「コーガ様・スッパ」が登場する話
「なんですか・・・・・・これ」
むせかえるねっとりとした甘い香りに、イーガのアジトへ帰ってきた構成員はその場で立ち止まった。
目に入ってきたのは、主食ともいえるツルギバナナで拵えられた精霊馬。蜜でも散布したんじゃないかと思うほどの甘ったるさは、きっと脚に見立てた木の枝が、皮を破って実に達しているからなのだろう。本来は野菜やなんかで作る物らしいが、このゲルド地方では簡単に手に入らない。お盆には必要な飾り物だと聞いていたし、鼻腔に纏わりつく香りの原因と理由にはまだ納得出来た。
新人の彼が思わず二度見して目を疑ったのは、それらの数が10を軽く越えていたから。作業台と化した土俵を占拠し、我が物顔で群列を為していたのだ。
その立ち姿は威勢よく、しかし同時に不気味でもある。普段は開け放たれている裏門が、砂が入るからという理由で閉じられているからだろうか。じっとこちらを見返す果実の顔貌が、どことなく暗殺者の陰を落としているようにも見える。ペットは飼い主に似るとか、蛙の子は蛙的なアレと一緒かもしれない。
新人の様子とは裏腹に、新たな馬を産み出し続ける総長・コーガは歌なんかうたってご機嫌だった。「いいだろー、こんだけ作るの大変だったぜ」と、人差し指で鼻の辺りの仮面をフフンと擦って見せる。
「いや、これさすがに多すぎませんか?だって精霊馬になったバナナってその後食べないんですよね!?もったいなくありません!?」
「おまっ、ご先祖サマが乗るモンだっつーのになに言ってんだ!うちには迎えたい奴らがごまんと居ンだよ!勿体ないとか言ってるばやいじゃねえだろ!」
「でもバナナを調達するのも大変で、実際不足してる現実があるわけで・・・・・・」
「だーっ分からず屋め!さてはお前新人だな!イーガの盆がどんなもんか分かってねえ!誰か!こいつにもっぺん説明してやれ、徹底的にみっちりとな!」
立ち上がって脚を踏み鳴らすコーガが、ビチリと指を差した瞬間だった。低くない身長のはずの構成員に、黒い影が落ちる。え、という反応も許されず、彼の足先は地面から宙へと浮いた。
骨ばったゴツい拳で首根っこを掴んだのは、彼の上司たる幹部だ。肩に樽を担ぐ巨漢の圧は、まるで総長のみが使用を許される究極奥義・棘鉄球の如し。
仮面越しに間近で睨まれる双眼の圧をはっきりと脳内に描き、新人の構成員は、ただ無力に身体を縮めることと相成った。
巨漢と、宙づりになった新人が静かに去っていく。まったく、これだから外部入団者は・・・・・・と鼻を鳴らしたコーガは、しかしふと動きを止める。
ちゃぷ、ちゃぷ、と何か聞こえた。幹部の肩に担がれた樽からだ。足音も立てない幹部が歩く度、波立つような水音がたっている。
酒だ。しかもハテノで作られた、上物の米酒。なぜ知ってるって、彼に酒を用立てさせたのは他でもないコーガなので。
音でなんとなく、樽がどれほど満たされているのか分かった。おそらく7割、いや8割。自分好みに醸成されていることを願う。晩餐での邂逅を思い浮かべ、じわりと口内に唾液が染み出してきた。
「・・・・・・しかしコーガ様、実際にこれほどの精霊馬、必要なんですか」
仮面の下で悦に入るコーガを仕事に引き戻したのは、共に精霊馬作りに勤しむ団員だった。彼は四つ足動物に見立てるのにもっとも重要な脚作りを担当してもらっている。
コーガは改めてどっかり座り込みながら、「お前まであに言ってんだ」と眉間に皺を寄せた。
「いくらお盆の準備とは言ったって、さすがに・・・・・・年々増えてません?あいつの言ったことも一理ありますよ、飾るのも処分するのも大変ですし」
「お前までそんな事言うのか! 年に一回の行事なんだぞ!?今日奮発しないでいつ奮発するって」
