■「コーガ様・スッパ」が登場する話

 その男はハイラルの城下町で、商いを営む人間だった。

 各地を放浪する行商人のとりまとめ役、商人仲間の間では知らない者はいない、いわゆる豪商の一人。
 彼に話を通せば、とりあえずは食うに困らず、商いのみで生活をしていけるという噂もあり、ひっきりなしに面通しを頼む新規参入者が後を絶たない事実が信憑性を物語っている。

 その実、裏では高利の金貸し業などにも手を広げ、何人もの人間を不幸に貶めてきた。地位や名誉はあるものの、金に汚く性格悪く、多くの人間に疎まれる人でなし。
 しかし、男は気にしていなかった。世の中金が全てであり、それこそが誰にも口を出させない、強固な盾だと知っていたからだ。金さえあれば、自分を守る肉盾や、人柱すら用立てることができる。男の資産は、ハイラル中のどの金庫よりも、分厚い盾となっていた。

 そんな男には、男色の趣味があった。
 歳は十代、変声期を迎える前がいい。両親に恵まれず、ひもじい思いをしている者だと尚。さまざまな種族を抱いてきたが、結局は自分と同じハイリア人の、細くて健気な、少年が好ましい。
 男には妻も子も居たが、決して彼女らにも口を出させはしなかった。孕む可能性がないのだからむしろ良いとばかり、見て見ぬふりをされていた。男娼通いは男の日常であり、人攫いから新しい情夫を買うことも、決して珍しいことではなかったのである。

 その日、知った筋から流れてきたのは、黒髪の少年だった。
 月光を艶やかに返す黒檀のような髪はまっすぐで、男をねめつける瞳と同じ色。齢は十四歳程度だろうか。幼さを残しつつもどこか厭世的な表情は、年齢に似合わず、人生の酸いを見てきたのだと思わせる。その反面、何者にも屈しないという強い意志をも感じさせ、男は思わず釘付けとなった。加えて、今にもこの場にいる人間全てを殺さんとする立ち姿。かと思えば、やけに白い首筋が、売り物の証でもある首輪で、酷く艶めかしく彩られている。

 気に入った。男は、凛とした瞳が許しを請う様を想像し、下穿きに収まる己が猛ってくるのを意識した。この生意気な少年に、酸いだけでなく、苦くて甘い人生の珠玉を教えてやらねばと、使命感が湧き上がってしまった。これがまず一つ、男を貶める尽きとも分からずに。

 知った筋には言い値で金を払い、未だ男に頭を垂れない少年を、屋敷の離れへと通した。
 男の資産を鑑みてみれば、離れはお粗末な出来だった。ギィ、と開けた木製の扉は建付けが悪く、入った瞬間にかび臭いニオイが鼻をつく。薄く埃が積もる調度品に、至るところへ染みのついた大きなベッド。
 男は、この粗末で馬小屋のような離れで少年を犯すのが好きだった。これから、この汚い部屋でなにをされるのかと、恐怖に怯える少年の表情が堪らない。まだ自分のナニの使い方も知らない少年を、自分との交わりで少女に変えることに、これ以上ない滾りを覚えてしまう。

 男はカンテラに灯りを灯し、首輪に鎖を通した少年をベッドへ座るように促した。しかし少年は面通しの瞬間と同じく、人を射るような目で男を見返すのみ。
 男は首輪に通された鎖を掴み、少年を引き寄せる。夕餉を食べた、その生臭い口で少年に迫った。

「親に売られたのか? 食うに困った口減らしか?」
「……」
「それとも親は死んだのか。なんにせよ、この世に頼る場所がないのでは、お前も心細かろう」
「……」
「俺のところへ来てよかったな、この後たっぷりと、世の渡り方を教えてやる」

 少年の瞳は、相変わらず強い光を纏ったまま、男をしっかと見つめるのみ。
 男は鼻を鳴らした。まずは小手調べとばかり、少年の顎を掴み、男を喜ばせる口づけの仕方でも教えてやろうと更に顔を近づける。どうせこいつも、すぐに反抗心などなくなるはず。
 と、途端に男の頬を少年の平手が打った。目の前に星が散る。今までも、恐怖におののく少年が無様に抵抗を見せることはあったが、重みが違う。
 少年とは思えないほどの腕力に、素早さ。なにかがおかしい。この時の違和感を信じ、みっともなく逃げ出せば良いものを。

