■「コーガ様・スッパ」が登場する話
世にも恐れられている暗殺集団『イーガ団』に入団してから早数か月、なんと今日から、皆が愛してやまないイーガ団総長、コーガ様の小間使いをつとめることになりました。信じられません! これはとっても名誉なことなんだぞって、新人担当の幹部さんからしこたま言われたので、しっかりがんばらなくちゃ! 覚えることがたくさんありそうなので、今日から手記を残そうと思います。
『業務前:朝』
まず、コーガ様は太陽と共に起きられます。というか、起こされています。私が朝のつとめでコーガ様のお部屋へ行くと、筆頭幹部のスッパ様が、お布団の隣に控えていました。『コーガ様、朝でござる。コーガ様、朝でござる』と何度か声をかけられても、コーガ様は起きません。
けっきょくかけ布団を剥がされて、『さみぃ!』と叫びながら起きられました。さすがスッパ様、扱いに慣れていらっしゃいます。
コーガ様がどうしても朝起きられないときは、かけ布団をはぐ。しっかり覚えておかなくては!
『朝げ』
その後、イーガの装束に着替え、朝の身支度を済ませたコーガ様は、ようやく朝食の時間となりました。このときのご飯は、白米とキノコの塩スープに焼き魚。スッパ様とコーガ様が隣り合って座り、私もついでにご飯をいただきました。かなり緊張してしまい、あんまりこのときのことは覚えていません……。
しかし、コーガ様はどうやら、キノコが苦手なご様子。汁わんの中にキノコだけが残っていました。『コーガ様、好き嫌いは良くないでござる。しっかりと召し上がられよ』とスッパ様は仰っていましたが、結局そのままゼンはさげられました。食べて欲しいとは伝えるものの、やっぱりスッパ様もそれ以上は言えないみたいです。私も一度は言った方がいいのかな。私もキノコが苦手なので、コーガ様に食べてほしいとは、ちょっと言えないかも。
『朝げ後』
その後、食休みをなさったコーガ様。横になりつつバナナを召し上がりながら、古書に目を通されていました。なにを読んでらっしゃるのか尋ねたものの、私にはいまいちよく分かりませんでした。どうやらシーカー族に伝わる伝承や暗器の研究をなさっていたみたい。あとは、ツルギバナナの育成方法についての巻物も。ツルギバナナはフィローネの方に生えてるようだけど、まさかこの辺りで育てるおつもりなのかしら。ずいぶん熱心に読みこまれていました。
『食休み中』
その間、スッパ様は席を外され、他の団員たちに指示を出していたみたい。度々スッパ様が食休み中のコーガ様を訪れて報告をなさっていました。コーガ様はどっしりとかまえ、『分かった。お前に任せる』『よくやったスッパ。俺様も助かる』『さすがだな。俺様の出番はないみてえだ』スッパ様が訪れる度、言葉を変えながらコブしていく様子は、さすが団を束ねるお方です。
私も今後、コーガ様に褒められるような働きぶりができるかな……? これからが少し楽しみなようで、心配な気もします。
『食休み後』
食休みが済んだ後、コーガ様は軽く運動をしてから部屋を出ていかれました。私も静かに後をついていくと、辿り着いたのはバナナの貯蔵庫。『お前、スッパには黙っとけよ』と言われました。なんだか二人だけの秘密ができたようでドキドキ。コーガ様は『ほれ』とひとつバナナを渡してくれて、いくつかを懐に忍ばせたようです。イーガ団にとって、ツルギバナナは兵糧でもあり、おやつでもあり、主食でもあり……貯蔵庫のバナナは厳重に保管されており、コーガ様でもやっぱり気軽に食べることができず、こっそり食べているんだって初めて知りました。
バナナを懐に隠してからお部屋へ戻ると、スッパ様がすでに控えておられました。バナナが見つかるのではないかとヒヤヒヤでしたが、コーガ様はいつもの通りの涼しい顔。さすがです……。
