「コーガ様・スッパ」が登場する話

「世にも恐れられている暗殺集団『イーガ団』に入団してから早数か月、なんと今日から、皆が愛してやまないイーガ団総長、コーガ様の小間使いを務めることになりました。信じられません!これはとっても名誉なことなんだぞって、新人担当の幹部さんからしこたま言われたので、しっかりがんばらなくちゃ!覚えることがたくさんありそうなので、今日から手記を残そうと思います。コーガ様のおそばに控えて、どんな毎日を過ごされているのか、まずは把握しなければ!」

業務前:朝
「まず、コーガ様は太陽と共に起きられます。起きられます、というか、起こされています。私が朝のつとめでコーガ様のお部屋に行くと、筆頭幹部のスッパ様が、お布団の隣に控えていました。『コーガ様、朝でござる。コーガ様、朝でござる』と何度か声をかけられても、コーガ様は起きません。結局掛け布団を剥がされて、『さみぃ!』と叫びながら起きられました。さすがスッパ様、扱いに慣れていらっしゃいます。コーガ様がどうしても朝起きられないときは、かけ布団をはぐ。しっかり覚えておかなくては。」

朝げ
「その後、つとめのスーツへ着替え、朝の身支度を済ませた後、コーガ様はようやく朝食の時間となりました。このときのご飯は、白米とキノコの塩スープに焼き魚。スッパ様とコーガ様が隣り合って座り、私もついでにご飯をいただきました。正直かなり緊張してしまい、あんまりこのときのことは覚えていません・・・。
しかし、コーガ様はどうやら、キノコが苦手なご様子。汁わんの中にキノコだけが残っていました。『コーガ様、好き嫌いは良くないでござる。しっかりと召し上がられよ』とスッパ様は仰っていましたが、結局そのままゼンはさげられました。食べて欲しいとは伝えるものの、やっぱりスッパ様もそれ以上は言えないみたいです。私も一度は言った方が良いのかな。私もキノコが苦手なので、コーガ様に食べてほしいとは、ちょっと言えないかも。」

朝げ後
「その後、食休みをなさったコーガ様。横になりつつバナナを召し上がりながら、古書に目を通されていました。何を読んでらっしゃるのか尋ねたものの、私にはいまいちよく分かりませんでした。どうやらシーカー族に伝わる伝承や暗器の研究をなさっていたみたい。あとは、ツルギバナナの育成方法についての巻物も。ツルギバナナはフィローネの方に群生しているようだけど、まさかこの辺りで育てるおつもりなのかしら。ずいぶん熱心に読みこまれていました。」

食休み中
「その間、スッパ様は席を外され、他の団員たちに、指示を出していたみたい。度々スッパ様が食休み中のコーガ様を訪れて、事後報告をなさっていました。コーガ様はどっしりと構え、『分かった。お前に任せる』『よくやったスッパ。俺様も助かる』『さすがだな。俺様の出番は無いみてえだ』と、スッパ様が訪れる度、言葉を変えコブしていく様子は、さすが団を束ねるお方です。私も今後、コーガ様に褒められるような働きぶりができるかしら・・・?これからが少し楽しみなようで、心配な気もします。」

食休み後
「食休みが済んだ後、コーガ様は軽く運動をし、おもむろに部屋を出ていかれました。私も静かに後をついていくと、辿り着いたのはバナナの貯蔵庫。『お前、スッパには黙っとけよ』と、言われました。なんだか二人だけの秘密ができたようでドキドキ。コーガ様は『ほれ』とひとつバナナを渡してくれて、いくつかを懐に忍ばせたようです。イーガ団にとって、ツルギバナナは兵糧でもあり、おやつでもあり、主食でもあり・・・貯蔵庫のバナナは厳重に保管されており、コーガ様でもやっぱり気軽に食べることができず、こっそり食べているんだって、私は初めて知りました。
バナナをスーツの中に隠しながらお部屋へ戻ると、スッパ様がすでに控えておられました。私はバナナが見つかるのではないかとヒヤヒヤでしたが、コーガ様はいつもの通りの涼しい顔。さすがです・・・。私もコーガ様の小間使いとなるならば、見習わなければいけません。まだまだ未熟だと痛感しました。スッパ様が私を見ているようで、本当に気が気でなかったです。」

