【ss/not夢】イーガ団員の日常話

「休みの日に何をしたら良いか分からない?」

 何気なく呟かれた一言を、私は素っ頓狂な声音でオウム返しにした。

 ここは、ゲルド地方・ターフェイ高地から流れる滝の裏。古代遺跡を掘り当てた我々は、勝手気ままに資材を持ち込み幹部昇格のための試験会場を拓いている。
 その監督を、一人で任されているのがこの私。長年積み重ねてきた経験を目利きに昇華できる部署とはなんとも喜ばしいが、とはいえ団員たちの間では難関と称されているらしく、試験を受けにやってくる者は数少ない。

 そんな私の暇を、目の前の男は知っているのだろう。「お疲れ様です!」と若いなりに溌剌とした挨拶でやってきた団員──コーガ様不在の間、アジトで鍛錬班を任されている幹部だ。
 昔に隠密のなんたるかを教えたことをきっかけに、何かと懐いていくれている。詰所に一人で勤務となった私を気にかけて、度々物資を持ってきてくれるものだから、その度、茶をご馳走してやるのが決まりになっていた。
 二人で喋る話題は業務に関することが中心だが、時に彼から相談を受けることもある。幹部になるかどうかの悩みや、甘酸っぱい春の話をされたことだって。
 だから、取るに足らない質問をされたところで驚くべきではなかったのだが、俄かに意味が分からず、つい高い声が出てしまった。

 湯呑の口を親指で摩りながら、彼は大柄の肩を竦めてみせた。

「唐突に言い渡されるものだから困っちゃって・・・・・・。半日ならともかく、丸一日だとちょっと」
「何もせず、ゆっくり過ごしたら良いじゃないか。普段忙しくしてるだろうに」
「じっとしてるのは性に合わなくて。いつもより長めに鍛錬したりするんですが、どうしたって時間が余るんです」

 「有意義な過ごし方、なにかありませんか」と切り出す声は真剣みを帯びていて、まるでこの前「マモノの小隊と鉢合わせたらどうすべきか」と話し合ったときのようだった。彼は真面目なのだ。良くも悪くも。
 とはいえ世間的には、「休日に何をするべきか」なんてのは、矮小極まりない日々の話に違いない。きっと彼にもそのつもりはあって、そんな話を私に持ち掛けてくるのは、それほど心を開け広げにしている証左のようなものだろう。同輩といえど誰彼構わず仮面をとるわけじゃないイーガの習わしを考えてみれば、きっとこれ以上に名誉なことはない。
 私みたいな年かさが、若い団員に頼られている。その事実を素直に喜ぶべきなんだろうが、とはいえ監督業に着任してからというもの、私は今の今まで休日をもらっていない。
 正直なところ「なんとも贅沢な悩みだなぁ」と咄嗟に思ってしまったのが隠しようのない本音であった。
 休み・・・・・・暫く味わっていない甘美なひと時を頭に思い浮かべながら、「うーん」」と首をひねった。

「布団周りを掃除するとか、普段はしない書類整理をしてみるとか・・・・・・。休みというか仕事みたいだが」
「そんなのを終わらせた上で、暇になっちゃうもので・・・・・・。他になにか暇つぶしになるものはないか、と」
「私は一日かかるというのに・・・・・・。こういうとき、優秀すぎるのも考えものだな」
「部員たちに聞いたときは一日中寝てるか、仲間内で賭博をするか。・・・・・・あとは慰安所に行くってやつもいましたが、あまり参考にならなくて」
「確かにどれも君らしくない」
「だから、いつもここへ足が向いちゃって」

 その一言に、ん?と引っ掛かる。ツルギバナナや定期連絡を携えてきたから、てっきり今日は業務の一環なんだと思っていた。実は違うのか。

「・・・・・・もしや今日は」
「あ、休みです」

 意に介さず放たれた返事に、思わず苦笑いが出た。
 イーガは過渡期を迎えている。団員のまとめ役を担う幹部ともなれば、休みなんて滅多に取れないものだ。その一日を使ってでも会いに来てくれるのは嬉しいが、・・・・・・こちらは業務中なのだが。
 とはいえ、下手をすれば誰とも会わずに一日が終わるばかり。ここで追い返しても自分自身が暇を持て余すだけなので、ありがたく彼の選択肢を受け入れるとしよう。

