【本編】鬼の幹部が恋をした!


 カラカラバザールを発ってからしばらく。大地を灼熱に焼く太陽が傾き始め、真っ白だった砂原が徐々に赤く色づいていく。
 行商人と出会うために砂漠を渡った鬼の幹部と新人針子の二人は、ゲルドキャニオン馬宿へと到着を果たしていた。

「あ……台座さん、お帰りなさい。どうでした?」

 馬宿の扉を抜けると、アイスチュチュゼリーで首元を冷やしていた針子が視線を向けてくる。
 熱波にやられ、崖あいの日陰に入るや否や息を切らしながら座り込んだ彼女だったが、今は幾分か落ち着いたらしい。先ほどまで腫れたように真っ赤だった頬が、すっかり普段通りのリンゴ色だ。

 彼女の瞳に籠るのは期待。幹部は今しがた聞いてきた話を頭で反芻しつつ、「うむ……」と近場の岩にもたれかかる。
 なんと説明すればいいか。どうにも明るい声は出せそうもない。

「見ての通り……今、ここに滞在している行商人は居ないそうだ」

 廃業の後片付けを請け負った管理人が言うには、旅人がやってくるのは大体夕方以降のことであるらしい。
 ここでの待機が行商人と会うには最善だろうが会えるかどうかの確証はなく、それに今は冬入りの季節だ。まだ空に残る日差しも、すぐに崖の奥へと沈む。夜が更ける前に帰宅したいと考えると、商談はもはや絶望的だった。

「もう少し足を延ばしてみる、という選択肢もあるが……。しかしなぁ」

 幹部は、ぱたぱたと笠を仰ぐ針子に視線を遣った。
 いくら口では「大丈夫です」「まだ歩けます」と殊勝なことを言ったって、疲労は明らかだ。目は今にも瞼が落ちそうなほどトロンとしているし、脚を摩るのだって、むくみで痛みがあるからに違いない。
 日頃から運動不足である柔女が、いっぱしの冒険者だって避けたがる砂漠を渡り切ったのだ。今日の限界はここと見て間違いない。
「暫く休んだら、そろそろ帰路につこうと思う」と告げれば、針子は口を噤んでから、しょんもりと地面に視線を落とした。

「でも……諦めたくないです。ギリギリまで待ちませんか。せめて誰か一人と会うまでとか……」
「すまないが、そこまで長居する準備はしてきていない。日が落ちれば今度は寒さで体力を削られる。お前、身体を温める準備はあるのか? それこそポカポカ薬とか、防寒服とか」
「……ない、です」
「ほらな。それにどう見たって疲れてる。無理はするもんじゃない。また次回の機会に出ればいいだけだ」

 針子は、「けど!」と苦し紛れに顔を持ち上げた。

「台座さんだって、ポカポカ薬売ってる人見つけられてないじゃないですか、だから」
「潮時だと言ってるんだ。遠征のなんたるかも知らない人間が、上席の差配に口を出すんじゃない」

 ピシャリ、と言いつけた声に、針子は肩を跳ねらせ、それからひどく縮こまった。

 極寒に変貌した夜の砂漠。それだけでも難儀であるのに、これからの時間は、手数の多いスタル共も出現する。彼女を守りながらの混戦となれば、怪我をしかねない。もはやデートとか業務とか、そういう次元の話じゃなく、これは生死に関わる問題だ。

 追い立てられた小リスが巣穴から様子を伺うように、針子が目を瞬かせてこちらを見上げてくる。きゅっと結んだ唇に、寄せきらない眉根。その表情はなんだか、泣きそうで。
 しまった、言い過ぎたか。一瞬で訪れた後悔に「いや、俺は──」と、言葉を続けようとした。
 そのときだった。

「うわわわあっ、助けてゴロォーッ!」

 腹の奥底に響く悲鳴。大岩でも崩れたようなドタドタやかましい足音。それが突然、ゲルドキャニオンの奥からやってきた。
 針子と顔を見合わせ、刀の柄に手をかけながら駆け寄る。
 見れば、街道の向こう側から一人のゴロン族が、今にも転げそうな勢いで走ってくるではないか。

「む……ゴロンか。その奥にいるのは……トカゲか?」

 必死に腕を振り乱しながら走るゴロン。その背後に迫るひょろりとした影、あのスピード──鎧を纏う大型の爬虫類・リザルフォスで間違いなさそうだ。
 数は一体、二体……どうやら四体いるらしい。ゴロンはリザルフォスの猛攻からなんとか致命傷を免れてはいるものの、たびたび後ろから小突かれては倒れそうになっている。

「大変っ、助けなきゃ! 台座さんっ!」針子に袖を引かれるものの、とはいえ幹部は「うむ……」と曖昧に頷くだけで、すぐ動く気にはなれなかった。
 太刀を抜き、魔物を退けるのは簡単だろう。しかしそれでは、自らの正体が明るみに出かねない。
 イーガは隠密。針子のために刃を振るうならまだしも、一般人相手にバレるのは避けたいところ、だが。

