【ss/not夢】イーガ団員の日常話
「あなたが好きだ、付き合って欲しい」
ときに戦時とも思えるこの状況で、心を奪われる相手を見つけ、気持ちを伝えたその勇気は賞賛に値する。打倒ハイラル王家を狙い、いつ何時、どこで命を落とすか分からないイーガに身を賭した我々であれば、尚更に。
下っ端構成員の自分に、拳を握って思いを伝えてきたのは、武力があり、地位がある、筋骨隆々ムキムキマッチョの幹部さんだった。いつもの凛とした声音からは想像もつかないほど弱弱しく喉を振るわせて、普段であれば、天井に吊られでもしているのではないかと思うほどスッと伸びた背筋を、丸まらせて。
組織の中でも地位のある人間に告白されれば、普通の女子なら嬉しく思うものだろう。そんな相手に見初められた自分が誇らしく、戦時とはいえ「この人となら安心できる」と将来を見据え、二つ返事で相手に身を任せることだってあるかもしれない。
しかし、自分には出来なかった。なぜなら自分が、立派な一物を携えた正真正銘の男だからである。
この衝撃的な事態にすぐさま対処できなかったのは痛かった。「業務が終わったら、その、玄関口に来てくれないか」と手を揉みながら言われた時に、何となく察するべきだったのだ。
ただ、男である俺が幹部さんに告白され、言葉に詰まってしまったのは、決してそれだけが原因というわけではない。これには非常に深い理由がある。全てを話すのは時間がかかるが、走馬灯のようなものだと思って欲しい。
実際、幹部さんの言葉で真っ白になった俺の頭には、幼少期から今に至るまでの思い出が、次々に蘇ってきていたのだ。
俺の出自は、ごく一般的なハイラルの農家で、兄が二人いる三男坊。それはそれは抜けるような青空の広がる日に、何の苦も無くすぽんと生まれてきた、母孝行な赤ちゃんだったのだとか。
父親似の長男次男とは違い、俺は完全に母親似だった。母は線の細い女性で、日に透かすと黄金のように輝くブロンドヘアが特徴の、眼が冴えるような美人だ。一目ぼれで一緒になったという父親はいつまでも母にゾッコンだったし、そんな母に瓜二つで生まれた俺は、父親にも兄弟たちにもたいそう喜ばれた。はっきりと股間についてるもんがあるにもかかわらず、暫くの間、女として育てられるほどには。
貧しいからと言い訳をして、ご近所さんから譲ってもらった子供服は女物ばかり。いくら髪を切ってくれとせがんでも切ってくれず、逆に油脂を塗って丁寧にキューティクルを守ろうとする始末。道っぱたで見つけたイイ感じの木の枝や綺麗な丸い石ころで遊ぶ代わりに、裁縫や刺繍、編み物なんかの手芸を母親から教わって達者になった。
自分でほつれを直した女物の洋服を着て、天使の輪が光る長髪を靡かせていた俺はきっと、男の要素なんて一つもなかったに違いない。同性の友人も居たには居たが、一緒にごっこ遊びをするときは必ず姫の役をやらされたし、10をすぎる頃、「剣じゃなくて、お前は包丁の方が似合うな」と、木刀を振り回す仲間の輪から外されたこともある。
地元から離れた決定打は、友人の一人だと思っていた男に押し倒されたことが原因だ。「前から好きだった」と茂みで言われ、初チッスを奪われそうになった。
俺は顔こそ母譲りの女顔だが、男にときめいたり恋したりということは一切なく、性対象は異性である。といっても、ずっと好きだった幼馴染の女の子に告白した際、「女友達として付き合ってただけ」と蔑みの目で言われ、異性に関してもトラウマを植え付けられた。ガチガチに見開いたマジな目付の男から押し倒される最中、同性に告白されるってこんな感じなんだと、冷めきった目を思い出していた。
寸でで股間を蹴り上げ事なきを得たが、頭の中で鳴りやまない警鐘に従い、次の日には両親を説得。友人の誰にも何も告げずに奉公へ出て、俺は密やかに田舎を捨てた。
行き先は、土地を管理する大地主の屋敷。使用人の一人として働き始めたのは良いものの、そこでも結局、母譲りの美しい顔を取り沙汰された。
朝起きて支度をする際になぜか主人が扉の前に立っていたり、風呂に入る直前「わしも丁度入るところだったんだ」と主人がやってきて、背中を流す羽目になったりしたこともある。お前の背中も流してやろうと触られそうになるのを何とか回避し、その日から夜半過ぎに軽く汗を流すだけの毎日。
最終的には、男で居させるのはもったいないと、メイドの服を強要された。主人の色めいた瞳に我慢ならず、衝動的に屋敷を飛び出すまで袖を通すことはなかったが、あれを手に迫ってくる下卑た面の男はマジでキモい。寝苦しい日には必ず夢見に立つほど、脂ぎったハゲデブ男が苦手になった。
女として育てられたのが仇となり、俺には鍛え上げられた男としての肉体が備わっていない。環境から自らを追い詰める方が良いかと、さらに地元から離れた遠い場所で警備隊に志願した。
剣も盾もまともに扱ったことの無い俺だったが、毎日へとへとになりながらもなんとか鍛錬についていった。警備隊にさえ配属されれば、兜を目深にかぶることできっと女顔を隠せるはず。