「お前……ご主人さまに手を……」
れ者が。下劣なその手で触るなでござる」
「なんだ、その物言いは……変な喋り方しやがって」

 自分よりも遥かに弱い少年のはずだった。手枷もくつわもさせていなかったことが悔やまれる。ただ、男は、生意気な少年の瞳から光を奪い、服従させるのが好きだった。ズキズキと痛む頬に、なんとしても屈服させると誓ってしまった。その品性下劣な趣味嗜好が、男の命運を尽きさせた。
 離れには、いたいけな少年の心を折るために、さまざまな刃物が置いてある。鞭や蝋、磔の台。特筆すべきは、どれも利用した過去がないということか。少年の身体に傷をつけるほど、男に血の度胸はなかったのだ。ただ脅す。それだけのために、残酷で業の深い嗜好品を蒐集していたに過ぎなかった。
 男は、黒檀の美しい髪を持つ少年に背を向けて、収集品の中からお気に入りのナイフを手に取った。これで迫ればさすがの少年も、瞳の光を失うはず。今までそうだったというだけで、彼もそうだと決めつけてしまった。これが最後の尽きである。
 下劣な笑みを浮かべながら振り返れば、一間の隙も無くゆらりと立つ少年の姿。髪から覗く彼の瞳は、この世の恨みを凝縮したような。
 男は無様にも悲鳴を上げながら飛びのいた。

「お、驚かせるな!分かってるのか!? 俺が、お前の、ご主人さまなんだぞ!」
「……」
「これを見ろ! 怖いだろう、痛いことをされたくなければ、大人しく俺の言うことを……」

 男は、それ以上の言葉を失った。何故かと言えば、今までなにも持っていなかったはずの少年の手に、見たこともない三日月形の刃物が握られていたからだ。収集品にしては鋭くて、手入れの行き届いた逸品。カンテラの灯りを鈍く跳ね返すそれが、やけに少年の手に馴染んでいるように見えて、さっと血の気が下がっていく。
 少年の瞳の意味に、男がやっと違和感を持った瞬間だった。

「な、なんだそれは……どこから……」
「喋る価値もないでござる。外道めが」

 使い慣れないナイフを突き出す。が、鋭い振動が手に走ったと思ったら、次の瞬間にはガランガランと大きな音をたてながら、ナイフは地に落ちていた。痺れる手のひらに、叩き落とされたのだと一拍置いて理解する。明らかに今までと違う。先ほど叩かれた頬が、痛みを思い出すようにじんじんと疼きだす。
 音もなく掲げられた鈍い銀色。ねめつける瞳の色は、最初と同じ気迫であった。彼は明確に、殺意をもって対峙していたのだと、男はやっと理解した。

「天上召されよ」
「く、くるな! 俺はっ、まだ……!」

 命乞いで翳された手が、そのままなにも掴むことなくだらりと下がる。倒れこむ人影。じわりと広がる赤い液体。首と胴は切り離されたが、それでも男の身体はびくついている。それはきっと、多くの人間が望んだ結末か。
 少年は、首を掻いた三日月状の刀を一閃に振って血を飛ばした。続け様、動くたび帯のように揺らめいていた黒檀の髪を、頭の上で結い上げる。

「おー終わったかー、ご苦労さん」

 まるでその場に似つかわしくない暢気な声が部屋に響いた。
 現れた人物は、男に少年を明け渡した人攫い。言い値で男から金を受け取った、その筋の人間だった。しかし、その顔の下には別の顔がある。一度手の平を組み、印を結ぶと、周囲に煙幕が広がった。

老齢な人攫いはでっぷりとした腹の、仮面の男へと姿を変えた。

「すまんなスッパ、めんどくさいことやらしちまって。警戒心の強い男でな、こうでもしなきゃ仕留められねえと思ってよ」
「いえ、この様な些事たる業務、容易きことでござる」
「まあ、良い経験になったろ? 変装も様になってたしよ」
「は、コーガ様と共に任に出るなど、恐悦至極」
「……しかしあれだな、口調はもうちょっとどうにかしなきゃだな。怪しまれてたぞ」
「……精進するでござる」

 頭を上げた少年の顔には、いつのまにかコーガ様と呼ばれた男と、同じマークの仮面が着けられていた。
 王家に裏切られ、瞳に涙が足されたというシーカー族のマーク。その離縁の証として、天地を逆さにしたマークの仮面を身につける、反逆の使途。それが彼ら、イーガ団である。

「ま、成果としちゃ上々だ。このままずらかるぞ、人が来たら面倒だかんな」
「御意に」

のしのしと先を行く主の後を、少年は音もなく着いて行く。その歩みに迷いはなく、ただ力強く、地面を踏みしめるのみ。

 親は死んだのか、と床に伏す男は聞いた。頼る場所は無いのか、心細いだろう、とも。
 問われたとして、憂慮など露ほどもない。
 月光よりも強い光を宿しながら、自らの業を見つめるのみである。
2/10ページ
スキ