1000字練習
「これ、アジトの幹部さんからです」と差し出された書簡。「いつもすまない」と何気なく受け取れば、彼女はそのまま、慣れた様子で詰所の奥へと進んでいった。「このままお夕飯作っちゃいますね」だと。勝手知ったる幹部詰所。恋人として入り浸るようになってから、彼女は随分躊躇のない振る舞いに長けてきたものだ。
扉越しにカチャカチャと聞こえだしたのを皮切りに、私も一旦腰を降ろすことにした。小さな段差に腰掛けて、貰ったばかりの便箋を眺める。団員同士のやり取りによく使われるやつで、赤い厚紙にシーカー模様の封蝋が施してある。裏表に返すが差出人のあて名は記載されていなかった。
とはいえ、どうせアジトを取り仕切っている口うるさいまとめ役からだ。『昇格試験の報告にアジトへ来られたし』とかなんとか。同じ内容の手紙を何度送られてきたか分からない。一人で任されている業務なのにそこまで頻繁に帰れないことなど分かっているだろうに。
まぁ、別の要件が書かれている可能性もある。び、と封を破って、綺麗に三つ折りにされた紙を広げた。そこに並んでいたのは、いつもより崩れた筆の文字。おや? まとめ役の幹部が執筆した書簡じゃないのか。そこで違和感に気付けば良かった。
なになに。と、私は蝋燭の灯りを頼りに、中身を読み上げる。
こんにちは、突然の手紙を申し訳ない。理由あって君に、文字を通して僕の気持ちを伝えたくなってしまった。好きだ。愛してる。僕の熱烈な焦がれる気持ちを……受け取ってほしい……?
「なんだこりゃ!」
思わず叫んだ。その声は仮面の中に留まらず、詰所の薄暗い岩壁に反響した。
ややもせず背後の扉がカチャリと開き、「幹部さん? 何か仰いました?」と彼女が顔を覗かせてくる。私は振り返って、おたまを片手にした彼女に書簡を翳した。
「君が持ってきてくれたこれ、おかしいんだ! たぶん私宛じゃない。誰から貰ってきたんだ?」
「え、まさか……ちょっと待ってください」
やや荒い筆跡のそれを目で追い始めた彼女は、「あっ!」と口元へ手を当てた。
「これ、たぶん私が流通班の団員さんから貰ったやつです」
「え……君が? 流通班の団員に?」
仮面の下でパチクリと瞼を瞬かせる間に、彼女はゴソゴソと懐を弄る。そうして出てきたのは、先ほどと同じ赤い厚紙の、見慣れた書簡。
「イーガはみんな同じ封筒を使うから間違えちゃいました……。こっちが幹部さん宛ての手紙ですね」
「そうか……、すまない、君宛ての手紙を読んでしまった。しかも、こんな」
どう見たって恋文だ。言葉尻を曖昧にしてしまったのは、恋人が別の男から告げられた愛の言葉を目の当たりにし、もやもやと居心地悪かったから。
どんな男から貰ったのか、彼女とどんな関係なのか。次々に浮かんでくる質問を、年長者だというくだらない矜持が邪魔をして、口に出すのに憚る。とりあえず「ん、んん」とわざとらしい咳払いで誤魔化した。こんな男の情けなさも、何かと勘の働く彼女のことだから、見抜かれているのだろうか。
しかし、どうしても誤魔化せないことだってある。改めて受け取った書簡の封蝋に視線を落とし、その凹凸を指先でなぞった。
「その……返事は、どうするんだ? 貰った書簡の」
「え?」
「何かしらを返すんだろう? せっかくの……恋文なのだし」
随分歯切れの悪い台詞だ。しかし彼女は、そんな後悔の時間さえ私に与えてはくれなかった。
幹部さん、と上ずった声で呼ばれたのと、ドンッと衝撃を受けたのはほとんど同時だった。思わず「おわっ」とのけぞりながらも体当たりを受け止めて、猫のように首筋に擦り寄ってくる彼女の背中を捕まえる。
「気にかけてくれるの嬉しいです! 嫉妬してくれてるっ」
「や、嫉妬じゃないっ。別に、これは」
「んふふ……なんでもいいです、嬉しいっ」
耳元でまたくぐもった笑みを零しながら、彼女はホオ、と感極まったように息を吐いた。
「幹部さんのして欲しいように返します。捨てて欲しいなら捨てるし、燃やして欲しいなら燃やします」
「いや、私は別に、そんなことをしろなんて言わない。君のいいようにしてくれていいから」
「でも、返事を書くんだとしたら幹部さん、どんな返事にしたか気になっちゃうんでしょう?」
全くこの子は。惚れた弱みは情けない。挑戦的に言われた内容に、思わず返す言葉をなくしてしまうんだから。
とはいえ、年長者として揶揄われるばかりではいられない。ぐっと彼女の身体を掴んで引きはがし、「鍋! 焦げる!」と指さすと、彼女はハッとした顔を残してすぐさま飛んで行った。
大部屋に一人残され、溜息を吐く。熱烈な愛はありがたいが、どうも彼女は猪突猛進気味で困ってしまう。思考に被さるように彼女の小さな悲鳴が聞こえてきて、思わず、力の抜けた笑みが出た。
扉越しにカチャカチャと聞こえだしたのを皮切りに、私も一旦腰を降ろすことにした。小さな段差に腰掛けて、貰ったばかりの便箋を眺める。団員同士のやり取りによく使われるやつで、赤い厚紙にシーカー模様の封蝋が施してある。裏表に返すが差出人のあて名は記載されていなかった。
とはいえ、どうせアジトを取り仕切っている口うるさいまとめ役からだ。『昇格試験の報告にアジトへ来られたし』とかなんとか。同じ内容の手紙を何度送られてきたか分からない。一人で任されている業務なのにそこまで頻繁に帰れないことなど分かっているだろうに。
まぁ、別の要件が書かれている可能性もある。び、と封を破って、綺麗に三つ折りにされた紙を広げた。そこに並んでいたのは、いつもより崩れた筆の文字。おや? まとめ役の幹部が執筆した書簡じゃないのか。そこで違和感に気付けば良かった。
なになに。と、私は蝋燭の灯りを頼りに、中身を読み上げる。
こんにちは、突然の手紙を申し訳ない。理由あって君に、文字を通して僕の気持ちを伝えたくなってしまった。好きだ。愛してる。僕の熱烈な焦がれる気持ちを……受け取ってほしい……?
