【ss】ブレワイ・祠チャレンジの敬語幹部夢 

 背もたれもない木椅子は、酷く固く居心地が悪かった。座ったは良いものの、長旅を癒すソファとは程遠い。とにかく一度落ち着きたかった私は、もぞもぞと動きながら、一度小さく、ため息を吐いた。
 装飾品なんて一切かかってない木の壁から、夜風のにおいが染み入ってくる。少しの家具しか置かれていない部屋は簡素で、目にも、身体にも、冷たい感じがした。野菜倉庫みたいだと思った外観と比べれば、最低限の生活感はあったのだけれど。
 でも、今の私にはそんな場所でもありがたい。
 雨風がしのげる。火にあたることができる。それだけでも十分、心が次第に解れてくれるような気がする。

 パチパチと木の爆ぜる音に耳を傾けていると、ふとコップが差し出された。
 反射的に「ありがとう」と口端を持ち上げたけど、目線は強張って上げられない。自分でも分かっているけれど、自然に振る舞えないほど、今は心が難しい。
 コップから立ち上る湯気が、柔らかく鼻先を掠めていく。悴んでいた指がじっくりと温まるまで待ってから、ふうふう息をふきかけて、陶の淵に口をつける。
 その途端に鼻から抜けていったのは、感じたこともない、舌を刺すハイラル草の青臭さだった。

「疲れたでしょう。ここまで長かったから」

 椅子をかたんと引きながら、彼が微笑んでくる。
 しかし目尻で影の揺れるその表情は、そう言いながらも少し疲れた風だった。

「歩くだけなら、全然。・・・・・・行く先があると分かっているだけで、全く心持ちは違うものです」
「ご立派です、お嬢様。・・・・・・しかし大変でしたね。火事だけでも突然の悲劇でしたのに、お嬢様自身が、まさかあんなところへ・・・・・・」
「私だって同じ気持ちです。貴方とあんな、その・・・・・・──奴隷市場で再会するなんて」

 彼・・・・・・我が家に務めていた執事と再会を果たしたのは、つい昨日のこと。
 世間の目を潜るように開催されている、小規模な奴隷市場でのことだった。

 女神の血を継ぐという王家が絶えてから、既に100年あまりが経つ。新しい統治者もなく、政治らしい政治のおこなわれていないこの国では、ヒトはヒトのための物資になり得るらしい。
 数週間前に屋敷の火事で全てを失った私は、気付けば奴隷商に手を引かれ、失意のままに薄汚れた敷物の上へ並べられていた。

 まるで、火事の日から夢の中にいるみたいで、全ての記憶が覚束ない。今は亡き国王に土地の管理を任された一族である父と私、それとメイドや執事に囲まれた生活は、たった一日で一変した。
 数日前までは毎日お風呂に入り、村の仕立て屋に頼んだドレスを身に着けていたのに、今はどうしたことだろう。
 何日もお風呂に入っていないし、洋服すら火事の日に着ていたネグリジェのまま。元の美しいパステルピンクは見る影もないほど泥だらけで、火花が散ってできた穴が幾つも空いている。
 お父様がこの場にいたら、きっと酷く叱責なさった。それほど今の私は、汚らしくて、はしたなくて・・・・・・情けない。

 未だゆらゆらと揺れる湯気から視線を上げると、ふ、と細められた執事の視線が、スカートに向けられていることに気付く。
 じわりと沸き立ったのは気恥ずかしさ。私は裾を引っ張って、彼の視線から隠れるように自分自身を緩く抱きしめた。

「住人から、知らない男に手を引かれていったと聞かされ、もしやと思ったのです。そして実際、貴女に出会うことができた」
「まあ・・・・・・そうだったんですか。じゃあ私がここにいるのは、偶然というわけではないのですね」
「そういう言い方もできるでしょうねぇ。でも確証はありませんでした。こうして生きて再会できたのは、そうですね・・・・・・奇跡、に近いかもしれません」