 ふっと持ち上がった彼への小言を茶と一緒に飲み込んでから、私は「休みか」と腕を組み直した。

「まぁ・・・・・・休日を挟むことで気力が削げてしまっては本末転倒だしな。かといえ、やりたいことはないのか? 普段したくとも出来ないことの一つや二つあるだろう?」
「いやそれが本当に・・・・・・だから、幹部殿がどう過ごしているのか参考にしたくって」
「私のか・・・・・・うーん」

 今でこそ自由にできる時間なんて無いに等しいが、確かにここに就く前は何をしていただろう。暗がりが住み着いたような天井を見上げながら記憶を辿る。

「・・・・・・私が君くらいのときには、大体寝ていたような気がする」
「え、幹部殿が?」
「あぁ、あとは散歩かな。アジトの周辺を日がな一日歩いて回って、食べられそうなものを拾ったりして」
「さんぽ・・・・・・」
「酒を持って出ていくんだ。出先で焼いて食べて、即席のつまみにして」
「そりゃなかなか奇異な・・・・・・いや面白いことやってますね」

 「そうか?」と返す。「酒かぁ」とぼやく彼には響かなかったようだ。

「まぁ、もし暫く休みをもらえるなら、遠出をしたいとは思うがな。各地に降ってきたという遺跡片も見に行きたいし、馬宿巡りをして美味いもんも食いたい。地の野菜をしこたま買ってくれば、暇な詰所勤めの華になる」
「一日じゃあ厳しいですよね。俺もそれくらいの休暇があれば、土産として持ってきたんですが」
「外回りの団員が羨ましくなるよなぁ。でも、バナナなんかを持ってきてくれるだけで、充分助かってるから」

 詰所での生活は自給が原則だ。ただ正直なところ、乾いた砂地の広がるゲルドキャニオンで業務をこなしながら一人で暮らすのは、豊かな自然の恵みに溢れたハイラル平原で野宿するのとわけが違う。彼を始めとした団員達から定期的に送られる差し入れが、私の生活を人間たらしめているのは疑いようのない事実だ。じゃないと、毎日ポカポカダケとカラカラコヨーテの山菜焼きを食べなきゃならない。
 彼が持ってきてくれた早熟のバナナの香りを思い出しながら、雑談を続ける。

「あと私が思いつくことといえば、そうさなぁ・・・・・・。スナザラシで砂漠を駆けてみるとか」
「あー良いですね、スナザラシ。爽快感」
「カラカラバザールに行って、食べ歩きもいいんじゃないか。他民族の行商も割に見かけるし」
「確かに・・・・・・その辺りが丁度良さそうな感じです」
「あ、リフレッシュしたいならゲルドの街も良いぞ。あすこには筋肉マッサージをしてくれる店がある。疲労がたまってるなら行ってみると良いぞ」
「ゲルドの街・・・・・・ゲルドの街に、ですか?」
「ああ。そういえば酒の美味い店もあるな。あすこはおすすめだぞ。カクテルが有名でな、結構甘いが休みの日にぴったりで」
「え、でもあそこは」

 そのとき、会話へ割り入るようにコンコン、と固いものを小突く音が聞こえた。詰所のホールから細く伸びた岩廊下の先、玄関の扉を叩くノック音だ。
 私は咄嗟に「すまない、きっと候補生だ」と席を立った。彼には悪いが、さすがに業務が優先だ。彼は「あ、はい」と湯呑に残った茶を一度に飲みほすと、帰り支度を始めたようだった。

