【ss】ブレワイ・祠チャレンジの敬語幹部夢 


 イーガの隠密部隊としてあるまじき。幹部殿が厳かに告げた任務内容は、私の言葉を詰まらせた。

「高貴な令嬢になりきり、信頼を掴んだ上で、王家生き残りの情報を掴むこと。」

 それは単なる潜入任務。これまでだってメイドや侍女に扮装し、趣味の悪いギラついた屋敷に潜り込んだり、腹のでっぷり太ったお偉いさんに取り入ったりしたことは幾らでもあった。そしていつもであれば、告げられた任務内容にすぐさま「御意」と答える従順さを見せられる。
 だけど今回は、一も二もなく返事なんかできないだろうと、勝手に喉が窄まった。

 ────この任務には、とびっきり手の込んだ「化粧の技術」が必要になるんじゃないかと、ふと考えてしまったからだ。
 
 「どうかしましたか。いつもより、やけに神妙ですね」

 返事のなさを訝しむように小首を傾げる幹部殿へ、咄嗟に「いえ」と声を上げる。
 彼は諜報班に在籍する私の、直属にあたる上司だ。
 物腰が柔らかで、口調も丁寧。淡々と仕事をこなす様は女の子からも人気があって、噂話を聞くことも多い。それは全部が全部良い噂、というわけではなかったのだけれど、何かと荒くれものの多いイーガ団において、どこか周囲と温度の違う人だった。
 私もご多分に漏れず、彼のことを慕っている。それはもちろん、一人の部下としてだったけど。

 彼の期待を簡単には裏切りたくない。口の中で曖昧に言い訳を転がしながら手を揉んだ。

「扮装には自信があるのですが、そのぉ・・・・・・令嬢というと、化粧を施さねばなりません、よね」
「そうですねぇ、任務は数日にわたりますから、化粧道具を持って行くとなると、なかなかの荷物になりますが」
「いえ、荷物のことは良いのです。ただ、・・・・・・令嬢に相応しい上品な化粧というと、どのようなものかな、と」

 生まれてこの方、見目を飾る術を知らずに生きてきた私には、まともな化粧経験がほとんどない。
 仮面を常態するイーガじゃよっぽど不要だし、素顔を晒すのは食事時と湯あみ時、それに女部屋でゴロゴロと横になるときくらいしかないからだ。見せる人がいないのだから、技術を会得せずに生きてきたっておかしくはないだろう。

 それにだ。今まで通ってこなかった道という以上に、もっと重大な問題もある。
 私の顔に浮く、数え切れないほどのそばかす。それらは生まれたときから私と共に存在するシミだけど、だからといって愛着の湧くことなどなかった。
 研いだ刀の側面に映る度、その斑は私の心をうっすらと削いでいく。
 化粧をしたところで、このそばかすを消すことなんてできっこないだろう。少し見目を良くできたからって、それがなんだ。
 年頃の女団員たちは「どうやったらもっと可愛くなれるか」を熱心に話し合っていたけれど、そんなことより如何に気配を消して人の背中に立てるかを磨くほうが重要だ。私は内心で彼女たちをバカにしていた。

 なのに、こんな任務をわざわざ宛がわれるなんて。・・・・・・バチが当たったんだ、きっと。

 指先を絡ませて手を揉むと、幹部殿は「あぁ、なるほど」と、その巨躯を折り曲げてきた。

「化粧のやり方が分からない、ということですか?」

 うっ、と唸る。低くて柔らかいその声が、まるで未熟者と言っているように聞こえる。
 分からない、出来ない、なんて、上司に対してご法度だ。とはいえ、嘘を言っても業務に支障をきたすばかりなので、急激に重くなった首筋で素直に頷いた。
 小汚い冒険者に扮装するなら得意だったのに。どんなに呆れられることかと思って視線が落ちたけど、幹部殿から返ってきた反応は、想像以上に明るいものだった。

「大丈夫ですよ、化粧なら私が教えますから」

 一段と朗らかになった声色の理由が分からず、私は一拍空けて「えっ」と仮面を上げる。
 その先にあったのは、もちろん表情の変わらない木の面だったのだけど・・・・・・心なしか塗料の白が光って見えるのは気のせいだろうか。

