【本編】鬼の幹部が恋をした!


【デート(date)】
恋い慕う相手と日時を定めて会うこと。


「デッ」

 なんとか顔を合わせるチャンスを捻出している幹部にとって、この偶然の産物は、甘美な響きを孕んで仕方なかった。

「デートなわけ、あるか────ッ!」

 放たれた大声は棘売りの身体を圧し、ちょうど帰宅したバナナ売りを越え、カルサー谷に響いてゆく。機を同じくして飛び立つスナホリスズメ。チュンチュンパタタ。青々とした大空に浮かぶ太陽が赫々としている。今日もゲルド地方は熱くなるだろう。
 面下の頬が溶かされた鉄塊のように赤くなっていることなんて、目の前の棘売りはおろか、本人にだって気付くことはできない。どういうことですかいと息荒く迫ってくるバナナ売りを煙に巻き、幹部役に向かって死ねと口走った棘売りは処した。それからも午後の業務時間中、なにかにつけニヤニヤと話しかけてこようとする商業班には殺気に近いオーラで威嚇した。コンプラ違反とは言わないでいただきたい。

 にわかに騒然となった岩戸の玄関は、そうして徐々に幕を引いていき、一夜明ければすっかり元通りである。
 静かな朝。言わずもがな、彼の胸中には、今日もゲルド砂漠を目隠しのように覆う砂塵が吹き乱れているわけであるが。

「……」

 デート。でーと。でえと。
 腕組みをし、ひたすらに門を睨みつける間、彼の頭の中にあるのはその三文字だけだ。もっとも、ハイラル文字での書き取りにおいては四文字である。
 もちろん意味は知っている。お互いに悪く思っていない男女が、親交を深めるために外で逢引きする。ただ、言葉の意味を知っているというだけで、意図してこうなったわけではない。棚から落ちてきたバナナというべきか。いわゆる棚バナ。語呂が悪いのは置いとくとして。
 今まで異性に好意を寄せた記憶のない彼にしてみれば、実感もなく、無関係とすら言える概念だった。デートを理由に仕事を放棄する輩の多さを考えると、不埒なイメージすらあるのが本音だ。

 デートでは、なにをすべきなのか────と思いかけて、幹部は脳内で首を振る。
 イヤこれは業務の一環だ。でえとではない。彼女と示し合わせて行商人を探すだけ。それだけではあるのだが、なんせ二人きり。しかも、半日以上も。
 そこまで頭に上って、幹部はグウウッと腹筋へ力を込めた。腹の中ではち切れそうになっているなにかが、声になって迸りそうだったから。
 しかし、誰にも気付かれないからといって、ニヤケ顔を浮かべている場合でもない。
 完璧なデート……ではなく、業務をこなすためには、事前準備が必要だ。
 半日の間に話す話題と、出掛けるときの洋服と、気温変化に適応するための薬、それにいくらかの金。外回りの準備は面倒で大変なものだが、これが彼女との外出だと考えるとどうしてこうも、腹の底が浮ついてくるのか。
 あとは、外出の日付を本人と相談して……。

「……あ」

 そこまで考えた幹部は、あることに気付き、衝動的に小さく声を漏らした。壁際で雑談する商業班員の声が、意識の遠くの方でハハハと響いている。

 仕事の都合をつけるなら……縫製班の仕切役にも、さすがに話をしておかなければ筋が通らない。なんせ内勤部署の休みを調節しているのは幹部役ではなく、現場をせっせこ切り盛りしている当事者たちなのだ。