昼げ前(修練)
「また横になろうとしたところ、『昼前に、一度ご用があるでござる』とスッパ様が仰られ、コーガ様はスッパ様と共に部屋からお出になりました。小間使いとして後をついていくと、辿り着いたのは修練場。幹部さんや構成員の方々が、まさに修練の真っ最中でした。
コーガ様が修練場に到着すると、団員全員で『コーガ様!ご苦労様です!』と挨拶なさってました。すごい気迫に私はびっくりでしたが、コーガ様は『うむ、くるしゅうない』と、堂々たる一言。さすが総長です。私は幹部さんが取り囲む、そうそうたる光景に、コーガ様の後ろから動けませんでした。
何をするのかと思えば、どうやら皆さんのケイコをつけるという話だったみたい。『げ、聞いてねーぞ』と驚かれていましたが、実際立ち回りが始まると、腕を回してやる気のようでした。幹部さんや構成員の方がコーガ様に襲い掛かると、その軽やかな体さばきによって次々といなされ、ものの五分で皆さん地に伏すことになりました。圧巻の一言です。とはいえ、最終的にはコーガ様も同じく仰向けになり、ぜえはあぜえはあと、オオゲサに天井を仰いでいらっしゃいました。本当はまだまだ余裕がおありでしょうに、こういうときでさえ、さも『自分もいっぱいいっぱいだった』と表現なさる。団員の意欲を削がないための配慮に感服します。」

昼げ(直前)
「スッパ様がもう少し鍛錬をつけると仰ったので、コーガ様は一足先にお部屋へ戻ることになりました。非常に疲れた様子だったので心配だったのですが、お部屋に戻る途中『内緒だぞ』と、またバナナの貯蔵庫へ。『お前も食うか?』と問われましたが、先ほどいただいたバナナもまだ食べていなかったので、遠慮しました。今度も何本か懐へしまい、その場でひとつ頬張りつつ、コーガ様のお部屋へ向かいました。これから昼げになるのに、そんなに食べて大丈夫なんでしょうか?」

昼げ中
「スッパ様がお部屋に戻られてから、昼げとなりました。今度もまた、コーガ様とスッパ様、私の三人で食事をとりました。朝に続き緊張しましたが、なんとか味が分かる程度には、慣れたように思います。
この日の昼げは鳥の甘露煮と、芋の煮っころがし、塩スープと、ご飯に漬物。私の好きなものばかりで美味しかった。ただ、コーガ様はいまいち食が進んでおられないようでした。『いかがされましたか、コーガ様』と、スッパ様も心配なさっておられましたが、コーガ様は『うん・・・まぁな』と曖昧なお返事。何が理由かとは仰っておられませんでしたが、おそらくバナナの食べ過ぎです・・・。入るわけがありません。『今日の昼げはコーガ様の好物でござるな』『甘露煮が美味いでござる』『コーガ様、そろそろ召し上がられては』と、スッパ様が立て続けに仰ったので、渋々といった様子で完食なさってました。すごいです・・・。私だったらきっと食べられません。下の者の模範であるために、限界を超えて無理をなさる。私も気を利かせて『食べましょうか』と言えば良かったのかもしれませんが、出過ぎた真似かと思い、何も言えませんでした。今度からは、もう少し空気を読んで、コーガ様のためになるような行動を取りたいと思います。」

昼げ後(食休み)
「昼げの後、コーガ様はスッパ様を連れ立って、お部屋の奥へと向かわれました。
私は初めて知ったのですが、コーガ様のお部屋にある奥の扉は外に通じており、簡単に出入りができるようになっていました。
崖に囲まれた厳かな空間で、中央には、底さえ見えない巨大な縦穴。覗いてみましたが、下は暗闇が広がるばかりで、思わずゾッとします。まさかイーガ団にこのような場所があろうとは・・・。下には何があるんでしょうか。コーガ様はご存知なのかな?
昼げ終わりは、いつもスッパ様と一緒に、この空間でメイソウをなさっているようです。私もセンエツながら、仲間に加わりました。1時間ほど経ってから、スッパ様が『そろそろ良いでござろう』と面を上げたことでお終いになりましたが、慣れないメイソウに少々疲れました・・・。でも、コーガ様はさすがの集中力。スッパ様が『コーガ様、コーガ様』と声をかけても、全く気付かれてないご様子。
呼吸さえ忘れていたのか、『ごっ』と急に息を吸ったかのような音の後、『俺様はまだ暫く続ける。スッパはもう行って良いぞ』と仰られ、『ギョ意に』とスッパ様は去られて行きました。
スッパ様が扉の奥へ消えた後、コーガ様は『はー』とため息を吐いて、横になられました。『俺様はもうひと眠りすっからよ、お前も自由にして良いぞ』と。・・・もうひと眠り?と思いましたが、聞き間違えたのかも。まさか本当に寝られてたのでしょうか? 座禅を組む間、身動ぎもされなかったので、にわかには信じがたいです。私をからかっておられたのかしら。
私は小間使いとして、共に過ごしますと伝えました。『お前も寝るのか?』と問われたので、いえと答えると、『じゃあ膝枕でもしてもらうか』と仰られたので、どぎまぎしてしまいました。どうやら、やはりからかっておられた様子。からから笑って『冗談だ』と言われなければ、私、どうしたら良いか分からなかったです。」