同じく鍛錬をおこなう同期達は、俺を朗らかに受け入れてくれた。「そりゃ大変だったな」「世間にはいろんなやつがいるから」とあまつさえ同情してくれた。男所帯の詰所ではあったが、女顔だからと揶揄ってくるような奴は、当初こそ存在しなかった。
しかし、給金も低く、恋人の一人もいなかった俺たちは、鍛錬が厳しくなるごとに性欲を持て余していく。
どっかのタイミングで俺は気付けたのだろうか。朗らかな笑みを浮かべていた同期たちが俺の手首を捕まえて、壁へ押し付けてくる未来を。
「お前のことが女にしか見えなくなった」「警備隊を目指すのなんか辞めちまえ、俺がお前を警備してやるから」とか言われたところで何も嬉しくない。汗を流すためのごく短い湯浴みの時間に、俺の股間の一物だってやつらははっきり見ていたはずだ。なのにやつらは、俺の女顔しか目に入らなくなったのか。
警備隊の詰所から逃げ出した。そもそも荷物なんてほとんど持っていなかったから、着の身着のまま走り出した。
両親は俺想いで、兄弟は優しかったが、このときは彼らと血の繋がりを感じる自分の顔が、嫌いで嫌いで仕方なかった。ナイフを片手に、肉を削げば顔つきも変わるだろうかと頬に沿わせたこともあるが、結局のところ勇気なんてない。痛いのは嫌だ。だけど、この顔のままでいるのも嫌だ。俺は矛盾した気持ちに苛まれた。
そんな俺が、出自は元より、自らの名前や顔を捨てて入団を果たす「イーガ団」に流れ着いたのは、当然の帰結であったように思う。
見られるのが嫌で、布を顔に巻き付けて過ごしていた俺は、まともな職にも就けず冒険者の真似事をしていた。
いや、嘘はよそう。警備隊の詰所からも逃げ出した俺に、道中で魔物と会って対処できる腕力は無い。心だけは冒険者のつもりでいたが、街道から離れて歩く勇気もなかったこの当時、野の物で食いつなぎ、すれ違う人がいれば路銀を恵んでくださいと頭を下げた。おそらくそれは、乞食と同じような生活だった。
何度か繰り返す内、冒険者に身を扮していたイーガの団員とかち合ったのは、今生で最大の僥倖だったに違いない。
それほどまでに人生に悔いがなく、信仰する対象もいないのなら、一緒に谷へ来いと誘われたわけだ。
正直いって、イーガ団での生活は天国だ。
打倒王家を狙った毎日の鍛錬は、男らしい身体を得たいと考える俺にとってまたとない好機であるし、上官として鍛錬をつけてくれる幹部さんは、軒並みびっくりするくらいのマッチョで鮮烈に憧れた。
警備隊での生活が役に立った。イーガで扱う弓や剣は、割と手に馴染む得物だ。幹部さんから「筋が良いな」と褒められるくらいには、俺はイーガの生活に前向きで積極的だった。
長らく浮浪者をしていた俺にとっては、衣食住が担保されているのも堪らない。雨風が凌げる。綿の入った布団で寝られる。自分で食料を調達する必要もなく、冷えた生の食べ物を無理に齧る必要もない。
それになにより、イーガに居る限り反逆のマークを刻印した仮面を身に着けるのが常態だ。嫌で嫌で仕方ない母親譲りの女顔で、同志と接する必要がない。
いつも仮面のままツルギバナナを片手に彼らと話していると、表情も分からないのに、心根から繋がっているような気持ちになる。顔から判断される必要のない付き合いとは、こんなにも居心地の良いものだと知らなかった。裁縫をしても刺繍をしても編み物をしても、「お前すげえな!」とシンプルに技術を褒められるし、俺の素顔や過去を詮索する人間もいない。
地元の友人と遊んだときも、奉公で屋敷に行ったときも、警備隊の詰所に居る時も、いつも俺は心のどこかで鬱屈としていたのだ。
内なる俺と、顔の造形がもたらす俺は全くの別物で、その違和感がずっと気持ち悪かった。清らかで清楚な母の顔を持ちながら、内心はいつだって野心と凶暴性と蛮勇に満ちていたのだから。
ここでなら、母の顔に免じて自らを偽る必要性がない。イーガに来て良かった。俺はずっと、イーガに来るべきだった。
そう思っていた矢先、だったのに。
「・・・・・・どうかしたか、返事を聞きたいのだが」
目の前のムキムキマッチョが、傲慢と思えるほど膨れ上がった筋肉を萎縮させながら、顔を覗き込んできた。
まさか、幹部さんに告白されるなんて、誰が思っていたろうか。幹部さんは一人残らずイーガにおいてのエリートであるし、数少ない女性陣からは熱烈な目線を向けられる人が大半だ。性格に難がある奴は例外だが、何かと不安を伴う戦時において、腕力や集団での地位はモテに直結する。
要するに、イーガへ入ってきたばかりの新人構成員・俺に真っ向から告白なんぞせずとも、彼は相手に困っていないはずなのに。
仮面があれば、男にどうこう言われることは無くなるもんだと完全に油断していた。俺は顔こそ女顔だが、身体はしっかりと男そのものだ。イーガの装束はぴっちりと身体にまとわりつく特殊な素材でできており、筋ばった骨骨しい輪郭を余さずアピールしているはず。
とはいえ、汗を流す湯浴み場では確かに人前で素顔になるし、咀嚼に邪魔だから、入団した当初こそ面を剥いで飯を食っていたのが仇となったのかもしれない。そのときにきっと、彼に見られていたのだ。どれだけそそくさと素顔の時間を減らしても、壁に耳あり障子に目あり、仮面の下には興味あり、ということか。