私もコーガ様の小間使いとなるならば、見習わなければいけません。まだまだ未熟だと痛感しました。スッパ様が私を見ているようで、本当に気が気でなかったです。
『昼げ前(修練)』
また横になろうとしたところ、『昼前に、一度ご用があるでござる』とスッパ様が仰られ、コーガ様はスッパ様と共に部屋からお出になりました。後をついていくと、辿り着いたのは修練場。幹部さんや構成員の方々が、まさに修練の真っ最中でした。
コーガ様が修練場に到着すると、団員全員で『コーガ様! ご苦労様です!』とあいさつ。すごい気迫に私はびっくりだったけど、コーガ様は『うむ、くるしゅうない』と、堂々たる一言。さすがコーガ様です。私は幹部さんが取り囲むそうそうたる光景に、コーガ様の後ろから動けませんでした。
なにをするのかと思えば、どうやら皆さんのケイコをつけるという話だったみたい。『げ、聞いてねーぞ』と驚かれていましたが、実際立ち回りが始まると、腕を回してやる気満々のようでした。幹部さんや構成員の方がコーガ様に襲い掛かると、その軽やかな体さばきで次々いなされ、ものの5分でおしまいに! すごい! とはいえ、最後にはコーガ様も仰向けになって、ぜえはあぜえはあと、オオゲサに息を吐いてらっしゃいました。本当はまだまだ余裕がおありでしょうに、こういうときでさえ、さも『自分もいっぱいいっぱいだった』と表現なさる。団員の意欲をそがないための配慮に感服します。
『昼げ(直前)』
スッパ様がもう少し鍛錬をつけると仰ったので、コーガ様は一足先にお部屋へ戻ることになりました。疲れたご様子だったので心配だったのですが、お部屋に戻る途中『内緒だぞ』と、またバナナの貯蔵庫へ。『お前も食うか?』と問われましたが、先ほどいただいたバナナもまだ食べていなかったので、遠慮しました。今度も何本か懐へしまい、その場でひとつ頬張りつつ、コーガ様のお部屋へ向かいました。これから昼げになるのに、そんなに食べて大丈夫なんでしょうか?
『昼げ中』
スッパ様がお部屋に戻られてから、昼げとなりました。今度もまた、コーガ様とスッパ様、私の三人での食事です。朝に続いて緊張したけれど、なんとか味が分かる程度には、慣れたように思います。
この日の昼げは鳥のかんろにと、芋の煮っころがし、塩スープと、ご飯につけもの。私の好きなものばかりで美味しかった! ただ、コーガ様はいまいち食が進んでおられないようでした。『いかがされたでござるか、コーガ様』と、スッパ様も心配なさっておられましたが、コーガ様は『うん……まぁな』と曖昧なお返事。なにが理由かとは仰っておられませんでしたが、おそらくバナナの食べ過ぎです……。入るわけがありません。『今日の昼げはコーガ様の好物でござるな』『かんろにが美味いでござる』『コーガ様、そろそろ召し上がられては』と、スッパ様が立て続けに仰ったので、渋々といった様子で完食なさってました。すごいです……。私だったらきっと食べられません。下の者の模範であるために、限界を超えて無理をなさる。私も気を利かせて『食べましょうか』と言えば良かったのかもしれませんが、なにも言えませんでした。今度からは、もう少し空気を読んで、コーガ様のためになるような行動を取りたいと思います。
『昼げ後(食休み)』
昼げの後、コーガ様はスッパ様を連れ立って、お部屋の奥へと向かわれました。
私は初めて知ったのですが、コーガ様のお部屋にある奥の扉は外に通じており、簡単に出入りができるようになっていました。
崖に囲まれた厳かな空間で、中央には、底さえ見えない巨大な縦穴。覗いてみましたが、下は暗闇が広がるばかりで、思わずゾッとしました。まさかカルサー谷にこんな場所があるなんて……。下にはなにがあるんでしょうか。コーガ様はご存知なのかな?