 緩い傾斜のついた岩廊下を抜き足でのぼり、一条の光が差す目出し穴を覗き込む。そこから見えたのは、思った通りなじみ深い赤の装束に、逆さ目模様の白い面。
 ・・・・・・なのは良いのだが、一間あけて佇むその団員の頭に頭巾が被さっている。
 んん? と唸りながら扉を開くと、肥大した筋肉を身につけたイーガの幹部が、陽射しを遮るようにその場へ立っていた。

「こんにちは、先輩。近くを通りかかったものですから」

 常に口端を持ち上げているような低い声で、確証をもつ。目の前の彼は、同族村の監視を任されている諜報班の幹部だ。私が諜報班にいた頃からの付き合いだが、後輩の来訪が重なるとは。
 彼は身を潜めているラネールの隠れ家から、時々アジトへ帰ってくる。その折、体の良い休憩所として幹部詰所へ顔を出すことがよくあった。

「貴様か、暫くぶりだな。元気にしていたか」
「ええ、先輩もおかわりないようで、何よりです」

 「先輩、これ」と流れるように差し出されたのは、ふっくらと膨らんだ茶封筒。目に入った瞬間、ぱっと心が浮わついた。彼がここへやってくるとき、いつも寄越してくれるカカリコのお茶っぱだ。
 「おお、いつもすまないな」と受け取るや否や、緩く包まれた中の空気が押し出されて、芳しい青いニオイが鼻腔をくすぐっていった。飲んでもいないのに、香りだけであの段々畑が広がるようだ。ああ、このにおい、やっぱり好きだなぁ。

「茶っぱが切れそうだったんで助かった。貴様も一杯飲んでいかないか?もてなそう」
「良いのですか? ご相伴にあずかっても」
「ああ、アジトまではまだあるしな。遠慮せず休んでいくと良い」

 ありがとうございます、と続ける彼に踵を返し、滑るように洞穴の坂を下っていく。前の手がまだ少し残ってはいるが、今日封を切らねば茶にも失礼というものだろう。新しい茶を貰ったときは、とにかく一杯目をすぐに煎れたくなってしまうものだが、今日は私だけでなく他の人間にも振る舞えるのだから幸先が良い。
 廊下からホールに出ると、鍛錬班の彼が腰を浮かして待っていた。
 「あ、先輩、誰が」とまで口にして、ぴたりと声を途切れさせる。後ろに控える幹部を見て自ずと理解したらしく、「これからアジトらしくてな」とだけ紹介するに留めておいた。

「おや・・・・・・貴方は」
「・・・・・・どうも」

「彼が茶っぱを持ってきてくれたんだ。ちょっと奥で煎れてくるから、二人で待っててくれ」
「あ、幹部殿、俺は・・・・・・」
「せっかくだ、貴様ももう一杯飲んでいくだろ? 新しい茶は香りが全然違うんだ、良い機会だから」

 握られたままの湯呑へ手のひらを差し出すが、何故だか彼は動かない。いつも歯切れの良い彼にしては反応が鈍く、「どうかしたか?」と首を傾げると、ややあって「じゃあ・・・・・・」と手のひらに湯呑をのせてくる。
 もしや無理に引き留めてしまったろうか。ちらと掠めた考えに多少なり申し訳ない気持ちが芽生えたが、とはいえ彼だったら、本当に帰りたい場合は私の意見を押してでも帰ったに違いない。私の考えすぎ、だったら良いのだが。
 少し気にかかったが、諜報の彼には「ゆっくりしていてくれ」と、それまで私が腰掛けていた木箱を差し出して、そのまま扉を隔てた詰所の奥へと引っ込んだ。
 幹部詰所へこうまで一度に人がやってきたことは無い。茶を注げそうなコップは、もう一人分あっただろうか? とりあえず水を汲んだポットを火にかけ、生活品をしまい込んだ木箱をガサガサとあさった。
 館の主人が客人だけを部屋に残すのも忍びない。急がねば、と焦る私の耳に、扉越しの会話が微かに聞こえてくる。

