【ss/not夢】イーガ団員の日常話

 同僚の様子がおかしい。二人しかいないイーガの研究班として、彼の異変に気付いたのは私くらいなものだと思う。
 思えばここしばらくの間、彼の浮つきは日に日に増していた。じわりじわりと水が徐々に沁み込むような変化を確信したのは、ついに彼がアジトの仕事部屋に、余計な装飾を持ち込んだからだ。
 葉のついた枝を編み込んで作ったリース。塗装の施されたガラスの球。そしてどこで手に入れてきたのかも分からない巨大な靴下。それらに紐を通して、私との作業場を隔てる柵に意気揚々と飾り出すものだから、最初はなにを余計なことをしているのかと目を疑った。

 ただ、柵にかけられた装飾を見て察せられない程、私は世間に疎くない。柵に飾り付けられたそれらは、いわゆるクリスマスの装飾であった。
 その昔は女神ハイリアの生誕祭として厳かに祈りを捧げる祭りであったらしいが、今はどちらかというと、恋人や家族と贈り物をしあったり、ご馳走を食べる名目となっている。女神を信奉するわけでもないゲルド族やイーガでは、特にその傾向が強いと聞いている。
 季節を問わずゾナウ研究に没頭していたい私としては、こういった祭りごとは関心の外だった。好きなやつが好きにすれば良い。私を巻き込まないのであれば、いつ何を誰がしようとも関係ない。

 しかし、いつも「忙しい忙しい」と、当て擦りのように喧しい男が、聞いたことも無い鼻歌なんぞを歌っているのを見ると、面白くないのが事実であった。
 この浮ついた振る舞い。恐らくクリスマスに、女と過ごす予定でもあるに違いない。

 彼とは同じ研究班として同僚という立ち位置ではあるが、普段からお互いの私情を話す仲ではない。むしろ、後から入団してきたくせに先達に敬意も払わずデカい顔をしていて、この男の印象はあまり良くなかった。
 不可思議に満ちるゾナウギアの研究を私に丸投げしておいて、その結果を利用した乗り物が、イーガの団員の間では好評となっている。いわば良いとこどりをされたようなものだ。面白くないと私が感じるのはもっともだと思う。
 それに、最近は新しい開発すら行わず、地底で壊された乗り物の修理ばかりを手掛けていて、それも面白くない。
私の作ったスベルDEATH3と違い、ゴチャゴチャと余計なものを取り付けているから壊れやすいのだろう。団員にウケているからといって、安全性が伴っていない乗り物を現場に提案するのは、些かプロの作品としてどうなのだ。

 そんな腹立たしい男だ。クリスマスとかいうイベントに浮かれ、あまつさえ仕事を放棄して女と会うのであれば、もうどうしようもない。これまでも彼に対して、どことなく割り切れなさを感じていたものだが、これからは居ない存在として扱うことにしよう。クリスマスなど私には関係ないし、クリスマスを謳歌する者も、私には関係ない。
 それより研究だ。女神の生誕祭など、イーガにとっては単なる平日でしかないのだから。





 アジト全体が日に日に浮ついた空気感を色濃くさせる中、遂にクリスマス当日を迎えた。
 私個人としては、祭りごとの日付なんて普段は把握しないのだが、ことクリスマスにおいては勝手が違う。
 なぜなら、クリスマス独自の習慣で、朝目が覚めると、枕元にリボンの巻かれたバナナが置いてあるのだ。世間では子供が寝ている間に親が贈り物をするらしいのだが、好物が黙って供えられていて悪い気はしない。

 さて、そんなことよりも業務である。身支度を済ませて作業場へ向かうと、昨日とは違う状況が広がっていて目を疑った。
 クリスマスの装飾が増えている。しかも、今までとは様相が違い、部屋全体が赤と緑の光源によって、不可思議な世界観へと染まっていた。
 どうやら、暗い地底では必要不可欠であるゾナウギアのライトに、赤や緑の塗料を薄く塗って装飾代わりとしているらしい。こんな目にバチバチと眩い犯行をしでかしたのは、この日、既に業務を始めている件の同僚以外にない。
 理解できない作業場の状況に、私は鳩が豆鉄砲を食ったように立ちすくんだ。呆然とする私に気付いた彼から「よお」と機嫌よく声を掛けられたが、それにも何も返せない。そもそも昨日までの彼奴なら、朝だといっても私に声をかけてくることなどしなかったはず。私が作業場へやって来てもまるで気付かずに、ぶつぶつ独り言をつぶやきながら修理品から目を離さないままだっただろうに。
 そんな男が、「よお」だと。やはり浮かれている。

