【ss/not夢】イーガ団員の日常話



 廃墟が続く街道沿い。男の高笑いが蒼空の平原に響き、唐突な煙幕と、もはや見慣れた紙の札が舞った。
 城にて己を待つ殉難の姫を救わんとする剣士を阻んだのは、赤い装束に身を包む怪しげな大男。上背は高く筋骨は隆々、両手で波刃の太刀を軽々と扱う賊の顔には、涙の印を逆さに掲げた反逆の輩、イーガ団であるという証の仮面が被られている。

「随分急いでおられるな剣士殿。もはや救う城などなく、貴様の労などどれほど募らせようと無駄なあがきだというのに」

 はっきりとした嘲笑は、剣士の狼狽を誘うためだろう。どれほど頑強な鎧に身を包めど、人間である以上共通する急所へ的確に得物の先端を捻じ込み命を刈り取っていく彼らは、殺人という目的のためならばどれほど卑怯と言われる手段も厭わない。身体的な優位や圧倒的な武力が厄介なのではなく、その狡猾さが彼ら最大の武器である。

 仮面の下に潜むのははっきりと曲げられた口元か。人でありながらマモノじみた表情を眼前に見るようで、瞬間に沸き立つ怒りを、剣士は片手剣を握り込むことでなんとか諫める。
 血液が散り白くなった指先を悟ったらしい装束の男は、ひとたび首をぐるりと回して見せて、微かに変わった剣士の形相を憐れむように見下ろした。

「何も言えない、ということは、予感があるのだろう。もう既に手遅れだと。厄災に取り込まれ、怨嗟の中で姫は旅立ったのだと」
「・・・・・・」
「なに、心配するな。貴様もすぐさま同じ場所へ行くのでな──ッ!」

 振りかぶられた太刀を、剣士が片手剣で受け止めると同時に派手な火花が散る。それは剣戟が始まる合図であった。
 ぎりぃ、と不愉快な金属音が耳を掠め、男の表情を隠す不気味な仮面が視界いっぱいに広がる。ふふ、と聞こえたのは笑みだろうか。この仮面の男は、この殺人の現場を楽しんでいる。

 剣を弾き飛ばすのと同時に男が飛びずさって印を結ぶと、ばふ、と煙幕が張られて巨漢の姿が一切見えなくなった。系譜であるシーカー族の奇術を戦闘に昇華し、攪乱しながら奇襲をかけることを得意とする奴らがよく使う手である。
 背を取られてなるものかとピンと張った糸のように感覚を研ぎ澄ませれば、ぱっと遠目に巨漢の姿。

 まずい。地面に拳を突き立てる姿勢を見て、剣士は土を蹴る。弓に矢を番え、照準を俯く頭に・・・・・・いや、地面を突く拳に変えて射るものの、迷いが矢尻に乗ったのか上手く当たらない。

 そうなれば警戒すべきは今、目の前の男ではない。不可解な空気の漏れるような音で微かに鼓膜が震える。
 近い、と奥歯を噛み締めた瞬間、地面からぶわっと風圧を感じ、剣士は咄嗟にその場を飛びのいた。
 ドゴンッ、と突き上げるような地響きが受け身をとった剣士の身体を揺らす。咄嗟に飛んだのは正解だった。ちらと視線だけで振り向けば、自らと同じ背の高さまでせり出した岩の塊が目に入る。

「ほお。さすがに同じ手は食わぬということか。この前のこれはさぞや痛かったと見える」

 あれも元々はシーカーに伝わる秘術なのだろう。イーガの中でも上位の者しか扱えない特別な奇術のようだが、的確に敵をつけ狙ってくるのだから始末が悪い。過去一度、イーガの者と相対した時にこれを腹に直撃し、内臓を傷つけたのか鉄の味のする唾液を吐き出したことが脳裏に蘇る。
 しかし油断はならない。不可思議な術で固められた岩が土くれへと還る。その先に小さく見えたのは居合抜きのように太刀を横薙ぎにする寸前の姿で、剣士は考える間もなくごろごろとその場を転がった。