「なんでアンタがここに・・・・・・。監督殿は業務中だぞ」
「それを言うなら貴方もでしょう。私はアジトへの道中に寄ったまで。大してお手間も取らせていません。それより貴方の方が問題では? 鍛錬班の業務はどうしました」
「俺は今日休日だ。あんたと違って仕事中に抜け出してきてるわけじゃない。自分の時間を使ってここにいるだけだ」
「なるほど先輩の業務を邪魔してるのは自分だと」
「は!? なんでそうなる」
「今そう仰ったでしょう。自分が休みであれば業務中の先輩の時間を圧迫して良いとでも思っているのですか?」
「俺は休みついでに、アジトからの物資を送りに来たんだ! 食材とか、ツルギバナナとかの物資を!」
「ああ~なるほど。自分の休みを返上してね~? それでドヤってるわけですか。休日にまで仕事をしている自分の奉仕性をねぇ~」
「俺の休みをどう使おうと俺の勝手だろう、アンタにどうこう言われる筋合いはない」
「貴方の部下が可哀想になりますよ、上司がこんなじゃまともに休みも楽しめなさそうだ。休みのときまで仕事しろと言われそうで」
「大人しく聞いてればお前ッ」
「なんです、事実でしょう」

「あーもう言い争いをするな! なんで顔を突き合わせただけで喧嘩するんだ、二人とも落ち着け!」

 茶を煎れてホールに戻ると、剣気を纏った二人が面を突き合わせて睨み合っている。
 今にも掴みかかりそうな鍛錬班の幹部と、上から見下ろすように拳を握る諜報班の幹部。彼らの折り合いがなんとなく悪いことは知っていたが、ほんの一瞬席を外しただけでもこうなるのか。
 彼らがどれほど優秀で、イーガへ貢献しているかを知っているからこそ、子供じみたやりとりに呆れてしまう。割り入る私の声に、暫く二人はジッと睨み合った後、ついと顔を背けた。
 机代わりの木箱に湯呑を置き、部屋の隅からもう一つ箱を引っ張ってくる。机を囲む位置で座った私は、「ほら、せっかくの新茶だ。暖かい内にいただくとしよう」と、彼らの前へ湯呑をことん、ことん、と並べた。

 一拍あいたものの、素直に伸びてきた腕を見て、まずは一息。仮面を口元分だけずり上げてから湯呑を近づけると、新緑の香りを内包した湯気が鼻先を湿らせる。思い切り深呼吸すると頭の先にまで爽やかな空気が染みわたっていって、ここが岩屋の奥であることを一瞬忘れるようだった。
 ふうふうと湯気を息で飛ばし、表層の冷めたお湯だけを啜るように口へ含む。はぁ。思わずため息が漏れるほどの熱が、身体の中に落ちていく。
 やっぱり、新しい茶は違うなぁ。青々しい香りが強いし、舌先に残る苦味もえぐみがなくてすっきりしてる。
 カカリコの茶にはカボチャ餡の大福が欲しくなる。あすこに行ったのはどれくらい前だろう。あれは足が速いから、ゲルドとラネールの距離ではなかなか食べられないのが難点だ。

 あちち、と言いながらも茶を啜った鍛錬班幹部に「な、美味いだろ」と視線を遣る。
 彼は何度か、小刻みに首を縦に振ってみせた。

「まとまった休みがあればカカリコに行きたいもんだが、これがなかなかどうして難しい。せめて丸三日は無いと、行って帰ってこられないもんな」
「ですねぇ、私もここまでの道中、馬に歩かせて一日かかっていますから。今は余計に道のりが険しくなりましたし」
「ああ、馬か。私は最近馬にも乗ってないな。休日に平原を馬で駆けるのも良さそうだ」

 チビチビと舐めるように湯呑を傾けていた鍛錬班の彼は「そうですね、馬も」と相槌を打った
 話が見えなかろうと、間髪いれず「実はさっきまで、休日に何をするべきかという話をしていてな」と説明する。諜報の彼は「あぁ休日ですか」と顎に手をかけた。