「台座さんっ!!」

 ひと際鋭い声にはっとする。視線を落とせば、力強く光る丸い目が自分を捉えている。そうせねばならないと、まるで疑いもしていない表情で。
 彼女は元民間人。隠密としての振る舞いに徹せよと言ったところで、納得が得られないのは分かり切っている。
 一時的に正体がバレることより、彼女からの信頼が失墜してしまうことの方がよほど重い。

 ──仕方ない。幹部は呻きながら残心の太刀を鞘から抜いた。
 「こっちだ」と咄嗟に針子の腕を引き、一旦岩陰に隠れる。そうして、遠目にこちらへ向かってくる集団の様子を覗き見た。

「こ、こんなところでじっとしてる場合じゃないですよお! 早くいかないと!」
「まあ、待て。隠密は『機を見るに敏』だ。……しかも、あれは……もしや」

 目を凝らして眺めること寸時、微かな陽炎の揺らめきを捉えた。
 溶岩のように燃え盛る角。ルビーで染めたような真っ赤な鱗──あれはきっと、火吹きリザルフォスに違いない。
 特殊な器官をもち、火炎放射で敵を焼く彼奴等はオオトカゲの中でも厄介だ。
 しかし幹部は、「好都合」と口端で笑う。
 針子の手に収まっていた『ある物』ををむんずと掴んだ。

「な、なんですか!? 急に、私のっ」
「まさかこれが役に立つとはな。お手柄だぞ、針子」

 先ほどまで針子の額にぴっとりと宛がわれ、熱を冷ましていたそれ──アイスチュチュゼリーだ。今日一日熱風に晒されていたものの、未だにひんやりした冷気を放っている。
「アイスチュチュゼリー……?」と不思議そうに首をひねる針子に一瞥をくれ、「お前はここに隠れているように」と手で示す。

「ゴロォ──ッ!」

 坂道に耐えきれなくなったのか、どしゃあ、と砂塵を散らしながら、ゴロンが派手に倒れこんだ。
 濛々と広がる砂埃。後ろからは四体の火吹きトカゲが迫っている。
 その内の一体が高く跳躍し、彼のすぐ背後から影を伸ばした。手には錆びた両手剣。大きく振りかぶった後、重力に任せた一撃をお見舞いするだけで、憐れなゴロンの命運は尽きるに違いない。

「────ふんっ!」

 しかしそうはならなかった。幹部が投げつけたゼリーが矢のように空を裂き、トカゲの鼻先にぶち当たる。
 ぱしゅっ。薄氷が砕ける音と共に、害意をみなぎらせていたトカゲが即座に霧の如く立ち消えた。持ち主を失った両手剣が地面に落ち、ガランガランと空虚な音を辺りへ響かせる。──まずは一体。

 残りの三体が揃って「ぎゃあっ!」と飛び跳ねる。半球状の目をギョロリと不気味に動かしながら周囲を伺い──と、そこでやっと下手人げしゅにんを見つけたらしい。
 しかし、時すでに遅し。幹部は太刀を構え、三体の首を狙って走り薙ぐ寸前であった。
 天変地異をもって腐食の不慮には見舞われたものの、ぬらりと研ぎ澄まされた残心の太刀なら、オオトカゲをたたっ斬るのに問題はない。

「はっ!」
「ごぎゃふっ……!」

 横薙ぎの一閃が二体に直撃し、吹っ飛ばされた両頭が、壁に叩きつけられて倒れこむ。──一体逃した。ちいっ、と舌打ちをしながら、幹部は改めて太刀を構える。
 縦に、そして横に空を裂けば、剣気が肌も鉄も刻む風の刃となって、崖際のオオトカゲに襲い掛かった。ざん、ざん、という衝撃と共に、黒い塵が霧散していく。これで三体。

「きゃあッ!」

 そのとき、背後から叫声が上がった。
 振り返れば、一体のオオトカゲが、岩石の上に立っている。──針子の隠れる岩だ。
 トカゲは、岩陰の奥に居るだろう針子にしっかりと視線を合わせている。やおら大きく胸を膨らませ、喉を突き出すように仰け反る──火を吹く前動作だ。しかし、させるわけもなかった。
 幹部は、足元の得物を咄嗟に拾い、遠心の力を持って投擲とうてきした。朽ちた刃がひゅんひゅんと回転しながら進み、トカゲの頭をザクリと掠めていく。グギャアッ、と喉のあわせが悪いような咆哮を上げ、ぐらあと揺れると同時に、力なく前に滑り落ちていく。
 岩を駆けあがり、幹部は飛んだ。針子がいる。傍に、トカゲがいる。残心の太刀を下突きに翻し、全体重に殺意を込める。そして、トカゲの脳天に冷たく閃く刃を突き刺した。

