1000字練習

 イーガ団の飯炊き番として従事し始めて約一年。最近、食事終わりに「今日も美味しかった」「最近楽しみになってきたんだ」と声をかけられることが増えてきた。入団当初は「こんなもの食えるか!」ってほとんど手つかずで戻ってきていたのに、ここ暫くはずっと完食が続いている。恋人もできたし、後輩もできたし、誰が見ても順風満帆といったところ。
 それはいいのだけれど、実は最近悩み事がある。いっときあった悪い噂の所為じゃない。イーガに受け入れられすぎることがむしろ次の悩みの種を引き起こすなんて、私は想像もしていなかった。
 その悩みは大体、食事作りの最中にやってくる。
 一日の業務も終盤。夕餉を作って食堂に配すれば、私の今日はほとんど終わったも同然だ。白米に、山菜の味噌汁、モリイノシシの角煮、各種キノコのマリネ。湿気の籠もる炊事場の中、割烹着をはためかせながらキビキビと料理を仕上げていく。
「おーい、飯炊き番ちょっといいか?」
 すると、唐突に背中へ声がかかった。あんまり聞き馴染みのない声だ。濛々と湯気立つ鍋を混ぜながら鼻先を後ろへ向けて、「はいなんでしょう!」と声を飛ばす。
「今日の飯なんだ? できれば魚が食いたくて」
「肉です、角煮! 今忙しいので、すみませんが失礼します!」
 すぱっ。包丁で断つみたいに言い切れば、「えぇ……」と困惑したような唸り声が耳を掠めていった。「いやでも魚が」と続くくぐもった声へ被せるように、ストトトト、と山菜を刻む。高らかに捌いた後でふと振り向けば、団員はいつのまにかその場から消え失せていた。
 私が如何に忙しくしているか伝わったのだろう。ふ、と息を吐いたのも束の間、新手はすぐにやってくる。
「飯炊き番~、今日の夕餉ってなに作るつもりだ? 俺、キノコ料理が苦手なんだが」
「キノコです、マリネしたやつ! 頑張って食べてください! では!」
「なあなあ、今日の飯はなんだ? 最近ステーキ丼とかよぉ、食ってねえからそろそろ食いたいなって」
「角煮です! ステーキないです! すいませんけど!」
「飯炊き番いるか? 今日の夕飯は一体何を」
「角煮! 忙しいッ」
 暖簾越しの声に半ば怒声を返せば、「……なんでそんなに不機嫌なんだ」と、業務終わりついでに顔を出したであろう恋人の幹部がつくねんと立っていた。
 この一日のうちでもっとも忙しい時間にやってきておいて、なんだその寂しげな様子は。彼は私の忙しさをよおく分かってるはずなのに。あからさまにしょんぼりと肩を竦める恋人に、私はダンッと足を踏み鳴らした。
「もおおお皆なんで同じことばっかり聞いてくるのっ、あとちょっとで出来上がるんだから大人しく待っておいてください!」
「す、すまん……楽しみだったから、つい」
「聞かれるたびに業務が止まるんです!! 炊事場の管理者なら、貴方どうにかしてくださいよ!」
「分かったからあまり怒るなっ、他の団員にも言っておくから!」
 最後に「頑張れよ」と言い残し、そうやって恋人はすごすごと退散していった。きっと幹部役にこうまで声を荒げるなんて、イーガのご法度だ。でもしょうがない。だってみんなしつこいんだもの!
 鼻を鳴らしながらお鍋に向き直る。さあ後は味噌を溶くだけだ。今度こそ完成できる。そう思った瞬間だった。
「今日の飯は~?」
 ぷち。いくらここで新人扱いされてる私だって、おたまを振り上げながら振り返ることだってある。
「何度も何度も聞いてこないでください!! 知ってる人がいますから、そっちに聞いてもらえますか!? 今忙しいんです!」
 戸口に立っていたのは、お腹の大きな、赤い、お面の特殊な、…えっと。
「ふ~ん。そういう言い方するのか、お前」
 コーガ様だった。随分顎を上げた体勢で、腕を組んで仁王立ちして、私を見下ろしてる。さぁっ、と体温が下がったのは気のせいなんかじゃない。
「あああ今のは違うんです、今のはっ!」咄嗟に弁解した。だけど、組んだ腕の上でトントンと動く指先の速さは変わらない。
「何が違うんだ、冥途の土産に聞いてやろう」
「そんなぁっ」
 おたまをぎゅっと握って縮まる。ややあって「ぶふっ」とコーガ様が噴き出し、カラカラと高笑いを零された。
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