「今はとにかく忙しく、休日なんて滅多にありませんものねぇ。聞けば彼は今日、まさに休日だとか? コーガ様に感謝しなさいよ。本来なら幹部は構成員の示しになる存在。軽々しく休みなど得られるものではありませんから」
「・・・・・・す」
「まぁまぁ。得られるときにきちんと休日を得られる環境が大切だ。現に貴様だって、アジトに戻れば休みなんじゃないのか?」
「まぁ・・・・・・そうですね、業務報告をして、その後は」
「だったら目くじら立てるんじゃない。こういうときこそ寛容的になるべきだろう」

 この後輩は、何かと他者に厳しい側面のある男だった。同輩だろうがなんだろうが、それがコーガ様の益にならないのであれば、柔らかい口調でズケズケと非難をするし、余計なことをいうものだから始末が悪い。
 自らのことを器用だと思い込んでいる人間ほど、自らの不器用な一面に気が付かないものだ。本質は生真面目なのだろうが、含意が伝わらずに人を立腹させたり、勘違いさせることも多い。もっと相手の気持ちに立って考えるクセをつければ良いのに。
 しかし、私から一言口を挟めば、「はい・・・・・・」としおらしくみせる素直さは持ち合わせている。こういうところが憎めないのだが、後輩に当たりが強いのは考えものだ。
 「まぁ、それは良いとして」 咳払いをひとつして、肩を縮めたままの彼の仮面を覗き込んだ。

「貴様は、休日どう過ごしてるんだ?私も彼もいまいち持て余し気味でな」
「そうですねぇ・・・・・・とりあえず明日は人と会う約束がありますかね。アジトに来なければ会えない人間がたくさんいますし」
「おお、それは良いな。団員同士の交流は重要だ。普段の休日もそうなのか?」
「ええ。大概、人と過ごすかアジトで一人で過ごすか・・・・・・。やはり本拠ほど落ち着く場所はありませんから、帰ってきた時くらいはそのように過ごしてますかねぇ」

 確かに、彼の言うことはよく分かる。私もハイラル中を歩き回っていた時は、カルサー谷に祀られる道祖神が目に入った瞬間、ホッと脱力したものだ。やっと帰ってこれたという達成感と、もう周囲を警戒しなくて良いんだなという安心感と。
 今でこそこの幹部詰所を家のように思っているが、やはりアジトへ戻った時には、得も言えない落ち着きを感じるものだ。見知った団員から「お帰りなさい」と出迎えられるたび、ここは私の居場所なのだなと強く思う。
 私も、近々アジトに顔を出すか。それなりに距離があるし、帰ったら帰ったで新しい業務を言いつけられることも多いから、最近は少し足が遠のいている。

 「貴方も、休みの日は誰かと過ごせば良いではないですか」と諜報の彼が隣に視線をやる。
 私たちの話を静かに聞いていた鍛錬班の彼は、「そうですね」と考え込むようにまた湯呑を傾けた。

「私も、最近はここへやってくる団員を迎えることしかしてないからな。たまには昔馴染みに会いに行くとしよう」
「ええ、いいものですよ、新しい発見がありますし。面と向き合って話さないと通じ合えないことも多いです。書簡だけでは分からない人間の機微といいますか」
「耳が痛いなぁ。私は最近、かなり怠けてる自覚がある。詰所に居っぱなしで」
「先輩おひとりの業務ですから仕方ありませんよ。諜報部員も業務自体は孤独ですからね、部下が本当に仕事をおこなってるかの確認がなかなか大変で」
「定期連絡のやり取りがな、意外と大変なんだよな」
「ほとんど休日返上になりますねぇ。部下の仕事を見なきゃいけないときは」
「そんなに報告書が多いのか、さすが諜報班だな。大変だ」
「やだなぁ、報告書じゃありませんよ。彼らに着いて行って、直接仕事をね」
「・・・・・・ん? 直接か? え? 休みの話だよな」
「ええ、せっかく時間があるのですし、本当に仕事をしているかを目の前で」