「なんなんだ、これは。なぜこんなことになってるんだ」
「いいだろ別に。今日はクリスマスだ」
「良くない。良いわけないだろう、即効ライトを消してくれ。こんな状況じゃ、仕事にならない」

 どことなくむっとした様子の同僚を尻目に、いいたいことだけ言った私はすぐさま踵を返し、自らの持ち場へと着いた。
 それでなくとも、この連日見たくもない彼の浮つきを見せつけられて、バナナを貰えること以上の良さをクリスマスに感じていない。私のクリスマスは、目が覚めた時点で終わったようなものなのだ。
 いつもであったなら、先達への敬意を一切持たない彼に何を言おうと、私の提案は受け入れられなかっただろう。しかし、今回に限り、彼にもやり過ぎた自覚があったのか、暫くしてライトは消され、仕事場はいつもの暗がりに沈んだ。

 全く、何を考えてるんだか。とはいえ、こんな日に朝も早くから仕事を始めているとは驚いた。
 恋人との行事だとイーガ内でも定着しているからか、コーガ様に頼み込んで朝から休みを取る不敬な輩も多いのだ。彼も同類かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。早く作業を終わらせて、業務終わりに会うのだろうか。

 新たな乗り物開発のため、紙と筆を前に頭を悩ませるが、どうもいまいち集中できない。先ほど聞いた「よお」という調子の良い声が何度も頭の中で再生されたし、修理の音に紛れる機嫌の良さそうな鼻歌がやけに耳につく。いや、もしかすると、曲がった棘を金槌で叩いて伸ばすガンガンという音ですら、鼻歌に合わせて音頭をとってはいやしまいか?
 鬱陶しいったらない!頭を使う作業中、それでなくとも彼の作業音は耳に痛くて敵わないというのに!

「少し静かにしてくれないか。君の金槌で集中できない」

 耐えきれず、柵の下から声をかけた。しかし、耳に届いていないらしく、ガンガンと頭にまで響いてくる耳障りな音が続く。
 「なあ!」と叫んでも、無反応。痺れを切らして彼の背後まで近づくと、鼻歌を歌いながら一層楽し気に金槌を振るう姿が目に入ってうんざりした。
 きっとこの後の出来事が楽しみで、妄想の世界に入り浸りとなっているに違いない。

 「静かにしてくれ!」と背後で力いっぱい叫ぶと、そこで初めて私が背後に立っていると気が付いたのか、同僚は 「うわ」と驚きを憚らず肩を飛び跳ねさせた。

「いい加減にしてくれ!君の金槌の音がうるさくて仕事にならない!こっちはアイディア出ししてるんだ、少しは遠慮してくれ!」
「仕方ないだろ、こっちだって仕事だ。それに金槌なんか、いつだってこんなもんだろ、あんたの方こそうるさいって・・・・・・」
「なに?」
「イライラを俺にぶつけるなよ、せっかくのクリスマスだろ」

 その、せっかくのクリスマスだからこそ、私はイライラしてるんだ。
 口を開きかけたが、彼に雑言を浴びせる直前、ため息に変えて吐き出した。舌打ちだけをその場に残し、改めて持ち場に戻る。

 「なんなんだ」と彼の不満そうな声が聞こえたが、まぁ・・・・・・確かに自分でもおかしくなったように感じる。
 彼が女と過ごそうが、クリスマスを謳歌しようが、平日の仕事を満喫するつもりの私には関係ないはずだ。
 なのになぜ、これほどまでむかっ腹がたつのだろう。世間を一色に染め上げるこのイベントが、自分には、・・・・・・いや、自分にだけは関係ないように思えて仕方ないからか。
 また紙と筆の作業に戻ることにした。金槌の音は随分小さく聞こえるようになった、・・・・・・気がする。鼻歌は、ぴたりと無くなった。
 柵を境目に、私の作業場はいつもの日常のまま取り残されている。初めてそんな風に思って、少しだけ、孤独が虚しくなった。




 夕方。
 そろそろ食事の時間だが、やはり今日は作業の進みが遅い。一日を通して集中力を欠いているようで、これはもはやクリスマスがどうとか、言い訳もできない。
 空腹の自覚はあるが、どうしても食堂へいってゆっくり飯を食ってる気にもなれない。
 気が付けば、柵越しに作業を進めていた同僚はその場に居らず、幸福の象徴みたいなクリスマスの飾りつけだけが、ただ静かに暗い中で浮いていた。
 それらは今年の役目を終えたのだろうか。彼奴と共に過ごす間は誇らしげに色づいていたのに、今はただ、捨てられる直前の玩具に見える。

