【ss/not夢】イーガ団員の日常話

 もちろんイーガの団員は一人残さずコーガ様を慕っているが、幹部役を目指す理由は彼を傍で支えたいというだけに留まらない。少なくともその構成員にとって、他に幹部を目指す決定打がないと、難関と噂される幹部昇格試験の門戸を叩く気になれなかったのが事実である。
 地底への物資を送り届ける流通班に所属していた一構成員の彼は、バナナばかりを数える日々を送っている。同部署の団員との休憩中、直属の上司に「なぜ幹部役を目指したのか」と尋ねたのは、決して気まぐれではなく真剣な理由からであった。

「俺が幹部を目指した理由?」

 流通班を取り仕切る幹部役は、幹部の中でも中堅どころといった男だ。流通班のまとめ役だけでなく、主が留守である本拠地の守り手として、裏玄関の守衛番も任されている。もちろん人手が足りない故の兼任ではあるが、それなりに面積のあるアジトに残った幹部役が彼を含めて3人だということを鑑みても、コーガ様からそれなりの信頼を得ていることは間違いない。
 こうした休憩時間の間、意外とフランクに下っ端との駄弁りに付き合ってくれるのだから、彼は割と気の良い男だと部下の間でも評判だった。なんとかかんとかこの時までは。

「はい、もちろんコーガ様をお傍で支えたい気持ちはあるのですが、もう一歩決定的な気持ちがないと、どうも腰が重くて」
「まぁ分からんでもない。今はとにかく忙しい時期だし、合間を縫って昇格試験に行こうって気概があるやつだったら、とっくに幹部になってるわな」

 本音を吐露したところで叱責もしないのは、やはり気安い性格の所為だろうか。真正面同士で座して腕を組み、うんうんと頷いて見せるのは、過去の自分にこそ覚えがあるからかもしれない。

「確かに、俺にはコーガ様をお支えする以外に、明確に幹部を目指した理由がある」
「ほ、ほんとですか!?それはいったいどんな・・・・・・」
「聞きたいか?誰にも話したことはないが」
「聞きたいです!ぜひ聞かせてください!」

 まさか、本当に別の理由が隠されているとは思わなかった。思わず身を乗り出して彼に迫れば、もったいぶったように一度、面が僅かに持ち上がる。ぶんぶんと首を縦に振り続ける構成員の姿を確かめてから幹部はパシッと膝を打ち、「実は、こんなことがあったんだ」と、厳かに語り始めた。



 ・・・・・・時を遡ること数年前、現在こそ流通班をまとめる幹部が、諜報班の構成員としてハイラルの地を駆け回っていたころの話である。
 彼は、影から人の寝首をかくこともある暗殺集団に属しながらも、割にロマンチストな一面を持つ男であった。多くの先達と同じように、恋をし、生涯を誓うような伴侶を得て、家庭を持ちたい。つまるところ、ゲルドの文化で言うヴォーイハント。恋人探しを業務の傍らに行っていたという。
 自らの恋心を満たしてくれる相手であれば、イーガという集団に属さない一般王国民だとしても構わない。自らが境涯を偽り、いつまでも家庭に相応しい凡夫を演じれば、己の居場所を作れるという確信があった。相手の境涯よりも重視したのは、とにかく自らの好みかどうか。すなわち可愛こちゃんかどうかということである。
 相手を探すのに、外回り中心の諜報班はなにかと都合が良かった。路銀を稼ぎながら茶屋へ行き、めぼしい理想的な女の子は居ないかと見回す毎日。もちろん諜報の任務はしっかりとおこなっていたが、それ以上に、仕事終わりの女漁りが楽しかった時期があるのは、嘘偽りない事実である。

 そんなある日、彼に転機が訪れる。初めて訪れる茶屋へ足を踏み入れたところ、正に自分の理想とするベッピンのねーちゃんが、誰と喋るでもなく座っているのを見つけたのだ。
 彼はすぐさまに口説いた。自分の思いつく限り魅力的な言葉を持って、全力で。すると、初対面とは思えないほどに彼女との話が弾む弾む。この時、しかと身分を偽ってなるたけ面白おかしい話をしたつもりであったが、それらが全て彼女の笑いのツボに当てはまったようだった。自らの話術が上手いこと作用したのも、輪をかけて調子に乗った一因となった。
 これは行ける。彼女が口元に手を当てながら上品に笑いを零し、「貴方って面白い人」「こんなに笑ったの初めて」「もっと仲良くなりたいな」「この後、時間空いてる?」などと連ねて言われたものだから、確信が深まっていく。

 あれよあれよと言う間に手を引かれ、彼は茶屋の裏手に回る。おあつらえ向きの納屋がその場にあって、彼女は彼を連れ入った。

「こ、ここって」
「誰も来ない場所よ。丁度良いかなと思って」

 押し固められた干し草が、狙いすましたかのようにベッドの体を為しており、女は彼の手を自らの胸に宛がった。それまで微かに理性を繋ぎとめていた警戒心がその途端に千切れ飛び、彼は彼女を干し草へと押し倒す。後はもちろん、若い男女がやることですのでご想像にお任せします。
 やることやって、彼がはぁはぁ言いながら自らの相棒をしまい込もうとしたその時だ。納屋の扉がバタンという荒々しい音と共に開け放たれて、桑や鎌を持った大男が数人乗り込んできた。
 何の抵抗も出来ないまま、あっという間に下半身を露出させたままの彼を取り囲み、その細くて筋の浮いた腹に桑の切っ先が突きつけられる。

「お前、ここで何してる」
「えっ、いやっ、そのっ」
「こいつは俺のフィアンセだぞ。もしかして無理やりに襲ったのか」
「は!?はぁ!?そんなこと一言も・・・・・・」
「怖かったァ~ん!助けてぇ!」
「ええぇ!?」