昼げ終わりは、いつもスッパ様と一緒に、この広間でメイソウをなさっているようです。私もセンエツながら仲間に加わりました。1時間ほど経ってから、スッパ様が『そろそろいいでござろう』と言ってお終いになりましたが、慣れないメイソウに少々疲れました……。でも、コーガ様はさすがの集中力。スッパ様が『コーガ様、コーガ様』と声をかけても、まったく気付かれてないご様子でした。『ごっ』と急に息を吸ったような音の後、『俺様はまだ暫く続ける。スッパはもう行っていいぞ』と仰られ、『ギョ意に』とスッパ様は去られて行きました。
スッパ様が扉の奥へ消えた後、コーガ様は『はー』とため息を吐いて、横になられました。『俺様はもうひと眠りすっからよ、お前も自由にしていいぞ』と。……もうひと眠り? と思いましたが、聞き間違えたのかも。まさか本当に寝られてたのでしょうか? 座禅を組む間、身動ぎもされなかったので、にわかには信じがたいです。私をからかっておられたのかしら。
私は小間使いとして、共に過ごしますと伝えました。『お前も寝るのか?』と問われたので、いえと答えると、『じゃあ膝枕でもしてもらうか』と仰られたので、どぎまぎしてしまいました。どうやら、やはりからかっておられた様子。からから笑って『冗談だ』と言われなければ、私、どうしたら良いか分からなかったです。
『夕げ前』
コーガ様がお昼寝をされている最中、今日一日のことを手記へ書き記していると、あっという間に日が傾いてきました。広間の奥に見えた雪がキラキラしてて綺麗だった。でもコーガ様が眠られている場所はすっかり日陰で、お体を冷やさないか心配。起きる気配もないので、どうしようか迷いましたが、そばへ寄ってお名前を呼んでみました。すると、『ん?どうした』とすぐに返事があったのでビックリです。昼寝をしていらっしゃったのでは? 冷えてきたことを伝えると、コーガ様は『じゃあそろそろ入るか』と言いながら、バナナを召し上がられました。『ほれ、お前も食え』と促されたので、私も一緒になって、先ほど頂いたバナナを食べました。ツルギバナナは大好きですが、コーガ様は一日に何本も召し上がられるので、私よりよっぽど好きなんでしょうね。
『夕げ直前』
コーガ様がお部屋に戻られると、スッパ様が書物を読まれてました。『お疲れ様でござる』と仰られたので、少しあたふたしました。スッパ様はきっと、メイソウをしていたとお思いのはず……。それが昼寝だったのですから、きっと知られてはコーガ様が怒られてしまいます……。ただ、さすがコーガ様。『おう、疲れたぜ』とただ一言おっしゃって、さもメイソウを続けていたかのようにふるまわれました。その自然な仕草といったら! 私は『お主も、ご苦労でござった』とスッパ様に言われても、『はい』と面を背けるしかできませんでした。
『夕げ』
夕げは、『たまには食堂で飯食うか』とコーガ様が仰ったので、他の団員と一緒にご飯を食べました。普段は朝昼夜と、三食お部屋で食事を済ませられるコーガ様。今日は珍しく食堂へ顔を出したので、多くの団員が集まりました。まるで小さなエンカイみたい! イーガ団は、朝も夜も隠密している集団なので、業務中の幹部さんや構成員の方が、悔しそうにしていました。
私とスッパ様でコーガ様を挟むように座って、どんちゃん騒ぎです。夕げはちくぜんにと山菜サラダ、卵雑炊でした。とっても美味しかったです。卵雑炊大好き!
ただ、ちくぜんにには大きなキノコが入っていました……。私は頑張って食べましたが、コーガ様は相変わらず……。スッパ様がじっと見ておられましたが、皆がいたからでしょうか。なにも言わずに、ご飯を召し上がってました。小間使いになるならば、こういった空気も読めるようにならねばならないと、スッパ様の様子を見て勉強になりました。キノコは食べられることなく、そのまま下げられていきました。
『夕げ後』
団員に惜しまれつつ、自室へと戻られたコーガ様。私と、スッパ様も一緒です。このあとどうされるのだろうと思っていたら、湯浴みの時間になるみたい。本来であれば小間使いとして湯浴み場にも着いて行くのでしょうけど、さすがに『お前はここで待て』と言われました。『もう暇にしてもいいぞ』とも言われましたが、せっかくお仕事初日なのです。頑張ります! と、コーガ様へ伝え、お部屋でジッと、お二人の帰りを待ちました。
ただ、この日は慣れない業務に疲れていたからか、うとうとしてしまって。『起きてるか~?』と言われて目を開けると、コーガ様が顔を覗き込んでいらっしゃって、ビックリしました。肩をぽんぽん叩かれたので、どきどきです。起きてます、と伝えると、『お前、今日疲れてんだろ。やっぱ休んでいいぞ』と、優しくお声がけ頂きました。
ここで、頑張ります、と言えないところが、私のだめなとこ……。結局、二度も気づかいいただいたので、私はそのままお暇をとることに……。悔しいな。
『終業前』
去ろうとすると、『あ、俺様もついでに手水場いってくら』と、コーガ様がさささっと着いてこられました。スッパ様は『ギョ意に』と、コーガ様の部屋で待機です。それはそうですよね、手水場まではさすがに一緒に行くことはありませんよね。パタンと書物を閉じて膝を立てられたので、まさか? と思ってしまいました。
