【ss】ブレワイ・祠チャレンジの敬語幹部夢 

 男は一年のうちで、その日が存外嫌いではない。何故ならば、自らに課せられた暗殺業務が捗る一日だからである。
 この地を創ったと言われる女神ハイリアの生誕祭・クリスマス。その昔は、家族団らんの中で祈りを捧げるだけの慎ましい一日であったらしいが、今となっては影も形もない。稼ぎ時とばかりに馬宿ですら露店が軒を連ね、どこから現れたのかと思うほどの人でその場がごった返す。赤や緑、金色を中心とした装飾と、夜でも昼と見まがうほどの電飾が施され、何度も訪れたことのある場所とは到底信じられないような景色へ変わる。
 一族に伝わる伝統的な様式を年中掲げる男にとって、赤と緑といった反対色の装飾はいっそ下品にさえ思えるし、ちかちかと明滅を繰り返す電飾は目に眩しかった。それでも嫌いになれないのは、そも彼が、クリスマスそのものに興味がなかったからに他ならない。
 男が知っているのは、イベントの名前と、国をあげての一大行事だということくらい。何月何日におこなわれるのか、なぜお祭り騒ぎになるのか、そんなことは男の興味の外だった。だから、業務が捗る喜びしか見いだせない。

 男にとって、それは単なる偶然の産物であった。クリスマスの喧騒に乗じ、いつもよりも速やかに業務を終わらせた彼が帰宅の折、見たことのない露店を見つけたのだ。
 敷物に並んでいたのは手作りのアクセサリー。それだけであれば、男は気に留めず足早に去ったことだろう。しかし露店の店主は、どうやら彼と同じくシーカー族であった。同族特有の技巧を駆使した木彫りの簪が、彼の興味を惹きつけた。
 朱塗りの簪に混ざってひとつだけ違う、べっ甲色の簪を手に取る。店主からは「試しに作ってみた試作品で、この色は一点しかまだ無いこと」と、「故郷の村に群生するシノビ草をモチーフに模様を彫っていること」を伝えられた。そんなところも、何かと丁度良い。

 「これを頂きます」と頼んだのは、男にとって些細な気まぐれだった。先ほどたまたまゲルドの宝石商と出会ったことで手持ちの鉱石が高く売れ、懐が存外潤っていた。店主が気を利かせた過剰包装に、男が口を挟まなかったのもほんの気まぐれだ。包み紙が彼の好きな赤色で、巻かれたリボンも、彼の好物であるバナナを想起させる黄色だったというだけの。

「奥さまへのプレゼントですか?」
「まあ、そんなところです」
「素敵な旦那様に愛されて、奥さまが羨ましいです。・・・・・・メリークリスマス、良いお年を!」

 きっと店主には、妻想いのこれ以上ない夫に映ったことだろう。クリスマスというイベントに浮かれ、予想外の買い物をしたバカな男に見えたかもしれない。
 しかし男にとって、それも全てが扮装であるのだ。「ありがとうございます、メリークリスマス」と店主に返した笑みも、本心とは程遠い単なる変装の一環でしかない。
 踵を返し、露店から離れたところでコートのポケットへ無造作に突っ込む。男は自身が身を潜める村はずれの家へと帰宅した。


 男がこの時住んでいたのは、家こそちらほら建っていても、住居人の少ないうら寂しい集落だった。
 とうの昔に日は落ち、カンテラの小さな火でさえありがたいほど冷える夜だ。雪でも降りそうな重たい雲がずっと上空に居座っている。帰路を急ぎ、男は雪に降られる前に家へたどり着いて安堵の息を吐いた。
 木戸を二回ノックし、間を空けてもう一度、二回ノックする。すると、勢いよくガチャリと鍵を開けて出てきたのは、満面の笑みを浮かべた女だった。そのまま「お帰りなさい」と男に抱きついて、男も「ただいま」と彼女の頭を撫でる。
 彼女の温かな手に引かれ、男は静かに戸を閉めた。

「お疲れ様です、すぐご飯にしますね」

 彼を出迎えたのは身の回りの世話をさせるため、自らが所属する本拠から連れてきた女である。
 体面としては、恋仲もしくは妻という立場だが、しかし男は、女をそのように実感したことはない。たとえ、度々口吸いや夜伽をしていたとしても、身の回りの世話役以上の相手だとはとても思えない。たとえ彼女が、彼に度々「愛しています」と伝えていたとしても。

 慎ましさの欠片もない笑みに、男は「ありがとうございます」と口先ばかりは礼を返す。
 寒さで毛羽立ったコートを彼女に預けて奥へ進むと、そこでふと、男はなにか違和感を覚えた。