「ひ……ッ」

 びく、びく、と数回痙攣を見せた身体が、ややもせず黒く掻き消えていく。確かにそこにあったはずの肉感が、突き刺した太刀越しに軽くなっていくのを感じた。
 周囲の喧騒が、その瞬間から突然なくなった。聞こえるのは、自らの呼吸の音だけだ。崖の高いところで吠えていた風もなく、外とは思えないほどの静けさを肌で感じ、終わったのだと悟った。

 ゆっくりと顔を上げると、針子がこちらを見ていた。瞠られた瞳と視線があって、それから見たこともないほど顔が白くなっているのが分かった。強張ってる。まるで死を予感し、受け入れるしかないと悟ったかのような。
 それはそうだろう。実際、襲われる寸前だった。

「大丈夫か、ケガはないか」
「っ……は、ぃ」
「本当になにもないか。大丈夫なんだな、本当に」

 太刀を地面に置き、彼女を立ち上がらせながら、身体中をくまなく確認した。腹の前でキツく組まれた指が白く、よく見れば微かに震えている。
 それほど怖かったのか。どうすれば彼女の震えを止められるか分からない。しかし攻撃を受けた節はなく、「無事で良かった」とそれだけを洩らすと、針子も漸くそこで、ほんの少し表情が緩まった。ぎこちない笑顔だったし、「ありがとうございます、大丈夫です」と続いた声も細かったが、とにかく、そこでやっと息が吐けるような気がした。

「いやぁ~、助かったゴロォ~! あんたたち、本当サンキューゴロ~!」

 火吹きリザルフォスの残した素材を拾っていると、突如声が響く。
 声の主は、この騒ぎを連れてきた張本人、必死な形相で逃げ惑っていたゴロンであった。
 ぐん、と一気に距離を詰めたゴロンは、「ありがとうゴロ~!」と一も二もなく幹部の手を取り、力任せにぶんぶん上下に振り乱す。いくら岩石のような筋肉を持つ幹部だって、実際に岩石の身体を持つ亜人の馬鹿力には抵抗もできやしない。されるがままにされ、ついでに手を取られた針子共々目を回した。嵐にでも巻き込まれた気分である。
 なんなんだこいつはっ。滲む疲労感も意に介さず、件のゴロンは満面の笑みで両手を広げてみせた。

「いや~アンタメチャ強いゴロ、お見事! 一時はどうなるかと思ったゴロ~。なにかお礼でもさせてほしいゴロ! けど、ヒトはロース岩なんて食べないっていうし」

「袖振り合うも他生の縁だ。あまり気にするな」慌てて手を突き出し、ゴロンの労いを止める。そうでも言わないと、今度はハグで潰されそうだ。

「しかし、ゴロン族といえば、岩の如く転がって駆けまわると聞いていたが? その気になればリザルフォスに追いつかれることもなかったんじゃないか」

 砂埃まみれで随分くたびれて見える背嚢は、おそらく長旅の供として使いこまれた故だろう。冒険慣れしていそうなこのゴロンの足……身体で、トカゲから距離を取ることなんて簡単そうに思えた。
 しかしゴロンは、なにも分かっちゃいないと言いたげに笑いながら、片手を振ってみせる。

「あー、商売やってるとそうもいかんゴロ。商人あきんどにとっちゃ、商品は命に代えられないものだから」

 幹部と針子は、顔を見合わせる。「商人!」今度は二人がゴロンに詰め寄る番だった。

「ゴロンさん、商人なんですか! 私たち、行商人を探してて!」
「お前もそうだとはなんたる僥倖。商品を見せてもらっても良いだろうか!」
「え、えええっ。もちろん良いゴロ。けどあんたたちが探してるものを持ってるかは……」
「早速で悪いが、ポカポカ薬を取り扱ってはいないか? 数が欲しいんだ」

 ゴロンはそこで、「あぁ~……」と唸りながら頭を掻く。

「生憎ポカポカ薬は持ち合わせがないゴロ。ゴロン族には必要がないから」
「そ、そうなのか」
「俺達の身体は岩でできてるゴロ。火に吹かれても溶岩に落ちてもぜ~んぜんへっちゃらゴロ~」
「……ん? じゃあ火吹きリザルフォスから逃げていたのは……」
「そりゃ、鞄が燃えないように、ゴロォ」

 もしや、絶体絶命のピンチというわけではなかったのだろうか。つい先ほどの大立ち回りが頭に巡る。
 その間にもゴロンはよっこいせと背嚢を下ろし、「だったら良いのがあるゴロ」と手を突っ込んだ。

「ポカポカ薬が欲しいって人に、俺達はこれをお勧めしてるゴロ」
「……これは」
「デスマウンテン産の高品質なルビーゴロ! 未加工の原石だけど、炎の力が宿ってるから持ってるだけで身も心もポカポカ! 薬なんてなくても、懐に入れておけば万事オッケーって寸法ゴロ~」