アジトはいつも暗いですが、外が夜だと思うといっそう、怖く感じます。ただ、私の前を、ふんふん歌いながら歩くコーガ様がいらっしゃったので、とても安心しました。これからコーガ様の側にずっといられるんだと思うと、誇らしい気持ちです。ただ、コーガ様は手水場を通り過ぎ、またバナナの貯蔵庫へ向かわれました。私が困っていると、『こっち来い』と手招きされたので、思わずついていってしまいました。また何本かを忍ばせて、その内の一本は私に。『今食っちまえ、見つかると面倒だ』と仰ったので、私は食後の甘味とばかり、一緒にバナナを食べました。
コーガ様はお暇だったのでしょうか、貯蔵庫の角っこに腰掛けて『はぁー』とため息を吐かれたので、お疲れですか? と聞くと、『まぁな』と天井を仰がれました。私には察するあまりの重責やご苦労があるに違いありません。もう一本バナナの皮をむかれて、もぐもぐ。本当にバナナがお好きなんだなぁ。『お前が慣れてくれたらスッパも助かるだろうなー』と、呟かれたので、頑張りますと返しました。食べ終わった後で、『これ、部屋に戻ってから食え』と、バナナをもうひとつ……。正直そこまで食べられませんが、断り切れませんでした。ありがとうございますと受け取って、『じゃあまた明日なー』と、コーガ様は自室へ戻られました。
スッパ様ほどは無理と言えど、少しでもイーガ団の、コーガ様のためになりたい。私にできることはなんだろう? とりあえず、今日はたくさん手記を残しました。寝る前に見返して、しっかりコーガ様の一日を把握したいと思います。これから頑張ろう!
ぱらり、と捲った先に続くのは、白いページだった。どうやら、手記は終わりのようだ。そっと表紙を閉じる。偶然にもこれを拾ってしまった男は、どうしたものかと逡巡する。
あまりに不用心。あまりに内部機密。落とした人物の目星はついているものの、業務終わりの夜分だ。今どこにいるかまでは分からないし、彼女を求めて女部屋を覗くのは立場上憚れる。
如何ともしがたい主の実態をどうすべきか、とその場で腕を組んでいると、廊下の奥からパタパタ駆けてくる音がする。面を向ければ、隠密集団にはおよそ似つかわしくない、騒々しく辺りを見回す構成員の姿が目に入った。
「あ!こんなところに! ごめんなさい、私のものです。拾ってくださり、ありがとうございました!」
手記の落とし主、もといコーガ様の新人小間使いが、息を切らしながら走ってきた。手記を落としたことに気付いて探し回っていたのだろう。不躾に手を差し出しながらも、肩を上下させている。
もう落とさないようにと言い聞かせて手記を渡すと、大事そうに抱きしめて、小間使いは頭を下げた。
「ありがとうございました! それでは失礼いたします、お休みなさいませ」とだけ言い、小間使いはまた、パタパタと廊下の奥へ去っていく。
手記を拾う前までは、自分も寝ようかと考えていたところだが、男は逡巡した。自分の知らない主の姿が詳細に語られたさきの手記は、なかなかに着眼点のいい内容だった。不用心だったとはいえ賞賛に値する。なにせ、十何年と傍にいた主君の知らない姿が、そこには記されていたのだから。
なにか一言、言いに行こうかと思った。苦言を言いたいのか、感謝を伝えたいのか自分でも分からない。あれが事実かどうかを、確かめたいだけかもしれない。なんでか、そわりと胸の奥が高揚して仕方ない。
風もなく、冷えた廊下の真ん中で、男は佇んで考えた。行くべきか、行かざるべきか。ただただ静寂の中、身動ぎもせずに反芻するばかりだったが、結局のところ、男はそのまま前に向かって歩み出した。
事実として、知っておけばそれだけでいい。今はただ、底の知れない主君の新たな一面が知れたことが嬉しい。それだけでいいではないか。
そうだ、小間使いには明日、自分も好物のツルギバナナをくれてやろう。もちろんコーガ様には内緒でだ。いや、団員達にだって、気付かれてはならぬ。慎重に、こっそりと。自分と小間使いとの秘め事として。
気配を消し、貯蔵庫へ向かう男の足は浮ついている。主に報いるように。そして敬愛する主のように。彼の頭上で結われた二股の黒髪が、風もない廊下で軽やかに揺れていた。
【登場人物】
「小間使い」
イーガ団に入ってたばかりの新人。術も武器もまだまだ使えないので、しょうがなく小間使いの業務を与えられることになった。結局細々した雑業はスッパがこなすのであんまり仕事がない。コーガ様にとってのいい暇つぶし相手。
『業務前:朝』
まず、コーガ様は太陽と共に起きられます。というか、起こされています。私が朝のつとめでコーガ様のお部屋へ行くと、筆頭幹部のスッパ様が、お布団の隣に控えていました。『コーガ様、朝でござる。コーガ様、朝でござる』と何度か声をかけられても、コーガ様は起きません。
けっきょくかけ布団を剥がされて、『さみぃ!』と叫びながら起きられました。さすがスッパ様、扱いに慣れていらっしゃいます。
コーガ様がどうしても朝起きられないときは、かけ布団をはぐ。しっかり覚えておかなくては!