「えっと・・・・・・幹部さんは、俺のこと、分かっていますか。どういう人間か」
今までみたいに暴れたり、はっきり断ったり、押し倒されて股間を蹴り上げる、なんてこと出来っこない。だって相手は幹部だぞ。大胸筋は胸ベルトが食い込むほどパツパツで、俺がどれだけ鍛えてもなかなか育たない上腕二頭筋を発達させ、腹なんてシックスパックに割れている御人だ。太ももは針葉樹みたいに太くて、背中には鬼が住んでいる。
もはやここでしか生きていけないとさえ思っている俺が、彼の告白を断ってみろ。腹いせでボコボコに殴られるか、もしくは足抜けと称して殺されるかだ。結局待っているのは最悪な未来に違いない。
彼の告白の意図を探るべく曖昧な返事を返したが、幹部さんは「分かっているつもりだ」と自信ありげに頷いた。
「君は、少し前に外部から入団を果たした新人だろう?技術の吸収力が良く、幹部間でも話題になっている。良い新人が入ってきたって」
「アッ!付き合って欲しいってアレですか!?稽古のお供!?だったら幾らでも付き合いますよ!俺なんかで良ければ、幾らでも!」
「違う。稽古ではない。好きだと言ったろう。私は君と、できれば、こ、恋仲になりたいと思っているんだ」
もちろん分かってる。聞き違いかと思って鎌をかけたが失敗した。どことなくむっと低くなった声色に冷や汗が噴出して、即座に「デスヨネー!」と誤魔化す。こうまで緊張して口の中が乾いたのは、村を出るのに両親を説得した時以来だ。
正直に言えば、断りたい。俺は顔付きこそ女だが、同性に対する性的指向は持ってない。
ただ、月並みなハイラル国民の生活から外れ、谷の間の生活にすっかりどっぷり馴染んでいた俺は、もう雨を飲み生野菜を齧る生活に戻りたくなかった。
受け入れるしかないのか。さよなら俺のファーストチッス。こんにちは、初めて知る男色の世界。
「なんで、俺なんかに・・・・・・俺は下っ端で、取り得なんかないただの構成員です。幹部さんだったら選び放題でしょうに」
でも、せめて足掻かせてほしい。付き合うったって、せめて納得した状態で付き合いたい。
なぜなら俺は、目の前の幹部さんに好かれるような行動をとった記憶がない。というか、イーガの団員を、それぞれ判別できていなかった。同じ部署に配属されて、目を掛けてくれる幹部さんや何かと教えてくれる先輩構成員ならば、声とか仕草でなんとなく判別できるようになっていたが、それでも二人三人ってとこだ。
あとはその場のノリで「ああ!お前あの時の!」と、誤魔化している。「おお!お前あの時の!」と大概相手も返してくれるから、あとは適当にワハワハ笑いながら話を合わせているだけなのだ。
知らずにビショビショになっていた手汗を服で拭い、カラカラになった喉を震わせると、幹部さんは少し恥ずかしそうに胸の前で手を組んだ。
「この前、装束が破れて困っていたのをその場で繕ってくれたろう。綺麗な手さばきが忘れられなくて、気付いたら、君を目で追うようになっていた」
「珍しい特技じゃないですよ。むしろ男が裁縫なんて、恥ずかしいことです」
「なにを言うんだ。ここでは裁縫の技術はありがたがられるぞ。それに、私には出来ないから余計に憧れる」
「幹部さんが繕いなんてする必要ないじゃないですか。出来なくても問題ないでしょうに」
「それでも、裁縫なんかの手芸には憧れがあるんだ。小さい頃から剣しか持たせてもらえなかったから」
「手芸をやりたかったってことですか?俺とは反対だぁ、俺は剣を振りたくて仕方なかったんです。だのに家族総出でダメだと言われて」
「そうなのか・・・・・・その気持ちは理解できる、同情するよ。したいことを取り上げられるのは、ツラかったろうな」
穏やかながら寂しげな色を滲ませた彼に、悪い気は起こらない。むしろ、俺と同じはずのその面に哀愁さえ漂った気がして、不覚にもドキッと胸が高鳴った。
こんなのは初めてだ。小首をかしげながら俺に向けられる瞳を目の当たりにして、誰にも理解されなかった胸の内に寄り添われているような気になってしまった。
話を聞く限り、彼と俺とは似た者同士。共感に飢えていた俺にとって、彼の態度はちょっとまずい。そんなに優しく言われると、今までの価値観がブチ壊れて新たなものに目覚めそうになる。
「なんで手芸をしたかったんですか」と呟いたのは、せめて今置かれている心の状況を認めたくない、苦し紛れだった。
「なんかいいじゃないか、女の子っぽくてお淑やかな感じだし。それに、誰かと家庭を築くなら必要な技術だろう?」
「そんな、幹部殿がお淑やかに手芸をする必要なんて無いじゃないですか。ただ雄々しくあれば、家庭を築く相手には困らないでしょうに」
「それがそうでもないんだ。やはり嫁には手芸くらいしてほしいという男が多くてな」
「嫁ですか?・・・・・・嫁ですか?」
「あぁ、こう見えても、幼いころから家庭を築くのが夢でな」
「嫁とは、誰の話です」
「私だが」
おかしい。話がかみ合わない。幹部さんが、嫁?何かの隠語だろうか。イーガは、シーカー族という独特の風習を持つ一族が大部分を占めているという。俺たちハイリアとは、少し価値観が違うとか?