「か、幹部殿が・・・・・・?」
「えぇ。これでも諜報に就いて長いですからね、令嬢風の化粧なぞお手のものです」
「そんな・・・・・・悪いです。私の努力不足にお手を煩わせるなんて」
「まぁそう言わずに。部下の面倒を見るのは幹部役の務めですから」

 まさか、素直に弱音を吐露したことで、幹部殿が手を差し伸べてくれるなんて思わなかった。
 身体中の筋肉を発達させ、剣を持てばどんな魔物だって一刀両断にするこの上司は、確かに、女性を思わせるほど軽やかな物腰だし、言葉遣いだって令嬢のそれに通ずるところがある。
 でも、化粧にまで造詣が深いなんて誰が知っている? キャピキャピした若い女団員と目の前の上司に、そんな共通点があるなんて。


 思い立ったが吉日とばかり、あれよあれよという間に、誰も居ない資材置き場へと連れられた。
 薄暗くて埃っぽいこの空間は、私たち二人が足を踏み入れるまで、まさに死んだように沈み込んでいた。鬱蒼とした湿気。女団員が色めく寝室と、似ても似つかない。
 「ここなら素顔を見られませんね」と選んでくれたけど、とてもじゃないが、化粧にちょうど良い場所と思えなかった。
 とはいえ、ひねくれた私如きが化粧をするなら、相応しい部屋なのかもしれない。自然と自嘲しの息が漏れた。

 その辺りへ適当に置いてあった木箱を椅子と机に見立て、体よく保管されていた手鏡と化粧道具をお行儀よく並べていく。
 化粧にチリ紙が必要なの? きめ細やかな刷毛はなんのため? 化粧の全容をまともに知らない私は、一体全体それぞれの道具を何に使うのか、曖昧にしか把握していない。
 道具の一つひとつがやけにきらきらと光って見えた。でもそれはきっと、今まで私とは無関係だったからこそ感じる瞬きだったのだと思う。

「では、まずはお手本で一通りやってみせましょうね。仮面を取ってもらっても?」
「あ・・・・・・はい」

 じわ、とお腹の奥底が冷たくなった気がした。いくら上司といえど彼に素顔なんて晒したことはなく、仮面をとった顔はいつだって、扮装した顔だった。
 イーガの団員は勝手気ままに素顔を晒したりはしないけど、別にそれがご法度ってわけじゃない。でも、相手は幹部で、直属の上司で、それなりに敬意を抱いている人で・・・・・・。要するに、素顔を晒すのが少し嫌だった。

 でもこの状況で断るなんてもっと出来なくて、こうなったらもう、腹を括るより他にない。
 せめて顔を背けながら仮面を脱ぎ去り、カタリと傍へ置いた。真向かいに座った瞬間、彼の面がズイ、と近づいてくる。逃げる間もなく頬に冷たい指が添えられて、思わず背筋が伸びてしまった。
 まるで逃げないようにと捕まえられたみたい。直属の上司たる彼と、業務中に耳元で喋り合うことなら今までにもあったけど、こんな至近距離で相対することなんて一度だってあったろうか?
 その面下の瞳がどんな色で、どんな形をしているのかも露知らないけれど、今まさに自分の素面を双眼が射抜いているのかと思っただけで、じわ、と変な汗が沁みだしてくる。

「まずはおしろいですね」

 頬を捕まえたまま、幹部殿が器用に小箱の蓋を取る。螺鈿の装飾が美しい紅い小箱の中には、小麦粉のような白い粉がきめ細かに沈んでいた。
 大き目の刷毛でくるくると回してから、私の頬へ厳かに毛先が添えられる。「瞼を閉じてください」という声は、先ほどよりも小さく、まるで囁いているようだった。
 言葉の通りにすれば、ほどなくして毛先が躊躇なくふわりふわり頬を滑っていく。

