1000字練習

「好きだ」
 毎日の鍛練が終わった後のことだった。
「付き合って欲しい」
 彼女はきょとんと目を丸くさせ、幹部の仮面を見上げた。
 イーガ団で、鍛練班幹部の役務に就く彼。業務終わりに二人きりの部屋で談笑をするのは、もはやお決まりのイベントといって過言ではない。
 今だって、お昼に食べた焼き飯が美味しかったこと、装束の裾がほどけてしまって、お直しを頼んだこと。ぽろぽろと零したのは、なんのことはない日々の出来事だ。ふと視線を落とした瞬間、話の接ぎ穂というには唐突な言葉が彼女の耳を打ったのだった。
 彼の緊張を伴った真剣な声が、広い鍛錬部屋の奥へ奥へと吸い込まれ、ひたりとした静寂に包まれる。
 仮面の瞳で、微動だにしない彼を見つめきった彼女は、ほどなくして、「えっと」と肩を縮めた。
「幹部さん?」
「なんだろうか」
「ひとつ、いいですか?」
「ああ、いいぞ」
「私たち……もうお付き合いしてますよね?」
 彼から告白され、恋仲となったのはどれほど前のことだろうか。
 付き合って欲しい、なんて言葉が、恋人同士の間で交わされる必要性が無いのは、どれほどの幼子だったとしても承知であるはず。
 しかし幹部は、事もなげにこくりと頷いてみせる。
「そうとも。もちろん」
「なんで改めて、今?」
「こんなに素敵な人がいるのかと思ったら、口から突いて出た」
 彼女が、ぷっと噴き出す。
「なんですか、それ」と口元に指先を当てた傍から、くすくすと我慢しきらない笑みが溢れる。
「返事は?」
 彼女はひとしきり落ち着いた後、「よろしくお願いします」と律義に頭を下げた。



「結婚してくれないか?幸せにする」
 夕飯のシチューとパン、暖かいお茶を机の上に並べ終え、机についたときだった。彼がおもむろに告げた一言に、彼女は目を丸くした。
 顔を見返しても、彼の面持ちは酷く真剣だ。唇を一文字に結び、両手をきっちりと腿の上で揃えている。お腹もすいてるはずなのに、湯気と共にこれでもかと鼻腔を刺激してくるミルクシチューなんて、これっぽっちも視界に入れてない。
 なんだか、見たことのある格好だなと思った。
「……えっと、ひとついいですか?」
「なんだろうか」
「なんで、今?」
「こんなに素敵な人がいるのかと思ったら、口から突いて出た」
 ぷっと噴き出して、耐えきれなくてそのままくすくすと笑った。記憶に残る台詞と、全く一緒なんだから。
「貴方って変わらない」
「ん、どういうことだ?」
「何度目ですか? それ」
「えっと……二回目?」
「もう、それより言ってます」
 彼はその途端、表情を少し崩して後頭部を搔いた。
「そうか? 覚えてない」
 食卓に置かれた右手に、そっと左手で触れる。その瞬間、薬指のリングに、燭台の火が閃いた。
「何度だってしますよ」
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