 見せつけるように差し出されたのは、大粒の苺ほどの大きさがあるルビーであった。西日に照らされ、ゴロンの手の平に赤い影を落とすそれは、普段目にする粗悪品とはまるで輝きが違う。置物として飾るのにも良さそうな美しさだ。
 わあ、と溜め息を漏らした針子は、炎の揺らめきの籠る石に釘付けになった。
 一方の幹部は、「ルビーか……」と苦く口の中で呟く。

 確かに、ルビーがポカポカ薬の代わりになるのは百も承知だ。今回、懐炉に加工したものも懐に忍ばせてある。高品質と言った言葉も本当らしく、透明感があり色も濃く、それだけでも美術的な価値を思わせた。だからといって炎の力が強いとか、そんなのは知るところではないが。
 であるからして、ルビーが高価であることも分かり切っている。そして万年金欠集団にそんなものを購入する資金がないことも自明の理であるのだった。
 バナナ売りにタンカを切った手前、せめて玄関で凍える商業班員分はどうにかしたい。だとしても4つだ。ルビーを4つ? 誰が金を出すんだ。俺か。

「本当はゲルドのお得意さんに卸そうと思ってたんだけど、アンタたちには助けてもらったから特別に売ってあげても良いゴロ~」

 得意げにゴロンが胸を張る。魔物から助けた恩返しがこれか。このゴロン、人畜無害そうな顔をしておいてなかなか強か者である。

「どうゴロ? お安くしとくゴロ」
「あー……ちなみにいくらだ。買うとしたら4つ欲しいんだが」
「一般向けの販売は、ほんとだったらひとつ220ルピーゴロ。でも助けてくれたし、ここは……これくらいで」

 どこから出してきたのかジャラララ、と算盤を弾くゴロンが、合計の値段を幹部に見せる。
「いくらですか?」と数字の見方を知らないらしい針子が首を傾げ、その横で幹部はぐぬぬと押し黙った。
 見せられた金額は、出せない金額ではない。しかしあいつら如きに、ここまでの金を使うのか? タンカを切ったというだけで?

「……少し考えようと思う」幹部は、バナナ売りからしこたまバカにされる覚悟を決めた。

 残念そうな素振りを見せるゴロンをよそに、今度は針子が毛糸の在庫を訪ねる番だ。しかしこれに関しては、元より期待をしていない。
 そもそもゴロン族には、服を着る文化がないと聞く。目の前のゴロンに限ってはそれなりの衣服を身に纏ってはいるが、それは行商人として、他部族との交渉があるからこそだろう。あの活火山では、人の肌すら熱で焼かれてしまう。羊毛など持って行けば即座に火がついて塵となり、空気を漂う火山灰と混じるのが関の山だ。
 針子も期待をしていないのか、「私はそのお、毛糸を探してて……羊毛の……」と、まどろっこしい説明で口をもごもごと動かしている。

「あるゴロよ」

 だから、まさか『ある』と言われるなんて、思いもしていなかった。

「あるの!?」
「本当か!?」

 二人は声を揃えて飛び上がる。
 
「いや~お客さん実に運がいいゴロ! 普段は取扱いなんてないけど、本当に、たまたま、特別に、持ってたんだゴロ~」

 口ずさみながら背嚢の奥を弄るゴロンが、ズボッと取り出したもの────輪状に巻かれた生成りの糸だ。ふわふわと柔らかそうなそれは、まさしく羊の毛を紡いで作る毛糸であった。
 驚きで声も出せないらしい針子が、あんぐりと口を開けたまま呆然とする。気の良い笑顔でゴロンから毛糸を差し出されたとき、それを受け取る手の平がわなわなと震えてすらいた。
 ゴロンはこれ見よがしに鼻を擦る。

「いいものだからって高値で買ったのは良いものの、この辺りじゃ需要がなくって困ってたゴロ。もし買ってくれるなら、特別に安くするゴロ~」
「それは助かる! いくらだ?」
「500ルピーゴロ」
「ご……」

 500ルピー。幹部は口を噤んだ。
 高過ぎる。こいつさっきから足下を見すぎでは? ルビーひとつより高いとはどういう了見なんだ。
 幹部が文句を言う前になにを考えたか伝わったらしい。鼻を鳴らすゴロンに「まとまった量があるからこれくらいは貰わないと」と、先手を打たれてしまった。ひゅうう。そろそろ冷たくなってきた風が三人の間を吹き抜けていく。
 値段次第では、資材品の購入としてイーガの運営資金から捻出しようかとも考えていたが、毛糸がここまで高額だと誰が知っていようか。さすがにお手上げである。針子を横目でチラと見遣れば、もはや泣きそうな顔をしてあうあうと唇を震わせるだけだ。金が足りないであろうことは明白だった。

