「コーガ様・スッパ」が登場する話
その男はハイラルの城下町で、商いを営む人間だった。
各地を放浪する行商人のとりまとめ役、商人仲間の間では知らない者はいない、いわゆる豪商の一人。
彼に話を通せば、とりあえずは食うに困らず、商いのみで生活をしていけるという噂もあり、その信憑性は、ひっきりなしに面通しを頼む新規参入者が後を絶たないほど。
その実、裏では高利の金貸し業などにも手を広げ、何人もの人間を不幸に貶めてきた。地位や名誉はあるものの、金に汚く性格悪く、多くの人間に疎まれる人でなし。
しかし、男は気にしていなかった。世の中金が全てであり、それこそが誰にも口を出させない、強固な盾だと知っていたからだ。金さえあれば、自分を守る肉盾や、人柱すら用立てることができる。
男の資産は、ハイラル中のどの金庫よりも、分厚い盾となっていた。
そんな男には、男色の趣味があった。
歳は10代、変声期を迎える前が良い。両親に恵まれず、ひもじい思いをしている者だと尚。さまざまな種族を抱いてきたが、結局は自分と同じハイリア人の、細くて健気な、少年が好ましい。
男には妻も子も居たが、決して彼女らにも口を出させはしなかった。孕ませなければ良いとばかり、見て見ぬふりをされていた。
男娼通いは男の日常であり、人攫いから新しい男妾を買うことも、決して珍しいことではなかったのである。
その日、知った筋から流れてきたのは、黒髪の少年だった。
月光を艶やかに返す黒檀のような髪はまっすぐで、男をねめつける瞳と同じ色。齢は14歳程だろうか。幼さを残しつつもどこか厭世的な表情は、年齢に似合わず、人生の酸いを見てきたのだと思わせる。
その反面、何者にも屈しないという強い意志をも感じさせ、男は思わず釘付けとなった。加えて、今にもこの場にいる人間全てを殺さんとする立ち姿。かと思えば、やけに白い首筋が、売り物の証でもある首輪によって、酷く艶めかしく彩られている。
気に入った。男は、凛とした瞳が許しを請う様を想像し、下穿きに収まる己が猛ってくるのを意識した。この生意気な少年に、酸いだけでなく、苦くて甘い人生の珠玉を教えてやらねばと、使命感が湧き上がってしまった。これがまず一つ、男を貶める尽きとも分からずに。
知った筋には言い値で金を払い、未だ男に頭を垂れない少年を、屋敷の離れへと通す。
男の資産を鑑みてみれば、離れはお粗末な出来だった。ギィ、と開けた木製の扉は建付けが悪く、入った瞬間にかび臭いニオイが鼻をつく。薄く埃が積もる調度品に、至るところへ染みのついた大きなベッド。
男は、この粗末で馬小屋のような離れで少年を犯すのが好きだった。これから、この汚い部屋で何をされるのかと、恐怖に怯える少年の表情が堪らない。まだ自分のナニの使い方も知らない少年を、自分との交わりで少女に変えることに、これ以上ない滾りを覚えてしまう。
男はカンテラに灯りを灯し、首輪に鎖を通した少年をベッドへ座るように促した。しかし少年は面通しの瞬間と同じく、人を射るような目で男を見返すのみ。
男は首輪に通された鎖を掴み、少年を引き寄せる。夕餉を食べた、その生臭い口で少年に迫った。
「親に売られたのか?食うに困った口減らしか?」
「・・・」
「それとも親は死んだのか。何にせよ、この世に頼る場所が無いのでは、お前も心細かろう」
「・・・」
「俺のところへ来てよかったな、この後たっぷりと、世の渡り方を教えてやる」
少年の瞳は、相変わらず強い光を纏ったまま、男をしっかと見つめるのみ。
男は鼻を鳴らした。まずは小手調べとばかり、少年の顎を掴み、男を喜ばせる口づけの仕方でも教えてやろうと更に顔を近づける。どうせこいつも、すぐに反抗心などなくなるはず。
と、途端に男の頬を少年の平手が打った。目の前に星が散る。今までも、恐怖におののく少年が無様に抵抗を見せることはあったが、重みが違う。少年とは思えないほどの腕力に、素早さ。何かがおかしい。
この時の違和感を信じ、みっともなく逃げ出せば良いものを。
「お前・・・ご主人さまに手を・・・」
「痴れ者が。下劣なその手で触るなでござる」
「なんだ、その物言いは・・・変な喋り方しやがって」
自分よりも遥かに弱い少年のはずだった。手枷もくつわもさせていなかったことが悔やまれる。
ただ、男は、生意気な少年の瞳から光を奪い、服従させるのが好きだった。ズキズキと痛む頬に、なんとしても屈服させると誓ってしまった。その品性下劣な趣味嗜好が、男の命運を尽きさせるとも知らずに。