「でもこのくらいにしときましょうよぉ、新人もビビっちまうほど作ること無いですってぇ!」
「仕方ねえなあ、わーったわーった。20まで作ったらおしまいにするから」
元はと言えば、総長に付き合わされる彼は、荷運びの部署の人間だ。精霊馬作りに巻き込まれたのは、たまたま傍を通りがかっただけの不運でしかなかった。
現に彼の業務は今この時をもって押している。本音を言えば、今この場からすぐにでも立ち去って、本来の仕事に戻りたいのだ。
とはいえ、彼は強硬手段に出られない。それはコーガに大して浅からぬ信仰心があるためだけではなく、れっきとしたワケがあった。
なんといっても、今日はお盆。シーカー族に古くから伝わる習わしで、ハイラル各地に散らばった団員でさえも顔を出す特別な時節だ。
夜には、一年に一回という頻度に相応しい規模の宴会が催される。積まれたバナナをどれだけ貪ってもお咎めなしだし、お高い酒だって、飲んべえ揃いの幹部の隙をつけば飲み放題だ。普段声を潜めて生活するイーガの民にとって、同胞と肩を組みながら歌い騒げる無礼講は、めったにない機会であるのは間違いない。
その無礼講の主賓が、精霊馬をまだ作ると言っている。ここで彼の機嫌を損ねでもしてみろ。意外と横暴な主君のこと。自分だけ酒も晩餐も無し、加えて、鍛錬班幹部による地獄の特訓100連発、なんて言い出しかねないんじゃなかろうか。
無論それは言い過ぎだろう。が、絶対に無いとも言い切れない。脚作り職人と化した彼に、イエッサー以外の言葉を紡ぐ選択肢など残されていなかった。
「20ですね?20作ったら、俺もう行きますからね?」
「分かってる分かってる。良い脚頼むぜ、な?・・・・・・あ、失敗した、仕方ねえ食うか」
「え?コーガ様、今なんと?食べたんですか?失敗したバナナ」
「はへへはい、はへへはい」
「コーガ様!」
■
夕日がゲルド高地の奥に沈み、黄昏時の曖昧な明暗が、深穴の間を見下ろしている。イーガの団員が、粛々と集まりつつあった。
簡単に組み合わせた木材にイーガの赤布を垂らしたのは、代々と使っている精霊棚だ。上に乗せるのは艶やかな赤漆の盃。迎え火に使うおがら。それにツルギバナナが3房ほど。棚を取り囲むように、総長の手ずから産みだされた精霊馬が、甘いにおいを放ちながら整列している。
団員が見守る中、コーガが酒の入ったヒョウタンの栓をキュポンと抜き、盃に注いだ。続け様に火打石をかち、かちと擦り、おがら──シーカー族に伝わる植物の代用品としてバナナの葉を乾燥させた────に、火花を散らす。暫くして、かさついた葉の繊維に、赤い染みのような火種がじわりと広がった。
微かに星の点々が散らばる空へ、一筋の白が昇っていく。崖あいを抜けて揺曳するそれは、魂が帰ってくる場所の目印として、役割を果たしてくれるだろうか。
揃って煙の行き先を見上げる団員たちに、コーガがくるりと振り返る。パンッと打ち付けた両手の音と、「よっしゃ!」と景気よく上げた声が、気持ち良いほど抜けた空に吸い込まれていった。
「これにて盆の儀式は終了!あとは酒でも飲んで、ゆっくりすんぞお!」
その途端、わっ、とフロアが沸き上がる。皆諸手を挙げて、構成員も幹部も一人残らずそそくさとアジトの中へ戻っていった。
一年も半年を過ぎ、これはもはや、ひとつの労い行事なのだ。どの団員も、気配は殺せど浮ついた足取りは隠しきれなかった。肉にも魚にもバナナにも酒にも早くありつきたい。腹を満たす美味い物は、どこか空虚な心の隙間を埋めるのにちょうど良い。
楽しみだなぁ。腹減ったぜ。狭いアジトの通路を列になって歩いていく最中、ふと新人の構成員は違和感を覚える。