「分かったゴロ、ルビーを買ってくれたら400ルピーまで安くするゴロ」
「……」

 このゴロン、強か者を通り越し、もはや食わせ者である。
 助けなければ良かったか? とまで頭を掠めたが、救助という縁がなければ、そもそも毛糸とのご対面も叶わなかった。持ち主が食わせ者だったのは計算外だったにせよ、悪い方へ転がってはいないはず。……と自らを言い聞かさねば、その場で貧乏ゆすりが始まりそうなほど、この人畜無害な顔つきが憎く見える。

 針子といえば、浮かない顔色から変わらない。下唇をムッと突き出し、瞼を伏せて。もはや毛糸を諦め、泣くのを堪えている顔だとしか見えなかった。
 ……仕方ない。
 幹部は覚悟を固めるように息を吐いて、背嚢をその場に降ろした。

「ルビーをひとつ貰おう」

 咄嗟に針子が顔を上げ、慌てて首を高速に振る。

「だ、大丈夫です! ちょっと安くなったところで、どっちみち私のお金じゃ足りないですし……」
「俺が買ってやる」
「えっ、でも……」

 幹部は、彼女を真正面から見つめ、諭すように言った。

「お前には腹巻を貰っただろう。その駄賃だ」

 前々から考えていたことだった。
 彼女から貰ったものを、自分からも返したい。それは決して金でどうにかなるものではなかったが、少なくとも自分が今できるのはこれが最善であるだろう。
 それに、今この時を逃せば、今後なにを返したとしても、彼女の気持ちに報いられなくなる。そんな気がした。

 針子が呆けた顔で微動だにしなくなる。けれど、ほんの数秒の後、小さな動きで少しばかり下唇を噛んだ。それからその両端が徐々にぎこちなく引き伸ばされていって、それはなんだか、緩む顔をどうにも止められないときの仕草に思えた。
 そして最後、両手の拳をぷるぷる震わせる。誰にでも分かるくらい、感極まった表情を浮かべて。
 この娘は、やはり隠密には向いていない。しかし、今はそれで良かったと思う。こんなに全身全霊をもって、自らの気持ちを伝えてくれる。それに嬉しいと思ってしまったから。

「ありがとうございますっ」

 大きく深く下がる針子の頭に、またほんの少し、なにかを貰ったような気がした。







 行商人のゴロンは、ありがとうゴロー、と手を振りながら砂漠に去っていった。真向から差し込む西日に溶けていき、そうして次第に砂塵に紛れ、姿が見えなくなった。
 最後まで穏やかな人当たりではあったものの、金勘定のときの鋭い目つきったらない。商売人の本質は、あの抜け目なさにあるのだろう。刀剣を振り、魔物を屠るだけが世界で生き抜く術じゃない。
 勉強にはなったが、正直してやられた。手を振り返す針子の後ろで見送りはしたが、できればもう二度と会いたくない類の人物である。

 もはや灼熱の太陽は、稜線の奥へと沈みかけている。あれほど青々しかった空が今となっては緋に近いオレンジ色で、砂漠のありとあらゆる影を濃く伸ばしていた。日の入りが、随分早くなったものだなと思う。

「夜になっちゃいますね……どうしよう」

 馬宿の裏手で火を焚いて、帰路への準備をする。
 棒に突き刺したポカポカダケを炙っていると、ぱちぱちと木の爆ぜる音に紛れ、針子の声がポツと聞こえた。

「どうしよう、とは?」
「だって、陽が沈んだらすごく寒くなるって、台座さんさっき言いました。私、全然準備してきてなくて……大丈夫かなって」
「なんだそのことか。安心しろ、そうだと思って俺が準備をしてきている」

 曇った顔色が一転、きょとんと持ち上がる。

「え? 台座さんが?」
「ああ。お前用のマントとフードを持ってきてる。ポカポカダケを食べれば身体が温まるし、松明もあるんだからそこまで寒さは気にならないはずだ」

 それに、と言いながら、幹部は懐をゴソゴソと弄って、針子にひとつ差し出した。

「これを懐に忍ばせとくといい。暖まるぞ」
「……これって」

 こと、と地面に置いたのは、先ほどゴロンの行商人から買い受けたルビーの原石だった。
 焚火の火を映す紅玉の中で、まるで炎の力と共鳴するかのように光が波打っている。おもむろに取り上げた針子は「あったかい」とため息を混ぜ、手の平の中に包み込んだ。

「でも、私が持っていて大丈夫ですか? 台座さんだって寒いんじゃ……」
「俺は、懐炉に加工したものを既に持っている。それはお前にくれてやろう。アジトに戻ったら、まぁ……湯たんぽ代わりにでもしたらいいんじゃないか」
「くれる、って……え? 砂漠を渡る間だけじゃなくて、本当に私にくれるってことですか? このルビーを?」
「俺には必要のないものだからな」

 その途端、針子は「いやいやいや!」とルビーを突っぱねるように差し出してきた。

「もらえませんよぉ! それでなくても毛糸買ってもらったのに!」
「気にするな。生憎俺は、金に困ってない。それに、新人に良くしてやるのが先達の務めだ」

 イーガにおいて、鉱石は金策で使われる以外に出番があまりない。炎の力を最大限まで引き出すには加工をする必要があるし、買ったものを即座に売るのもバカらしい。ひとつだけあっても持て余すだけ。ならば、と気軽な気持ちで差し出しただけだったのだが、針子は頑なに腕でバッテンを作る。