『朝げ』
その後、イーガの装束に着替え、朝の身支度を済ませたコーガ様は、ようやく朝食の時間となりました。このときのご飯は、白米とキノコの塩スープに焼き魚。スッパ様とコーガ様が隣り合って座り、私もついでにご飯をいただきました。かなり緊張してしまい、あんまりこのときのことは覚えていません……。
しかし、コーガ様はどうやら、キノコが苦手なご様子。汁わんの中にキノコだけが残っていました。『コーガ様、好き嫌いは良くないでござる。しっかりと召し上がられよ』とスッパ様は仰っていましたが、結局そのままゼンはさげられました。食べて欲しいとは伝えるものの、やっぱりスッパ様もそれ以上は言えないみたいです。私も一度は言った方がいいのかな。私もキノコが苦手なので、コーガ様に食べてほしいとは、ちょっと言えないかも。
『朝げ後』
その後、食休みをなさったコーガ様。横になりつつバナナを召し上がりながら、古書に目を通されていました。なにを読んでらっしゃるのか尋ねたものの、私にはいまいちよく分かりませんでした。どうやらシーカー族に伝わる伝承や暗器の研究をなさっていたみたい。あとは、ツルギバナナの育成方法についての巻物も。ツルギバナナはフィローネの方に生えてるようだけど、まさかこの辺りで育てるおつもりなのかしら。ずいぶん熱心に読みこまれていました。
『食休み中』
その間、スッパ様は席を外され、他の団員たちに指示を出していたみたい。度々スッパ様が食休み中のコーガ様を訪れて報告をなさっていました。コーガ様はどっしりとかまえ、『分かった。お前に任せる』『よくやったスッパ。俺様も助かる』『さすがだな。俺様の出番はないみてえだ』スッパ様が訪れる度、言葉を変えながらコブしていく様子は、さすが団を束ねるお方です。
私も今後、コーガ様に褒められるような働きぶりができるかな……? これからが少し楽しみなようで、心配な気もします。
『食休み後』
食休みが済んだ後、コーガ様は軽く運動をしてから部屋を出ていかれました。私も静かに後をついていくと、辿り着いたのはバナナの貯蔵庫。『お前、スッパには黙っとけよ』と言われました。なんだか二人だけの秘密ができたようでドキドキ。コーガ様は『ほれ』とひとつバナナを渡してくれて、いくつかを懐に忍ばせたようです。イーガ団にとって、ツルギバナナは兵糧でもあり、おやつでもあり、主食でもあり……貯蔵庫のバナナは厳重に保管されており、コーガ様でもやっぱり気軽に食べることができず、こっそり食べているんだって初めて知りました。
バナナを懐に隠してからお部屋へ戻ると、スッパ様がすでに控えておられました。バナナが見つかるのではないかとヒヤヒヤでしたが、コーガ様はいつもの通りの涼しい顔。さすがです……。
私もコーガ様の小間使いとなるならば、見習わなければいけません。まだまだ未熟だと痛感しました。スッパ様が私を見ているようで、本当に気が気でなかったです。
『昼げ前(修練)』
また横になろうとしたところ、『昼前に、一度ご用があるでござる』とスッパ様が仰られ、コーガ様はスッパ様と共に部屋からお出になりました。後をついていくと、辿り着いたのは修練場。幹部さんや構成員の方々が、まさに修練の真っ最中でした。