「ぬんっ」

 通常の剣技であれば、これほどの距離が開いた相手にいくら大太刀といえど攻撃の術はない。しかし彼奴等が持つ得物は特殊な波形状の「風斬り刃」だ。熟達者が力の限り振れば、その斬撃は風の刃となって敵を討つ。
 ざん、ざん、とおよそ風が通っただけとは思えない音圧を転がりながら避ける。まるでかまいたちが通った後のように、誰も通らない街道沿いで自由に伸びきっていた野草が空中に散っていた。
 伏した状態から顔だけを上げれば、緑豊かなハイラルの色鮮やかな自然の中に、ひときわ目を引く赤黒い人影がぬらりと存在している。

 頬を伝う冷たい汗がほたりと落ち、踏み荒らされた地面に沁み込んでいく。
 素肌の一切を覆う装束に身を包み、生のにおいを感じさせない彼奴等はあまりに、あまりに不気味であった。

「これを躱すか。さすが歴戦の剣士殿。100年前の感覚が漸くお目覚めというところかな?」
「・・・・・・」
「しかし、貴様の剣技は守ることに特化した日和見。我らのように手段を選ばぬ隠密道と比べ、あまりに端然としている。主君への顔向けのためか?忠僕であればこそ、手段を選ばぬ畜生道へ進むべきであろうになぁ」
「・・・・・・」
「所詮、貴様らは清らでいたいだけなのだ。汚泥を啜り、地から天を仰ぐしか出来ぬ下民の事情など知らなかろう。そのハリボテの如き矜持、我らがたたっ切ってやる! 今こそコーガ様の宿願を果たすとき! 覚悟を持たぬ刃に俺は倒せぬと知れ・・・・・・!」

 ぼふん、と散ったのは煙幕と例の札。
 まずい。とにかく片手剣を地面に突き立て立ち上がった剣士は、地面に視線を落とした拍子、自らが影に覆われていることに気付く。
 咄嗟に盾を突き出しながら振り返れば、ギャアンという耳をつんざく金属音。ほとんど上から降ってきたような斬撃に思わず中腰となるほど足を引き、はねっ返せば「ははは」とまた高笑いの声。

 随分余裕だ。しかし、こちらとて、やられてばかりでは終われない。
 かつては栄えていた町や宿場が日々を重ねるごとに面影を風化させようと、平原の真中で闇に覆われるあの城には自らが身命を捧げる姫君が賢明に生きている。
 今は亡き王国の、既に意味無き近衛という肩書ではあるが、彼女がいる限り心の奥底に刻まれたこの使命は全うせねばなるまい。それが近衛の、いや英傑という、ハイラルの未来を託された一人としての責任であるのだから。

 太刀は大振りになる一瞬、隙ができる。もちろん熟達者たるこの男がやすやすと隙を見せるとは考えられない。発達した筋肉を大いに使い、普通では考えられないほど後ろに跳躍してみせた暗殺者は、そこで改めて太刀を大きく振りかぶった。
 風斬り刃のかまいたちを浴びせようという魂胆のようだが、そうはさせない。
 波刃の切っ先が空を切る、寸前。剣士は手に持っていた片手剣を振りかぶって彼奴に投げつけた。遠心によって派手にぐるぐる回りながら敵に向かう片手剣は、まともに当たれば肌でも首でも両刃が切り裂いたに違いない。

 風斬り刃でかまいたちを発生させるには空気を唐竹割しなければならず、阻まれた男はやむを得ず回転する刃の対処へと回る。どうということはない、自らの持つ太刀で緩く弾けばそれだけで勢いが削がれ、地に落ちるだけなのだ。

「笑止!このような破れかぶれ俺に通用するとでも──」

 片手剣を叩き落とし、改めて男が刃を構える。その意識が散漫になる一瞬、剣士は、いや勇者は、揺るぎなく怨讐を見つめる赤き瞳の仮面へ矢を放った。

 ばきんっ。覚悟の矢が仮面を射抜き、巨漢が顔を押さえながらたたらを踏む。矢尻によって割れた仮面が空中にひらひらと投げ出され、地に落ちる前に剣士は新しい矢を番えた。
 頭を狙って当たった。次は足だ。主君のためには、自分だって手段を選んでなんかいられない。