「でも、ダメです、ダメ! 無駄遣いしてはいけません! 遠慮します!」
「無駄遣いといったって既に後の祭りだろう。使い道が浮いてるんだ」
「だったら、なにかあったときのためにとっとくべきです! それに、タダより高いものはないともいいますし」

 必死な弁明に、ぷっと吹きだす。「それは確かにそうだ」と共感してみせるが、口にした言葉の意味を分かってるんだろうか?
 何度も首を縦に振り続ける針子から、改めてルビーを受け取る。
 手の平に収まる美しい原石。その奥底から、熱源をはっきりと感じる。これからいくらでも光るのだ。まるでまだ磨かれていない、目の前の女のように。
 幹部はニヤリと口端を持ち上げて、「だったら」と針子を見た。

「お前のセーターは、もう少しで完成だといったな?」
「え? ……ええ、はい。そうです」
「毛糸があれだけあるなら、余るんじゃないか? その余り糸で、また俺になにか作ってくれ」
「ええっ?」
「なんでもいい。お前が作れそうなものなら、なんでも」

 そして、火の色を灯す紅玉を差し出す。

「これは、前払いだ」

 目をしぱしぱと瞬かせて、針子は唇を糸のように細く引き絞る。困惑や焦り、といった顔ではなく、どこか呆れを感じる顔だった。なにをいっても無駄だと悟ったのかもしれない。
 うー、と微かに唸っていたものの、しばらくして、丸い頭がゆっくり縦に落ちる。分かりました、と両手が突き出されたので、厳かに頷き返し、そっとその手に乗せてやるのだった。

 鼻先に突きつけ、間近に覗き込むルビーの原石。針子の頬に、瞳に、緋色の影が踊るように透ける。
 彼女はきっと、いつまでだって眺めてくれるだろう。ふと、そんな予感がよぎった。それは単なる願望だったかと思う。けれど同時に、ちょっとした確信でもあった。
 そして自分こそ、この光景をいつまでだって眺めていられる。
 不意に、彼女の瞳が持ち上がる。
 見つめる先に、自分がいた。

「今日は、ありがとうございました」

 膝の上に手を揃え、針子が穏やかな笑顔のまま、頭を下げる。

「まさか本当に毛糸が手に入るなんて、夢みたいです。ちょっと諦めてたから、すごく嬉しいです。ありがとうございます」
「なに……お前が強情に諦めなかったからだろう。それに、ここに行商人が寄ってるという情報を聞きだしたのも、お前だしな」
「ううん、買ってくれたのも台座さんだし、交渉してくれたのも……それに魔物から守ってもらったし」
「あれくらい、慣れればどうということもない」
「私……今日、台座さんとお出掛けできて本当に良かったなって思ってて」

 一度、胸の奥が大きく跳ねた。
 思ってもない台詞だった。そりゃあ、籠もりっきりの団員が外出できれば嬉しくもなるだろう。しかし、まさか「自分と」なんて枕詞がつくなど、誰が想像しただろう。
 一度喉を鳴らし、「な……なんでだ、それは」と、率直な気持ちを針子にぶつける。
 針子は「えへへ」とはにかみながら、照れ臭そうに頬を掻いてみせた。

「仲良くしてくれてる台座さんと一日お出掛けできて楽しかったし・・・あとは、どんな顔してるのか知れたのも、ほんとに良かったなって思って」
「いや、これは……素顔ではないと言ったろう。見たところでなにも……」
「ううん、そうじゃないです。台座さん、私とお話してるとき、どんな顔してるんだろうって気になってたから」
「それは……表情、ということか?」
「はい。お話してる間、ずっと怖い顔だったら悲しいなって。今日もずっと難しい顔してましたし」
「すまん、それは……癖だ」
「怖くないわけじゃなかったけど、でも……ふふっ」

 目の前のあどけない女が、声を立てて笑う。そのままくすくす続くくすぐったさに、「なんだ、どういうことだ」とほんの少し詰め寄る。気持ちも一緒に。
 針子は、心底おかしそうに目を眇めながら、じっと見返してきた。

「こんな風に笑ってるって分かって、嬉しくて」

 笑う? 俺が? 彼女が口にした言葉の意味に、覚えはない。
 まさに今このときだって、今日一日を思い返してみたって、そうなった瞬間に心当たりはない。むしろ、勝手に緩まる頬を引き締めるよう強く意識していた一日だった。
 戸惑って彼女を見返すが、やっぱり針子は嬉しそうな顔で自らの瞳を覗き込んでくるだけで。
「……俺にそのつもりはなかった」と零せば、針子は一層楽し気に笑みを濃くしてみせる。