言葉に詰まって、彼・・・・・・幹部さんの姿を頭からつま先まで視線を這わす。俺よりだいぶ上背のあるムキムキマッチョ。肩にはヒンヤリメロンみたいな筋肉の塊がくっついて、はちきれそうなほどの大胸筋が胸ベルトに食い込んで存在を誇示している。絞り上げた腹斜筋によるくびれと、針葉樹のような太ももに、スッと天に向かって伸びた鬼の住む背中。
「女性かも」という前提で幹部さんを見ていると、それらすべての要素がどことなく女性らしい滑らかさを醸しているように見えてきて混乱した。
いや、まさか、もしかして、本当に?
はっきりと何も言えなくなり、俺は仮面の下であんぐりと口を開けるだけ。無言の理由を彼、いや彼女は、つつがなく理解したらしい。
だらんと腕を下げてがっくりと項垂れて、彼女は「はぁ・・・・・・」と悲し気にため息を吐いた。その吐息音は、自嘲しているようにも聞こえた。
「やっぱりそうか。お前も、私のことを男だと思っていたんだな。いつもそうなんだ。体つきが男みたいで腕っぷしが強いもんだから、顔を隠すともう女だとは分からない。幼少期から肉ばっか食わされて、剣ばっか振ってたせいだ」
「こんなことならイーガに生まれなければ良かった」続け様、吐き捨てるように言い放った言葉は刺々しい。しかし諦めを滲ませた苦笑いは切なくて、胸が掴まれるようにきゅっと痛んだ。
彼女の言葉と振る舞いが、俺と重なって仕方ない。まるで鏡で見る自分のように、内面と外見に苛まれる彼女の気持ちが分かった。本当の自分と、外見の自分。外見で繕うべき自分と、それすら自分だと認めて欲しい自分と。
彼女はさっき、俺の言葉に共感してくれた。それはきっと、彼女も自分の姿を重ね合わせていたからだ。俺たちは、似ている。その確信が、はっきりと俺の胸の内に起こっている。
腹の奥底から何か湧き上がってくる感覚に支配される。この高揚はなんだろう。彼女の小さくなった巨躯を視界に入れ、過去の姿を想像するとどうしようもない気持ちになる。昂ってくる。もっと知りたいと、思ってしまう。
彼女を悲しませて良いのだろうか。これ以上の人がいるだろうか。お互いに気持ちを分かり合える、運命のような人が。
「すまんな、怖がらせて。・・・・・・じゃあ」
「待ってください!」
彼女が踵を返す直前、二人しかいない玄関先で、力いっぱいに叫んだ。岩肌で出来たカルサー谷に木霊していささか恥ずかしいが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
このまま、彼女を行かせて良いわけがなかった。彼女は俺と違い、勇気をもって自らのコンプレックスに抗い、思いを伝えてくれたのだ。
こんないじらしいことがあるか。こんな運命みたいなことがあるか。俺たち二人は、きっと出会うためにイーガへやってきたに違いない。
この気持ちはなんだ。この胸の高揚は?彼女の過去を知りたいという好奇心は?その憧れすら感じる筋肉に、いや、肌そのものに触れたいと思う激情は?
「貴女が好きです!」
考えた末に、俺の気持ちに一番近い言葉を伝えた。
「ええぇ・・・・・・?嘘だろ?そんな同情ならいらない。虚しくなるだけだ」
「同情なんかじゃない!俺はアンタと似ている!俺も自分の顔がずっとコンプレックスだった。これを見てくれ!」
イーガに来てから、自ら誰かに素顔を晒すことはなかった。でも彼女なら俺の全部を受け入れてくれそうな気がした。
仮面を全部剥いで、頭巾を捲りあげる。彼女がどう思ったのかは分からないが、それでも面下から小さく息を飲む音が聞こえたのは確かだ。
「見た通りの女顔で、今まで俺は男として扱われたことがなかった。いやそれどころか、一個人として扱ってくれる人だっていなかった。俺はイーガに来て人生救われたんだ。ただ、俺がやったのは顔を、俺自身を隠すことだった。でも貴女は、真向から勇気をもって俺に告白してくれた。それがどうしようもなく嬉しいし、どうしようもなく愛しいって思うんだ。これは同情なんかじゃない。れっきとした、恋だと思う!」
なにを喋ってるか分からなくなってきた。こんなに口が回るのは初めてだ。目の前で、ギュッと手の平を組む幹部さんが、どうしようもなく可愛く見えてくる。
俺は背を折って頭を下げ、ついでに右手を彼女に差し出した。
「俺と付き合ってください!」
「嬉しい!」
一瞬の合間もなく、幹部さんがシックスパックで俺に猛進してくる。勢いに押されて顔を上げると、そのまま腰に回された筋肉の塊みたいな腕に抱きしめられた。俺はそこまで身長が低いわけじゃないはずなんだが、どうやらつま先が浮いていた。よほど嬉しいのか力の加減が分からないようで、背骨がみしみしと音を立てている。
でもそんな痛みより、彼女の温かさと胸の柔らかさに、気持ちが騒いで仕方なかった。彼女の大胸筋は筋肉ではなく乳房のふくらみだったと、俺以外の誰が知っていようか。人生で一番幸せな瞬間である。
苦節18年。男として生まれた女顔の俺に、漸く筋肉ムチムチな春が来たのだ。