 世間的には村はずれにひっそりと暮らす貧しい二人組であるために、いつも夜の帳が降りると蝋燭を一つ灯すだけの部屋が、今日は普段よりほの明るい。
 見れば机の上には、三本立ての燭台が置かれていた。それだって決して煌びやかなものではないが、毎日の暗がりに沈んだ部屋を思えば、随分華々しく見えるものだ。

 壁にも、見慣れない輪っが掛けられていることに気付く。蔦状の細い木を主軸に、紅い布切れと、ハイラルボックリ、ヒイラギの葉が輪っか状に編みこまれている。いわゆるクリスマスリースであろう。
 さらには、彼女が言葉なく机に並べた料理もいつもと少し様子が違う。いつもなら、男が仕留めてきた肉か魚の主菜に、汁物、白米が並ぶだけなのに、今日は一枚肉のステーキに、白身肴の酢漬け、半熟卵ののったサラダ、ポタージュスープ、焼きたてだと分かる丸いパン。そして透明のグラスが最後に供えられ、ぱちぱちと泡の弾ける炭酸酒が注がれた。

 男は、二人で囲む小さな机いっぱいに広げられた料理の数々を見つめた。準備が終わった彼女が「お待たせしました」と対面の椅子にやっと腰かける。
 声に釣られて視線を上げれば、そこでもまた違和感。普段から化粧を欠かさない女であるが、今日はいつにも増して、目鼻立ちがはっきりしている気がしたのだ。

「では、頂きましょう。本日もお勤め、お疲れさまでございました」

 これだけの違和感に囲まれていても、女の様子だけはいつもと変わらない。にこりと屈託ない笑みを浮かべ、男が料理に手をつけるのを待っている。
 暫くジッと彼女の目を見返していると、微動だにしない様子を怪訝に思ったのか、「食べないんですか」と小首を傾げられた。
 なるほど、あくまで普段と同じだと言い張るつもりか。それならばと、男は敢えて何も聞かないことにする。
 「いえ、いつもありがとうございます。頂きましょう」と手を合わせ、普段より少し豪華な夕食が始まった。


■ ■ ■


 並べられた料理が空になりつつある。いつもより手の込んだ料理を、普段は飲まない酒で流すのは些か気分が良い。
 暗殺業に携わる彼がほろ酔い気分を楽しめるのは、正に世間がクリスマスだからだ。周囲を顧みない酔いどればかりだからこそ、偽りばかりの人生を歩む彼も、今日くらいは気を緩められる。

「任務は、どうだったんですか?」

 最後のステーキ片を口に放り、鷹揚な様子でグラスを傾けた男へ、穏やかに女が笑いかける。
 平時であれば、女が男に課せられた任務について問いただすことなどしない。むしろ彼女は、男に一日なにをしていたかをいつも聞かれる側だった。張り付いたような笑みを浮かべて黙ったままの彼に、今日一日の出来事を喋るだけの一方的な夕食時。
 そんな日課があったにもかかわらず、女がいつもはしない質問を口にしたのは、彼女も結局酔っていたからか、存外男が気を良くしていると判断したからか、それとも、今日が特別な一夜だからだろうか。
 男は、空になったグラスに纏わる水滴を眺めながら、「んー」と一日を思い出すように首を傾げた。微かな酩酊を隠しもしないとろんとした目つきには、普段の抜け目ない眼光が露とも残っていない。

「大したことなどありませんよ、いつもより楽だったくらいで。全員が全員浮ついていて、心ここにあらずといった風でねぇ。今まさにそこにいた人間が消えようが、一切誰も気に留めてなくて滑稽にすら思えました」
「だから、少しお帰りが早かったんですね。素早く仕留められたから」
「ええ。あの様子じゃあ、消えたことに誰かが気付くのは暫くかかるでしょうね。この時期は楽でいい。しかし、如何せんあの騒々しさにはうんざりです。店も人も装飾も、少々多すぎますから」
「そうなんですか。人だけじゃなくて、店も?」
「いつもは見ないような露店が増えますね、ホットワインなんかの食べ物屋や、吊るし木の飾りなんかの露店が」

 そこでふと、男は自らも購入したものがあることを思い出した。「私もいつか行ってみたいな」と夢見のようにはにかむ女を見返して、どうしたものかと少し考える。

「興味がおありですか。やることも無いでしょうし、今日くらいどこか行ってみればよかったのに」
「家を任されてる身で、勝手なことなど致しません。貴方を待っていたいし」
「貞淑ですねぇ、もっと自由にしても良いんですよ」
「騙されません、自由にし過ぎれば怒るくせに。私は、貴方が居れば良いんです」
「窮屈な女だ。うんざりします」
「・・・・・・意地悪、言わないでください」