「でも今度から安心です。こんな顔してるんだーって思えるから」
「それは……誤解だ。俺は普段、威厳ある幹部役として律してるんだ。平生からそのような表情のわけなかろう。今日は、いわゆる外向けの顔だ」
「それって、私に対しても、外向けだったってことですか?」
「いやっ、そういうわけでは……」
「ふふっ、恥ずかしがらなくてもいいじゃないですかぁ、笑ってる方がいいですよ! 自分も楽しいし、周りも話しかけやすくなって一石二鳥!」

 指を二本立てて「2」と突きつけてくる針子。恥ずかしいとか、そういう問題じゃあない。けれどなんと言えば良いか分からず、「……お前は確かに、いつも笑っているな」と、視線を逸らす。

「え? そうですか?」
「なんだ、お前こそ自覚ないのか? いつも笑ってるじゃないか。俺が見るときはいつもそうだ」
「そうかなぁ。キリッとしてるつもりなのに……おかしいなぁ」

 今までの彼女を思い起こすと、そのシーンすべてが笑顔なのに、当の本人はとぼけてみせる。自分もそのようなものなんだろうか。ふと頭によぎって、自然と息が漏れた。
 朴訥な彼女が、こんなにも愛おしい。
 彼女の表情を覗き込む。きょと、と見返すその瞳には、火の影が揺らめいていた。

 紅玉すら霞む、黒曜の瞳。果てのない宙のようでもあって、瞬きは黒を引き立てる星々のようでもある。
 抗えない引力がある気がしておそろしく、一瞬目を逸らしそうになる。しかし、見なければ彼女を知ることもできない気がして、勿体ないと思って、そのまま見つめ続けた。
 橙の火に染まってもなお、黒々と艶めく瞳。
 自分の知る言葉で、この美しさを何に喩えれば良いだろうか。

「……お前の瞳は射干玉みたいに黒いんだな」
「ぬばたま?」
「知らんのか。ヒオウギという花の種子だ。艶々していて、夜みたいに真っ黒な」
「ふーん、知りません。そういうのがあるんですね」

 考え込むように視線を落とした彼女は、口の中で「ツヤツヤで……黒い」と言葉を転がす。

「……といえば、小豆くらいしか……」
「あずき?」

 耳を打ったのは、思ってもみない豆の名前。ごくたまにアジトで赤飯になること。昔に食べたあずき餡の菓子のことが唐突に頭に浮かぶ。
 身近で、美味くて、なんとなく抜けている。きっと彼女は、あの甘くてほっくりとした豆が好きなのだ。
 くっ、と喉奥で笑い声が漏れて、咄嗟に唇を引き絞ったもののそれだけでは足りなかった。我慢できない、と思った途端に我慢する気が一切抜け落ちて、せめて口元を隠して息を漏らす。愉快で、素朴で、やはり彼女が愛しい。

 丸めた背を揺らして笑う男の所業は、黒くてツヤツヤしたものを大真面目に想像した娘にとって、不愉快であったろう。「むーっ」と唸る声だけ聞こえる。次に顔を上げた時、いつもあれだけマイペースにしてみせる彼女の耳が、珍しく照っていた。

「そんなに笑わなくたって、いいじゃないですかっ」
「すまんすまん、お前らしいと思ってな。ほんとに……おもしろい娘だっ」

 そうして、またじぃ、と彼女の丸い瞳を覗き込む。

「確かにお前の瞳は、真っ黒というより少し赤みがかってるように見える。射干玉より、小豆かもな」
「台座さんは」

 彼女にもいっそう、瞳の中を覗かれる。
 彼女が近づいてきたのか、それとも自分が引き寄せられているのか。心臓が萎むように痛んだ。

「少し茶色気味……ですね。どんぐりみたい」
「ふふ……俺はどんぐりか」
「あ、でもこれも変装ですか?」
「いや……」彼女はまだ、自分の瞳を見ている。形とか、色とか。こちらはもう、そうではないものを見ているのに。「瞳の色は変えられない」
「そうなんですね」にわかに、頬が緩んだ気がした。「じゃあこれは、台座さんの素顔なんだ」

 なにが面白いのだろう。彼女の気持ちは推し測れない。けれど自分は、彼女の瞳ならいくらでも見られそうだった。
 長い睫毛に縁どられた、小豆の瞳。その中で、火の影と、自分の影が揺らめいている。
 彼女も同じものを見ているのだろうか。

「……針子」

 パチパチ爆ぜる木の乾いた音が、心臓の音に重なって聞こえた。砂漠の夜は静かだ。だってそれしか聞こえない。
 しかし、それも暫くして無くなっていく。自分の心臓の音だけ、すっかり耳の横にひっついているような。それに呼気の音も。