『噂になりますよ。まとめ役の幹部が、うら若い娘の尻を追いかけている、なんて』

 先日の声が蘇る。
 ずし……と肩に伸し掛かる嫌な記憶。幹部は僅かに項垂れながら、重たい荷物に潰されたときのような息を吐きだした。












 次の日の昼前。
 門番の業務をバナナ売りに任せた幹部は、縫製室に続く廊下の隅にやってきた。

 目的は、新人針子とのでえと……もとい、外出の相談。あるいは仕切り役へ、新人を連れ出す日付の確認。どちらかといえば後者の覚悟を決めてここに立っているわけだが、仕切り役に会いたいと思ってやってきたわけではない。人間心理とはかくも複雑なものである。
『前にも言いましたよね、尻を追いかけるなと』『若い娘と逢引きのつもりですか?』『必死になってみっともない』頭の中で作り上げた仕切り役の声が周囲を回りながら、あらゆる角度で滅多刺しにしてくる。すべて幹部の妄想ではあるが、事前に自らの急所を刺しておくことで、現実で浴びせられた時のダメージを軽減しようという作戦だ。考え得る限りのシチュエーションを想定する。これこそが隠密には必須のテクなのである。

 散々自分を苛め、幹部は内心で血反吐を垂らしながら、ついに一歩踏み出す。
 衣擦れの音すらたてず、気配を殺した先に見えてきた四角い扉。鼻を掠める布埃のにおい。奥で針仕事をしている団員は一人だった。俯いていた仮面がふと、緩やかに持ち上がる。

「あら……幹部殿。お疲れ様でございます。なにか御用でしょうか?」

 戸口に立つ幹部を出迎えたのは、縫製班の仕切り役──以前苦言を零された先達の針子だった。
 今まさに自傷していた架空の傷が疼く。幹部が「うむ……」と目線を引く間に、彼女は腹の前で手を重ね、粛々と立ち上がった。まるで楚々とした仕立て屋のような直立が、幹部の緊張に拍車をかける。

 幹部は喉奥で小さく咳ばらいをし、頭の中で転がし続けていた台詞を口にした。

「忙しいところすまない。この前もらった被せ布なんだが、余分はあるか? バナナの取引があってな、10ほどあると助かるんだが」
「10ですか……今あるのと併せても、少々お時間頂戴しますよ。明日までにはなんとか……。できれば新しいものではなくて、地底に持って行ったのを回収して使って欲しいところですが」
「声は掛けてみるが、急ぎでな。流通班にはくれぐれも伝えておく」
「ありがとうございます。私みたいな下っ端が言っても、なかなか聞いてくれませんので……お願いしますね」

 それから針子は、壁際に積まれていた布を広げては畳み、手早く傍に重ね始めた。座り込んだ彼女の横に二つの布山ができあがっていく。
 ──いや、眺めている場合じゃない。為さねばならぬことがあって、自分はここにきたのだ。
 なんとはなし、腹の奥底がひやりとする。幹部が「ん、んんっ」ともう一度咳ばらいすると、「風邪ですか? 気をつけないと」と針子。違う。

「あーっ、ところでだな。あいつから話は聞いてるか?」
「あいつ? 新人のあの子ですか?」
「ああ、そうだ。この前入団したばかりの新人。あいつが相談をしにきてな。毛糸がどうのこうのと」

 あの新人針子が、先んじて仕切り役に伝えている可能性もある。『幹部さんと行くことになったんですよ!』『貴女の尻を追いかけてる、あの!?』……なんてやり取りがあったとはさすがに思わないが、しかし既に聞かされていたとしたら返ってくるのは罵声に違いない。後ろめたさを自覚しているだけに、彼女のリアクションが怖い。
 無意識のうちに首を逸らしつつ、横目で彼女を見遣る。しかし、仕切り役は「ええ」とあっけらかんに返事し、それまで通りよどみなく布を積み上げるだけだった。

「聞いてますよ。誰それが着いて来てくれるって喜んでました。相手方の都合の良いときに連れ出してやってください、一日くらいだったらいつだって大丈夫ですから」
「そうか、では早くて二日後くらいになろうと思う。予定を調整するのでな」
「じゃあ、そのつもりで私らも教え込んでおきます。初めてでしょうし、たぶん勝手が分からないと思うので」
「助かる。任せたな」
「にしてもあの子、武器はてんでダメなので相手の人にはご苦労おかけすると思いますよ。補給班か諜報班の方です? あの子の話はいまいち要領を得なくて」
「俺だ」
「え?」
「俺が共連れすることになった」