 奇跡。じわ、と胸に沁み広がっていくその言葉に、確かにそうかもしれないとぼんやり思った。
 私があの大火事の中で命からがら逃げられたのも、奴隷市場で彼と出会ったのも、・・・・・・きっと奇跡に違いない。

 火に飲み込まれた寝室。濛々と立ち込める煙に、儘ならない呼吸。
 ほとんど意識を手放しながら外へ抜け出て、振り返れば私が今まで住んでいた屋敷は瓦解する寸前だった。
 数日間燻った火が漸く落ち着き、炭を踏みしめた先に見つけたのは、真っ黒になった父の姿。
 彼は焼け死んだわけではなかった。私が見たのは、首と胴の分かれた姿だったのだ。あまりに残酷な光景に言葉を失い、呆然と立ち尽くした。それから後の数日間は、なにがあったかあまり思い出せない。
 放火らしい。怪しい装束の男を見た。この子をどうする・・・・・・。頭に残っているのは、そんな断片的な言葉だけだ。

 私に頼るべき親戚が居ないことは、この辺りの住人であれば誰もが知っている。
 だからきっと、燃え滓の中で座り込む私が奴隷商の荷に積まれたのは、予定調和のようなものだった。いきなり無理やりに手を引かれ、荷馬車に放り込まれ・・・・・・ブランケットも焚火もない寒空の下に、座ることとなった。

 そんな私を、一介の執事だった彼が救ってくれたなんて。今でも少し、信じられない。

「どうかしましたか、お嬢様」

 耳を掠めていく声にはっとする。
 いえ、と曖昧に首を振って、冷め始めたコップの中身に視線を落とした。

「・・・・・・でも意外でした。まさか貴方が助けてくれるなんて。いくら執事だったからといって、そこまでする義理はない。・・・・・・そうでしょう?」
「何をおっしゃいます、貴女の勉強係として心配をするのは当然のこと。それが旦那様に拾われた私のできる、最大の恩返しですから」

 ぐっと前のめりになった彼につられて、顔を上げる。私を射抜いていたのは、暖炉の日がゆらゆらと揺れる、ひどく真剣な瞳だった。
 恩返し。そうか、彼は屋敷に仕えていたことを、恩返しだと思ってくれるのか。

 ふと頭に蘇ってきたのは、数年前。茹だるような日照りが続いた、ある日のことだ。
 野菜は枯れて、野の恵みを得ようにもしなびたものばかり。度々「備蓄を分けて欲しい」と、屋敷の門が叩かれるようになった。物貰いが増えていく中、代わりに働かせてほしいと頭を下げてきたのが彼だった。
 彼ほど上背が高くて引き締まった身体の男性を見たことがない。私は最初、上から降るその視線が怖くて、なるべく彼に近づかないようにしていた。
 でも、お父様は違ったみたい。外へ出るとき、いつでも彼を横に立たせるようになった。
 意外にも物越しが柔らかく、いろんな旅の話を聞かせてくれた彼は理知に富む。気付けばお父様の身の回りの世話を始め、私に勉強を教えてくれるようになるのもすぐだった。

 初対面で感じた底の知れなさは、付き合いが長くなってからも変わらず、今この時だって、同じだ。
 いつでも緩く弧を描く口元。三日月のように細められた目。まるで頭の中を覗かれ、胸の奥に秘めた思いまで見透かされているみたい。
 あの瞳を向けられていると身体の芯が竦む。捕まえてきた山羊をどうやって食べようかなんて、そんなことを考えていそうな目だなっていつも思っていた。

 だから、「やっと見つけました」と市場で声を掛けられた時は驚いた。
 ついと差し出された大きな手の平。向けられた瞳は相変わらず何を考えているか、私には分からなかった。
 ただ、初めて触る手の平の熱だけは、雨雲から覗く太陽みたいに温かった。

 今もあの時みたいに三日月のような瞳がしっかり向けられている。
 でも、私はそれに応えられない。ただ黙って、彼の指先だけを見つめ続けた。

「・・・・・・貴方には、無理をさせました」

 奴隷商に彼が渡したルピーがいくらかは分からない。でも革の袋は随分膨らんでいて、揺れる度にぎちぎちと重い音を立てていた。
 それをどれほど働ければ稼ぐことができるのか、今まで財布すら持ったことのない私には見当すらつかない。