いつもであれば、列の先頭を歩いていくほど宴会に前のめりな主賓。その姿がどこにも見当たらない。あのたっぷりとした肉付きの良い後ろ姿を見つけられないわけもなく、彼が未だ深穴の間に残っているだろうことはすぐさま想像がついた。
構成員は、徐々に足を止め、人波から抜けた。高揚した同僚たちは気付かず、そのまま先へ行ってしまう。
ゆっくりと遠ざかっていく喧騒を眺めながら、暫くはどうするか考えた。新人が変に気を回すなんて、烏滸がましいんじゃないだろうか。
ややあって、楽し気な残響の中で踵を返し、深穴の間へと足を進める。彼がお盆という宴会を楽しみにしていたのは周知の事実だ。開催の音頭は、やっぱり主君に取ってもらわないと。
コーガを見つけるのは早かった。ひょい、と門から深穴の間を覗くと、精霊棚の前にどっかりと座り込んだ大きな尻が見えた。
その手には酒の入ったヒョウタン。ははぁ、ここで誰にも邪魔されず、お供えしたバナナと酒をこっそり一人で楽しもうという算段か。
大きく息を吸いながら、口元に手を添える。
「コーガ様!宴会────」そこまで声を出して、彼は続きの言葉を途絶えさせた。
「長旅だったろ、よく戻ってきたなぁ。おかえり」
確かに耳を打ったのは、コーガの声。それも随分、楽しげで、親密な。
陽炎の意匠が施されたイーガの瞳が、空中を捉えている。まるで、誰かの顔を覗き込んでいるときみたいに。
「こっちは変わんねえぞ。宴会始まってるからな、楽しんでいけな」
陽は完全に落ち、辺りは真っ暗だった。その中で、迎え火にぼんやりと照らされる主君だけが、空間を切り取られたみたいに浮き上がっている。
時折揺れる背中。鋭い谷風に紛れて聞こえる、微かな笑い声。
あれだけ頼れる逞しい身体が、なぜかこの時、少し違って見えた。まるで自分と同じ、一人の構成員。同志に紛れて酒を酌み交わす、ちっぽけな男の背中のようだった。
むせかえるねっとりとした甘い香りに、イーガのアジトへ帰ってきた構成員はその場で立ち止まった。
目に入ってきたのは、主食ともいえるツルギバナナで拵えられた精霊馬。蜜でも散布したんじゃないかと思うほどの甘ったるさは、きっと脚に見立てた木の枝が、皮を破って実に達しているからなのだろう。本来は野菜やなんかで作る物らしいが、このゲルド地方では簡単に手に入らない。お盆には必要な飾り物だと聞いていたし、鼻腔に纏わりつく香りの原因と理由にはまだ納得出来た。
新人の彼が思わず二度見して目を疑ったのは、それらの数が10を軽く越えていたから。作業台と化した土俵を占拠し、我が物顔で群列を為していたのだ。
その立ち姿は威勢よく、しかし同時に不気味でもある。普段は開け放たれている裏門が、砂が入るからという理由で閉じられているからだろうか。じっとこちらを見返す果実の顔貌が、どことなく暗殺者の陰を落としているようにも見える。ペットは飼い主に似るとか、蛙の子は蛙的なアレと一緒かもしれない。
新人の様子とは裏腹に、新たな馬を産み出し続ける総長・コーガは歌なんかうたってご機嫌だった。「いいだろー、こんだけ作るの大変だったぜ」と、人差し指で鼻の辺りの仮面をフフンと擦って見せる。
「いや、これさすがに多すぎませんか?だって精霊馬になったバナナってその後食べないんですよね!?もったいなくありません!?」
「おまっ、ご先祖サマが乗るモンだっつーのになに言ってんだ!うちには迎えたい奴らがごまんと居ンだよ!勿体ないとか言ってるばやいじゃねえだろ!」
「でもバナナを調達するのも大変で、実際不足してる現実があるわけで・・・・・・」
「だーっ分からず屋め!さてはお前新人だな!イーガの盆がどんなもんか分かってねえ!誰か!こいつにもっぺん説明してやれ、徹底的にみっちりとな!」