 ギッと弦を引いて手を離す刹那、男が全てを手放し、せぐくまりながら印を結んだのが目に入った。ぼふんと張られた煙幕に向かい矢が進んでいく。
 随分遠くの方で矢が地面に刺さる微かな音が聞こえ、それを最後に、人っ子一人存在しないハイラル平原の静けさが、また辺りに広がった。

 追撃はこない。おそらく、逃げたのだ。印を結び、煙幕を張る直前、割れた面から覗く吊り上がった瞳は、確かに未練を漂わせていた。彼奴らは素性を明かすのを酷く嫌う。面が割れたことで、退散せざるを得なくなった。
 まずは息を深く吐き、それから大きく吸った。危なかった。肺に清涼な空気を送り込み、剣士はその場へ崩れるように座り込む。一旦、終わったのだ。今回も上手く払うことができた。

 剣士の腕前を考えれば如何に手練れの大男と言えど、追い払うのに決して無理のある相手ではない。しかし、イーガ団には厄介な奇術があり、マモノではなく人間であるという事実が逡巡に繋がる。彼らの命を奪えば赤い月がやってきても復活はしない。その事実にも躊躇する。
 彼らはこれからもやってくるだろう。彼らは自分自身の身命を狙っている。自分と彼らの覚悟の違いが、これから先も大きな壁となって、目的を阻んでくるに違いない。

 すっかり静まり返ったハイラル平原の穏やかな風に頬を撫でられていると、それまで騒いでいた心が落ち着いてくる。野草を随分自分の所為で散らしてしまったが、今はただ指先に感じる湿気が心地よかった。
 はぁ、と一息吐いてから、剣士は立ち上がる。ここでのんびりしているわけにもいかない。少し焚火でも作って休憩したい気も無くはないが、急ぎの旅だと再確認した。闇に飲まれた城と雲一つない空を眺めながら油を売る暇などないのだと。

 ぱたぱたと身体中の土埃を払っていると、ふと奇妙なものが目に入った。イーガの民を追い払った後、彼らは度々置き土産を残していく。大概がツルギバナナやルピー、時には鉱石などなのだが、今日は見慣れないものが置いてある。
 青草の上にふわりと乗るのは、彼らの装束を思わせる色の封筒。所謂、書簡だろうか。

 素性も素顔もはっきりしない彼らが書いた、書簡。剣士はそわりと胸中が浮足立つのを感じた。
 イーガ団に関して、シーカー族の歴史に見える以上の情報をほとんど手に掴んでいない状態だ。ゲルドの街から宝を盗み出した目的、彼らが剣士の命を狙う理由、まとめ役の男と団員たちの繋がり。・・・・・・これを読めば、何か少しでも謎が紐解けるかもしれない。

 急ぎの旅は一旦やめよう。剣士は、開けた地面に薪を組み、手持ちの火打石を擦って火をつけた。暗殺者との戦闘で受けた傷が癒えるまで、とは言わないが、せめて酷く打ち付けた節々の痛みが和らぐまで、暫し書簡に目を通そうと思う。
 剣士は胡坐をかきながら座り込み、赤い封筒から二つ折りの手紙を取り出して読み始めた。


「俺が身命を賭す君へ
随分間が開いてしまい、世の中はもうすぐ冬だな。近頃はアジトの中も酷く朝が寒く、手先足先が凍えて目が覚めることも多い。そちらはどうだろうか。子と共になるべく温かく過ごしてくれていることを願う。薪は俺が帰ったときにでも多く作れば良いから、寒ければ気にせず使って欲しい。

さて、冬と言えばツルギダイが美味い季節だな。なかなか海っぱたに行く機会は無いが、寄ることがあれば採ってきたいと思う。漁は苦手だが、俺たち家族分くらいは頑張りたいものだ。ずっと前に君が作ってくれた鯛めしが食いたい。子らも食べたことはないだろう?きっと気に入るだろうな。今から待ち遠しい。