 ちょっとよく分からない。頭が混乱して、「それは、どういう」と聞き直せば、彼は笑み混じりに言ってのけた。

「部下の仕事場へ抜き打ちで着いていって、直接確認してるんです。彼らの動きに無駄がないかどうかを」

 抜き打ち? 確認? 仮面の下で目をパチクリさせるが、私の狼狽は彼に伝わっていないようだった。

「そ、それを、貴様の休みの日におこなっていると、こういうことか?」
「え? ええ。そうですが」
「さっき・・・・・・、人に会うと言ったのは」
「部下ですが」

 途端、心の底から這い出たような「うわぁ・・・・・・」という低い声が隣から聞こえた。
 出どころは、今まで黙って聞いていた鍛錬班の幹部だ。 
 諜報の彼が、瞳孔の開いたイーガの仮面をキッと向ける。

「何か、問題でも?」
「いや・・・・・・問題大ありだろう・・・・・・休みの日に、部下の仕事場に着いて行くって、なんだそれ・・・・・・こわ」
「怖い? どういう意味です? はっきり説明していただいてもよろしいですか?」
「じゃあハッキリ言うが、休みの日の上司に付き纏われて、諜報部員には同情する。圧迫感あるだろうなぁ、あんたみたいのが仕事場に着いて来たら。やりづらくってしょうがないだろうなぁ」
「貴方ねぇ、幹部役として、部下の働きを管理するのは一つの義務でしょう。違いますか」
「やりすぎだって話をしてるんだ。休みだぞ? 暇つぶしに部下を使ってるようなもんだ。それはコーガ様への貢献じゃなくて、単なる自己満足じゃないか」
「貴方に言われる筋合いはありませんよ、休みの日に物資の補給がどうのと言っていたくせに」
「あんたも同じだって自覚ないのか? あー・・・・・・部下が可哀想だな、こんなのが上司だったら休みの日も返上しなきゃならないのか。窮屈で仕方ないだろうな~」
「貴方ねぇッ」

 ヒートアップする二人の声音に、やめろと口を開きかけたその時だった。コンコン。コンコン。固いなにかを小突く音────扉のノック音が、彼らの声に紛れて耳に届く。それは来訪者がやってきたという合図で、きっと幹部候補生に違いない。
 「貴様らいい加減にしろ」と言いながら、未だに睨み合う幹部二人へ振り返る。歯を食いしばったような「はい」という返事に呆れながらも、私は玄関口へ急いだ。

 しかし、なんと良いタイミングだろう。正直言って子供じみた内容でいがみ合う二人を諫めるのは骨が折れる。来訪者をきっかけにすれば、会合をお開きにするちょうど良い言い訳にもなるだろう。

 構成員の立ち姿を頭に描きながら、のぞき穴に目を近づける。暗がりからの日の光で視界が焼ける。一瞬で眩くなった世界の中に突っ立っていたのは、赤い装束の人間──イーガの団員だ。
 しかし、すぐさまにおや、と思う、
 仮面の周りを覆う赤いフード。釣り針型の耳飾り。・・・・・・どこからどう見ても、幹部役だ。貴様は通常、幹部詰所には用のない人材だろう。なぜ今日はこうも、幹部役の来訪者が多いんだ。
 しかし追い返すわけにもいかないので、ぎ、と軋む扉を開ける。そこで漸く分かった。日を遮ってその場に立つ大男はよく知った人物だ。
 アジトの玄関先で門番を務める幹部──コーガ様不在のアジトを取り仕切る、まとめ役の男であった。

「息災そうだな」
「げ」
「・・・・・・げ、とはなんだ。げ、とは」

 しまった、思わず心の声が出てしまった。
 彼は業務や不文律に厳しい厳格な男で、私がなかなかアジトに顔を出さないことをチクチクと指摘してくる。物資を補給してくれる団員にことづけるだけなら良い方で、この前なんぞわざわざ「幹部詰所の成果を報告されたし」という自筆の長文を送りつけてきたこともある。
 試験監督を一人でおこなっている私に、ここを空けて度々帰ってこいなんて無茶を言ってるわけだ。彼のその融通の利かなさが、私は正直苦手であった。
 しかし、そうはいっても挨拶も無しに「げ」とは人が悪い。仮面の下でせめて視線を背ける。