「なんだこりゃ!」
思わず叫んだ。その声は仮面の中に留まらず、詰所の薄暗い岩壁に反響した。
ややもせず背後の扉がカチャリと開き、「幹部さん? 何か仰いました?」と彼女が顔を覗かせてくる。私は振り返って、おたまを片手にした彼女に書簡を翳した。
「君が持ってきてくれたこれ、おかしいんだ! たぶん私宛じゃない。誰から貰ってきたんだ?」
「え、まさか……ちょっと待ってください」
やや荒い筆跡のそれを目で追い始めた彼女は、「あっ!」と口元へ手を当てた。
「これ、たぶん私が流通班の団員さんから貰ったやつです」
「え……君が? 流通班の団員に?」
仮面の下でパチクリと瞼を瞬かせる間に、彼女はゴソゴソと懐を弄る。そうして出てきたのは、先ほどと同じ赤い厚紙の、見慣れた書簡。
「イーガはみんな同じ封筒を使うから間違えちゃいました……。こっちが幹部さん宛ての手紙ですね」
「そうか……、すまない、君宛ての手紙を読んでしまった。しかも、こんな」
どう見たって恋文だ。言葉尻を曖昧にしてしまったのは、恋人が別の男から告げられた愛の言葉を目の当たりにし、もやもやと居心地悪かったから。
どんな男から貰ったのか、彼女とどんな関係なのか。次々に浮かんでくる質問を、年長者だというくだらない矜持が邪魔をして、口に出すのに憚る。とりあえず「ん、んん」とわざとらしい咳払いで誤魔化した。こんな男の情けなさも、何かと勘の働く彼女のことだから、見抜かれているのだろうか。
しかし、どうしても誤魔化せないことだってある。改めて受け取った書簡の封蝋に視線を落とし、その凹凸を指先でなぞった。
「その……返事は、どうするんだ? 貰った書簡の」
「え?」
「何かしらを返すんだろう? せっかくの……恋文なのだし」
随分歯切れの悪い台詞だ。しかし彼女は、そんな後悔の時間さえ私に与えてはくれなかった。
幹部さん、と上ずった声で呼ばれたのと、ドンッと衝撃を受けたのはほとんど同時だった。思わず「おわっ」とのけぞりながらも体当たりを受け止めて、猫のように首筋に擦り寄ってくる彼女の背中を捕まえる。
「気にかけてくれるの嬉しいです! 嫉妬してくれてるっ」
「や、嫉妬じゃないっ。別に、これは」
「んふふ……なんでもいいです、嬉しいっ」
耳元でまたくぐもった笑みを零しながら、彼女はホオ、と感極まったように息を吐いた。
「幹部さんのして欲しいように返します。捨てて欲しいなら捨てるし、燃やして欲しいなら燃やします」
「いや、私は別に、そんなことをしろなんて言わない。君のいいようにしてくれていいから」
「でも、返事を書くんだとしたら幹部さん、どんな返事にしたか気になっちゃうんでしょう?」
全くこの子は。惚れた弱みは情けない。挑戦的に言われた内容に、思わず返す言葉をなくしてしまうんだから。
とはいえ、年長者として揶揄われるばかりではいられない。ぐっと彼女の身体を掴んで引きはがし、「鍋! 焦げる!」と指さすと、彼女はハッとした顔を残してすぐさま飛んで行った。
大部屋に一人残され、溜息を吐く。熱烈な愛はありがたいが、どうも彼女は猪突猛進気味で困ってしまう。思考に被さるように彼女の小さな悲鳴が聞こえてきて、思わず、力の抜けた笑みが出た。