そういえば、この前はオルディン地方へ訪れる機会があったんだ。あすこは気温が高すぎて装束じゃ耐えられないから今までは避けていたのだが、件の剣士を追いかけるうちに迷い込んだ。凄いぞ。何もしていないのにチリチリと装束の端が焦げてきて驚いた。それに装束の鉄飾りで火傷をした。今度火傷痕を見てくれ、きっとビックリすると思う。興味深い体験ではあったが、もう二度と行かない。しかしあすこには温泉もあるんだってなぁ。燃えず薬とやらを飲めばヒトでも奥地へ行けるらしい。もう少し行きやすい場であれば、温泉なんてのは憧れるもんだがなかなかどうして難しいな。

子らの様子はどうだろうか。業務が忙しく、なかなか家に帰れないことが口惜しい。俺の顔を忘れてやしないだろうか。父はいつでもお前たちを想っていると、再三伝えてはくれないだろうか。最近は俺が帰っても、昔ほど喜ばれていない気がする。土産ばかり期待されてないか?この前ツルギバナナを持って帰ったとき、俺をほったらかして食べ始めたときは少しショックだった。父をもっと大切にしろと伝えてくれ。俺だって悲しむこともある。

今度、少し長めに休みを貰えることが決まった。羽を伸ばして家に帰れるのはいつぶりだろうな。そういえばこの前帰ったとき、庭にガッツニンジンの種を植えたろう?あれはどうなった?食べ物に困らないよう、せめて少しでも自分たちで育てられれば良いのだが。

ああ、早く君に会いたいと思う。もっと近くに、いや、せめてもっと頻繁に君に会えればどんなに良いか。俺は君と、子らがいるからなんでもできるのだ。それをいつも分かっていて欲しいと思う。そして、何事があっても、ずっと心は君の傍に在ることも。
永久に愛している。ではまた次の書簡にて。

君の守衛より」


 やけに達筆な筆文字で文章量が多いので、一つひとつを確認するよう口に出しながら読み上げていた剣士は、途中から心の中だけで呟くことにした。徐々に恥ずかしさが沸いたのだ。書簡には違いないのだが様子がおかしい。
 上から下までを何度も読み直し、怪しい単語が無いかを考えた。文章の最初の文字を繋げて読んだり、斜め読みをしてみたり、改めて口に出して読み上げて、同音異義語で別の意味にならないかと探りをいれた。が、奇妙な点は見つからない。

 ラブレター。この書簡にもっとも相応しい名前であるように感じた。いつもしつこいくらいにつき纏ってくるあの不気味な巨漢が書いたとは思えない素朴さと熱烈さ。あの人は意外とロマンチストだったのか。丁寧に書かれた達筆の文字は、如何にゆっくりと時間をかけて書いたかが偲ばれるようだった。
 さすがにプライベートが過ぎる。いくら命をつけ狙われている輩の手荷物だったとしても、自分がこれを拾い、あまつさえ中身を読んでしまったのは、倫理的にどうなのだろう。

 沈みかけてきた太陽に透かし、永久に愛してるの文字をじっと見つめた後、剣士はぱちぱちと木の爆ぜる焚火に書簡を翳した。いっそ何も見なかったことにして、燃やしてあげた方が人道的ではないだろうか。

『貴様の労などどれほど募らせようと無駄なあがきだというのに』
『この前のこれはさぞや痛かったと見える』
『しかし、貴様の剣技は守ることに特化した日和見』
『そのハリボテの如き矜持、我らがたたっ切ってやる!』

 結構ムカつくこといっぱい言われたよなぁ。この度投げかけられた暴言の数々を思い出すと、どうもただただ倫理を守る騎士でいられない。この感情はなんだろう。目が覚めてから、こんな複雑な思いに出くわすのは初めてかもしれない。

 剣士は黙ったまま書簡を二つ折りにする。丁寧にまた赤い封筒の中へと戻し、懐の奥深いところへとしまいこんだ。







【登場人物】
「剣士」
かつてゼルダ姫に仕えていたとされる近衛の騎士。マモノではないイーガの団員はなるべく手に掛けたくない。めちゃめちゃ強いので、可能な限り不殺で追い払っている。

「イーガの暗殺者」
隠遁村に愛する妻子がいる。剣士暗殺の任に就いているので剣士につき纏って度々襲うが、大体上手いこと追い払われている。
渡そうと思っていた手紙は紛失してしまったので書き直したが、後日剣士にヒラヒラみせられて「あーッ!!!」と指さすことになる。
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