夕げ前
「コーガ様がお昼寝をされている最中、今日一日のことを順々に手記へ書き記していると、あっという間に日が傾いてきました。遠目の雪景色は日に晒され真っ白でしたが、コーガ様が眠られている場所はすっかり日陰で、お体を冷やさないか心配。起きる気配も無いので、どうしようか迷いましたが、私はそばへ寄り、お名前を呼んでみました。すると、『ん?どうした』とすぐに返事があったのでビックリ。昼寝をしていらっしゃったのでは?冷えてきたことを伝えると、コーガ様は『じゃあそろそろ入るか』と言いながら、バナナを召し上がられました。『ほれ、お前も食え』と促されたので、私も一緒になって、先ほど頂いたバナナを食べました。ツルギバナナは大好きですが、コーガ様は一日に何本も召し上がられるので、私よりよっぽど好きなんだなぁと、改めて思いました。」

夕げ直前
「コーガ様がお部屋に戻られると、スッパ様が書物を読まれてました。『ご苦労様でござる』と仰られたので、私は少しうろたえました。スッパ様はきっと、メイソウをしていたとお思いのはず・・・。それが昼寝だったのですから、きっと知られてはコーガ様がたしなめられてしまいます・・・。ただ、さすがコーガ様。『おう、疲れたぜ』とただ一言おっしゃって、さもメイソウを続けていたかのように振舞われました。その自然な仕草といったら!私はそこまで違和感なくふるまう自信が無かったので、『お主も、ご苦労でござった』とスッパ様に言われても、『はい』と面を背けるしか出来ませんでした。」

夕げ
「夕げは、『たまには食堂で飯食うか』とコーガ様が仰ったので、他の団員とも一緒にご飯を食べました。普段は朝昼夜と、三食お部屋で食事を済ませられるコーガ様。今日は珍しく食堂へ顔を出したので、全員ではないものの、多くの団員が集まりました。まるで小さなエンカイのよう!イーガ団は、時間に関係なく隠密している集団なので、業務中の幹部さんや構成員の方が、悔しそうにしていました。
私とスッパ様でコーガ様を挟むように座り、どんちゃん騒ぎです。夕げは筑前煮と山菜サラダ、卵雑炊でした。とっても美味しかったです。卵雑炊大好き!
筑前煮には、おおきなキノコが入っていました・・・。私は頑張って食べましたが、コーガ様は相変わらず・・・。スッパ様がじっと見ておられましたが、皆がいたからでしょうか。何も言わずに、ご飯を召し上がってました。小間使いになるならば、こういった空気も読めるようにならねばならないと、スッパ様の様子を見て勉強になりました。キノコは食べられることなく、そのまま提げられていきました。」

夕げ後
「団員達に惜しまれつつ、コーガ様は自室へと戻られました。私と、スッパ様も一緒です。このあとどうされるのだろうと思っていたら、どうやら湯浴みの時間となるみたい。本来であれば小間使いとしてコーガ様へ着いて行くのでしょうけど、さすがに『お前はここで待て』と言われました。『もう暇にしても良いぞ』とも言われましたが、せっかく小間使い初日なのです。頑張ります!と、コーガ様へ伝え、お部屋でジッと、お二人の帰りを待ちました。
ただ、この日は慣れない業務に疲れていたからか、うとうとしてしまったようです。『起きてるか~?』という声で目が覚めると、コーガ様が顔を覗き込んでいらっしゃって、ビックリしました。肩をぽんぽんと叩かれたので、どきどきです。起きてます、と伝えると、『お前、今日疲れてんだろ。やっぱ休んでいいぞ』と、優しくお声がけ頂きました。
ここで、頑張ります、と言えないところが、私のだめなところです・・・。結局、二度も気遣いいただいてしまったので、私はそのままお暇をとることに・・・。悔しいな。」

