【ss/not夢】イーガ団員の日常話
出会いは、何の変哲もない、全くよくある話。
情報収集のため度々訪れる馬宿に、彼女は勤めていた。
最初は挨拶をする程度。顔なじみとなってからは、世間話を交わすようになった。雨に降られたとかなんとかで馬宿に立ち寄った際、真夜中で二人きり、焚火を囲んで身の上話をした。
決して珍しくはない、不幸な境遇。自分にも通ずるその過去は、共感を呼ぶには充分だった。俺は彼女を意識するようになった。
彼女も、同じだったのかもしれない。気付けばお互い慰め合うように口づけを交わす関係になり、人のいない場所で、逢瀬をする関係となった。
彼女は、俺の正体を露とも知らない。世に嫌われ、反逆の徒とそしられる一味の下っ端。彼女に見せる俺の顔は、面を付けるが如く、いつも違う俺だった。
そんな俺にとって、彼女は、勿体ない人だった。
一所懸命に仕事へ尽くす姿は慎ましく、弱音も愚痴も吐かない生真面目な娘。笑えば花のように朗らかで、鼻先にはいつも泥がついていた。勤労の証とばかり、幼い顔に似合わずしっかりとした体躯で、いつでも前を向き、俺を励ましてくれるとびきりの人。
彼女には夢があった。
いつか馬宿を出て、所帯を持ちたいと。そのためには、生涯に一度きりで良い。契りの証として、伴侶と揃いの指輪を持ちたいと。
焚火の元で聞かされた夢の話に、俺はうんうんと頷いた。
彼女の恋人として、彼女の夢を叶えたいと心から思う。ただ俺は、自らの家を持つことも、所帯を持つことも儘らない境遇だった。せめて契りの指輪だけでもと思えども、そこまでの金もなく、彼女の無邪気な笑顔に、いつも曖昧な返事を返すのみ。
俺に千載一遇の機会が訪れたのは、主が遣わしてくれた偶然の賜物だったのだろう。
その日の仕事は、なんてことはない、どこにでもいる男女一組の二人。
すっかり日の落ちた暗がりの中、荷馬車に乗り、隣合って談笑する様は、遠目から見ても恋仲か何かを思わせる。
何を話しているのか声は聞こえないが、女が口元に手を当てる度、彼女が笑ったときと同じ既視感が頭に巡った。
他愛ない日々の、幸福な会話をしているのだろう。例えば、俺と彼女が交わすような。
「明日は、どこに行ってみようか」
「何をして過ごそうか」
「今日の夕餉は、美味かったなぁ」
「ほらみて、一番星!」
「綺麗だね」
「あぁ、綺麗だ」
恋人同士が交わす話なんて、きっとどんな二人だって大差ない。
俺は二連弓に矢を番え、木の間から馬車が抜け出た機会に、手を離した。
関係ない。彼らは俺ではない。続け様、狼狽する暇さえ与えない素早さでもう一度矢を番え、照準を合わせた先に、手を離す。闇を突き抜ける二本の矢は、どうやら俺の狙った通り、恋人二人の胸を貫いたようだった。
射程ギリギリの距離から射ったものだから、音までは聞こえない。しかし、どうやら手綱を掴んでいた男の方が、荷馬車から転げ落ちたようだ。女はそのまま後方へ倒れ、二人の距離が離れていく。
これはまずい。俺は即座に電光石火の如く走り寄り、そのまま街道を進み続ける馬の前に立ちはだかる。緩やかに足を進めていた馬車馬を驚かせてしまったが、なんとか止めることには成功した。
馬の鼻先を撫でつつ荷を覗くと、仰向けに倒れる女がこちらを見ていた。
未だ息がある。当然だ。抵抗させる力を奪うためだけに、俺は胸へ矢を射ったのだから。
女は、何が起こったか分からぬという表情を浮かべていた。
しかし、しっかと俺を見つめる瞳には、ひとつの意識が見て取れる。震える手が、俺へと向けて伸ばされ、助けてくれと、何故私がと、何事か掠れる声で女が呻いた。
