「コーガ様・スッパ」が登場する話
アジト内で出るって話。聞いたことあるか?
それは、ふとした話題の一つだった。
イーガの団員は皆、同じスーツを着て、同じ面を着けている。
それでも業務を同じくし、過ごす時間が長くなればなるほど、相手が誰かを判別することは決して難しいことではない。
親密になればなるほど、己の内面を晒すような話題で盛り上がり、面を取って酒盛りをする者もいる。
ただ、それはあくまで、長く時間を過ごした間柄においての話である。
その場、たまたま居合わせた構成員同士の集いで、無条件に盛り上がる話題はそこまで多くないだろう。
恋愛?初対面で距離感がおかしい。
家族?隠密のイーガではありえない。
上司の愚痴?バカタレ殺されてしまうわ。
同じ集団に身を置くとはいえ、気まずい初対面の空気が辺りを包み、誰も喋りだそうとしない。
そんな中、誰が呟いたかもわからないが、耳に聞こえてきたのが冒頭の言葉であった。
出るって、何が?
そりゃお前、あれだよ・・・幽霊だよ。
ひえ、と悲鳴を上げたのはどいつだろうか。
全く、普段は外で人の首を刈ることも厭わない隠密集団が、幽霊ごときで悲鳴を漏らすなど、聞いて呆れる。
イーガ団のアジトは、古代文明の遺跡に、王家から迫害を受けた祖先シーカー族が勝手に住み着いた歴史のある場所だ。
今でこそシーカーの文化を取り入れ、木造の調度品などで辺りを区切ってはいるが、基本的には水も通さぬ岩づくり。どれだけ行燈で辺りを明るくしても、どこかじめじめしたような薄暗さを完全に照らすことなどできない。
その薄暗さこそが、技術力に長けた彼らに「幽霊」という根拠のない不安要素を植え付ける、最大の要因となっている。
ほら、バナナ保管庫に続く廊下のつきあたり、あそこやけに暗くないか?
ああ、俺も思ってた。俺は倉庫番であすこにはよく立つんだが、なんだか肩が重くなるんだよ。
ひえ~、それって、いるってこと!?もう勝手にバナナを取りにいけないよ!
取るな。勝手に。
薄暗い中ではあるが、ひそひそと普段接することもない人間と、ともすれば怪しい話題で話をするのは、意外と盛り上がるものだ。
小さな声ではあるのだが、どうにも上ずる喉奥が抑えきれないのは皆一緒。
そして、どきどきと高鳴る胸を抑えるように、前かがみに背を丸めるのも皆一緒。
初対面の構成員たちは、その時点で既に得も言えぬ連帯感を感じ始めていた。
あとはさ、牢屋の中!夜になると泣き喚く女の声が聞こえるんだとか。
泣き喚いてるの?幽霊なのに?うるさくない?
むせび泣くの間違いでは・・・。
そうかもしれない。ごめん。
いや、想像したらちょっと和んだ。
顔も知らない構成員たちが立っていたのは、行燈の灯りもない壁の際。
窓もないため日の刻すら分からないのが事実だが、恐らく現在、月光も霞む夜だった。
それでなくとも薄暗いアジトの闇が一層濃くなる刻限に、構成員たちは足元も覚束ない。
でもさ、よく言うじゃん?
ん?
幽霊よりも、人間が一番怖いって。俺、ぞっとした話を聞いたことがあって。
うんうん、話して。気になる。
構成員の一人がさ、馬宿の娘と恋仲になったんだってよ。
ほおほお。
でも、路銀なんて幾分も無いじゃん?結婚したいけど出来なくて、悩んでたみたいなんだけどさ、そん時に暗殺業務が入ったわけ。
それでそれで?
夫婦が標的だったらしいんだけど、殺した後にさ、結婚指輪をさ、その・・・。
え!もしかしてその指輪を?
うわぁ、さすがに嫌かも。
だろ。ちょっとぞっとしたよね、さすがにそこまで堕ちたくないって。
その場にいる構成員全員でひえ~と腕を摩っていると、俺も俺も、と別の声。
顔を突き合わせ、耳を澄ませるために構成員全員で円陣を組む。
今しがた集った見知らぬ構成員同士とは思えぬほどの距離感だ。すっかり彼らは意気投合したらしい。
人の恐怖を煽る話とは、それほどまでに居合わせた人間の連帯感を高めてしまうものなのだ。
これはあんまり他言無用でお願いしたいんだが、いいか?