ときに戦時とも思えるこの状況で、心を奪われる相手を見つけ、気持ちを伝えたその勇気は賞賛に値する。打倒ハイラル王家を狙い、いつ何時、どこで命を落とすか分からないイーガに身を賭した我々であれば、尚更に。
下っ端構成員の自分に、拳を握って思いを伝えてきたのは、武力があり、地位がある、筋骨隆々ムキムキマッチョの幹部さんだった。いつもの凛とした声音からは想像もつかないほど弱弱しく喉を振るわせて、普段であれば、天井に吊られでもしているのではないかと思うほどスッと伸びた背筋を、丸まらせて。
組織の中でも地位のある人間に告白されれば、普通の女子なら嬉しく思うものだろう。そんな相手に見初められた自分が誇らしく、戦時とはいえ「この人となら安心できる」と将来を見据え、二つ返事で相手に身を任せることだってあるかもしれない。
しかし、自分には出来なかった。なぜなら自分が、立派な一物を携えた正真正銘の男だからである。
この衝撃的な事態にすぐさま対処できなかったのは痛かった。「業務が終わったら、その、玄関口に来てくれないか」と手を揉みながら言われた時に、何となく察するべきだったのだ。
ただ、男である俺が幹部さんに告白され、言葉に詰まってしまったのは、決してそれだけが原因というわけではない。これには非常に深い理由がある。全てを話すのは時間がかかるが、走馬灯のようなものだと思って欲しい。
実際、幹部さんの言葉で真っ白になった俺の頭には、幼少期から今に至るまでの思い出が、次々に蘇ってきていたのだ。
俺の出自は、ごく一般的なハイラルの農家で、兄が二人いる三男坊。それはそれは抜けるような青空の広がる日に、何の苦も無くすぽんと生まれてきた、母孝行な赤ちゃんだったのだとか。
父親似の長男次男とは違い、俺は完全に母親似だった。母は線の細い女性で、日に透かすと黄金のように輝くブロンドヘアが特徴の、眼が冴えるような美人だ。一目ぼれで一緒になったという父親はいつまでも母にゾッコンだったし、そんな母に瓜二つで生まれた俺は、父親にも兄弟たちにもたいそう喜ばれた。はっきりと股間についてるもんがあるにもかかわらず、暫くの間、女として育てられるほどには。
貧しいからと言い訳をして、ご近所さんから譲ってもらった子供服は女物ばかり。いくら髪を切ってくれとせがんでも切ってくれず、逆に油脂を塗って丁寧にキューティクルを守ろうとする始末。道っぱたで見つけたイイ感じの木の枝や綺麗な丸い石ころで遊ぶ代わりに、裁縫や刺繍、編み物なんかの手芸を母親から教わって達者になった。
自分でほつれを直した女物の洋服を着て、天使の輪が光る長髪を靡かせていた俺はきっと、男の要素なんて一つもなかったに違いない。同性の友人も居たには居たが、一緒にごっこ遊びをするときは必ず姫の役をやらされたし、10をすぎる頃、「剣じゃなくて、お前は包丁の方が似合うな」と、木刀を振り回す仲間の輪から外されたこともある。
地元から離れた決定打は、友人の一人だと思っていた男に押し倒されたことが原因だ。「前から好きだった」と茂みで言われ、初チッスを奪われそうになった。
俺は顔こそ母譲りの女顔だが、男にときめいたり恋したりということは一切なく、性対象は異性である。といっても、ずっと好きだった幼馴染の女の子に告白した際、「女友達として付き合ってただけ」と蔑みの目で言われ、異性に関してもトラウマを植え付けられた。ガチガチに見開いたマジな目付の男から押し倒される最中、同性に告白されるってこんな感じなんだと、冷めきった目を思い出していた。
寸でで股間を蹴り上げ事なきを得たが、頭の中で鳴りやまない警鐘に従い、次の日には両親を説得。友人の誰にも何も告げずに奉公へ出て、俺は密やかに田舎を捨てた。
行き先は、土地を管理する大地主の屋敷。使用人の一人として働き始めたのは良いものの、そこでも結局、母譲りの美しい顔を取り沙汰された。
朝起きて支度をする際になぜか主人が扉の前に立っていたり、風呂に入る直前「わしも丁度入るところだったんだ」と主人がやってきて、背中を流す羽目になったりしたこともある。お前の背中も流してやろうと触られそうになるのを何とか回避し、その日から夜半過ぎに軽く汗を流すだけの毎日。
最終的には、男で居させるのはもったいないと、メイドの服を強要された。主人の色めいた瞳に我慢ならず、衝動的に屋敷を飛び出すまで袖を通すことはなかったが、あれを手に迫ってくる下卑た面の男はマジでキモい。寝苦しい日には必ず夢見に立つほど、脂ぎったハゲデブ男が苦手になった。
女として育てられたのが仇となり、俺には鍛え上げられた男としての肉体が備わっていない。環境から自らを追い詰める方が良いかと、さらに地元から離れた遠い場所で警備隊に志願した。
剣も盾もまともに扱ったことの無い俺だったが、毎日へとへとになりながらもなんとか鍛錬についていった。警備隊にさえ配属されれば、兜を目深にかぶることできっと女顔を隠せるはず。
同じく鍛錬をおこなう同期達は、俺を朗らかに受け入れてくれた。「そりゃ大変だったな」「世間にはいろんなやつがいるから」とあまつさえ同情してくれた。男所帯の詰所ではあったが、女顔だからと揶揄ってくるような奴は、当初こそ存在しなかった。