 いつまでも終わらない業務に、はーとため息を吐きながら後ろ手をついた。面白みも無い平面の岩天井を見上げ、やっぱり一息吐くために、食堂へ行こうかどうしようか、と考える。その時だ。

「まだやってたのか、夕餉、片されちまうぞ」

 廊下からヌッと現れたのは、件の同僚だった。
 彼が業務外で私に声を掛けてくるのは珍しいが、なんのことはない。両手にフライドチキンを持っている。その片方を、これから女のところへ持って行くつもりに違いない。
 彼は正に、クリスマスで浮かれている真っ最中で、業務が進まずにヤキモキしている私とは、心の余裕が違うということだ。

「君には関係ないだろ。私は忙しいんだ」
「なんだ、このまま飯を食わないつもりか?せっかくクリスマスなんだぞ」
「せっかくと言うけどな、私にとっては平日みたいなものだ。君と違って」

 紙に視線を戻して筆を手に取ったのは、もう話しかけてくれるなと言外に伝えたつもりだったのに。「ふん」と唸りながら、空気の読めない同僚が近づいてくる。
 この男は本当に・・・・・・と思った瞬間、彼から片手のチキンをつきだされた。

「やるよ。クリスマスのチキン。食堂に行かねえんなら、せめてここで食えばいい」

 やるよ?ここで食えばいい?意味がよく分からない。それは、女に渡すものではなかったのか。
 差し出されたそれを素直に受け取れず、何も言わずにチキンと同僚を交互に見やる。

「君・・・・・・恋人と過ごすんじゃ・・・・・・」
「はあ?恋人?なんのことだ。今日は一日仕事だが」
「やけに浮ついてるから、用事があるんだと思ったが」
「クリスマスだぞ。浮つくだろ。楽しまなきゃ損だ」

 当然とばかりに言われて、なんとなく概要を察した。私は少し、勘違いをしていたようだ。
 彼には残念だが、恋人なんていない。ここしばらくずっと楽しげだったのは、純粋にクリスマスというイベントが彼にとってなぜか特別で、子供みたいに浮かれていただけなのだ。
 リースもそう。ガラス球もそう。理解できないほど大きい靴下もそう。仕事道具としてのゾナウギアに、塗料を塗ったのもそう。
 全ては、彼がのんきにクリスマスを満喫したかったから。

 「いらねえのか」とイライラしだした彼に、私は「ちょっと待っていてくれ」と声を掛け、作業場を後にした。
 向かったのはイーガの炊事場。炊事担当に「珈琲を頼む。ふたつ」と頼むと、夕餉の際中で用意があったからか、すぐさま温かい珈琲を渡される。
 零さないように作業場へ戻ると、彼は両手にチキンを持ったまま、律儀にその場へ佇んでいた。

「珈琲を淹れてきてやった。ブラックだが」
「珈琲かよ~、クリスマスっつったら、普通ココアだろ」
「・・・・・・知らんよ。文句を言うな」

 珈琲を作業場に一旦置いて、彼からフライドチキンを受け取る。「ま、サンキューな」と持ち場に戻る彼の背中に、私は「ん」と一言返した。

 ころもを付けて油で揚げたフライドチキン。脂肪分を控えた食事が多いイーガでは、揚げ物を提供される機会は極めて少ない。いつもクリスマスだろうとなんだろうと仕事に没頭する私は、この日に揚げ物が提供されていることを知らなかった。
 仮面をずらしてかぶりつくと、口中に広がるのは、冷めた鶏肉のジューシーな肉汁と旨味。そして、ぎとぎとと口内に膜を張る油分。

「・・・・・・脂っこいな」

 慣れない食事だが、まぁたまには良いだろう。食べきった後には胃もたれのする予感もあるが、一年に一回ならば、それも許すとしよう。

「なあ、ライトつけていいか?」
「・・・・・・食べきるまでにしてくれよ。業務中は目に痛いから」
「よっしゃ」

 言うや否や、同僚はすぐさま立ち上がってライトをつける。その途端に部屋の中が赤と緑でいっぱいになって、作業部屋自体がクリスマスで浮かれる非日常的な空間になった。
 柵を越えて漏れる明かりが、ばちばちと目に眩い。ただ、朝に見たときよりも素直な気持ちで楽しめる気がする。

 脂っこいフライドチキンとブラックコーヒー。それに同僚の鼻歌に、赤と緑のゾナウギア。
 私のクリスマスは、こんなもんで充分かもしれない。少し日常から外れた今日一日は、存外悪くない締めを迎えられそうだった。

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