「お金は必ず返します。少しずつでも、絶対に・・・・・・だから、その・・・・・・」
「思いつめないでください、お嬢様。それよりまずは、生活を立て直すのが先です。全てを無くされた今、どうやったって一人で生きていく術を身につけなきゃいけない」
「でも・・・・・・私、お父様のお手伝いしかしてきませんでした。薪を割るのも、料理をするのも、なにひとつ・・・・・・。だから貴方から少しずつ、教わりたいのだけれど・・・・・・」

 彼は「あー・・・・・・」と曖昧に頷いて、視線を伏せた。

「申し訳ないのですがお嬢様。それはできないのです。実は、既に新たな主人を得ていまして。・・・・・・明日にでも、ゲルド地方へ往かねばなりません」

 声もなく彼を見返したけれど、彼の瞳はこちらを見ることもなく逸らされたままだった。眉間にぐっと寄せられた深い皺。強い風の音がして、木の扉がガタガタと揺れて騒がしかった。

 今度こそ一人になる。お父様が亡くなり、メイドも執事も誰一人私の元から去っていく。この世の中には、ヒトを攫って売り物にする卑劣漢も、人を襲う魔物もいるのに?
 この部屋の中、たった一人で座る私を想像して、ひゅっと足下から寒くなった。心臓がドクドクと急に早鐘を打ち始める。
 これから先、何の想像もできない。血の気が下がった身体に、ここの湿気た空気が纏わりついてくる。

「あ・・・・・・貴方の主人に紹介していただくことはできませんか。メイドでも侍女でも、なんでもやります、なので・・・・・・」
「残念ですが、それは難しいのです。今はどこもかしこも余裕がない。私が受け入れられたことが奇跡に等しく、お嬢様の要望には・・・・・・」
「お願いっ・・・・・・!置いていかれたくない、怖いのです!貴方と一緒に行きたい、一人になりたくないのっ・・・・・・だから・・・・・・」

 机の上で伏せられていた彼の手に縋った。暖かいお茶を飲んでいたと思えないほど、その手の平は冷たく、かさついていた。
 憐れむように目尻を下げた彼が、静かに立ち上がる。
 引きはがされた指先では、背を向ける彼を追えない。

 私は馬鹿だった。彼はもう執事でもなんでもない。自分でも言ったじゃないか。私の面倒を見る必要はなく、彼が手を差し伸べてくれたことが、奇跡だったと。
 そして奇跡は何度も起こらない。このまま一人、誰にも頼れずにどうにか生きていくしか他にない。

「いや・・・・・・お嬢様にそんなこと・・・・・・でも・・・・・・」

 ひそ、と耳を打ったのは、背中越しに紡がれた彼の独り言。
 「なんです・・・・・・?」と促すと、彼は首だけを少し回して横目でじっと見て、それから小さく俯いた。

「・・・・・・お嬢様も、聞いたことがあるでしょう。私が向かおうとするゲルド地方に住まう、女傑たちの風習の話です」
「風習・・・・・・女性しか生まれず、伴侶を求めて旅に出るという、ゲルド族の話・・・・・・ですか?」
「ええ、まさに。ゲルドの民は美しい女傑ばかりですが、こと伴侶となると、なかなか相手を見つけられない者も多いといいます。しかし誇りがあるために、何の成果も上げられずにおめおめ街へ戻ることもできない。そんな彼女たちは最後の足掻きとして、何をすると思います?」

 がたがたと扉が揺れ、暖炉の火が一段と大きく揺れる。
 「・・・・・・なにを、するのですか?」ひりつくような沈黙に耐えきれず先を促せば、肩が呼吸したときのように微かに上下した。