コーガ様が修練場に到着すると、団員全員で『コーガ様! ご苦労様です!』とあいさつ。すごい気迫に私はびっくりだったけど、コーガ様は『うむ、くるしゅうない』と、堂々たる一言。さすがコーガ様です。私は幹部さんが取り囲むそうそうたる光景に、コーガ様の後ろから動けませんでした。
なにをするのかと思えば、どうやら皆さんのケイコをつけるという話だったみたい。『げ、聞いてねーぞ』と驚かれていましたが、実際立ち回りが始まると、腕を回してやる気満々のようでした。幹部さんや構成員の方がコーガ様に襲い掛かると、その軽やかな体さばきで次々いなされ、ものの5分でおしまいに! すごい! とはいえ、最後にはコーガ様も仰向けになって、ぜえはあぜえはあと、オオゲサに息を吐いてらっしゃいました。本当はまだまだ余裕がおありでしょうに、こういうときでさえ、さも『自分もいっぱいいっぱいだった』と表現なさる。団員の意欲をそがないための配慮に感服します。
『昼げ(直前)』
スッパ様がもう少し鍛錬をつけると仰ったので、コーガ様は一足先にお部屋へ戻ることになりました。疲れたご様子だったので心配だったのですが、お部屋に戻る途中『内緒だぞ』と、またバナナの貯蔵庫へ。『お前も食うか?』と問われましたが、先ほどいただいたバナナもまだ食べていなかったので、遠慮しました。今度も何本か懐へしまい、その場でひとつ頬張りつつ、コーガ様のお部屋へ向かいました。これから昼げになるのに、そんなに食べて大丈夫なんでしょうか?
『昼げ中』
スッパ様がお部屋に戻られてから、昼げとなりました。今度もまた、コーガ様とスッパ様、私の三人での食事です。朝に続いて緊張したけれど、なんとか味が分かる程度には、慣れたように思います。
この日の昼げは鳥のかんろにと、芋の煮っころがし、塩スープと、ご飯につけもの。私の好きなものばかりで美味しかった! ただ、コーガ様はいまいち食が進んでおられないようでした。『いかがされたでござるか、コーガ様』と、スッパ様も心配なさっておられましたが、コーガ様は『うん……まぁな』と曖昧なお返事。なにが理由かとは仰っておられませんでしたが、おそらくバナナの食べ過ぎです……。入るわけがありません。『今日の昼げはコーガ様の好物でござるな』『かんろにが美味いでござる』『コーガ様、そろそろ召し上がられては』と、スッパ様が立て続けに仰ったので、渋々といった様子で完食なさってました。すごいです……。私だったらきっと食べられません。下の者の模範であるために、限界を超えて無理をなさる。私も気を利かせて『食べましょうか』と言えば良かったのかもしれませんが、なにも言えませんでした。今度からは、もう少し空気を読んで、コーガ様のためになるような行動を取りたいと思います。
『昼げ後(食休み)』
昼げの後、コーガ様はスッパ様を連れ立って、お部屋の奥へと向かわれました。
私は初めて知ったのですが、コーガ様のお部屋にある奥の扉は外に通じており、簡単に出入りができるようになっていました。
崖に囲まれた厳かな空間で、中央には、底さえ見えない巨大な縦穴。覗いてみましたが、下は暗闇が広がるばかりで、思わずゾッとしました。まさかカルサー谷にこんな場所があるなんて……。下にはなにがあるんでしょうか。コーガ様はご存知なのかな?
