1000字練習

 去っていく背中に手を振っていると、背中の木扉がかちゃりと音をたてた。「誰が来ていたんですか」と扉の隙間から低い声を覗かせたのは、隠れ家の主である幹部さんだ。
「団員ですよ、アジトの様子を伝えてくれて」
 いくら彼の家政婦として遣わされた身とはいえ、建前を言うこともある。
 でも、洞察力に優れる彼のこと。一構成員の私が彼に隠し事だなんて、土台無理な話だったのかもしれない。
「それにしては、やけに馴れ馴れしくありませんでしたか? まるで昔から知ってる間柄のような」
「・・・」
 扉の合間に立って、まるで壁の一部にでもなったみたいに彼が見下ろしてくる。
 本当のことを言わないと家の中には入れないかも。なんでも見透かすようなイーガの瞳から顔を逸らして、私はお腹の前で指を重ねた。
「えっと・・・はい、昔馴染みです。私がここにいると知っていたみたいで、近くを通ったからと」
「ふうん。何かを貰ったようでしたが」
「書簡を一通」
 その途端、彼は握りしめていた書簡を目敏く見付けたのか、パッと私からそれを奪って中へ入っていった。
 あ、と声を上げる頃には既に中身が取り出されていて、彼は軋む椅子に腰掛けながら躊躇なく手紙を開く。
「なになに『拝啓、諜報の君へ。突然の手紙を許して欲しい。君がハテールの諜報任務についていると聞いて、久しぶりに会いたくなったんだ。元気にしているだろうか。何事もなく日々を過ごせていることをずっと祈っていた』はぁ、祈りだなんて大層なことですね、恋人でもないくせに」
 酷く面白くなさそうな声で吐き捨てる幹部さんに「か、返してください」と手を伸ばすが、彼は背中を向けてなおも言葉を続ける。
「『君と共に任務へ就いている幹部殿の話は風の噂で聞いたよ。ほとんど家から出ていないことも。なにぶん、孤独な任務だ。君の気持ちが塞ぎこんでやしないかと心配している。俺が力になれればどんなに良いかとも。』・・・おやおや、これは」
「幹部さん!」
「『ずっと君を想ってた。もし、君の心労を告げる相手くらいにでもなれるのならば、日が沈んで昇るまでの間、家から東にある池のほとりで待っている。君が来てくれることを祈ってる』」
 睨む私の前で全て読み上げ、裏表にひらひらと手紙を捲る幹部さんは「はぁ」と最後にわざとらしい息を吐いた。
「ですって。どうします? 貴女」
「どう、って」
「行くかどうかってことですよ」
 彼は私を真っすぐに見据えたまま、手の中におさまった手紙を二つに破いた。
 それからまた重ねて二つに破き、また重ねて二つに破き。千々になった紙を床にばら撒いて、前かがみになる。まるで私を、尋問するみたいに。
「行くんです? 彼のところへ」
 暖炉から、ぱきりと炭の割れる音がした。
 この人は分かってる。立ちすくんだ私の胸中を、仮面の奥に潜む双眼がしっかりと見つめてくるんだから。
 何も言わない。ただじっと見つめた。だけど私の答えは決まってて、迷うことなんか、ひとつもなくて。
 そのまま一歩、足を踏み出した。
 幹部さんは「良い子ですね」と、私の腰に緩く腕を回し、力を籠めてくる。
 足元に降り積もる紙吹雪が、つま先に散らされてかさりと音をたてた。
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