離れには、いたいけな少年の心を折るために、さまざまな凶器が置いてある。例えば鞭や蝋、磔の台など。特筆すべきは、どれも利用した過去がないということか。少年の身体に傷をつけるほど、男に血の度胸はなかったのだ。ただ脅す。それだけのために、残酷で業の深い嗜好品を蒐集していたに過ぎない。
男は、黒檀の美しい髪を持つ少年に背を向けて、収集品の中からお気に入りのナイフを手に取った。これで迫ればさすがの少年も、瞳の光を失うはず。今までそうだったというだけで、彼もそうだと決めつけてしまった。これが二つ目の運の尽きである。
下劣な笑みを浮かべながら振り返れば、一間の隙も無くゆらりと立つ少年の姿。髪から覗く彼の瞳は、この世の恨みを凝縮したような。
男は無様にも悲鳴を上げながら飛びのいた。
「お、驚かせるな!分かってるのか!?俺が、お前の、ご主人さまなんだぞ!」
「・・・」
「これを見ろ!怖いだろう、痛いことをされたくなければ、大人しく俺の言うことを・・・」
男は、それ以上の言葉を失った。何故かと言えば、今まで何も持っていなかったはずの少年の手に、見たことも無い三日月形の刃物が握られていたからだ。収集品にしては鋭くて、手入れの行き届いた逸品。カンテラの灯りを鈍く跳ね返すそれが、やけに少年の手に馴染んでいるように見えて、さっと血の気が下がっていく。
少年の瞳の意味に、男がやっと気付いた瞬間だった。
「な、なんだそれは・・・どこから・・・」
「喋る価値もないでござる。外道めが」
使い慣れないナイフを突き出す。が、鋭い振動が手に走ったと思ったら、次の瞬間にはガランガランと大きな音をたてながら、ナイフは地に落ちていた。痺れる手のひらに、叩き落とされたのだと一拍置いて理解する。明らかに、自分とは違う。先ほど叩かれた頬が、痛みを思い出すようにじんじんと疼きだす。
音もなく掲げられた鈍い銀色。ねめつける瞳の色は、最初と同じ気迫であった。彼は明確に、殺意をもって対峙していたのだと、男はやっと理解した。
「天上召されよ」
「助けてくれ!!俺はまだ死にたくな・・・」
命乞いで翳された手は、そのまま何も掴むこと無く床に落ちる。どさりと倒れこむ人影。じわりと広がる赤い液体。首と胴は切り離されたが、筋肉の反射運動で、男の身体はびくついている。それはきっと、多くの人間が望んだ結末か。
少年は、見るまでもなく死んでいる男に背を向け、首を掻いた三日月状の刀を一閃に振って血を飛ばした。続け様、動くたび帯のように揺らめいていた黒檀の髪を、頭の上で結い上げる。
「おー終わったかー、ご苦労さん」
突如として部屋に響いた声は、まるでその場に似つかわしくない暢気さだった。
現れた人物は、男に少年を明け渡した人攫い。言い値で男から金を受け取った、その筋の人間だった。
しかし、その顔の下には別の顔がある。一度手の平を組み、印を結ぶと、周囲に煙幕が広がった。老齢な人攫いはでっぷりとした腹の、仮面の男へと姿を変えた。
「すまんなスッパ、めんどくさいことやらしちまって。警戒心の強い男でな、こうでもしなきゃ仕留められねえと思ってよ」
「いえ、この様な些事たる業務、容易きことでござる」
「まあ、良い経験になったろ?変装も様になってたしよ」
「は、コーガ様と共に任に出るなど、恐悦至極」
「・・・しかしあれだな、口調はもうちょっとどうにかしなきゃだな。怪しまれてたぞ」
「・・・精進するでござる」
頭を上げた少年の顔には、いつのまにかコーガ様と呼ばれた男と、同じマークの仮面が着けられていた。
王家に裏切られ、瞳に涙が足されたというシーカー族のマーク。その離縁の証として、天地を逆さにしたマークの仮面を身につける、反逆の使途。それが彼ら、イーガ団である。
「ま、成果としちゃ上々だ。このままずらかるぞ、人が来たら面倒だかんな」
「御意に」
のしのしと先を行く主の後を、少年は音もなく着いて行く。その歩みに迷いはなく、ただ力強く、地面を踏みしめるのみ。
親は死んだのか、と床に伏す男は聞いた。
頼る場所は無いのか、心細いだろう、とも。
男の問いに答える気など毛頭ない。しかし少年の心には、確かな答えが、居場所が、存在意義がある。
面下で主を見る黒檀の瞳に憂慮などない。
月光よりも強い光を宿しながら、自らの業を見つめるのみである。