しかし、給金も低く、恋人の一人もいなかった俺たちは、鍛錬が厳しくなるごとに性欲を持て余していく。
どっかのタイミングで俺は気付けたのだろうか。朗らかな笑みを浮かべていた同期たちが俺の手首を捕まえて、壁へ押し付けてくる未来を。
「お前のことが女にしか見えなくなった」「警備隊を目指すのなんか辞めちまえ、俺がお前を警備してやるから」とか言われたところで何も嬉しくない。汗を流すためのごく短い湯浴みの時間に、俺の股間の一物だってやつらははっきり見ていたはずだ。なのにやつらは、俺の女顔しか目に入らなくなったのか。
警備隊の詰所から逃げ出した。そもそも荷物なんてほとんど持っていなかったから、着の身着のまま走り出した。
両親は俺想いで、兄弟は優しかったが、このときは彼らと血の繋がりを感じる自分の顔が、嫌いで嫌いで仕方なかった。ナイフを片手に、肉を削げば顔つきも変わるだろうかと頬に沿わせたこともあるが、結局のところ勇気なんてない。痛いのは嫌だ。だけど、この顔のままでいるのも嫌だ。俺は矛盾した気持ちに苛まれた。
そんな俺が、出自は元より、自らの名前や顔を捨てて入団を果たす「イーガ団」に流れ着いたのは、当然の帰結であったように思う。
見られるのが嫌で、布を顔に巻き付けて過ごしていた俺は、まともな職にも就けず冒険者の真似事をしていた。
いや、嘘はよそう。警備隊の詰所からも逃げ出した俺に、道中で魔物と会って対処できる腕力は無い。心だけは冒険者のつもりでいたが、街道から離れて歩く勇気もなかったこの当時、野の物で食いつなぎ、すれ違う人がいれば路銀を恵んでくださいと頭を下げた。おそらくそれは、乞食と同じような生活だった。
何度か繰り返す内、冒険者に身を扮していたイーガの団員とかち合ったのは、今生で最大の僥倖だったに違いない。
それほどまでに人生に悔いがなく、信仰する対象もいないのなら、一緒に谷へ来いと誘われたわけだ。
正直いって、イーガ団での生活は天国だ。
打倒王家を狙った毎日の鍛錬は、男らしい身体を得たいと考える俺にとってまたとない好機であるし、上官として鍛錬をつけてくれる幹部さんは、軒並みびっくりするくらいのマッチョで鮮烈に憧れた。
警備隊での生活が役に立った。イーガで扱う弓や剣は、割と手に馴染む得物だ。幹部さんから「筋が良いな」と褒められるくらいには、俺はイーガの生活に前向きで積極的だった。
長らく浮浪者をしていた俺にとっては、衣食住が担保されているのも堪らない。雨風が凌げる。綿の入った布団で寝られる。自分で食料を調達する必要もなく、冷えた生の食べ物を無理に齧る必要もない。
それになにより、イーガに居る限り反逆のマークを刻印した仮面を身に着けるのが常態だ。嫌で嫌で仕方ない母親譲りの女顔で、同志と接する必要がない。
いつも仮面のままツルギバナナを片手に彼らと話していると、表情も分からないのに、心根から繋がっているような気持ちになる。顔から判断される必要のない付き合いとは、こんなにも居心地の良いものだと知らなかった。裁縫をしても刺繍をしても編み物をしても、「お前すげえな!」とシンプルに技術を褒められるし、俺の素顔や過去を詮索する人間もいない。
地元の友人と遊んだときも、奉公で屋敷に行ったときも、警備隊の詰所に居る時も、いつも俺は心のどこかで鬱屈としていたのだ。
内なる俺と、顔の造形がもたらす俺は全くの別物で、その違和感がずっと気持ち悪かった。清らかで清楚な母の顔を持ちながら、内心はいつだって野心と凶暴性と蛮勇に満ちていたのだから。
ここでなら、母の顔に免じて自らを偽る必要性がない。イーガに来て良かった。俺はずっと、イーガに来るべきだった。
そう思っていた矢先、だったのに。
「・・・・・・どうかしたか、返事を聞きたいのだが」
目の前のムキムキマッチョが、傲慢と思えるほど膨れ上がった筋肉を萎縮させながら、顔を覗き込んできた。
まさか、幹部さんに告白されるなんて、誰が思っていたろうか。幹部さんは一人残らずイーガにおいてのエリートであるし、数少ない女性陣からは熱烈な目線を向けられる人が大半だ。性格に難がある奴は例外だが、何かと不安を伴う戦時において、腕力や集団での地位はモテに直結する。
要するに、イーガへ入ってきたばかりの新人構成員・俺に真っ向から告白なんぞせずとも、彼は相手に困っていないはずなのに。
仮面があれば、男にどうこう言われることは無くなるもんだと完全に油断していた。俺は顔こそ女顔だが、身体はしっかりと男そのものだ。イーガの装束はぴっちりと身体にまとわりつく特殊な素材でできており、筋ばった骨骨しい輪郭を余さずアピールしているはず。
とはいえ、汗を流す湯浴み場では確かに人前で素顔になるし、咀嚼に邪魔だから、入団した当初こそ面を剥いで飯を食っていたのが仇となったのかもしれない。そのときにきっと、彼に見られていたのだ。どれだけそそくさと素顔の時間を減らしても、壁に耳あり障子に目あり、仮面の下には興味あり、ということか。
「えっと・・・・・・幹部さんは、俺のこと、分かっていますか。どういう人間か」