昼げ終わりは、いつもスッパ様と一緒に、この広間でメイソウをなさっているようです。私もセンエツながら仲間に加わりました。1時間ほど経ってから、スッパ様が『そろそろいいでござろう』と言ってお終いになりましたが、慣れないメイソウに少々疲れました……。でも、コーガ様はさすがの集中力。スッパ様が『コーガ様、コーガ様』と声をかけても、まったく気付かれてないご様子でした。『ごっ』と急に息を吸ったような音の後、『俺様はまだ暫く続ける。スッパはもう行っていいぞ』と仰られ、『ギョ意に』とスッパ様は去られて行きました。
スッパ様が扉の奥へ消えた後、コーガ様は『はー』とため息を吐いて、横になられました。『俺様はもうひと眠りすっからよ、お前も自由にしていいぞ』と。……もうひと眠り? と思いましたが、聞き間違えたのかも。まさか本当に寝られてたのでしょうか? 座禅を組む間、身動ぎもされなかったので、にわかには信じがたいです。私をからかっておられたのかしら。
私は小間使いとして、共に過ごしますと伝えました。『お前も寝るのか?』と問われたので、いえと答えると、『じゃあ膝枕でもしてもらうか』と仰られたので、どぎまぎしてしまいました。どうやら、やはりからかっておられた様子。からから笑って『冗談だ』と言われなければ、私、どうしたら良いか分からなかったです。
『夕げ前』
コーガ様がお昼寝をされている最中、今日一日のことを手記へ書き記していると、あっという間に日が傾いてきました。広間の奥に見えた雪がキラキラしてて綺麗だった。でもコーガ様が眠られている場所はすっかり日陰で、お体を冷やさないか心配。起きる気配もないので、どうしようか迷いましたが、そばへ寄ってお名前を呼んでみました。すると、『ん?どうした』とすぐに返事があったのでビックリです。昼寝をしていらっしゃったのでは? 冷えてきたことを伝えると、コーガ様は『じゃあそろそろ入るか』と言いながら、バナナを召し上がられました。『ほれ、お前も食え』と促されたので、私も一緒になって、先ほど頂いたバナナを食べました。ツルギバナナは大好きですが、コーガ様は一日に何本も召し上がられるので、私よりよっぽど好きなんでしょうね。
『夕げ直前』
コーガ様がお部屋に戻られると、スッパ様が書物を読まれてました。『お疲れ様でござる』と仰られたので、少しあたふたしました。スッパ様はきっと、メイソウをしていたとお思いのはず……。それが昼寝だったのですから、きっと知られてはコーガ様が怒られてしまいます……。ただ、さすがコーガ様。『おう、疲れたぜ』とただ一言おっしゃって、さもメイソウを続けていたかのようにふるまわれました。その自然な仕草といったら! 私は『お主も、ご苦労でござった』とスッパ様に言われても、『はい』と面を背けるしかできませんでした。
『夕げ』
夕げは、『たまには食堂で飯食うか』とコーガ様が仰ったので、他の団員と一緒にご飯を食べました。普段は朝昼夜と、三食お部屋で食事を済ませられるコーガ様。今日は珍しく食堂へ顔を出したので、多くの団員が集まりました。まるで小さなエンカイみたい! イーガ団は、朝も夜も隠密している集団なので、業務中の幹部さんや構成員の方が、悔しそうにしていました。
私とスッパ様でコーガ様を挟むように座って、どんちゃん騒ぎです。夕げはちくぜんにと山菜サラダ、卵雑炊でした。とっても美味しかったです。卵雑炊大好き!
ただ、ちくぜんにには大きなキノコが入っていました……。私は頑張って食べましたが、コーガ様は相変わらず……。スッパ様がじっと見ておられましたが、皆がいたからでしょうか。なにも言わずに、ご飯を召し上がってました。小間使いになるならば、こういった空気も読めるようにならねばならないと、スッパ様の様子を見て勉強になりました。キノコは食べられることなく、そのまま下げられていきました。
『夕げ後』
団員に惜しまれつつ、自室へと戻られたコーガ様。私と、スッパ様も一緒です。このあとどうされるのだろうと思っていたら、湯浴みの時間になるみたい。本来であれば小間使いとして湯浴み場にも着いて行くのでしょうけど、さすがに『お前はここで待て』と言われました。『もう暇にしてもいいぞ』とも言われましたが、せっかくお仕事初日なのです。頑張ります! と、コーガ様へ伝え、お部屋でジッと、お二人の帰りを待ちました。
ただ、この日は慣れない業務に疲れていたからか、うとうとしてしまって。『起きてるか~?』と言われて目を開けると、コーガ様が顔を覗き込んでいらっしゃって、ビックリしました。肩をぽんぽん叩かれたので、どきどきです。起きてます、と伝えると、『お前、今日疲れてんだろ。やっぱ休んでいいぞ』と、優しくお声がけ頂きました。
ここで、頑張ります、と言えないところが、私のだめなとこ……。結局、二度も気づかいいただいたので、私はそのままお暇をとることに……。悔しいな。
『終業前』