立ち上がって脚を踏み鳴らすコーガが、ビチリと指を差した瞬間だった。低くない身長のはずの構成員に、黒い影が落ちる。え、という反応も許されず、彼の足先は地面から宙へと浮いた。
骨ばったゴツい拳で首根っこを掴んだのは、彼の上司たる幹部だ。肩に樽を担ぐ巨漢の圧は、まるで総長のみが使用を許される究極奥義・棘鉄球の如し。
仮面越しに間近で睨まれる双眼の圧をはっきりと脳内に描き、新人の構成員は、ただ無力に身体を縮めることと相成った。
巨漢と、宙づりになった新人が静かに去っていく。まったく、これだから外部入団者は・・・・・・と鼻を鳴らしたコーガは、しかしふと動きを止める。
ちゃぷ、ちゃぷ、と何か聞こえた。幹部の肩に担がれた樽からだ。足音も立てない幹部が歩く度、波立つような水音がたっている。
酒だ。しかもハテノで作られた、上物の米酒。なぜ知ってるって、彼に酒を用立てさせたのは他でもないコーガなので。
音でなんとなく、樽がどれほど満たされているのか分かった。おそらく7割、いや8割。自分好みに醸成されていることを願う。晩餐での邂逅を思い浮かべ、じわりと口内に唾液が染み出してきた。
「・・・・・・しかしコーガ様、実際にこれほどの精霊馬、必要なんですか」
仮面の下で悦に入るコーガを仕事に引き戻したのは、共に精霊馬作りに勤しむ団員だった。彼は四つ足動物に見立てるのにもっとも重要な脚作りを担当してもらっている。
コーガは改めてどっかり座り込みながら、「お前まであに言ってんだ」と眉間に皺を寄せた。
「いくらお盆の準備とは言ったって、さすがに・・・・・・年々増えてません?あいつの言ったことも一理ありますよ、飾るのも処分するのも大変ですし」
「お前までそんな事言うのか! 年に一回の行事なんだぞ!?今日奮発しないでいつ奮発するって」
「でもこのくらいにしときましょうよぉ、新人もビビっちまうほど作ること無いですってぇ!」
「仕方ねえなあ、わーったわーった。20まで作ったらおしまいにするから」
元はと言えば、総長に付き合わされる彼は、荷運びの部署の人間だ。精霊馬作りに巻き込まれたのは、たまたま傍を通りがかっただけの不運でしかなかった。
現に彼の業務は今この時をもって押している。本音を言えば、今この場からすぐにでも立ち去って、本来の仕事に戻りたいのだ。
とはいえ、彼は強硬手段に出られない。それはコーガに大して浅からぬ信仰心があるためだけではなく、れっきとしたワケがあった。
なんといっても、今日はお盆。シーカー族に古くから伝わる習わしで、ハイラル各地に散らばった団員でさえも顔を出す特別な時節だ。
夜には、一年に一回という頻度に相応しい規模の宴会が催される。積まれたバナナをどれだけ貪ってもお咎めなしだし、お高い酒だって、飲んべえ揃いの幹部の隙をつけば飲み放題だ。普段声を潜めて生活するイーガの民にとって、同胞と肩を組みながら歌い騒げる無礼講は、めったにない機会であるのは間違いない。
その無礼講の主賓が、精霊馬をまだ作ると言っている。ここで彼の機嫌を損ねでもしてみろ。意外と横暴な主君のこと。自分だけ酒も晩餐も無し、加えて、鍛錬班幹部による地獄の特訓100連発、なんて言い出しかねないんじゃなかろうか。
無論それは言い過ぎだろう。が、絶対に無いとも言い切れない。脚作り職人と化した彼に、イエッサー以外の言葉を紡ぐ選択肢など残されていなかった。
「20ですね?20作ったら、俺もう行きますからね?」
「分かってる分かってる。良い脚頼むぜ、な?・・・・・・あ、失敗した、仕方ねえ食うか」
「え?コーガ様、今なんと?食べたんですか?失敗したバナナ」
「はへへはい、はへへはい」