 広げた布が、空中でぴたりと止まった。まるで時間そのものが止まったようで、微動だにしない。彼女の周辺の埃だけが、照明に照らされてふわふわ舞い動いている。
 おそらく、数秒も無かったはずだった。にもかかわらず、沈黙は永劫に思えた。暫し間が開き、それから針子の首がついー、とゆっくり動く。棒を穴に差し込んだだけの一つ目人形が、一人でに動くように。
 尽きかけの蝋が、ゆら、と影を揺らした。

「……幹部殿が?」
「あ、ああ……俺が一緒に着いていく」
「あの子からは確か……台座さん、とやらと一緒に行くと聞きましたが」
「台座とは俺のことだ。あいつからそう呼ばれている。成行きで、仕方なく」
「本当に仰ってます? なぜそんなことになったのか理由を伺っても? 幹部殿はお忙しいでしょう?」

 柔らかな声音が消えた。かわりに現れたのは、いつかに聞いた待ち針のような刺々しい台詞と声だった。
 幹部は面下で瞼を伏せる。とてもじゃないが、どっぷりと暗い影を背負ったイーガの面を見られなかった。各団員に雄々しく指示を出す普段の自分を、この身に宿さねばなるまい。でなけりゃ「すまない」と口にしそうだった。幹部は顎をわずかに上げる。

「外商との交渉を俺も担当することに決まったのだ。そこに、あいつから相談を持ち掛けられた。これほど丁度よいタイミングもあるまいと思ってな、そうして二人で出かけることになった」
「ちょうど良い……?」
「一日借り受けることになる。先ほども言ったが、早くて二日後にするつもりだ。それまでの業務の振り分けは任せたからな」

 すらすらと捲し立てた幹部は、もはやこれで「では」と踵を返したかった。しかし、言うだけ言って逃走というのも締まりが悪い。せめて了承の合図としてウンとかスンとか返して欲しいところだが、仕切り役は黙ったままだった。微動だにせず、仮面の横目で睨みつけてくるだけである。
 息苦しい。この酸素濃度の薄さは、埃のにおいに満ちているからではないだろう。彼女から発される圧力が、息を吸うのを邪魔してくる。視線で、指先の動き一つで、仮面の奥に渦巻く叛意で、ブスブスと幹部の肺を刺している。

 酷く長く感じる沈黙の後、彼女は怒りだが軽蔑だかを抑え込むかのように「はぁ」と大きな溜息を吐いた。

「……幹部殿。ひとつよろしいでしょうか」
「あ、あぁ……なんだろうか」
「私、前にも申し上げました。あの子を気にし過ぎだと。まるで尻を追いかけているようで……そういう風に見られてるのだという自覚はおありですか?」

 確かに、この前耳にした通り台詞である。あの時は随分落ち込んだものだし、今改めて問われても心がズキズキと痛んでくる。抗いようのない事実だったからこそ。
 とはいえ、自分は責ある立場の幹部役だ。幹部は「お前なぁ」と仕切り役を睨みつけた。

「仕方なかろうっ、業務の一環なんだ。あいつを連れ立つのだって、たまたま都合が重なっただけなんだぞ」
「であれば、如何でしょう、もうお一方連れ立ってみるというのは。外回りには毎日誰かしら向かわれてるわけですし、無理なく適うのではないでしょうか」
「あのな、たかが団員の買い物に、どうして二人も三人も人員を裂かねばならんのだ。人手不足はお前が一番痛感してるところだろう! だからこそ、外商を見つけてこいなんて俺が言われてるんだと分からんか?」
「それにしたって、なにかにつけ業務だからとあの子を追い回して……二人きりなんて、そんなの」
「俺に気にし過ぎというがな、お前だって過剰じゃないか。まるで親みたいに」
「だってそりゃ、心配もしますよ! 新人なんですよっ?」