終業前
「去ろうとすると、『あ、俺様もついでに手水場いってくら』と、コーガ様がさささっと着いてこられました。スッパ様は『ギョ意に』と、コーガ様の部屋で待機です。それはそうですよね、手水場まではさすがに一緒に行くことはありませんよね。パタンと書物を閉じられたので、私はまさか?と思ってしまいました。
詰所はいつでも暗いものですが、外が夜だと思うと一層、怖く感じます。ただ、私の前を、ふんふん鼻歌を歌いながら歩くコーガ様がいたので、とても安心しました。これからコーガ様の側にずっといられるんだと思うと、誇らしい気持ちです。ただ、コーガ様は手水場を通り過ぎ、またバナナの貯蔵庫へ向かわれました。私が狼狽えていると、『こっち来い』と手招きされたので、思わずついていってしまいました。また何本かを忍ばせて、その内の一本は私に。『今食っちまえ、見つかると面倒だ』と仰ったので、私は食後の甘味とばかり、コーガ様と一緒にバナナを食べました。
コーガ様はお暇だったのでしょうか、貯蔵庫の台座、角っこに腰掛けて『はぁー』とため息を吐かれたので、お疲れですか?と問うと、『まぁな』と天井を仰がれました。私には察するあまりの重責やご苦労があるに違いありません。もう一本バナナの皮をむかれて、もぐもぐ。本当にバナナがお好きなんだなぁ。『お前が慣れてくれたらスッパも助かるだろうなー』と、呟かれたので、頑張りますと返しました。食べ終わった後で、『これ、部屋に戻ってから食え』と、バナナをもうひとつ・・・。私はそこまで正直食べられませんが、今度は断り切れませんでした。ありがとうございますと受け取って、『じゃあまた明日なー』と、コーガ様は自室へ戻られました。」 

「スッパ様ほどは無理と言えど、少しでもイーガ団の、コーガ様のためになりたい。私にできることはなんだろう?とりあえず、今日はたくさん手記を残しました。寝る前に見返して、しっかりコーガ様の一日を把握したいと思います。スッパ様のように頼られる団員として、イーガ団にコウケンしていきたいな!これから頑張ろう!」


ぱらり、と捲った先に続くのは、白いページだった。どうやら、手記は終わりのようだ。紅い手甲の男は表紙を閉じ、これをどうしたものかと逡巡する。
あまりに不用心。あまりに内部機密。落とした人物もおおよその検討がつく分、そのまま渡してしまっては、おそらく萎縮してしまうだろう。とはいえこのまま見えるところへ置いておけば、それはそれで、如何ともしがたい主の実際が漏れいでてしまう。
その場で腕を組んでいると、廊下の奥からパタパタと誰かが駆けてくる音。面を向けると、隠密集団にはおよそ似つかわしくない、騒々しく辺りを見回す構成員の姿が目に入った。

「あ!こんなところに!ごめんなさい、私のものです。拾ってくださり、ありがとうございました!」

手記の落とし主、もといコーガ様の新人小間使いが、息を切らしながら走ってきた。
手記を落としたことに気付いて探し回っていたのだろう。不躾に手を差し出しながらも、肩を上下させている。
もう落とさないようにと言い聞かせて彼女に手記を渡すと、大事そうに抱きしめて、小間使いは頭を下げた。
「それでは失礼いたします、お休みなさいませ」と、小間使いはまた、パタパタと廊下の奥へと去っていく。

手記を拾う前までは、自分も寝ようかと考えていたところだが、如何せん悩ましい。自分の知らない主の姿が詳細に語られたさきの手記は、不用心だったとはいえ、なかなかに着眼点の良い内容だった。未だ慣れぬ小間使いと言えど、賞賛に値する。
だからこそ、そのままにしておいて良いのだろうかと思った。自分はさきの手記を読み、主に一言でも物申したい気持ちになっている。苦言か感謝かは正直分からない。ただ、これが事実かどうかを、確かめたいだけかもしれない。
風もなく、冷えた廊下の真ん中で、男は立ち尽くした。面下でどのような表情を浮かべているかは分からない。ただただ静寂の中、身動ぎもせずに反芻するばかりだったが、結局のところ、男はそのまま前に向かって再び歩み出した。

事実として、知っておけばそれだけで良い。苦言も感謝も事実かどうかも、改めて形作る必要などないだろう。今はただ、何年も共に過ごす主の、自分ですら知らない一面が垣間見えたようで嬉しい。
そうだ、小間使いには明日、自分も好物のツルギバナナをくれてやろう。もちろんコーガ様には内緒でだ。いや、団員達にだって、気付かれてはならぬ。慎重に、こっそりと。自分と小間使いとの秘め事としよう。

気配を消し、バナナの貯蔵庫に向かう男は、生まれて初めての秘密を作るが如き様相だった。
それは、主に報いるように。そして敬愛する主のように。彼の頭上で結われた二股の黒髪が、風もない廊下で軽やかに揺れていた。


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