 女が男に向けるのは笑みだったが、その声には微かな寂しさが入り混じる。
 男にとっては遊びのようなもの。いつも辟易するほど眩い笑みを浮かべる彼女の表情を崩すのが好きなだけだ。「すみません」と、また口ばかりの謝罪をしたものの、彼女の表情は戻らない。
 男はつと席を立った。瞳だけを動かす彼女の視線を感じながらも、見せつけるような緩慢な仕草で、壁にかけられたコートを漁る。

「これを、貴女にあげますよ」

 訝し気に目を丸くさせた彼女に差し出したのは、もちろん件の購入品だった。コートのポケットに突っ込んだままだったので、包まれた当初こそピンと張られた包装紙には、緩く皺が寄っている。
 それでも彼女は、信じられないものを見るように息を飲み、「開けても?」と、上ずり声で男を見返した。
 男が声なく頷いたのを確認し、女がゆっくりとリボンを解いていく。
 その手つきは、露店の店主が商品を包んだときよりも丁寧で、繊細だった。随分時間をかけて包装紙の角を広げた先にあったのは、シノビ草をモチーフにしたべっ甲色の簪。

「たまたま目に入ったのでね。貴女、シノビ草が好きだと以前仰っていたでしょう」

 赤い包装紙の中央に横たわる簪を見たまま、男の声にも応えず、女は微動だにしない。
 てっきりいつもみたいに押しつけがましい満面の笑みを向けられると思っていたものだから、当てが外れたと思った。「何か仰いなさいな」と促したのは、彼女の反応を無礼に感じたからだ。せっかく買ってきたのに、との思いもある。
 それでも彼女は、何も言わないし、動かない。今度こそ男はうんざりした。席に戻って残りの酒を煽ろうかとグラスに視線をやったとき、パッといきなり女の顔が持ち上がる。
 それだけでも視線が誘われるようだったが、ぐす、と耳を掠めた水っぽい音に、男はぎょっとした。

「嬉しい、嬉しいです・・・・・・私の宝物にします、一生、大事にしますから・・・・・・!」

 彼女のべっ甲色の瞳に、たっぷりとした涙が溜まっていた。
 笑みしか知らぬと思っていた彼女の表情が、あからさまに歪んでいる。表情作りが上手いはずだった彼女の泣き顔を、声も出ずただ見つめた。瞳の縁に溜まった涙が決壊し、次々に零れていく様を、男は初めて見たのだ。
 男の見開かれた視線に居たたまれなくなったのか、ぐしぐしと目を擦り、そのまま彼女は逃れるように顔を押さえて沈黙する。
 自らを落ち着かせるように「はぁー」と吐いた息が、震えているとすぐに分かった。それだけじゃない。肩だって震えているし、顔を押さえた手の平だって震えている。
 ただの簪に、そこまで?彼女が度々口にする「愛している」という言葉の深刻さに、今更ながら触れるような気がした。

 酒を飲もうという意欲は、彼女の涙ですっかり白けてしまった。代わりになにをしようかと考えて、ひょいと簪を摘まみ上げる。
 女の背後に立って枝垂れる髪の毛に指を通した瞬間、「か、幹部殿?」と、憚らない涙声が聞こえたので、「静かになさい、みっともない」と、叱責した。存外、穏やかな声色になってしまったのは何故だろう。きっと慣れない酒を飲んだからに違いない。
 シーカー族を象徴とする長い白髪を簪でまとめあげるなぞ、同じくシーカー族である男にとっては造作もないことだ。人様の髪の毛を結うのは不慣れだが、手先の器用さには自信がある。つつがなく団子状に結い上げて、崩れないかどうかを確認してから一歩足を引く。

「まあ、お似合いですよ。瞳の色と似て」

 蝋燭の灯で逆光となってなお閃くべっ甲色の瞳は、涙で濡れ切っている。いつもよりほんの少し目鼻立ちが整っていたはずのその顔は、正直この時、見られるものではなかった。
 しかし、まさに日を透かしたように輝く花簪でめかす女に、悪い気がしなかったのも事実だ。

「今日は、クリスマスですからねぇ」

 そんなこと、別に実感したわけじゃなかった。単なる言い訳だと彼女も知っているはずだ。
 ただ、見飽きた彼女の笑い顔が泣き笑いになるのなら、たまには下品な祭りに興じるのも良いかもしれない。
 改めて蕾が綻んだときのような笑みを浮かべる彼女へ、男は気まぐれにも細めた瞳を返す。

 誰にも本心を語らぬ男の聖夜は、屈託のない彼女の笑みと共に更けていく。
 単なる男の気まぐれに、メリークリスマス。

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