 針子が一度ぱしん、と太ももを打った。異国の人間相手に意思疎通がとれない、とやきもきしているようである。
 そんな針子と対照的に、幹部の心情は不思議と凪いでいた。他人が激昂していると逆に冷静になってくるアレである。「なにがそんなに心配なんだ」と諭すように次の言葉を促せば、針子は指先を絡めて胸の前で組み、仮面をわずかに俯かせた。

「……新人団員は、先達に遊ばれるって子が多いと聞いています。ウブな娘を甘い文句で誘って、責任感もなくぽーんと放るような団員がいるんですって。……それも、幹部の中にいると」
「まさか、それが俺だと?」
「そうは言いませんが」

 怒気を籠めて凄めば、仕切り役はわずかに身体を強張らせて、小さく首を振った。

「……とにかく、貴方はコーガ様がいらっしゃらない今、このアジトの統括者なのですよ。恥ずかしいと思いませんか、あんな若い娘に鼻の下を伸ばして……色恋にうつつを抜かしてる時間なんてないでしょうっ」

 イーガ発足以来、打倒ハイラルを掲げてから見舞われた最大の有事。そんな状況で、誇りある幹部役が色恋──それも、入団してきたばかりの新人に入れあげている。
 針子が責め立てる言葉はどれもまっとうだ。自分も同じ言葉で、自らを責め立てた。
 しかし、役割への矜持と彼女への思慕を天秤にかけた時、秤がどちらに振れるのか彼は分かっている。
 もうこれは、諦めに近いのだ。

 黙ったまま睨んでいれば、自分の思惑が当たっていると感じたらしい。先達の針子はいっそう肩を怒らせて「嘆かわしい!」と声を荒げた。

「あの子になにかあったら、本気でコーガ様に連絡させていただきますよ! やっと縫製班にやってきた新人なんです、仕事がしづらくなったらどうしてくれるんですかっ! 幹部役はそれでなくとも圧が強いと分かってるでしょうに!」
「それは……すまん。しかし」
「あの子は警戒心の弱いとこがありますし、幹部殿に弄ばれたら堪ったものじゃありませんっ。ああいった子を守るのも先達の役目です。こればっかりは貴方と言えど、口を出させは──」
「弄ぶつもりなどない」

 思わず口走っていた。
「俺は真剣なんだ」とも。

 疳の声がピタリと止んだ。
 仕切り役が、自分の面をまじまじと見上げてくる。
「……それって、どういう……」微かに紡がれた言葉に、幹部ははっとなった。
 俺は今、とんでもないことを口走らなかったか?

「あ、いや、真剣といったのはあいつが特別にではなく、業務だとか新人の面倒だとか、そういうことを」
「あれ~!? 台座さんお疲れ様です、なにかのご用事ですかっ?」

 ドキンッ!!!! 心臓が急に跳ねた。唐突に響くこの場違いに明るい声は、もしや。
 勢いよく振り返ると、針子だ。新人の。友人へ向けてそうするように、大きく手を振って廊下の先から駆けてきている。
 まるで上司に取る態度ではないが、友人らしい友人のいない幹部にとってはむしろ新鮮で、愛しささえ覚える屈託のなさである。小さく手を挙げて応えるものの、そこでふと思う。
 さっきの言葉、聞かれていたら──微かに湧き出てきた不安だったが、目の前にぴょこんと到着した彼女に、気まずさの類は感じられない。セーフ、のはずである。
 内心でホッと胸を撫でおろした幹部は、さもこの家の主人であるかのように腕を組んで、針子の帰宅を迎えた。

「ごくろう! 荷物の配達か?」
「はい! 荷づくりのお手伝いしてたら時間かかっちゃって、やっと戻ってこられました。台座さんは? お仕事のご依頼ですか?」
「今度、外商を尋ねに行く相談に」
「毛糸を一緒に買いに行く人、幹部殿だったのね? 二人だと心配だし、他の人にも来てもらう?」

