1000字練習

 いつものように幹部詰所へ差し入れをしにいったときのことだった。
 一通りを渡し終えて、幹部さんと玄関先で少し談笑をした。「これからアジトか?」と聞かれたのでそうだと答えると、待つように言われて彼が詰所の奥へと引っ込んでいく。
 次に現れたとき、彼は身軽な旅人の変装で、麻の袋を携えていた。
「ちょうど食料調達がてら、散歩でもしようかと思っていたところだ。そこまで一緒に行こう」
 散歩! 一緒に! 分かりやすく胸が膨らんできて「はい!」と発した声が上ずる。くすりと笑みを漏らす彼。
「じゃあ行こうか」と歩き出す彼の表情は、風に撫でられた蕾がちょうど綻んだみたいに柔らかかった。

 日は傾き始めていて、時刻としては夕方に差し掛かるちょっと前。谷風が落ち着き始めたこの時間は、食料調達に丁度良いタイミングなんだそうだ。
 一人で谷を抜けるときよりも、随分のんびりとした足取りで進んでいく。もう今日の業務はおしまいみたいなものだし、砂塵もなく抜けるような青空は気分が良かった。
 彼は「良い天気だなぁ」と呟きながら、時折崖際に寄っては植物を摘み取り、腕に提げた藤の籠に放り込んでいく。
「この辺りは意外と食べられるキノコやハーブが多くてね。といっても、採りすぎると次が生えてこなくなるから量には気をつけないといけないが」
「そうなんですか? 私、ハイラルトマトが好きで・・・平原で見付けたとき根こそぎ取っちゃってました。大丈夫かな」
「ふふ、やりすぎは良くないが、ここよりは平気だろうなぁ。土壌が全く違うから」
 彼の緩やかに弧を描いた口元が、西日に光っている。それを、私だけが見てる。変装の顔だけど、きゅうっと胸が縮まった。この寂れた崖あいが、このままずっと続けば良いのに。
 彼は「お」と漏らして、またゆっくりと腰を降ろした。風化したような岩の陰に隠れるように、丸々と笠を開くキノコがあった。
「ポカポカダケはありがたいな、こんな乾いた土地でもしっかり生えてくれるんだから。・・・あ、あそこにはポカポカハーブもあるじゃないか、それにガンバリダケも」
 むしった後、軽やかに小走りしていく幹部さんは、なんだか楽しそうだ。
「詳しいですね、さすがです。名前まで知ってるなんて」
「外回りが長かったから、それなりにな。君も諜報でハイラルを歩いてたら、いずれ詳しくなると思うぞ」
「確かに、入団してから野草の知識はかなりついてきました。場所によって全然違いますもんね」
「我々は、そういう意味でもプロフェッショナルにならねばな。命にかかわることだから」
 プチプチと摘んでいく幹部さんの手つきは、それらを愛でているようにも見える。節々が盛り上がって、堅い皮膚がありありと分かる隠密の指先。
 ふつり、と赤い花を挟み取る。
「それも食べられるんですか? 私、それはよく知らないかも」
 小さくて細い花弁が幾重にも重なった砂漠の花。今まで視界の端で認知はしていたけれど、ただの雑草だと思って気にしたことはなかった。
 丸まった背中越しに覗き込むと、彼がふっと笑みを零す。そうして、花を持った手の平が伸びてきて、耳の辺りを、掠めていって。
「これは君に」
 気付いたときには、結った髪の毛に微かな重みが足されていた。
かさつく葉っぱを指先で確かめてる間に、幹部さんが立ち上がる。「さ、行こうか」なんて。その声が上ずってるのは気のせいかな。気のせいじゃなかったらいいのに。
 少し早歩きの背中を追いかけて、彼の二歩後ろを歩いた。彼がどんな顔をしてるのか見たくても、私がどんな顔をしてるか、見られたくない。
 だからせめて、口を動かし続けた。
「これ、なんて名前なんですか?」
「うーん・・・知らないなぁ」
「幹部さんでも、知らないことってあるんですね」
「私が詳しいのは、食べられる野草だけだから」
 夕日の香りを帯びた谷風が、優しく耳元を過ぎていく。
 かさりと葉っぱの擦れる音は、私と幹部さんだけの秘密になった。
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