1000字練習

 イーガ団総長・コーガの自室。裏口から吹き込む夕涼みの風が、淀んだ岩戸の空気をほんの少し清浄に流していく。
 コーガの前にはイーガの構成員が一人。手をきっちりと揃え、躊躇いがちに告げられた内容に、コーガは「なに」と思わず眉間に皺を寄せた。
「食費がかかりすぎてるだってぇ?」
 構成員は、俄かに首を窄めて「ハイ……」と小さく頷いた。

 ハイラルの大地を造り給うた女神の系譜・ハイラル王家に恩讐を抱くイーガ団。影の中でひたすらに刃を研ぎ澄ませながら幾星霜を過ごしてきた彼らには狩猟以外自給自足の術がなく、主食といって申し分ないツルギバナナや白米は、懇意にしてる農家さんから購入してどうにか賄っているのが現状である。
 飛んだり跳ねたり首を刈ったりする毎日だ。運動量はひたすらに多く、必然的に食事量もめっぽう多い。あか、き、みどりの三食食品群をバランス良く取ることは、しなやかな筋肉と健康的な心身を保つのに重要である。身体資本の仕事だと思えば食に関わる費用は軍用資金、つまり必要経費といっても過言ではない。
 切り詰めるのも難しいと分かっていながら、それがかかりすぎている、とな。
「食費が割合多いってのァ、前々から分かってたこったろう。よっぽどやべえのか?」
「ええ……ここのところは、特に。いっときに比べると……これです」
 すっ、と床を滑る一冊の帳面。はらりと捲って、コーガは「ゲェッ」と目を剥く。
 ちょっと前と比べて1.5倍……いや2倍近いじゃあねェか。
 団員を見遣れば、尻の座りが悪そうに身を縮め、深刻そうに一度頷いてみせる。
「実は……心当たりがあります。けど、その……」
「あんだ、言ってみろ」
「こんなこと言うのもアレなんですけど、……スッパですよ」
「スッパァ?」数年前、まったくの成行きでイーガ団に身を置くことになった異邦人の名前だ。真面目な男で、コーガへの忠も厚い。とてもではないが、金食いの犯人だとは思えない。
「なんであいつが? 盗み食いしてるとかか?」
「違います。ホラ……育ち盛りだから……」
「あー……」
「食事量が……ね」
 かつては線も細く、装束の上からあばらの凹凸すら見えていた痩せぎすの少年は、今や見る影もなく見事な偉丈夫だ。見違えるほどの急成長は、彼を気の毒に思った周囲からの「デッカくなれよ~」という願掛け、並びにバナナ援助のおかげかもしれない。未だ成人を迎える前の肉体といえど、上背だけで言えば、ハイラル全土をもってして屈強である幹部たちにも引け劣らない。
「あいつ、どれほど食べるかご存知ですか。山もりにもった茶碗を三杯です。おかずで一杯。味噌汁で一杯。最後は米だけで一杯」
「すげえな。さすがに俺様も漬けモンくらいは欲しいところだ」
「そういうことを言っているのではありません。このままでは食費は嵩む一方……さすがに、一言注意した方が良いのやも、と」
 構成員も、本気でそれが正論であるとは思っていないらしく、言葉尻をもごもごと濁らせた。スッパがここへやってくる経緯を知っているのだろう。最初はバナナ一本でさえ「本当にいいんですか」「ボクが食べていいんですか」と繰り返していた幼子が、山もりに盛った米を三杯も自らおかわりするようになった。こんな泣ける話があるだろうか。いや。少なくとも僕は知りません。
 しかし、そうはいっても食事情は厳しい。後ろめたそうに指先を捏ねる団員に、コーガは腕を組み直し、「そうさなぁ」と頭を巡らせる。
 そろそろ夕日も沈み切って夜になる。夕餉の時刻はもうすぐで、今日の献立がなにかは知らないが、きっとどの団員も腹を空かせて飯にありつくことだろう。
 飯の暖かさを噛み締めながら一杯。同輩と、今日一日のことを振り返って一杯。そして、明日への志気を胸に刻んで一杯。そうして熱い湯を浴び、綿の効いた布団にもぐって、眠りについてゆく。
 かつて自らの腰元よりチビだった少年を頭に描き、やがてコーガは面を持ち上げた。
「許す! このまま食わせてやれ!」
 みょん、と頭上で勢いよく揺れる結元。「えっ、いいんですか?」と背筋を伸ばす構成員に、パシンと膝を打ってみせる。
「成長期にしっかり食わんでいつ食うってんだ。それにあいつのこと。たぶんおかわりの3杯だって遠慮してるに決まってら。じゃんじゃん食わせてやれ! 遠慮なんてさせんじゃねぇ!」
「で、でも食費は……」
「俺様のお代わり分をくれてやる! ついでにバナナも持ってけ! あと足りねえ分は、まぁ、働いて稼ぐしかねえわな」
 威風堂々、コーガは胸と腹を張った。これこそがイーガ団総長としての意地だ。構成員は仮面の白をパッと明るくさせて、「分かりました!」と大きく頷いた。

 ──それからというもの、スッパのおかわりは五杯に増え、支給されるツルギバナナも一房増えることになった。重量感のある筋肉はますます剛健に成長し、未来の筆頭幹部への道を、こうして歩んでいくのであった。
 その陰で、筋肉の発達と反比例し、豊かな腹肉を少しばかり萎ませた御人がいるとかいないとか……。
8/8ページ
スキ