「いや・・・・・・すまない、つい。それより、なぜ貴様が」

 口の中で舌を回しきらずにいると、廊下の奥から二人の言い争う声が飛んできた。
 何を喚いているというのか。あの二人は無理にでも追い出した方が良いのかもしれない。

 「ん・・・・・・誰か来ているのか」まとめ役も気になったらしく、首を伸ばして洞穴の奥を覗き込んでくる。
 正直、あまり詳細を語りたくなかった。なぜなら、業務もせずに彼らと話し込んでいたと分かれば、目の前の男は怒気混じりになじってくるだろう。その昔、密かに子犬を餌付けして、アジト近くで世話していた時もそうだった。心に余裕がないからか、ルールを守ることだけを遵守しようと考えすぎているのだ。
 このまま中に入って欲しくない。しかし、私の願いは彼に届かなかった。「あ、あぁ。幹部役が、物資の補給に・・・・・・」とまで紡げば、問答無用で私の横を通り過ぎ、ズカズカと進んでいってしまう。おいと声をかけても足を止めやしないんだ。今日で心底改めたが、イーガの幹部は自分勝手な人間の集まりだ!

「お前ら、ここで何やっとるんだ!!」

 まとめ役の幹部は、ホールへ抜けるや否や怒張声を張り上げた。狭い岩づくりの部屋にビリビリと響く。反響音だけでも耳を塞ぎたくなったが奥歯を噛んで我慢した。
 言い争いに徹していた二人も、さすがに肩を飛び跳ねさせて「あ」「えっ」と固まる。彼の厳しい態度には辟易することもあるが、こういうとき頼りになるものだ。・・・・・・耳は痛いが。
 大股で近づいていく大男に、諜報員の幹部が狼狽したように肩を竦めた。

「あ、あなたがなぜここに・・・・・・」
「それはこちらの台詞。諜報部と鍛錬部が、こんなところに何用だ。監督殿の邪魔をするでない!」
「じ、邪魔など・・・・・・。私は業務の連絡ついでに情報交換をしているだけです。もっとも、彼は休日のようですが」
「あっ、お前」
「事実でしょう。鍛錬班幹部殿は休日を使って試験監督殿へ相談をしに来ていると」

 またいがみ合いが始まりそうなところ、ダンッ!と大きな音が響く。
 二人の肩がびく、と跳ねたその原因は、仁王立ちする大男が足を踏み鳴らした音だった。

「監督殿にはこれから用事がある。お前らも気が済んだのなら解散せよ。監督殿も暇じゃないんだ、時間を取らせるでない!」

 勝手に言ってくれるな、と思ったが、いざこざで大騒ぎになっている二人が引きはがされるなら、何でも良いかとも思った。二人から救済を求める視線を投げかけられているような気もしたが、もう見ないふりをする。
 これだけゴチャゴチャとしてしまっては、いくら私にだってもう何がなにやら分からないのだ。

 しん、と一瞬の静けさが場に満ちる。怒鳴られてシュンと肩を落とした彼らは、仮面同士で視線を交差させているようにも感じられた。もしくは、相手の出方を伺っているのか。
 と思ったら、静々と諜報班の幹部が口火を切った。

「・・・・・・では、私はこれでお暇いたします。先輩、茶をご馳走様でした」
「あ、ああ。気をつけてな」
「また近くを通ったら寄りますので、よしなに。それでは」

 一人。音もなく幹部が立ち去っていく。やけに小さく見える背中が、洞穴の奥へ飲み込まれでもするように。
 今度は鍛錬班幹部に向けて、イーガの視線が集まる。
 あれだけ意気揚々としていた鍛練班の彼が、目力だけで押しこまれるように、肩を縮めてみせた。