今までみたいに暴れたり、はっきり断ったり、押し倒されて股間を蹴り上げる、なんてこと出来っこない。だって相手は幹部だぞ。大胸筋は胸ベルトが食い込むほどパツパツで、俺がどれだけ鍛えてもなかなか育たない上腕二頭筋を発達させ、腹なんてシックスパックに割れている御人だ。太ももは針葉樹みたいに太くて、背中には鬼が住んでいる。
もはやここでしか生きていけないとさえ思っている俺が、彼の告白を断ってみろ。腹いせでボコボコに殴られるか、もしくは足抜けと称して殺されるかだ。結局待っているのは最悪な未来に違いない。
彼の告白の意図を探るべく曖昧な返事を返したが、幹部さんは「分かっているつもりだ」と自信ありげに頷いた。
「君は、少し前に外部から入団を果たした新人だろう?技術の吸収力が良く、幹部間でも話題になっている。良い新人が入ってきたって」
「アッ!付き合って欲しいってアレですか!?稽古のお供!?だったら幾らでも付き合いますよ!俺なんかで良ければ、幾らでも!」
「違う。稽古ではない。好きだと言ったろう。私は君と、できれば、こ、恋仲になりたいと思っているんだ」
もちろん分かってる。聞き違いかと思って鎌をかけたが失敗した。どことなくむっと低くなった声色に冷や汗が噴出して、即座に「デスヨネー!」と誤魔化す。こうまで緊張して口の中が乾いたのは、村を出るのに両親を説得した時以来だ。
正直に言えば、断りたい。俺は顔付きこそ女だが、同性に対する性的指向は持ってない。
ただ、月並みなハイラル国民の生活から外れ、谷の間の生活にすっかりどっぷり馴染んでいた俺は、もう雨を飲み生野菜を齧る生活に戻りたくなかった。
受け入れるしかないのか。さよなら俺のファーストチッス。こんにちは、初めて知る男色の世界。
「なんで、俺なんかに・・・・・・俺は下っ端で、取り得なんかないただの構成員です。幹部さんだったら選び放題でしょうに」
でも、せめて足掻かせてほしい。付き合うったって、せめて納得した状態で付き合いたい。
なぜなら俺は、目の前の幹部さんに好かれるような行動をとった記憶がない。というか、イーガの団員を、それぞれ判別できていなかった。同じ部署に配属されて、目を掛けてくれる幹部さんや何かと教えてくれる先輩構成員ならば、声とか仕草でなんとなく判別できるようになっていたが、それでも二人三人ってとこだ。
あとはその場のノリで「ああ!お前あの時の!」と、誤魔化している。「おお!お前あの時の!」と大概相手も返してくれるから、あとは適当にワハワハ笑いながら話を合わせているだけなのだ。
知らずにビショビショになっていた手汗を服で拭い、カラカラになった喉を震わせると、幹部さんは少し恥ずかしそうに胸の前で手を組んだ。
「この前、装束が破れて困っていたのをその場で繕ってくれたろう。綺麗な手さばきが忘れられなくて、気付いたら、君を目で追うようになっていた」
「珍しい特技じゃないですよ。むしろ男が裁縫なんて、恥ずかしいことです」
「なにを言うんだ。ここでは裁縫の技術はありがたがられるぞ。それに、私には出来ないから余計に憧れる」
「幹部さんが繕いなんてする必要ないじゃないですか。出来なくても問題ないでしょうに」
「それでも、裁縫なんかの手芸には憧れがあるんだ。小さい頃から剣しか持たせてもらえなかったから」
「手芸をやりたかったってことですか?俺とは反対だぁ、俺は剣を振りたくて仕方なかったんです。だのに家族総出でダメだと言われて」
「そうなのか・・・・・・その気持ちは理解できる、同情するよ。したいことを取り上げられるのは、ツラかったろうな」
穏やかながら寂しげな色を滲ませた彼に、悪い気は起こらない。むしろ、俺と同じはずのその面に哀愁さえ漂った気がして、不覚にもドキッと胸が高鳴った。
こんなのは初めてだ。小首をかしげながら俺に向けられる瞳を目の当たりにして、誰にも理解されなかった胸の内に寄り添われているような気になってしまった。
話を聞く限り、彼と俺とは似た者同士。共感に飢えていた俺にとって、彼の態度はちょっとまずい。そんなに優しく言われると、今までの価値観がブチ壊れて新たなものに目覚めそうになる。
「なんで手芸をしたかったんですか」と呟いたのは、せめて今置かれている心の状況を認めたくない、苦し紛れだった。
「なんかいいじゃないか、女の子っぽくてお淑やかな感じだし。それに、誰かと家庭を築くなら必要な技術だろう?」
「そんな、幹部殿がお淑やかに手芸をする必要なんて無いじゃないですか。ただ雄々しくあれば、家庭を築く相手には困らないでしょうに」
「それがそうでもないんだ。やはり嫁には手芸くらいしてほしいという男が多くてな」
「嫁ですか?・・・・・・嫁ですか?」
「あぁ、こう見えても、幼いころから家庭を築くのが夢でな」
「嫁とは、誰の話です」
「私だが」
おかしい。話がかみ合わない。幹部さんが、嫁?何かの隠語だろうか。イーガは、シーカー族という独特の風習を持つ一族が大部分を占めているという。俺たちハイリアとは、少し価値観が違うとか?
