1000字練習


 それは俺が、アジトでの鍛練業務から一転、珍しく物資補給の業務を任された時のことだ。
 イーガの医療班に「オクタ風船を集めてきてほしい」と頼まれた俺は、デグドの吊り橋辺りでオクタ狩りに勤しんだ。業務自体はほんの小一時間ほどで完了し、後は帰るだけ。しかし橋を渡り切った先に広がっていたのは普段目にすることのない平原で、少し足を伸ばしてみようかと思い立つには充分なほど、心地の良い日和だった。
 足を踏みしめるごと、砂漠の砂とは違う柔らかな触感が足袋越しに伝わってくる。景風に靡かれ、波のように葉を煌めかせる青草。そして誰かが色を散らしたように顔を覗かせるのは、活き活きとした野の花だった。
 アジトに籠りっきりの生活で、こうした平原の景色は見慣れない。空の青と平原の蒼を眼前に、ほお、と息を吐きながら、暫く立ち尽くしてしまった。
 そういえば、女性に花を贈ると、大概喜んでくれるものだと誰かが言っていたっけか。
 ふっと頭に巡った言葉と同時に思い起こされたのは、想いを寄せるあの子の背中。思い立ったが吉日とばかりに屈みこんでプチプチやり始めた俺はこの時、彼女も絶対に喜んでくれるはずだと、一切疑ってはいなかった。

 片手で握れるくらいの花を束にして帰った俺は、早速鍛錬部屋へ赴いた。時刻は終業間際。この時間なら、彼女が鍛練にやってきていてもおかしくないはずだ。
 案の定、彼女はそこにいた。いつものように真剣な様子で、剣を振るっている最中だった。鍛練が終わるのを待ってから「お疲れ!」と声をかけると、彼女は少々驚いた様子で「幹部殿っ」と声を上げた。
「お疲れ様です。えーっと・・・今日は別の業務で、こちらにはいらっしゃらないと伺っていましたが」
「業務を終わらせて顔を出してみたんだ。お前に少し用事があって」
「私に?」
「ああ! 良いものを見つけてな!」
 これなんだが、と背中に隠し持っていたものを見せつける。彼女の可憐な様子をイメージして選んだ色とりどりの花は、ピンクに白、黄色を中心に、自分なりにバランスよくまとめた花束になったはずだった。
 しかし、はっきりとおかしい。ついさっきまで瑞々しくハリのある花弁だったそれらが、くったりと手に枝垂れかかって元気がない。細かく皺が寄り、なんだか明らかに、萎びている。まるで枯草みたいに。
 俺はヒュッと息を飲みこんで、目にも止まらぬ速さで背中にひっこめた。
「幹部殿・・・? 今のは」
「い、いいい今のはなんでもない! 違う! 気にしないでくれ!」
「でも、今、なにか」
「いや! 今日も一目会いたかっただけ! それだけだ! これは、こんなつもりじゃなかった、というか!」
 彼女が右から左から後ろを覗こうとしてくるものだから、その度に身体を逸らす。しかし結局「あ、お花?」と首を傾げ・・・どうやら見られてしまったらしい。
 ぎくりとして「いや、ちが・・・」と咄嗟に誤魔化そうとしたが、まじと正面から見つめられるとどうにも・・・。なんだか悪いことでもしているようで、すぐそこまで出かかった建前が腹の中に落ちていく。
 観念して「実は・・・そうだったんだが・・・」と、改めて差し出した。出す直前に、さっき一瞬視界に入った枯草は見間違いであってくれ、ともコンマ2秒で考えたが、やはり手の中に収まっている花束はくったりと萎びていた。いや、花束というのも烏滸がましい。なんというか、ヘタリ過ぎて海藻みたいになってる。
「俺が見つけたときは、綺麗だったんだ。瑞々しくて、もっと色味も鮮やかでイキイキしてて。お前におく・・・見せたいと思ってここまで持ってきた、んだが・・・移動の間でこうなるとは・・・」
 言葉が尻つぼみになる。柄にもないことで、「こうなったら捨てるしか」と自嘲気味に嗤うしかなかった。
 しかし、思いもよらず彼女から帰ってきたのは、待ってくださいとの言葉。
「えっと、捨てるのでしたら、・・・私が貰って良いですか?」
「え?」
「お水につければまた戻るかもしれませんし、それに・・・押し花にもできます」
「・・・」
「あ、薬になるようなお花だったら、医療班に持って行く手もありますよね! ごめんなさい、差し出がましくて」
「いや、そんなことはないっ」
 咄嗟に彼女へ迫ると、彼女は肩を縮めて、ちょこんとした。暫く見つめ合ってから視線を落とす。手の中には、萎びた花束。それを両手で支えながら、彼女にそっと差し出した。
「・・・これ」
 彼女の細い指は、くったりと枝垂れるそれらを、丁寧に掬い上げていった。花びらの一枚も散らさないように。彼女はこれからまた、花が息を吹き返すことを信じているのだ。
「外に出ることなんてないから・・・嬉しいです。ありがとうございます」
 仮面越しでも分かる笑った声に、俺の心は昇天した。
 告白の時に渡す花は完璧にしよう。突然そんな光景が頭の中に浮かんできた俺は、きっと死ぬほど浮かれてた。
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