「慰安所で、──身体を売るのです」

 じわ、と熱を孕んだ話に、「そんな・・・・・・」と思わず息を呑む。
 彼は遣る瀬無さそうに首を左右に振った。

「彼女たちは自らの身体を男に差し出し、相性をもって番を探す手段に出る。・・・・・・巷では有名な話です。今となっては身よりのない他の種族も増え、お互いに面倒を見あっているとか」
「・・・・・・まさか、貴方は私に」
「ええ。なりふり構わないとおっしゃるのなら、そういう道も、と」

 足先から頭の先までがひゅう、と隙間風に撫でられたように、冷たく凍り付いたようになる。ばくばくと一段騒がしくなった鼓動の音が、暖炉の音も、風の音も、全てを掻き消していく。

 そういう道。見たこともない砂漠の土地で、初めて会った殿方に自らを明け渡す? 異性と閨を共にしたこともない私にとって、それは全く、想像の中の話でしかない。
 しかし、ネグリジェでさえ羞恥に身を焼かれているのに、ここから更に肌を晒し、あまつさえ自分でも見たことのないところを差し出す。それは酷く遠い世界の話のようで、──差し迫った現実でもあった。
 それを選ばないと、生きていくことさえ儘ならないところへ来ている。それを選ばないと、彼に、助けてもらった恩も返せない。

 黙ったまま、小さく、ほんの少しだけ頷く。
 執事から息を呑む音が聞こえた。それから竦み上がった肩に、彼の厚い手の平がおかれた。
 おいたわしや。頭を過ぎていく彼の声が、一枚の壁を隔てたように、やけに遠く聞こえる。

「ああ、旦那様に申し訳がたちません。どこぞの馬の骨に花を散らされるなぞ・・・・・・口惜しい」

 彼の太い腕が私を包み込むように覆ってくる。厚い胸板の奥で感じる、彼の温かな体温。それに頼らなければ、泣き出してしまいなほど心が覚束ない。
 すっかり血の気のなくなった指先で、彼の腕に縋る。それから後頭部を胸板に預け、気付けば座ったまま、彼の筋肉質な身体にしっとりと凭れていた。
 ただの執事だった彼を、こうまで近くで感じたのは初めてだ。汗のにおいと、埃のにおい。それになぜだか、甘ったるい果物の香りがする。何の匂いだったかは、思い出せない。

「・・・・・・お嬢様、一つ提案があります」

 吐息と共に、彼の神妙な声が耳を打つ。
 なんです、と密やかに顔を上げる。
 火が揺らめく三日月の瞳は、今までと同じ、底の知れなさが確かにあった。

「お嬢様の初めてを、私にいただけないでしょうか?」

 え、とだけ言って、あとは唇を開いただけで、声にならなかった。
 まどろんでしまうような腕の温かさから飛び起き、手をかける。でも幹のように太い二の腕は、私が少し押したくらいではビクともしない。
 近寄らないようにしていた初対面を思い出す。彼の底知れない三日月の瞳が、私の頭の中を覗いてくる。

 辛うじて口にできたのは、「な、なぜ・・・・・・そんなこと」という掠れ声だけだった。

「貴女は随分、どんな人が自分を迎えに来てくれるのか期待しておられたでしょう。だから大層、淑女として夫を迎え入れる勉学に熱心だった。しかし私は、知らぬ男のためにそれらを教えたのではありません。貴女を渡すのが口惜しいのです。・・・・・・私は、貴女を慕っていましたから」
「・・・・・・」
「慰安所での夜よりも、私の方が、初夜を良き思い出にして差しあげられます。・・・・・・それに、貴女が返す予定のルピーを、今晩のひとときに挿げ替えても良い。悪い話ではないでしょう?」
「・・・・・・そんな、こと」
「もちろん、無理にとは言いません。ただ、貴女のためになると思い、ご提案したまでです。どうするかはお嬢様にお任せしますよ」

 低い声で囁かれ、思わず呼吸が浅くなった。心臓だって、ずっとドキドキ騒いでいる。
 背中に走る疼きのようなものは何?私はこんな感覚、今まで知らない。
 白い彼のシャツを、ギュッと握りしめた。じゃないと今にも崩れ落ちそうなほど、身体が酷く頼りなく感じた。