 キスしちまったらいい。突然、邪気だらけのアドバイスが頭に蘇ったら。あれを言ったのはおそらく棘売りだ。ねちっこい声を覚えてる。
 前のめりで手をつく彼女に、指を伸ばすだけで触れられる。
 自分が彼女の瞳に吸い込まれるように、彼女もまた、自分の瞳に吸い込まれている。
 彼女が、自分を見ている。

「俺は、お前を」

 ふと、彼女の瞳動いた。交わった視線が、逸れる。
 彼女は首を回し、それから瞳をランと輝かせ、感嘆の息を吐いた。

「台座さんっ、キラキラ……!」

 気付けば、周囲の光景が変わっていた。
 さんざめく星のような粒子が、焚火の光に照らされてキラキラと瞬いている────ダイヤモンドダストだ。
 自然が作り出した不思議な芸術。よっぽど瞳を輝かせながら針子が立ち上がり、そのままパチンパチンと手の平を叩きながら踊り出た。
 その姿を目で追いながら、ふと気付く。
 呼吸が止まってる。きっと彼女と見つめ合ったときから。一度息を吐ききって、それから深く、吸った。

 ばかだな。
 ばかだ。自分はばかだ。

 自嘲と共に、くるくると回り続ける針子をただ眺める。さっきまでぐったりしていたはずなのに、自分のために準備された舞台のように踊ってみせるのだ。ちかちかと煌めく空気より、その姿が眩しい。
 いやしかし、髪を乱しながら回転したり、大きく天に向かって手を振り上げたり。なかなか見る機会がないとはいえ、いささか元気すぎやしないだろうか。自分への嘲笑は、いつのまにか彼女への呆れ笑いに変わる。

「子どもみたいにはしゃぐんじゃない。ったく、何歳なんだいったい」
「19ですっ」
「……え?」

 彼女が、夜空に白い呼気を流しながら言った。

「この前、19になりました!」

 19。19……。
 ……19……!?
 何度目かの脳内でのリピート。は、と息を吸ったまま、改めて幹部の呼吸が止まる。
 針子はその間にも、ダイヤモンドダストとの戯れに満足したらしい。息を乱しながらちょこんと座り、「えへへ」と上気した頬ではにかんでみせる。

「谷でも見ましたけど、やっぱり綺麗で良いですねっ。それはそうと台座さん、さっきなにか言いかけてました?」
「……いや……」 もう既に、口先に出掛かっていた言葉は闇夜のどこかに走り去っていた。「それよりお前、19とは本当か? まだ20にもなってないのか?」
「そうですね、でももう、20みたいなものですよ! 誤差みたいなものです」

 腰に手を当て、ふんすと鼻を鳴らす。未熟な人間ほど、一年の重みを軽んじるものなのだ。無論、偏見である。
 針子は、あっけらかんと笑いかけた。

「台座さんはおいくつなんでしたっけ? 三十……何歳?」
「……言わない」
「えーっ、ズルいです! 私は言ったのにっ」
「隠密が軽々しく明かせるかっ! ほら、そろそろ行くぞ」

炙っていたキノコを片手に、焚火へ砂をかける。それから背嚢をひっつかみ、幹部は大股でずんずんと闇夜の砂漠へ歩いて行った。

「わあ、ちょっと待ってくださいよお!」と、針子も慌ててついてくる。その後に続くのは楽しげな文句と、私情をひた隠した弁明の声。
 空には星々が瞬き、下界はダイヤモンドダストの輝きに満ちている。
 それから針子の手の中に収まる紅玉。凍てつく夜の中、鮮やかな光が、二人の行く道を照らしてくれるのであった














「……で? ポカポカ薬は得られずにこんなものを持ってきたと」

 次の日。イーガにおける商業班。朝の定例会議での幕間のことである。
 一通りの報告を済ませた鬼の幹部が差し出した、会議の締め飾り。その土産ものを見て、商業班を代表したバナナ売りが、遠慮なしに幹部を睨みつけた。

「ああ、ポカポカ薬を取り扱う行商人には出会えなかったのでな。しかし、お前たちを案じてせめてなにかしてやれればと思い、これを用立てさせてもらった。大いに使って欲しいと思う」

 商業班員が渡されたもの──それは火吹きリザルフォスの角であった。
 炎のエネルギーを溜めた火吹きリザルフォスの角は、身体から切り離された後も暫く熱を発す。
 懐炉にしても良し、傍に置いてストーブ代わりにしても良し。布や木に包むと火が出ることもあるものの、岩作りのアジトならよほどのことがない限り火事も起こるまい。
 しかし、薬という完成品を用立てるという話から素材の仕入れに変更されたのだ。バナナ売りを始めとした商業班員の反応は渋かった。

「いいと言えばいいですけど……ゴロンの行商人にあったんだったら、ルビーでも全員分用立ててくれれば良かったのに……」
「ばかもの、そんな金があると思うのか。これだけでもありがたいと思え」

 火吹きリザルフォスの角で不満は燃焼しきらないらしい。バナナ売りは燃焼不良を隠しもせず、「へーい」とぶすくれた声を返すのであった。





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