 今の今まで干し草の上で荒い息を漏らしていた女が、すっかり身支度を整えた状態で男の後ろへと隠れていく。ひしっ、と抱き留める姿は確かに婚約者を思わせる熱烈さだが、いささかその言葉とハグだけでは納得ができない。

「そんな!俺は彼女に誘われてここにきたんだ!この後、時間空いてるかって聞かれて、胸を揉むように手を掴まれて」
「なに?お前そんなこと、ほんとにしたのか?」
「そんなわけないじゃない!あいつが適当言ってるのよ!私はそんなことしてないし、襲われたの・・・・・・!一生の傷だわぁ!」

 わっ、と両手で顔を覆っておいおい泣き出す彼女の背中を、男は「そうだよなぁ、そうだよなぁ」とわざとらしく摩って見せた。まじかよ、と呆然とする彼に改めて鍬で突き刺さんとばかりに吊り上がった目を向けて、男は改めて彼に切っ先を突き立てる。

「こいつを傷者にした責任は取ってもらう。500ルピー、いや、800ルピーをおいてってもらおうか」
「はああ!?そんな金あるわけ・・・・・・」
「じゃあ命を貰おうか。お前をここでバラバラにして、家畜の餌にしてやる。絶対に許さねえ」

 こんな横暴が許されようか。否、絶対に許されるべきではない。
 人の首を刈ることもある暗殺集団の一人として、こんな無茶苦茶を言われても「んなことできるかッ」とつきっ返す武力があれば良かった。しかし彼にはそれがない。なぜなら暗殺集団とはサシでの殺り合いよりも、奇襲や遠距離攻撃を得意とする機動型。複数の男たちから既に得物を向けられているこの状況は、もう打つ手なしなのだ。従う他にない。
 そもそも彼はなけなしのルピーをしか持たずにここへやってきた。800ルピーどころか500ルピーだって持っていない。悔しさに奥歯を噛み締めながら懐を探ると、100ルピーがチャリンチャリンと転がっていく。後はどれだけ弄っても、青も緑もルピーは出てこない。

「あんだよ、これだけか?しけてんな。まぁ仕方ねえ、これは迷惑料ってことで貰ってくぜ」

 転がり落ちた100ルピーを拾い上げ、男が懐へとしまう。今すぐにでもその首に刀をかけて引き抜いてやりたかったが、如何せん彼は弓の使い手であった。しかもその弓も、女との情事の際に適当にほっぽって、今はどこにあるのか分からない。全てが悪手だ。まさかこんなことになるなんて。
 ぞろぞろと納屋から男たちが引き上げていく中、「待ってくれ」と女の背中に声を掛ける。ちらりと覗いた横目に、彼は必死に追いすがった。本当に君のことを良いなと思ってたのに、これはあんまりだ。君も騙されてるんだろ。俺なら君をこんなことに使わない。

「ごめんね、あたしバカな男の人って嫌いなの」

 じゃ、と指先をちょこちょこと振るさよならの挨拶を最後に、彼女はそのまま納屋の扉を閉めて行ってしまった。
 彼は、途端に暗くなった納屋の中で、漸く彼女たちがグルだった事実に思い当たる。彼女は理想的な女性だったが、その実きっと、自分を最初から騙すつもりで全ての話を合わせていたに違いない。自分はおろかだ。そして、無力だった。
 もし自分に武力があったら、きっとこんなことにはならなかっただろう。男たちに取り囲まれた時も、きっとどうにか切り抜けられたに違いない。そしてきっと、彼女を自分の物にできた可能性すらある。だって女性はみんな、きっと強い男が好きだろうし。
 武力が欲しい。ピンチを切り抜け、逆にチャンスを作れるような武力が。自分には、武力が絶対的に必要だった。


「・・・・・・というわけで、俺はその日を境に猛特訓を続け、無事に幹部に昇格したってわけだ」

 過去を思い出すように天井の遠いところを見つめながら、幹部はそうやって話を締めくくった。
 イーガの仮面が邪魔をしていて彼の表情を伺うことはできないが、きっとその奥にあるのは満足そうな顔付きだろう。口なんか一文字に結んじゃったりして、瞳なんか閉じちゃったりして、青臭い頃の自分を懐かしんでいるに違いない。目の前の構成員がどれだけドン引いた目つきになっているのか、知りもしないで。

「いやあ、あの当時は本当にムカついたもんだが、今となっちゃ感謝すらしてる。今の俺がここにあるのは彼女のおかげだ。あの時だって、することしたわけだし。100ルピーは痛かったが、そこまで高額ってわけでもないしな。高い街娼のねーちゃんを買ったと思えば安いもんだわ。うん」

 構成員はおもむろに立ち上がる。さて、休憩時間は終わりかな。バナナの数を数えるとしよう。でもそろそろ流通班ってのも飽きてきた。ああ、そうだ。やっぱり幹部役を目指してみようかな。少なくとも、この人の元で働く必要はなくなるし、この人が幹部を目指した理由よりは、まだまともな気がする。下剋上を目指すようなもんだから。そうだそうだ、俺にはこんな理由が丁度良く、まさに求めていたものだったのかもしれないな。

「ま、俺が幹部役を目指したのはこんなところだ。参考になったか?あ!もちろんコーガ様をお支えしたいって気持ちが第一にあるのは変わらないぞ!でもやっぱり、もう一押しって大事だよな。その点俺はさ、どうしても俺ぴったりの伴侶が欲しくて、せっかく武力を手に入れたんだし、あの時の彼女にも負けないくらいの理想的な・・・・・・おい、まだ休憩時間終わってねえぞ、もうちょっといいじゃないか。え、無視するなよ、おい。おいってば。おーい」



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