哀れだ。俺は女の首筋に小太刀の刃を当てて、一薙ぎにする。胸からの出血は多いものの、ぱくりと開いた首からは、大した血は出てこない。この人間の命をとることこそが、俺に課せられたただひとつの仕事だった。
呼吸難と失血で徐々に女は動かなくなる。開かれた瞳孔は俺に向けた恨みだろうか。その場にできた血だまりへ、ばちゃと音をたてながら手の平が落とされる。人が物になる瞬間だ。いつもの如く、俺のなんということはない、日々の業務の一。
そこから俺の毎日と少し様相が変わったのは、全くの偶然であった。
普段であればすぐにでも、もう片方の仕事へと勇んだだろう。しかし、そのとき俺が見つけてしまった物は、逸る気を削ぐのに十分な輝きを放っていた。
血だまりに沈む指に光る、小さな輪っか。
荷馬車に取り付けられたカンテラの灯りが、極小さなその輝きを、俺の目に届けてくれた。
俺に向けて伸ばされ、血に落ちたその冷たい指から、ぬるりと輪っかを取り外す。灯りに翳すと、くすんだ金色の光が反射した。素朴ながら小さな石がはめ込まれたその指輪は、到底俺が手を出せないような、上等な逸品だった。
もしやという思いで、地に落ちた男の方へ駆け寄る。打ち所が悪かったのか、俺が手を下すまでもなく、男は息を引き取っていた。
両の手を見ると、左の薬指に、女と同じような輪っかが嵌められていた。
控えめながら確かに己を誇示するそれは、まるで俺に持って行って欲しいと告げているようにも見える。俺はゆっくりと指輪を抜き去り、小ぶりな女の指輪と見比べた。
カンテラの淡い光を鈍く反射する二つの輪っか。同じ意匠を施されたそれらにどんな意味があるのか、分からない俺ではない。
二人は既に、夫婦だったようだ。揃いの指輪は、契りを交わしたものの証。一緒になって何年も経つのだろう、大振りな指輪は手入れもされていないのか、随分くすんだ色だった。
しかし、潤沢な蓄えなどない俺にとって、くすんでいようが何だろうが、願ったり叶ったりの代物だ。これで、漸く彼女へ指輪を渡すことができるのだから。
喜んでくれるだろうか?殺した夫婦から奪った指輪を、これから一生の愛を誓う供物にしても。
喜んでくれるだろうか?一度途切れた愛の誓いを、俺たちが受け継ぐことになったとしても。
男の開いた口を見た。憐れな男だ。一生をかけて守ると誓った女を守れなかった。王家に与したばっかりに。
女の瞳を思い出す。哀れな女だ。俺に呪いをかけんと見つめるその色は、黒く濁り淀んでいた。男と契りを交わしたばっかりに。
荷馬車へと近づき、馬の手綱を解いてやった。そのまま馬の尻を叩くと、自由を得たとばかり、そのまま闇夜の暗がりへ、姿を消していった。
その背姿を見送って、俺は踵を返す。
さて、この浮き足立つ気持ちのまま、どこへ向かおう?仕事は終わった。本来ならばすぐにでも、自分が籍を置く谷の間へと身を翻したことだろう。しかし彼女の元へ寄る一時の余裕はあるはずで、できれば今の高揚した気分のまま、思いの丈を伝えたい。
俺は面を取り、彼女の恋人としての旅人へ、姿を変えた。
何処かの川で紅く染まった輪を洗おう。服で擦れば少しくすんだ色合いも元に戻るはず。
これは、彼女に初めて渡す贈り物になる。喜んでくれるだろうか。嬉しがってくれるだろうか。これ以上ない指輪だと、彼女は思ってくれるだろうか?
俺は愛する人の笑顔を頭に思い浮かべながら、ハイラルの闇に身を沈めていった。
登場人物
「構成員」
彼女とは結婚した。幸せに暮らしている。
「馬宿の彼女」
指輪の刻印が自分とも彼とも関係のないイニシャルであることに、触れられない。