1000字練習

 生まれて初めて、男の人から文を貰った。内容は至ってシンプル。『暗いアジトの中でも、ゲルドの太陽みたいに明るいあなたに焦がれてます。幸せそうにご飯を食べるあなたを、僕こそが幸せにしてあげたい。好きです、付き合ってください』
 私にはれっきとした恋人の男性がいるので、もちろん丁寧に断った。だけど、言葉を尽くした愛の告白には、乙女であれば誰だってときめいてしまうものだ。彼氏が言葉足らずの常識知らずであれば尚のこと!
「は? 今なんと言った?」
 だから、有頂天になっていたのは確かだと思う。そんな状態で件の無口男と膝を突き合わせてご飯を食べたものだから、つい口が滑ってしまった。だってこの人ときたらいつも私にばかり喋らせて、ただ黙々とご飯を仮面の隙間に入れ込んでいくだけなんですもの。
 さすがにピタリ動かなくなった彼の箸を見て、私はしめしめと内心でほくそ笑む。
「だから、恋文を貰ったんです。同じ諜報部隊の男性から」
「お前がか? なぜ」
「なぜ、って……私が魅力的だからでしょう」
 両手の人差し指で自分をさせば、彼はお茶碗とお箸を手に持ったまま、黙り込んでしまった。お隣に座ってる団員がズズズと味噌汁を啜る音が割って入る。
 ややあって、彼もふいと仮面を逸らし、ハイラルバスの味噌焼きを箸で割った。それを白米にバウンドさせて口に入れ、静かに咀嚼をしながら呟く。
「物好きもいるものだ、お前に懸想するなんて」
「……その物好き代表は誰ですか。自分のことじゃないんですか」
 多少ムッとして言い返すものの、あろうことか彼は白米に味噌汁をぶちまけて、カッカッと中で解し始めた。何度言ったってやめてくれない嫌な食べ方。
 恋人が他の男性から恋文を貰ったって聞いて、フツーだったらもっと、言うべきことがあるんじゃないだろうか。「お前は俺のものだから」とか「きちんと断ったのか?」とか。味噌汁かけご飯をズゾゾゾと啜るんじゃなくってさ。
 黙々とお皿の料理を減らしていく彼が面白くなくて、私もプイッと顔を背けてガッツニンジンのお新香を口に放る。
「とっても熱心な内容で感動しちゃいました。私の事、本当に好いてくれてるんだって分かって」
「そうか、そりゃ良かったな」
「ああいう人だったら、私も安心してお付き合いできるのにって思いました。貴方はいつも言葉足らずだから」
「言葉でしか安心できないお前がいけない。必要なことは言ってる」
「貴方が言いたいだけのことを、必要なことだと思ってるだけでしょう。傲慢な人」
 ガチャンッ。彼が卓盆にお皿を置いた。肩を跳ねらせて「びっくりした」と彼を見遣れば、スッと背筋を伸ばした姿勢のまま、天井の辺りを見つめてる。ふー、と大袈裟に息を吐く様子は、さも私に耐えがたい怒りを見せつけてるみたいに見えた。
 いつもは冷静な隠密班の彼が、こうまで分かりやすく態度を表すことは滅多にない。手紙を見て、嫉妬? そわっと浮つく心のまま「もしかして妬いてるんですか」とわざとらしく下から覗き込めば、彼の一つ目がギッと私を睨みつけてくる。
 すると、何も言わないまま卓についていた手首を、彼の大きな手の平に握られた。
 布帯越しにも分かるタコだらけの肌。ギュ、と強く力を籠められて、思わず「いっ……」と声が漏れる。
 「あのなぁ」 彼の仮面がグッと近づいた。
「面白いと思うのか? 好いた女が、どこの馬の骨か知らん男からの恋文に浮かれてる様を見せられて。機嫌良くいられると?」
 胸の奥底から這い出たような低い声だった。まるで不機嫌を煮詰めたみたい。
 心臓がきゅっと縮こまる。ずき、と痛みが走ったから、きっとそう。ああ、でも、確かに。居たたまれなくて、身体そのものも縮めていく。
「……ごめんなさい」
 声は小さく掠れてしまった。
「いいんだ、分かれば」
 手の平を離した彼が、食器をもって立ち上がる。躊躇なく進んでいく彼の後姿を、何も言わずに見送った。
 扉の奥へ姿を消す前に、彼がこちらをチラと見て、片手を挙げる。きゅっと締め上げられた胸がほんの少し元に戻った。
 そうして一人になった私は、すっかり冷めきった味噌汁を持ち上げた。口につけて、静かに啜る。随分しょっぱい。ちょっとだけ残した白米を汁椀に入れて、ちゃかちゃか混ぜてから食べた。
それでもやっぱり、味噌汁はしょっぱかった。
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