 ずい、と割入ってきたのは仕切り役だ。あまりの不躾さにぎょっとなって彼女を見下ろすが、彼女はひっしりと新人の肩を掴むだけで幹部の視線に気付かない。
 妨害のつもりか? まさかこうまで露骨な真似をしてくるとは思わなかった。よほど幹部のことを信頼していないのか、男に対して思うところがあるのか。
 しかし、新人針子は上司二人の思惑などなに一つ思い当たらないのか、きょとんと小首を傾げてみせる。

「他の人……? 台座さんだけで良くないですか? とっても強かったから、心配なんてないですよ!」
「ほら、殿方と二人だと危ないじゃない!?」
「えー? 危ないって、なにがですか?」
「その……狼が出たりするし」
「おい!」
「この辺りってカラカラコヨーテがいますもんねぇ。でもそしたら、ついでに夕飯の食材もゲットできそうです。私好きですよ。カラカラコヨーテのカラカラカラアゲ」
「そうじゃなくて、襲われたりしたらって話で」
「確かにそれは怖いです……どうしましょう台座さん」
「安心しろ。狼如きに遅れを取る俺じゃない」
「さすがあ! たくさん採れたらカラアゲパーティしましょうね!」
「狼は捌くのが大変だから……じゃなくて、そもそも襲われないようにしたいって話で」
「あー、だからカラカラコヨーテのカラカラカラアゲってあんまり献立に出てこないんですね? さっきも食堂覗いたら、みんなでおうどん食べてましたし」
「こらっ、仕事中に食堂なんぞ寄るんじゃない、業務に集中せんかっ」
「あっ、ごめんなさい。お腹空いちゃって……で、なんの話でしたっけ?」

「二人で外商を探しに行く相談を」
「他の人を連れていくかの提案を」

 声が重なる。一歩も譲らない仕切り役に歯噛みすると、「あっ、そうだ!」と新人の声。

「お昼ご飯を食べながら相談しましょう! 他の人を連れていくかどうかもそこで決めたら良いんです! 我ながらナイスアイディア、どうですか!?」

 ぱちん、と指を鳴らした針子が、続け様に仕切り役と幹部の両者に視線を振る。彼女は指パッチン上手なのである。

「急ぎのお仕事がなければ! あと、台座さんがまだご飯済んでなければ! ダメですか?」
「い」
「そうだな俺もこれから飯だしちょうど良い! 先ほど任せた仕事はまったくもって急ぎではないし、それより外商探しの方が急務だしな、お前たちもさっさと詳細を決めた方が動きやすかろう! それでいいな、早速行こう、善は急げだ」

 一瞬仕切り役の声が聞こえた気もするが、腹式呼吸の発声で一口に言い切った。気付かなかったことにしておこう。幹部役は耳聡いだけでは務まらないこともあるのだ。
 気圧された仕切り役が「あ」となにか言いたげに唇を動かすものの、額に面を掛けた新人針子の瞳に見つめられ、イの口に引き絞られる。そのまま「うー」と意味深に唸って幹部を威嚇。そして「えー・・・」と肩を落とし、「おっしゃる通りに・・・」と落ち着いた。幹部が身体の影で小さくガッツポーズしたことは、誰にも内緒である。

「ありがとうございます、じゃあ早速行きましょう!」と、スキップを思わせるルンルンな足取りで、今来たばかりの道を戻っていく針子。楽し気に上下する背中を目で追い、幹部も一歩足を出す。
 が、すぐにぴたりと動かなくなった。正確には、動かない方がいいだろうと悟った。

「……」

 背中から圧を感じる。以前も感じたことがある。待ち針の、チクチクした痛い圧だ。
 恐る恐る視線だけで振り返れば、背後に佇むイーガの瞳が、間違いなく自分に向けられている。ジッと睨みつけてくるように。またひとつ溶けかけの蝋がふっと消え、彼女の影が揺らついた。

「……幹部殿」
「分かっとる!!」

 彼女の言いたいことを察した幹部は、それだけ言い残して、縫製室を後にした。

8/10ページ
スキ