「俺も・・・・・・そろそろ行きます。まだ日も高いし、スナザラシにでも乗ってみようかと」
「あぁ、そうすると良い。陽射しには気をつけろよ」
「押しかけてすいませんでした。・・・・・・では」

 45度の礼をした後、静々と去っていく。
 犬猿の仲を思わせる二人が解散となったのは喜ばしいことなのかもしれない。しかし、圧迫感のある岩屋内に沈黙が満ちてから、唐突に気付く。
 二人が行ってしまったということは・・・・・・この刺々しい空気を纏った男を、たった一人で相手しなければいけないということか?
 沸々と怒りの炎を未だに湛える男と二人きり。見開かれたイーガの仮面が、こちらに向けられる。その薄い木板の裏から、じっ、と矢のような視線で射抜かれている。
 空気が重い。なんだか、肩こりでも引き起こされそうなほど。

「・・・・・・まさか、度々ああやって後輩を連れ込み、駄弁を弄しているわけじゃあるまいな」
「失礼だな。今日はほんの・・・・・・たまたまだ」

 咄嗟に反論したが、正直詭弁だ。実際に連れ込んで世間話に興じる機会は多い。
 喋りながら声がかすれているような気がして、ん、んん、と咳ばらいを挟む。

「・・・・・・それに駄弁なんかじゃない。二人とも仕事の話をしにきてただけで」

 苦し紛れが伝わったのか、まとめ役はふん、と鼻をならした。
 空気の重さを誤魔化すためにも、言葉を続ける。

「しかし・・・・・・貴様がここに来るなど珍しいな。いつもは私に、アジトへ顔を出せとさんざ言ってくるのに。暇をしているのか?」
「は? 何言ってる。俺はあんたの業務を引き受けに来ただけだ」

 ・・・・・・おや? 話が見えない。「・・・・・・ん?」とたっぷり間をあけて聞き返せば、彼は呆れた調子で息を吐いた。

「以前送った書簡に書いてあっただろう。コーガ様より、たまには監督役を交代してやれとのありがたいお達しがあったと。数日の内に暇を作るように手配するから知っておいてくれとな。今日がその日で、俺はその交代番だ」
「・・・・・・つまり?」
「今から夜まで、休息だ。好きに過ごすと良い」

 監督役の交代。数日の内に暇を作る。交代番・・・・・・。頭の中で何度か繰り返すと、ああ、確かにそんな文言をどこかで見た気がする、と朧に蘇ってきた。どこかを明確に思い出すことはできないが、彼が言うように、定期連絡を読んだ時の記憶なのだろう。
 唐突に降って湧いたような休息。いや、それは私が忘れていただけの話で、降って湧いたわけではない。前々から決まっていて、私も知っていたはずで、本来だったら、事前に準備もできたはずで。

 とはいえ、一日も半日を過ぎた時間。今から夜までの休息だと彼は言っている。たった半日の休み時間で「好きにすると良い」といわれたって、カカリコに行けるわけでもない。アジトに帰れるわけでもない。今からスナザラシや馬に乗りにいったって、数分で帰宅せねば夜までにここへ戻れない。

 「どうした。行かないのか」不思議そうなまとめ役の声が耳を打つ。

 私は一呼吸、大きく息を吸い込んだ。

「そうだな・・・・・・少し貴様に聞きたいことがあるんだが」
「なんだ」
「休みの日は、どうやって過ごしてる?」
「休み・・・・・・? そんなものほとんど無いが・・・・・・定期連絡の内容を考えたり、日誌をつけたり・・・・・・あとは読書とか」
「・・・・・・そうか。そんなものだよな」
「なんだ、どうしてそんなこと聞いてくる」

 私は、彼に振り返った。


「休みの日に、・・・・・・何をすれば良いか分からなくてな」


 はぁ? 帰ってきた彼の声は、私が思っている以上に素っ頓狂極まりなかった。
18/18ページ
スキ