【本編】鬼の幹部が恋をした!
「……ところでな」
外出に関する相談が終わってから一息。幹部が改めて話を切り出した。
すっかり話し終わったつもりだった針子は意表を突かれ、伸びをしながらも「え?」と首を傾げる。
「お前の先達の話じゃないが……男と二人で過ごすときは、それなりに警戒心を持つように気を付けるんだぞ」
「けーかいしん……?」
「男はだな、その……ときおり狼に変化するわけだ。お前は格別に抜けてるからいつなにがあってもおかしくない! それではアジトを束ねる俺としては困るわけだ。二人きりなんて言語道断。近づいてくる男が居たら、疑う目を持つように。分かったか?」
狼。食堂へ来る前にそんなような話をしたばかりである。針子はすっかりカラカラコヨーテの話だと思っていたが、どうやら自分は少し勘違いをしていたらしい、とそこで漸く気が付いた。
「なるほど! さっき先輩が言ってた狼ってそういうことだったんですねっ。でもそうしたら、台座さんは?」
「俺は安心してくれていい。狼を退治する側の人間だから」
勇ましく胸をドンッ、と叩いてみせるものだから、針子は得心して「なるほど」と頷いてみせる。そういうところが抜けているのである。
幹部は言い聞かせるように、針子の仮面に指を突きつけた。
「いいか。幹部役の中にもそういう輩がいるという話だ。知らない幹部に所属を聞かれたり、ご飯を食べようと誘われたり、普段どうやって過ごしてるのか、仲の良い団員はいるのかなんて聞かれたら即座に疑うんだぞ。なにも答えずその場を去って、すぐさま俺を呼んでくれ。いいな?」
迫真とした声音に、針子も手を額に当てて「はい!」と返事する。その気持ちの良い声を合図に、今回の相談会は解散となったのであった。
さて、それから数日後。仕立て直した装束を配達するため、針子がアジト内を闊歩していたときである。
景気づけに鼻歌を歌いながら業務に励む針子の背中に、「もし」と低い声がかかった。
振り返った先に立っていたのは、見覚えのない幹部が一人。といっても、未だ入団してから日の浅い針子は、ほとんどの団員を見た目で判別できはしないのだが。
「なにか御用でしょうかっ?」と努めて明るい声で気を付けの姿勢をとると、相手の幹部はなにがおかしいのかクスクス笑いながら近づいてくる。見るからに怪しい。が、イーガの団員は一人残らず怪しい人間ではあるので、ある意味これが正しい姿なのであった。
「元気ですねぇ、貴女、新人でしょう? 所属はどちらです?」
「はい、新人です、縫製班に配属されました! なにか御用でしょうか?」
「もしやと思ってお声がけしただけです。縫製班であれば、装束の直しを頼んでいたなと思いましてね。今、取りに伺っても?」
「じゃあ一緒に行きましょう! 私もちょうど縫製室に戻るところだったので」
「良いタイミングでしたね。では失礼して」
針子が先導をきりながら二人で歩きだす。ずんずんと歩を進めていくが、しかし途中で妙なことに気が付く。廊下に響く足音が一つしかなく、加えて幹部の存在感をまったく感じないのだ。気配を殺した生活がイーガ団員の常ではあるものの、それにしても、後ろに誰かいることが信じられない程、一人で歩いているような気になってしまう。
暫くして後ろを振り返る。一人、なんてことはなく、幹部の巨体が近くにあった。瞳がかち合った幹部から「どうかしましたか」と緩やかに首を傾げられる。
「いえ、なんでも……! 着いて来てるか不安になっちゃって」
「ああ、なるほど。確かに貴女、未だ抜き足が身についていないようですね。普段もこのように過ごしてるんです?」
「そうなんです。だから、台座さん……いや、幹部さんによく怒られちゃって」
「ほお。縫製班だと、商業班の幹部殿が兼任でしたか? あの人は特に厳格ですから」
「はい、この前も、仕事中に食堂に寄るな!って言われちゃいました」
「ふふ。とはいえ、多少なりの休息があっても許されるべきでしょうから、あまり気を落とさずに。アジトで唯一、同輩と話ができる場所ですし、仲の良い団員もいるでしょう?」
「あ、いえ、私はお腹が空いただけだったので、お話ししに行ったわけではなくって」
「ふふふっ、貴女面白いですねぇ。今日はもう昼餉は取りましたか? まだならどうです? ご一緒に」
「えっ、幹部さんと?」
「はい。新人の話を聞くのも幹部の務めですから」
そこで針子は、ひたりと足を止めた。
頭の中でなにかが引っかかっていた。それが漸く、繋がった気がしたのだ。
『知らない幹部に所属を聞かれたり、ご飯を食べようと誘われたり、普段どうやって過ごしてるのか、仲の良い団員はいるのかなどと聞かれたら即座に疑うんだぞ』
以前、台座の幹部から注意された言葉が蘇る。
パッと目の前の男を見上げる。そして、これまでに交わされた会話を一つずつ思い出した。
『貴女、新人でしょう? 所属はどちらです?』
『未だ抜き足が身についていないようですね。普段もこのように過ごしてるんです?』
『同輩と話ができる場所ですし、仲の良い団員もいるでしょう?』
『まだならどうです? ご一緒に』
狼の幹部……この人は、狼の幹部だ……!
「ん……どうかしましたか」
身を強張らせた針子に近づき、幹部はぐっと背を折り、仮面を覗き込んでくる。
針子はゆっくりと一歩後ずさった。
「だ」
「だ?」
「台座さああああん!!!」
「えっ!?」
叫びながら廊下を駆けていく針子。その高声がアジトの狭い岩廊下に反響しては遠くなっていく。
ぽつねんと残されたのは狼のレッテルを貼られた幹部だけ。彼女の背中を追うように片手を僅かにあげるものの、なにも掴まずそのまま下げられる。
なんだったんだ、と内心でぼやいていれば、改まった喧騒の音が耳にかかった。暗がりに目を凝らせば奥からやってくるのは巨漢である。
「貴様ッ、針子になにをした!?」 凄む声で分かる。あれは商業班の幹部殿じゃないか。
問答無用で襟首をつかんでくる猪突な男に「まだ何もしてないです」と説明するのは骨が折れた。結局件の針子団員が経緯を解説して解放となったわけだが、であれば最初からこうまで大事にしないで欲しかった。
新人食いの狼幹部。噂は本当だったわけだが、針子団員のバックに面倒な男がいるとあらば、手を出さないのが信条である。
彼・彼女には手を出すまいと心に誓った幹部なのであった。
チャンチャン。