「コーガ様!」
■
夕日がゲルド高地の奥に沈み、黄昏時の曖昧な明暗が、深穴の間を見下ろしている。イーガの団員が、粛々と集まりつつあった。
簡単に組み合わせた木材にイーガの赤布を垂らしたのは、代々と使っている精霊棚だ。上に乗せるのは艶やかな赤漆の盃。迎え火に使うおがら。それにツルギバナナが3房ほど。棚を取り囲むように、総長の手ずから産みだされた精霊馬が、甘いにおいを放ちながら整列している。
団員が見守る中、コーガが酒の入ったヒョウタンの栓をキュポンと抜き、盃に注いだ。続け様に火打石をかち、かちと擦り、おがら──シーカー族に伝わる植物の代用品としてバナナの葉を乾燥させた────に、火花を散らす。暫くして、かさついた葉の繊維に、赤い染みのような火種がじわりと広がった。
微かに星の点々が散らばる空へ、一筋の白が昇っていく。崖あいを抜けて揺曳するそれは、魂が帰ってくる場所の目印として、役割を果たしてくれるだろうか。
揃って煙の行き先を見上げる団員たちに、コーガがくるりと振り返る。パンッと打ち付けた両手の音と、「よっしゃ!」と景気よく上げた声が、気持ち良いほど抜けた空に吸い込まれていった。
「これにて盆の儀式は終了!あとは酒でも飲んで、ゆっくりすんぞお!」
その途端、わっ、とフロアが沸き上がる。皆諸手を挙げて、構成員も幹部も一人残らずそそくさとアジトの中へ戻っていった。
一年も半年を過ぎ、これはもはや、ひとつの労い行事なのだ。どの団員も、気配は殺せど浮ついた足取りは隠しきれなかった。肉にも魚にもバナナにも酒にも早くありつきたい。腹を満たす美味い物は、どこか空虚な心の隙間を埋めるのにちょうど良い。
楽しみだなぁ。腹減ったぜ。狭いアジトの通路を列になって歩いていく最中、ふと新人の構成員は違和感を覚える。
いつもであれば、列の先頭を歩いていくほど宴会に前のめりな主賓。その姿がどこにも見当たらない。あのたっぷりとした肉付きの良い後ろ姿を見つけられないわけもなく、彼が未だ深穴の間に残っているだろうことはすぐさま想像がついた。
構成員は、徐々に足を止め、人波から抜けた。高揚した同僚たちは気付かず、そのまま先へ行ってしまう。
ゆっくりと遠ざかっていく喧騒を眺めながら、暫くはどうするか考えた。新人が変に気を回すなんて、烏滸がましいんじゃないだろうか。
ややあって、楽し気な残響の中で踵を返し、深穴の間へと足を進める。彼がお盆という宴会を楽しみにしていたのは周知の事実だ。開催の音頭は、やっぱり主君に取ってもらわないと。
コーガを見つけるのは早かった。ひょい、と門から深穴の間を覗くと、精霊棚の前にどっかりと座り込んだ大きな尻が見えた。
その手には酒の入ったヒョウタン。ははぁ、ここで誰にも邪魔されず、お供えしたバナナと酒をこっそり一人で楽しもうという算段か。
大きく息を吸いながら、口元に手を添える。
「コーガ様!宴会────」そこまで声を出して、彼は続きの言葉を途絶えさせた。
「長旅だったろ、よく戻ってきたなぁ。おかえり」
確かに耳を打ったのは、コーガの声。それも随分、楽しげで、親密な。
陽炎の意匠が施されたイーガの瞳が、空中を捉えている。まるで、誰かの顔を覗き込んでいるときみたいに。
「こっちは変わんねえぞ。宴会始まってるからな、楽しんでいけな」
陽は完全に落ち、辺りは真っ暗だった。その中で、迎え火にぼんやりと照らされる主君だけが、空間を切り取られたみたいに浮き上がっている。
時折揺れる背中。鋭い谷風に紛れて聞こえる、微かな笑い声。
あれだけ頼れる逞しい身体が、なぜかこの時、少し違って見えた。まるで自分と同じ、一人の構成員。同志に紛れて酒を酌み交わす、ちっぽけな男の背中のようだった。