それも日はとっくに沈みきった、静かな夜の部屋で?
 どうしようかと周囲に「助けて」の視線を送っても、仮面から覗く幹部さんの口からは「あんまり醜態を晒すなよ」と、貴方が言うな、的な言葉が返ってくるだけだ。幹部役だから口にしないのであって、本当に、貴方が言うな。

 まるで死地に向かう戦士に向けられるような視線を背中に感じつつ、私は卓を乗り越えた。

 あのへべれけのコーガ様を一人で相手することになるのだ。身に余る光栄ではあるが、酒を飲み慣れていない私が、充分なお相手をできるとは思えない。
 気重だ。失敗すれば、明日からのイーガでの生活に影を差すかも・・・・・・。

徐々に騒ぎ始める胸を押さえながら最後に宴会へ振り返る。先ほどまで私を囃し立てていた幹部さんと構成員さんが、雄々しく二人で頷いているのが見えた。それは日中、「しっかりやってこいよ」と業務を見送る素振りと全く同じであった。

 食堂を抜けると、熱気に包まれる部屋とは違い、ひんやりした岩廊下の真ん中でコーガ様が待っていた。これからのことに血の気が下がってるのもあって、廊下の寒々しさは必要以上に緊張を促していく。
 コーガ様、と名前を呼ぶと、「お、来たか」と振り返る。その手には齧りかけのバナナ。
 「んじゃ行くか」という声には、咀嚼音こそ混ざっていても、さきほどの呂律の回って無さは感じない。

「わ、私、飲むとは言ったのですが、その、あんまり得意じゃなくて・・・・・・」
「わーってるよ。お前新人だろ?すまねえなぁ、あいつらも根は悪いやつらじゃないんだが」
「え?え、えぇ・・・・・・いつも良くしていただいてます。酒の所為だと分かっていますので・・・・・・そもそも酒の席で一口も飲まなかった私にも非がありますし」
「非があるってこた、ねえだろ。これは内緒だが、スッパだって酒に弱いんだ。いつも宴会から逃げてる」

 手壁を作って声を潜ませた内容に、思わず「スッパ様も?」と素っ頓狂な声が出る。
 そういえば今日はお姿が見えなかった。いつもは隣にいらっしゃるのに珍しい、と思っていたら、なるほどそういう理由があったのか。
 コーガ様はその後、からから笑ってバナナを一齧り。のしのししっかりと歩かれる姿は、まるで先ほどとは違い、雄々しさを感じる足取りだった。

「だから、お前も、酒がダメなら躱す術を身に着けた方がいいぞ。水を仕込むとかよぉ」
「水、ですか」
「今度、酒の空き瓶でも一つくれてやる。コーガ様から貰った酒だから、私専用ですつって、水仕込んで宴会にもってけ」
「そこまでしていただくなんて、申し訳なく・・・・・・」
「これも総長たる努めよ」

 首だけ回しておどけた声を出す様子に、それまでに私を包んでいた緊張感が、徐々に失せていくのを感じ取っていた。
 暫く歩き、コーガ様が立ち止まる。なにを言われるかとドキドキしていると、「んじゃ、俺様あっちだから」と手を上げられる。
 ・・・・・・ん?状況が把握できないままに、コーガ様が踵を返す。
 「ま、待ってください。どういう・・・・・・」と声を掛けると、食べ終わったバナナの皮をブラブラさせたコーガ様が、俄かに身体を傾けた。

「俺様寝っから、お前も寝るといいぞ。くれぐれもあいつらには、飲まなかったとか言うなよ。めんどくせえから」
「あ・・・・・・はい」

 なんだ、飲まないのか。ここにきてやっとコーガ様の本意を理解した。私のことを慮って、彼はあの場から連れ出してくれたのだ。最初から飲む気など無かった。
 存外、残念な気持ちが声に乗ってしまって、「お前なぁ」と呆れたようにため息を吐かれた。と思ったら、すっと目の前に何かをつきだされる。

 それは一本のバナナだった。
 「ほれ、食え」と言われるがままに受け取ると、そのまま大きな手の平で頭をぽん、と撫でられる。その温かさと大きさ、お腹に似つかわしくない骨ばった指先に呆けると、「じゃあな」とコーガ様が改めて背を向ける。
 今度こそ行ってしまう。でも引き留められず、私は「おやすみなさいませ」と深く頭を下げるばかりだった。

 のしのしと歩かれるコーガ様が廊下を曲がり、姿が完全に見えなくなるまで立ち尽くした。足音も、気配も完全に消え去ってから、私は私の寝所へ向かう。
 冷えた廊下を歩きながらも、胸はトクトクと早鐘を打っていた。あと、いつまでも残る優しい手の平の感触と、コーガ様の体温で暖まったバナナが、今の私には酒より酩酊を促した。

 コーガ様には、これまでだってずっと、頼りがいを感じていたものだ。しかしどうだろう。私を慮ってくれるような落ち着いた言葉と、恰幅の良さ、歩く度に揺れるお尻のお肉、太くてたくましい太もも、そして小さくて可愛らしい結元に、これほどまで敬愛心を覚えたことは無かったかもしれない。
 いや、今までもあったのは間違いないが、その種が今日の出来事で、大樹へ育ったというのが正しいかも。

 コーガ様は、酒の席での振る舞い方を身につけろと仰った。でも、酔っ払いに絡まれたら、颯爽と私を助けてくれる人がいる。むしろ、振る舞い方なんて身につけず、いつまでも困った風に酒を避け続けた方が良いんじゃなかろうか?

・・・・・・なんて頭に上った私は、早速身の振り方が身についてしまったのかもしれない。皮を剥き、静かにバナナを一口、齧りとる。

 勝手に持ち上がる口角はバナナの咀嚼を邪魔してくるが、彼から貰ったそれはホクホクと甘く、私にはこれ以上なく優しく感じられたのだった。
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