 何をしているかも分からないくらい繊細な触感には、正直これで本当に顔が変わるのかと、疑わしい気持ちが強かった。
 おしろいは肌をキレイにするものだという認識くらいはある。けれどこの微かな毛先遣いで、私の色濃いそばかすはどうにかなるのだろうか。

 その後も、彼は迷いのない手つきで眉墨を乗せ、唇と目端に紅を引いていく。
 次は何をされるのか、瞼を閉じる私には想像もつかずに、心臓がずっとトクトクと脈打っている。暗い視界の中にいると、どうしても肌先への感覚が鋭敏になってくすぐったい。毛の一本一本が、私の毛穴一つひとつに入り込んでくるのを如実に感じるようだった。

 ただ、膝の上に揃えた指先が、どうにも落ち着かずもじもじと力が入ったり抜けたりを繰り返したのには、他にも理由がある。
 彼の熱視線が、私の顔を焼いているようで、熱くて仕方ない。
 カルサーの岩屋で生活する間、これほど素面を注視される機会なんて無い。私ですら間近で見たことのない表層を、彼に見られている。唇が疼くようにヒクヒクと震えたり、合わせた瞼が痙攣したように力が籠ったりした。
 吐息すら気取られたくなくて私が息を殺すのと同様に、極近くに居るはずの彼もまた、隠密よろしく気配を殺しているらしい。
 辺りに満ちるのは、毛先の音が耳に届くほどの静寂。鼓動の音が徐々に大きくなっていく私にとって、この静けさは都合が悪いのに。

 「ふむ、良いでしょう」という幹部殿の合図で、漸く息をつく。自然と呼吸ができるって、こんなに素晴らしいことだったのか。
 ゆっくり開いた瞼はいつもより重く、ただの粉と侮るなかれ、はっきりと何か塗布された感覚があった。
 顔はどれくらい変わった? おしろいは私の肌を・・・・・・いや、彼はそばかすを、どれほど消してくれたんだろうか。
 伏せられていた手鏡を手に取るまでに、胸がはっきりとざわついた。鬼が出るか蛇が出るかという気持ちで、エイヤと古ぼけたそれを覗き見る。
 そして、息をのみ込んだ。

「・・・・・・」

 そばかすが、一切消えてない。
 それどころか、掠れてもいやしない。確かに普段の私よりは目鼻立ちがくっきりとした感じはあるけれど、醜さの証左が消えてないんじゃ意味がない。
 令嬢風の化粧はどうした。鏡に映った自分は、正直いって鬼や蛇みたいなものだった。
 彼は確かに「化粧なぞお手のもの」といった。なのに蓋を開けてみればこれだ。もしかして口先だけの人なのかも、と一瞬でもよぎってしまったのは、イーガに従事する身として不敬だったかもしれない。

 カタリカタリと道具を片付けていく幹部殿に、思わず声をかけてしまうほど、この時の私は動揺していた。

「幹部殿、そのぉ・・・・・・」
「おや、なにかご不満ですか」
「えっと、そばかすが消えておりません。令嬢はとかく、肌に気を遣うものでしょう。そばかすがそのままじゃ、令嬢のようにはとても見えないのでは」

 控えめに、でも思ったことを素直に口へ出した。不敬を重ねるのであれば、もはや徹底した方が良い。
 叱責も覚悟の上だったけど、彼から返ってきたのは「おやおや」という笑みだった。
 くすくす漏れる空気の音は、彼こそ令嬢役にぴったりなんじゃないかと思わせる。そんな軽口を言ったとしたら、バカな連想だって、今度は冷たく笑われるだろうか。

「令嬢にそばかすが無いなどと、誰が決めたのです」

 す、と躊躇なく差し出された指が、頬に添えられる。まるで野草の花弁でも触るときの繊細さで、眉頭が自然と歪んだ。
 幹部殿の言葉と、その手つきの理由が分からない。だって、そばかすだ。どんな女だって、隠したい斑に決まってるだろうに。
 頬を撫でる手つきが丁寧であればあるほど、彼のその言葉がどうも嘲りに聞こえて仕方ない。
 僅かに首を傾げたのは、ほんの少し彼の指から逃れたい気持ちの表れだった。