言葉に詰まって、彼・・・・・・幹部さんの姿を頭からつま先まで視線を這わす。俺よりだいぶ上背のあるムキムキマッチョ。肩にはヒンヤリメロンみたいな筋肉の塊がくっついて、はちきれそうなほどの大胸筋が胸ベルトに食い込んで存在を誇示している。絞り上げた腹斜筋によるくびれと、針葉樹のような太ももに、スッと天に向かって伸びた鬼の住む背中。
「女性かも」という前提で幹部さんを見ていると、それらすべての要素がどことなく女性らしい滑らかさを醸しているように見えてきて混乱した。
いや、まさか、もしかして、本当に?
はっきりと何も言えなくなり、俺は仮面の下であんぐりと口を開けるだけ。無言の理由を彼、いや彼女は、つつがなく理解したらしい。
だらんと腕を下げてがっくりと項垂れて、彼女は「はぁ・・・・・・」と悲し気にため息を吐いた。その吐息音は、自嘲しているようにも聞こえた。
「やっぱりそうか。お前も、私のことを男だと思っていたんだな。いつもそうなんだ。体つきが男みたいで腕っぷしが強いもんだから、顔を隠すともう女だとは分からない。幼少期から肉ばっか食わされて、剣ばっか振ってたせいだ」
「こんなことならイーガに生まれなければ良かった」続け様、吐き捨てるように言い放った言葉は刺々しい。しかし諦めを滲ませた苦笑いは切なくて、胸が掴まれるようにきゅっと痛んだ。
彼女の言葉と振る舞いが、俺と重なって仕方ない。まるで鏡で見る自分のように、内面と外見に苛まれる彼女の気持ちが分かった。本当の自分と、外見の自分。外見で繕うべき自分と、それすら自分だと認めて欲しい自分と。
彼女はさっき、俺の言葉に共感してくれた。それはきっと、彼女も自分の姿を重ね合わせていたからだ。俺たちは、似ている。その確信が、はっきりと俺の胸の内に起こっている。
腹の奥底から何か湧き上がってくる感覚に支配される。この高揚はなんだろう。彼女の小さくなった巨躯を視界に入れ、過去の姿を想像するとどうしようもない気持ちになる。昂ってくる。もっと知りたいと、思ってしまう。
彼女を悲しませて良いのだろうか。これ以上の人がいるだろうか。お互いに気持ちを分かり合える、運命のような人が。
「すまんな、怖がらせて。・・・・・・じゃあ」
「待ってください!」
彼女が踵を返す直前、二人しかいない玄関先で、力いっぱいに叫んだ。岩肌で出来たカルサー谷に木霊していささか恥ずかしいが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
このまま、彼女を行かせて良いわけがなかった。彼女は俺と違い、勇気をもって自らのコンプレックスに抗い、思いを伝えてくれたのだ。
こんないじらしいことがあるか。こんな運命みたいなことがあるか。俺たち二人は、きっと出会うためにイーガへやってきたに違いない。
この気持ちはなんだ。この胸の高揚は?彼女の過去を知りたいという好奇心は?その憧れすら感じる筋肉に、いや、肌そのものに触れたいと思う激情は?
「貴女が好きです!」
考えた末に、俺の気持ちに一番近い言葉を伝えた。
「ええぇ・・・・・・?嘘だろ?そんな同情ならいらない。虚しくなるだけだ」
「同情なんかじゃない!俺はアンタと似ている!俺も自分の顔がずっとコンプレックスだった。これを見てくれ!」
イーガに来てから、自ら誰かに素顔を晒すことはなかった。でも彼女なら俺の全部を受け入れてくれそうな気がした。
仮面を全部剥いで、頭巾を捲りあげる。彼女がどう思ったのかは分からないが、それでも面下から小さく息を飲む音が聞こえたのは確かだ。
「見た通りの女顔で、今まで俺は男として扱われたことがなかった。いやそれどころか、一個人として扱ってくれる人だっていなかった。俺はイーガに来て人生救われたんだ。ただ、俺がやったのは顔を、俺自身を隠すことだった。でも貴女は、真向から勇気をもって俺に告白してくれた。それがどうしようもなく嬉しいし、どうしようもなく愛しいって思うんだ。これは同情なんかじゃない。れっきとした、恋だと思う!」
なにを喋ってるか分からなくなってきた。こんなに口が回るのは初めてだ。目の前で、ギュッと手の平を組む幹部さんが、どうしようもなく可愛く見えてくる。
俺は背を折って頭を下げ、ついでに右手を彼女に差し出した。
「俺と付き合ってください!」
「嬉しい!」
一瞬の合間もなく、幹部さんがシックスパックで俺に猛進してくる。勢いに押されて顔を上げると、そのまま腰に回された筋肉の塊みたいな腕に抱きしめられた。俺はそこまで身長が低いわけじゃないはずなんだが、どうやらつま先が浮いていた。よほど嬉しいのか力の加減が分からないようで、背骨がみしみしと音を立てている。
でもそんな痛みより、彼女の温かさと胸の柔らかさに、気持ちが騒いで仕方なかった。彼女の大胸筋は筋肉ではなく乳房のふくらみだったと、俺以外の誰が知っていようか。人生で一番幸せな瞬間である。
苦節18年。男として生まれた女顔の俺に、漸く筋肉ムチムチな春が来たのだ。