 緩く拘束していた彼の腕が離れる。扉からの隙間風が途端に身体を覆ってきて、今度は自分自身で抱きしめる。
 私の初めてを、彼に?耳鳴りのような音が邪魔をして、だから余計に考えがまとまらない。なんの答えも出せない。ただ黙って、下唇を噛み締めるだけしか、私にはできない。

 そうしていると、目の前に畳まれた布が差し出された。
 視線だけで彼を見上げれば、困ったように眉が八の字を描いている。

「一度、外の井戸で頭を冷やしてきては? 汚れを落とせば、自ずと良い選択が選べるようになるはずです。今は少し混乱しているでしょうから」
「・・・・・・」
「大丈夫。この辺りに人は住んでいませんし、少しの間であれば、服を脱いでも見られません」
「・・・・・・そうですね。身を、清めてきます」
「ええ、ごゆっくり」

 視線を伏せたまま布を受け取り、きぃ、と戸を軋ませながら、外へ抜ける。
 今日の風は強くて冷たい。はためくスカートの裾を押さえながら、すぐ傍の井戸に屈んだ。
 彼から託された布は、大判の綿布と一枚のシャツ。たぶん、彼の私物だ。
 私が着るには酷く大きくてだらしがなく見えそうだけど、このまま茶けたネグリジェを着続けるよりきっとマシなんだろう。お気に入りだったけど、もう関係ない。
 周囲をキョロキョロと見回してから全てを脱ぎ去った。井戸の水は、心まで冷めきった今の私を、より凍えさせる。
 でも、ぐるぐるといろんな考えが回る頭の熱は、その所為でか徐々に落ち着いていった。鼓動の騒めきも、集中を乱す耳鳴りも、少しずつ収まっていく。
 これならなんとか一つずつを辿って、答えを出していけそうな気がした。

 頼る場所のない自分。これから先の生活。彼への大恩。それに、身体を売る、という話。
 男の人の手が、私の身体を這う。彼に抱きしめられた腕のような肌が、直に触れ合う。それはとても素敵なことのはずだった。
 今はどうだろう。知らない人の手が身体を這い、知らない肌で、抱き着かれる。
・・・・・・彼の手が、身体に触れる。あの温かな腕にまた、抱きしめられる。緩く曲げられた口元で、口付けをされる・・・・・・。

 びゅう、と鋭い風の音が通り過ぎていく。薄い綿布で水滴を拭くだけでは、冷え切った身体は温まらない。彼のシャツに袖を通しても、それは同じだったろう。

 部屋へ戻ると、彼は長剣を石で研いでいるところだった。
 背を向けたまま、私が部屋に入っても、一瞥もしない。しゃ、しゃ、と刃を研磨する音が響く部屋。
 大きくて、たくましくて、頼りがいがある背中・・・・・・それになにより彼は、私を助けてくれた。
 きっと、今晩の出来事が私の支えになっていく。

「・・・・・・」

 巻きつけた綿布を床に落とし、それから彼の背中へ、ひたりと縋りつく。
 その途端、摩擦の音が止んだ。

「・・・・・・お嬢様」

 緩やかで、優しい声だった。

「お、ねがい」

 ゴト、と彼が机の上に剣を置く。研ぎ澄まされた刃の側面に、暖炉の火がゆらゆらと反射して閃いている。
 ゆっくりと立ち上がって、彼が振り返る。差し伸べられる手の平が、頬を捕まえて来る。耳を撫で、髪の毛を梳かし、もう片方の手で顎を取られる。
 指先は冷たく、そして堅い。
 でもはっきりと、皮膚の奥に熱を感じた。

「ああ、憐れなお嬢様」

 艶のある低い声が、鼓膜を揺らしていく。
 それだけでじりじりと、胸の奥が焦がされる。

「素敵な思い出にして差し上げますね」

 うっとりと見下してくる執事の瞳は、三日月のように寒々しい光を帯びていた。
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