「だって、可愛く着飾る人が多いでしょう。醜いそばかすなど、令嬢はことごとく消し切っているはずです」
「貴女は勘違いしていますね。そばかすが醜いなんて」
「だって」
「充分、そのままで令嬢に見えますし、貴女は非常に可愛らしいですよ」

 頬の丘を指が滑らかにすべり落ち、顎へと到着する。それから輪郭に沿って大きな手の平が添えられたかと思ったら、彼が途端に距離を詰めてきた。
 額に、ふわりとした感触。それは酷く温かく、柔らかい。
 ちゅ、というわざとらしい水音が聞こえたかと思ったら、すぐさま身体が離れていく。

 一瞬の出来事で呆けた私の視界に、晒された口元が飛び込んでくる。
 刹那に仮面で隠されたけど、確かに、それが弓なりに曲がっているのを見届けた。

「諜報の任務までには、暫く日数があります。明日もまた練習しましょうか」

 騒ぎ出す拍動と共に、身体中の血液がめぐり、体温が一度二度と上がっていく。暗いはずだった部屋なのに、仮面の白だけが目にチカチカと眩い。
 彼の言葉に誘われて絞り出した「はい」という言葉は、生まれたばかりの動物みたいにふにゃふにゃになってしまった。


 それからというもの、「今から良いですか」と耳打ちされ、例の資材置き場へ二人で赴く日々が始まった。
 すっかりお馴染みとなった定位置に腰かけて彼と相対し、「まずはやってみせてください」と言われるがままに、見様見真似の化粧をおこなう。
 完成を彼に見せて、いつも苦い顔を返されるまでがお決まりだった。

「おしろいを均一に塗り過ぎですねぇ、顔の凹凸に合わせないと」

 余分な粉を刷毛で落とし、改めて彼に粉を叩いてもらう。
 彼の手は魔法のようだ。それだけでいつも薄付きの粉が、私の肌に吸着するように馴染んで立体的になるのだから。

「今日は、口紅を広げ過ぎです。令嬢になるならもう少し小さく、ぼかさないといけませんよ」

 指先で口紅を拭われることも度々あった。堅い豆を感じる手のひらとは思えない繊細さで、改めて筆を走らせていく彼。
 つんと上向きにさせた唇は、彼に少しでも艶めかしさなんかを感じさせているのだろうかと、頭によぎることもある。

「良くなってきましたねぇ、しかし眉墨は細すぎず、太く広げるのがコツです」

 慣れてくると、私が施した化粧の上から、彼が新たに塗り重ねることが増えてきた。
 肌膚の上で同じ業務を遂行しているようで、これはこれで心が浮ついた。

「目端の紅は、おもいきって跳ね上げても良いです。令嬢は気の強い人ばかりですから」

 またあの脈動が聞こえてくる。でももう、気にならない。二人して息を殺し、ただ目端を滑る筆先の音を聞く。

 そうして最後、瞼を開き切るまでの寸暇。彼の体温が、お約束のように額へ降ってくる。
 「良いですよ」の合図で目を開け、鏡をのぞくと、そこにいるのはそばかすの令嬢だ。
 頬がやけに赤いのは、きっと知らない間に、彼が頬紅をつけたからに違いない。


 私の化粧はこの頃、彼との秘密そのものに変わってた。
 どこで化粧をしているのかも、誰に化粧をされたのかも、私の化粧の顔すらも全て仮面の下に隠し、何食わぬ瞳で過ごしてる。
 彼との化粧を境目に、私の顔は薄付きの熱を内包したままになるのだ。誰にも知られない確かな事実が、胸の奥底を昂らせていたに違いない。

 相部屋の女衆には、バカにして悪かったと内心で謝った。あんたたちの気持ちが少し分かったよ、とも。
 じゃあ、きゃあきゃあと騒ぐ彼女たちの輪に入るかといえば、そんなことはなくて、彼女たちもきっと、そばかす女の改心を求めてないに決まってる。

 だって、私の化粧仲間は、彼女たちではないのだし!