え、重っ。でもいいよ、他には話さない。
お前ら、仮面の裏には、何を書いている?
え?自分の名前とか?
忘れた。村の名前かな?
普通そうだろ?俺だって、ここへ来た日付を書いてる。何か書いとかないと、他のやつらと判別がつかなくなるし。
そうだよね、普通ね。恋人の名前とか、忘れたくないこととか。
俺は隠密をやってる、とある幹部の面裏をな、見たことがあるんだけど。
うんうん。
数字なんだよ。正の数が書いてあって。
数字?日付ってこと?
違う。面裏に、びっしりと、数字が書いてあるんだ。
え。
そいつが隠密に行くたんびに、増えるんだよ、数字が・・・。なぜかというと。
いややめよう・・・気持ち悪くなってきた。
イーガって、怖い人多すぎじゃない?ここに居て大丈夫かな。
一人の言葉をきっかけに、考え込むように皆黙り込む。
この場にいて、良いのだろうか?もう去った方が良いのかも。
いやしかし、自分たちには業務がある、守るべき主がいる。
この場から離れることなんて、自分たちには出来ないだろう。
とりあえず、影も霞むような構成員同士だが、本日の業務だけでも済まさなければなるまい。
そういえば、さ。
うん?
コーガ様って、全然変わらないよね。
頭に思い浮かべた彼らの主は何十年経とうとも、変わりなく主であった。
常に飄々としながらも、団員全てを見守っているあの御方。
いくらシーカー族が長生きだろうと、さすがに全く変化がないのは、おかしいのではないだろうか?
確かに変わらない。おかしいな。
これは僕の憶測なんだけど。
うん、話して。
違う人が、コーガ様に成り替わってるんじゃないかなって。
ええー、そんなまさか。コーガ様は、ずっとコーガ様だよ。
だから、そっくりな人を準備して、私たちの知らない間に入れ替わってるというかさ。
お前、不敬だぞ。そんなことあるか。
でもさーでもさー。
「お前ら、そこで何やってんだ」
突如として背中にかかった声。構成員は声にならない悲鳴をあげて、振り返った。
そこにいたのは、彼らの主。今まさに話題の中心となっていた、イーガ団総長コーガ様だった。
「やけに盛り上がってたな。俺様にも聞かせてみろよ」
ずいと敬愛する主に迫られて、構成員は一同に黙する。
さすがに今しがた囁いていた、不敬に値するかもしれない話題を、本人に直接問いかけても良いものだろうか。
じっとりとした静寂の中、一人の構成員が、あの、と朧げに手を挙げる。
コーガ様は、ずっとコーガ様ですか?
ぼやけた発声に、唯一はっきりとした影の主は、当然と言わんばかりに腰へ手を当てた。
「ああ、俺様はずっと、コーガ様だ。これで良いだろう。お前ら早く、いったらどうだ?」
構成員たちは曖昧に面を見合わせる。
いったらどうだ、なんて適当なことを言われても、今日の業務がほとんど一切進んでいない。
でも業務があります。
まだ全然終わっていませんし、全く、毛ほども。
コーガ様のこともお守りしないと。だって、コーガ様が今ここに。
そうです、私たちは、まだ何も果たしてないです、何も。ひとつも。全く。全然。
コーガ様が、この場にいるなら、業務も終わらせて、コーガ様を。
業務がまだ、業務が、進んでなく、業務が。業務が業務が業務が業務が。
「俺様なら大丈夫。お前らの業務も終わってんだ。だからよ、そろそろ成仏するこった」
構成員は面を見合わせた。
随分、曖昧になった面。覚束ない足元。霞がかった影、朧げな手、ぼやけた発声。
ああ、そうか。俺の僕の私の業務は、もう終わってたんだ。
イーガ団アジトの廊下のつきあたり、何やら薄暗いと噂のあった一角で、その構成員の影は立ち消えた。
「登場人物」
「構成員」
コーガ様がみんな大好き。任務を達成できなかったのが心残り。
「コーガ様」
皆に思われすぎて生霊も死霊も見えるようになった。度々、真夜中の廊下で独り言を言っている姿が目撃されている。