去ろうとすると、『あ、俺様もついでに手水場いってくら』と、コーガ様がさささっと着いてこられました。スッパ様は『ギョ意に』と、コーガ様の部屋で待機です。それはそうですよね、手水場まではさすがに一緒に行くことはありませんよね。パタンと書物を閉じて膝を立てられたので、まさか? と思ってしまいました。
アジトはいつも暗いですが、外が夜だと思うといっそう、怖く感じます。ただ、私の前を、ふんふん歌いながら歩くコーガ様がいらっしゃったので、とても安心しました。これからコーガ様の側にずっといられるんだと思うと、誇らしい気持ちです。ただ、コーガ様は手水場を通り過ぎ、またバナナの貯蔵庫へ向かわれました。私が困っていると、『こっち来い』と手招きされたので、思わずついていってしまいました。また何本かを忍ばせて、その内の一本は私に。『今食っちまえ、見つかると面倒だ』と仰ったので、私は食後の甘味とばかり、一緒にバナナを食べました。
コーガ様はお暇だったのでしょうか、貯蔵庫の角っこに腰掛けて『はぁー』とため息を吐かれたので、お疲れですか? と聞くと、『まぁな』と天井を仰がれました。私には察するあまりの重責やご苦労があるに違いありません。もう一本バナナの皮をむかれて、もぐもぐ。本当にバナナがお好きなんだなぁ。『お前が慣れてくれたらスッパも助かるだろうなー』と、呟かれたので、頑張りますと返しました。食べ終わった後で、『これ、部屋に戻ってから食え』と、バナナをもうひとつ……。正直そこまで食べられませんが、断り切れませんでした。ありがとうございますと受け取って、『じゃあまた明日なー』と、コーガ様は自室へ戻られました。
スッパ様ほどは無理と言えど、少しでもイーガ団の、コーガ様のためになりたい。私にできることはなんだろう? とりあえず、今日はたくさん手記を残しました。寝る前に見返して、しっかりコーガ様の一日を把握したいと思います。これから頑張ろう!
ぱらり、と捲った先に続くのは、白いページだった。どうやら、手記は終わりのようだ。そっと表紙を閉じる。偶然にもこれを拾ってしまった男は、どうしたものかと逡巡する。
あまりに不用心。あまりに内部機密。落とした人物の目星はついているものの、業務終わりの夜分だ。今どこにいるかまでは分からないし、彼女を求めて女部屋を覗くのは立場上憚れる。
如何ともしがたい主の実態をどうすべきか、とその場で腕を組んでいると、廊下の奥からパタパタ駆けてくる音がする。面を向ければ、隠密集団にはおよそ似つかわしくない、騒々しく辺りを見回す構成員の姿が目に入った。
「あ!こんなところに! ごめんなさい、私のものです。拾ってくださり、ありがとうございました!」
手記の落とし主、もといコーガ様の新人小間使いが、息を切らしながら走ってきた。手記を落としたことに気付いて探し回っていたのだろう。不躾に手を差し出しながらも、肩を上下させている。
もう落とさないようにと言い聞かせて手記を渡すと、大事そうに抱きしめて、小間使いは頭を下げた。
「ありがとうございました! それでは失礼いたします、お休みなさいませ」とだけ言い、小間使いはまた、パタパタと廊下の奥へ去っていく。
手記を拾う前までは、自分も寝ようかと考えていたところだが、男は逡巡した。自分の知らない主の姿が詳細に語られたさきの手記は、なかなかに着眼点のいい内容だった。不用心だったとはいえ賞賛に値する。なにせ、十何年と傍にいた主君の知らない姿が、そこには記されていたのだから。
なにか一言、言いに行こうかと思った。苦言を言いたいのか、感謝を伝えたいのか自分でも分からない。あれが事実かどうかを、確かめたいだけかもしれない。なんでか、そわりと胸の奥が高揚して仕方ない。
風もなく、冷えた廊下の真ん中で、男は佇んで考えた。行くべきか、行かざるべきか。ただただ静寂の中、身動ぎもせずに反芻するばかりだったが、結局のところ、男はそのまま前に向かって歩み出した。
事実として、知っておけばそれだけでいい。今はただ、底の知れない主君の新たな一面が知れたことが嬉しい。それだけでいいではないか。
そうだ、小間使いには明日、自分も好物のツルギバナナをくれてやろう。もちろんコーガ様には内緒でだ。いや、団員達にだって、気付かれてはならぬ。慎重に、こっそりと。自分と小間使いとの秘め事として。
気配を消し、貯蔵庫へ向かう男の足は浮ついている。主に報いるように。そして敬愛する主のように。彼の頭上で結われた二股の黒髪が、風もない廊下で軽やかに揺れていた。
【登場人物】
「小間使い」
イーガ団に入ってたばかりの新人。術も武器もまだまだ使えないので、しょうがなく小間使いの業務を与えられることになった。結局細々した雑業はスッパがこなすのであんまり仕事がない。コーガ様にとってのいい暇つぶし相手。
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