「・・・・・・さて、ついに明日、任務なわけですが」

 令嬢としての潜入任務を控えた前日。

 それまでと違い、鏡に映るのは完璧な化粧を施した顔。練習を始めてからというもの、これほど幹部殿が満足気な様子を見せてくれたのは初めてだ。
 対して私には、正直達成感なんてものはない。ここ最近は随分見慣れてしまったし、コツさえ掴めば難しくもなかった。
 それに、これが完璧とも思えない。ひねくれの象徴がそのまま残る、そばかすの令嬢なんだから。

「貴女にしては、技術の習得に時間がかかりましたね。いつもならすぐ物にするのに」
「・・・・・・弓や刀の扱いとは、少々違いますから」
「ふむ。まぁ良いでしょう。これで漸く私も、お役御免となるわけですから」
「えっと・・・・・・幹部殿、その・・・・・・」

 おもむろに化粧道具を片付け始めた幹部殿の手先へ、控えめに指先を重ねた。
 ぴくりと身動ぎして小さく仮面を持ち上げたのは、今日をもってただの上司と部下の関係に戻る、私のお化粧仲間。

 僅かに傾ぐ一つ目を真正面から見られなくて、触れた手先をひっこめる。

「やっぱり・・・・・・そばかすの消し方を、教えて欲しいんですが」

 諦めきれない。この気持ちにもっとも近い感情はそれだろう。
 そばかすは、ひねくれた私そのもの。この世界を煌びやかに生きる令嬢とは程遠い。できればほんとに、消してしまいたいと思ってた。鏡を見る度、自信を持つ自分になりたいと。

 幹部殿は、呆れたように息を吐いてみせる。

「まだ言っているのですか?気にする必要など無いと言ったのに」
「でも、無い方が美しいと思ってどうしようもないんです。このままじゃ恥ずかしくて」
「私が教えられるのは、任務に必要なことだけです。そばかすは任務に関係がない。故に、消し方は自分で考えるべきです。そうでしょう?」
「でも、これがあると自信が持てません。令嬢は皆、自分は間違ってないって、矜持のある者ばかりのはず。幹部殿ならご存知でしょう。教えてください、お願いします」
「貴女ねぇ」
「私にとって、これは任務に邪魔なんです・・・・・・」
「これがあるから、好きなのに」

 え、と呟きながら顔を上げた瞬間、冷たい手の平に頬を包まれる。
 きゅ、と飛び跳ねる心臓。視界に映った映像は、幹部殿の薄く持ち上がった唇だった。

 幹部殿、と小さく開いた口元を、彼のそれに捕まえられ、交差するように傾けられると同時に、柔らかく上唇を挟まれた。
 吐息が掠める。聞いたことも無い甘ったるい声が、耳を震わせる。
 触れ合った温かさに、思わず息を止めていて、眼前に迫った仮面の白が、ちかちか明滅するようで眩しかった。
 初めて、額に口づけされたときと同じみたいに、唇に柔らかな熱が重なっている。

 わざとらしい水音を残し、彼が離れていく。いつもと同じように。
 面から覗く口元は弓なりに曲がっていて、前に見たより、やけに紅いなってぼんやり思った。
 それが口紅の色移りだと気付いたとき、その紅はすっかり仮面の下へ隠れていた。

「自信をお持ちなさいな。貴女のその顔は、男を駆り立てるほど美しい」

 そばかすに触れる指先は、醜い汚れを触る手つきではない。
 まるで、野草の花弁を触る手つきだ。
 そうだ。彼が私に触れる時、彼は最初から、こんな触り方をしてくれていた。
 
「幹部、殿」
「とはいえ、男と口づけした唇は、令嬢とは程遠いですがね」

 苦い笑いを零しながら、幹部殿は唇の端をそっと拭っていく。

「そばかすが原因で任務に失敗したのなら、そのとき改めて教えて差し上げますよ」
「・・・・・・はい」
「今度は、わざと失敗するのは、おやめなさいよ」

 やっぱりバレていたのか。額を小突かれて、私は素直に「すみません」と小さく謝った。


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