2026/2月~3月(68~98)
「ツルギバナナが……ない」
イーガ団の仕切り役・コーガが告げた一言は、団員に激震を走らせた。
ツルギバナナとは熱帯地域で生育し、ハイラル国では主に南部に位置するフィローネや南ハテールの土地に自生する黄色い果物である。コーガを始めとし、イーガの民は一人残らずこのツルギバナナが大好物であった。滋養に富み、強壮に効く。齧ればたちどころに筋肉へと血液を走らせ、普段より数倍の腕力膂力を得られるのも魅力的だ。それになにより甘くて美味い。ねっとりとした南国育ちの舌触りは、噂によれば彼らの父祖たる古代シーカー族の時代より愛されてきた食べ物であるのだとか。
イーガ団では、そのツルギバナナをほとんど主食に据え、生きるためのエネルギーに変えてきた。文字通り身体を動かすために使われる動力源という意味と、退屈な隠密暮らし唯一の癒しという意味でのエネルギーと。娯楽といえば札遊びくらいしか存在しないイーガにおいて、ツルギバナナは団員たちの生きがいと言っても過言ではないのである。
さて、ここまでが大前提。冒頭の台詞に戻るとして、この度イーガの台所を司るといって相応しいツルギバナナが、アジト内から姿を消してしまったのだ。
「ない……というのは、一体」俄かに信じられずに団員が問う。揃いで身に着けるイーガの木の面は白く塗装がされているが、このとき面下に隠された顔の色も真っ白になっていた。
「そのままの意味だ。今年、取引のある農家さんが不作らしくてな……なんでもツルギバナナの間で病気が蔓延しちまったんだと」
「病気!?」
「ああ。知っての通りツルギバナナは株分けで数を増やすだろ? 全部が同じ遺伝子だから病気が広がりやすいんだとよ。今やいつもの農家さんはてんてこまいだ」
「コーガ様お詳しいですね、さすがです!」
おだてられ、コーガは「へへ」と鼻を擦る。無論、仮面の上からである。
「バナナが実るのはまた一年後。必死に代わりの農家さんを探しちゃいるが、見つけるより先に在庫が切れちまったってわけだな」
「そんな…じゃあ、今日の夕餉は…」もうお腹と背中がくっつきそうなのに。
悲壮感を漂わせて腹を押さえる団員に一瞥をくれ、コーガは「だからよ……」と、おもむろに懐を弄った。
「これを…分け合おう」
取り出したるは一本のツルギバナナ。収穫から十日ほどが経つそれは、シュガースポットと呼ばれる黒い斑点が皮の半分を覆う(もはやシュガーエリアと呼ぶのが良かろう)パーフェクトエイジングコンディション、通称「完熟」と呼ばれる状態であった。
ごくりと生唾を飲み込む。バナナと共に生きてきた彼らにとって、これが如何に舌の上で蕩け、唾液と混ざり合いながら腹に滑っていくか、その極上の瞬間を想像するに容易い。
だからこそ、彼らは次のコーガの言葉が信じられなかった。
「お前らで食え」
「えっ!?」
「そんな…最後の一本を!?」
「痩せてしまいます! 総長がどうぞ!!」
差し出されたバナナをガードするように両手で壁を作れば、コーガが仮面の下でふっと吐息を漏らす。
「俺はいいんだ……お前らが食ってくれりゃ、それで」
白面に影が落ちた。あゝダンディ。「総長~!」と背後で上がる声には涙の気配が漂う。
いやしかし、と団員は立ち上がった。イーガの民であるのなら、自らの標ともいえる主君に対して粗雑な扱いができようか。どんなときでも主君のために。右手を胸にあて、団員は迫る。
「コーガ様を差し置き、我らがバナナを食べるわけにはまいりませんッ」
「そうです! コーガ様が口にしないと言うならば、我らは今日から禁バナナの誓いを立てましょう!」
コーガは目を見開いた。「お前ら……」
「そうだ、この一本のバナナを種に、カルサーでのバナナ作りを本格的に始めたらどうですか! そうすれば今後は農家さんの不作に左右されずに済みます!」
「そうです。大切な最後の一本、我らの腹に収めるだけではあまりにもったいない! 未来への投資にしようじゃありませんか!」
努めて明るく振る舞う団員に、コーガは胸がじんと熱くなってくるのを感じた。そして鼻を擦る。「へへ……逆に元気づけられちまったな」無論仮面の上からである。
それから、ぱしんと景気づけに手を打った。
「じゃあ、この最後のバナナを契機に俺たちは農園を造る! お前らには暫く……苦労をかけることになるが……」
「なにいってるんですか!我らの身命は、いつだってコーガ様と共に!」
「コーガ様に栄光あれ!」
「お前ら~!」
ひし。コーガとその場にいる団員は一塊に抱き合った。感動的な場面である。
「はい、今日のご飯持ってきましたよ~」
そこへ現れたのは割烹着姿の団員。仮面の上から涙を拭い、コーガは「さぁ」と振り返った。
「今日は仕方ないから、これを食おう!」
雑にどんっと机へ乗せられたのは、肉。山盛りの肉。肉である。じっくりとローストしたステーキ肉に薄く削ぎ切りにした焼肉。コウテイヒグマの肉パーティ、ビリビリフルーツとヒンヤリメロンを添えて。
団員達は「はーい」と元気よく返事をし、主君の言いつけ通りに肉を頬張り始めた。一本残されたバナナが、食卓の上でシュガーエリアを黒々とさせていた。
