1000字練習

「売り切れ・・・!?」

 眼鏡をかけたスタッフの言葉に、思わず高声を上げた。アッカレの崖あいに吸い込まれるのと同時、パタタと落葉の中から小鳥が飛び立っていく。
 男はにへらと、商売人にしては苦く見える笑みを浮かべた。
「そうなんすよ~、今日だってお客さんで10人目で・・・。あれは生ものですし、量を作るってこともできなくて」
「なんで急に・・・ここに来た時の楽しみだったのに」
「あれ? お客さんもアレ見て来た口じゃないんすか? 今までの人はそうでしたけど」
「アレ?」首をひねると、スタッフは背に負った荷物をゴソゴソとやって、何やら丸められた紙を取り出してきた。
「新聞っすよ! シロツメ新聞社の新聞!」
 シロツメ新聞社。あの忌々しい紙切れを発行してる連中の名前だ。
 スタッフは、既にクシャクシャの皺がついた紙を広げ、得意げな顔を浮かべる。
「実はこの広告欄に、うちのヒガッカレ饅頭を載せましてね。そしたらこれを見たってお客さんがゾクゾクやってくるようになりまして、今や飛ぶ鳥を落とす勢いってやつで・・・」

 一通りを聞き終わった俺は、新聞を片手にどっかりと外の木椅子に腰掛けた。
 アッカレの雄大な自然を一望できる、お気に入りの場所だ。いつもだったら片手にはヒガッカレ饅頭を持っていた。なのに今日はそれがない。代わりにあるのは、なけなしのツルギバナナだけだ。
 もちろんこれは大好物だが、俺は今、あのパリパリモチモチの饅頭が食いたかった。あったけえ茶でも煎れて、敷き詰められた橙色の紅葉を眼前にするひとときが、こーんな遠くまで来ちまった俺の心をいつも和ませてくれていた。だのにだ。
 俺は横に置いた新聞をカシュッ、と拳で殴った。
 たかが新聞に載ってたってだけでわらわら来やがって、常連を大事にしねえ店はいつか痛い目見るって相場が決まってんだぞ! 

 バサッ、と荒っぽく新聞を広げる。イライラしてても、やるこたやらねーと。諜報員としてこいつに目を通すのは義務ってやつだ。
 視線をやって、そこではた、となった。
 リンクのヤローの最新情報が載ってたからじゃねえ。ヒガッカレ饅頭の広告が目に入ったからじゃねえ。その右隣。広告欄のとこ。目が縫い付けられたように動かせず、小さい枠組みの中にしまわれた文字が頭の中に沁み込んでくる。

「・・・惚れ薬、売ります・・・?」

 惚れ薬、って、あれだよな。人を惚れさせて、俺に惚れさせる薬。なんつーか、恋人とか作るときに使えそうな、俺のこと好きになってもらうときに、使えそうなやつ。
 あーんー、・・・えー? 惚れ薬ぃ~? そんなもの本当にあるんですかあ? え、本当に? そんなの聞いたことないが。でも、新聞の広告欄に出すくらい自信があるってことか? え~? 場所は、・・・あ~ヘブラのね。なるほど・・・。いや、興味があるわけじゃないが、まぁ。行けなくもねえなぁ。ふーん。

 新聞をたたむ。もう一度小さくたたんで、横に置いた。腕を組み、風に転がされる落ち葉をじっと眺める。

「あら、旦那まだいらっしゃったんですか」
 声をかけてきた饅頭売りに、俺はちょうどいいとばかり振り返った。

「なあ、ここって、ぽかぽか薬売ってねえか?」
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