イーガ団の仕切り役・コーガが告げた一言は、団員に激震を走らせた。
ツルギバナナとは熱帯地域で生育し、ハイラル国では主に南部に位置するフィローネや南ハテールの土地に自生する黄色い果物である。コーガを始めとし、イーガの民は一人残らずこのツルギバナナが大好物であった。滋養に富み、強壮に効く。齧ればたちどころに筋肉へと血液を走らせ、普段より数倍の腕力膂力を得られるのも魅力的だ。それになにより甘くて美味い。ねっとりとした南国育ちの舌触りは、噂によれば彼らの父祖たる古代シーカー族の時代より愛されてきた食べ物であるのだとか。
イーガ団では、そのツルギバナナをほとんど主食に据え、生きるためのエネルギーに変えてきた。文字通り身体を動かすために使われる動力源という意味と、退屈な隠密暮らし唯一の癒しという意味でのエネルギーと。娯楽といえば札遊びくらいしか存在しないイーガにおいて、ツルギバナナは団員たちの生きがいと言っても過言ではないのである。
さて、ここまでが大前提。冒頭の台詞に戻るとして、この度イーガの台所を司るといって相応しいツルギバナナが、アジト内から姿を消してしまったのだ。
「ない……というのは、一体」俄かに信じられずに団員が問う。揃いで身に着けるイーガの木の面は白く塗装がされているが、このとき面下に隠された顔の色も真っ白になっていた。
「そのままの意味だ。今年、取引のある農家さんが不作らしくてな……なんでもツルギバナナの間で病気が蔓延しちまったんだと」
「病気!?」
「ああ。知っての通りツルギバナナは株分けで数を増やすだろ? 全部が同じ遺伝子だから病気が広がりやすいんだとよ。今やいつもの農家さんはてんてこまいだ」
「コーガ様お詳しいですね、さすがです!」
おだてられ、コーガは「へへ」と鼻を擦る。無論、仮面の上からである。
「バナナが実るのはまた一年後。必死に代わりの農家さんを探しちゃいるが、見つけるより先に在庫が切れちまったってわけだな」
「そんな…じゃあ、今日の夕餉は…」もうお腹と背中がくっつきそうなのに。
悲壮感を漂わせて腹を押さえる団員に一瞥をくれ、コーガは「だからよ……」と、おもむろに懐を弄った。
「これを…分け合おう」
取り出したるは一本のツルギバナナ。収穫から十日ほどが経つそれは、シュガースポットと呼ばれる黒い斑点が皮の半分を覆う(もはやシュガーエリアと呼ぶのが良かろう)パーフェクトエイジングコンディション、通称「完熟」と呼ばれる状態であった。
ごくりと生唾を飲み込む。バナナと共に生きてきた彼らにとって、これが如何に舌の上で蕩け、唾液と混ざり合いながら腹に滑っていくか、その極上の瞬間を想像するに容易い。
だからこそ、彼らは次のコーガの言葉が信じられなかった。
「お前らで食え」
「えっ!?」
「そんな…最後の一本を!?」
「痩せてしまいます! 総長がどうぞ!!」
差し出されたバナナをガードするように両手で壁を作れば、コーガが仮面の下でふっと吐息を漏らす。
「俺はいいんだ……お前らが食ってくれりゃ、それで」
白面に影が落ちた。あゝダンディ。「総長~!」と背後で上がる声には涙の気配が漂う。
いやしかし、と団員は立ち上がった。イーガの民であるのなら、自らの標ともいえる主君に対して粗雑な扱いができようか。どんなときでも主君のために。右手を胸にあて、団員は迫る。
「コーガ様を差し置き、我らがバナナを食べるわけにはまいりませんッ」
「そうです! コーガ様が口にしないと言うならば、我らは今日から禁バナナの誓いを立てましょう!」
コーガは目を見開いた。「お前ら……」
「そうだ、この一本のバナナを種に、カルサーでのバナナ作りを本格的に始めたらどうですか! そうすれば今後は農家さんの不作に左右されずに済みます!」
「そうです。大切な最後の一本、我らの腹に収めるだけではあまりにもったいない! 未来への投資にしようじゃありませんか!」
努めて明るく振る舞う団員に、コーガは胸がじんと熱くなってくるのを感じた。そして鼻を擦る。「へへ……逆に元気づけられちまったな」無論仮面の上からである。
それから、ぱしんと景気づけに手を打った。
「じゃあ、この最後のバナナを契機に俺たちは農園を造る! お前らには暫く……苦労をかけることになるが……」
「なにいってるんですか!我らの身命は、いつだってコーガ様と共に!」
「コーガ様に栄光あれ!」
「お前ら~!」
ひし。コーガとその場にいる団員は一塊に抱き合った。感動的な場面である。
「はい、今日のご飯持ってきましたよ~」
そこへ現れたのは割烹着姿の団員。仮面の上から涙を拭い、コーガは「さぁ」と振り返った。
「今日は仕方ないから、これを食おう!」
雑にどんっと机へ乗せられたのは、肉。山盛りの肉。肉である。じっくりとローストしたステーキ肉に薄く削ぎ切りにした焼肉。コウテイヒグマの肉パーティ、ビリビリフルーツとヒンヤリメロンを添えて。
団員達は「はーい」と元気よく返事をし、主君の言いつけ通りに肉を頬張り始めた。一本残されたバナナが、食卓の上でシュガーエリアを黒々とさせていた。