1000字練習

 昼寝から帰ってきたときだ。あー疲れたと独りごちながらどっかり座り込んで、俺様は一も二もなくバナナの皮を剥き始めた。
 黄色い皮越しの景色に違和感。奥に焦点を合わせれば、文机の上に、なんだか見慣れないものが置いてある。
 大きめな苺くらいの一輪挿しに、ちょこんと添えられた黄色い小花。平原の方じゃあ割に見かける野花だが、ゲルドみたいな乾燥地帯ではとんと見かけないやつだ。
「あんだこれ・・・俺様こんなの知らねえぞ・・・」
 なぜそれがここに? どこからやってきて、誰が持ってきたんだ?
 バナナを齧りつつ、慎ましい見た目ながら図々しい小花を眺めて考える。
「失礼します、コーガ様。業務終了のご報告を──」
「おっ、いいところに!」
 タイミング良く来室した構成員をチョイチョイと手招きして、かくかくしかじか。しかし一通りを聞いた構成員は「う~ん?」と首を捻ってみせた。
 まぁそりゃそうか。団員の間でこんな些末なことが衆知されてるわけもねぇ。
「誰がやったか聞いてきましょうか」との申し出に、「いやいい」と手を突きだす。いくらなんでも「総長室に素朴な花を生けたのは誰だ!」なんて、時間を割いてられるほど俺達は暇じゃねえし、そもそも、総長たる俺様が小花ひとつで大騒ぎしてることの方が、過剰な反応ってやつだろう。
 頭の片隅に引っ掛かっていた小花への違和感は、数日もしない内にどこかに飛んで行った。
 しかしある日、また異変が起こった。やっぱり昼寝から戻ってきたときのことだった。
「は、花が・・・ッ花が変わってる!」
 ぽつとした黄色の花が、ピンク色になっている。それも花弁の大きな、今までとは種類からして違うやつだ。
 なぜ・・・。というか、いつのまに? ここ最近は意識していなかったから、正直いつからこいつがこの部屋で揺らついていたのか分からない。昨日か。それとも一昨日からか。ええい文机につかなかったことが悔やまれる。
 別にあって悪いもんじゃあねえが、仮にも俺様は王家と渡り合ってる隠密集団・イーガ団の総長コーガ様だ。リーダーの自室として、こんな小花が似つかわしいかって言ったら意見の割れるところだろ!
 団員がやってくる度に出所を訪ねてみるが、どいつこいつも「知らない」の一点張り。それも意味が分からねえ。怒ってるわけじゃねえのになぜ名乗り出ない。俺様嫌われてるのか? しょんぼり。
 そっから毎日毎日、朝起きたら欠かさずチェックをするようになったは良いものの、何が原因か分からんが日に日に萎びていく。しょうがないので水を替えてやったり日光浴させてやったり世話してやった。せめて誰がやったか分かるまでは、というつもりだったんが、変化はまた唐突に訪れた。
 一輪挿しごと野花が消えちまった。
「おはようさん」と呼びかけた先に、何も居なくなっていて二度見した。
「え、今度は無くなったんですか? 俺はよく分かりませんが、でも犯人捜しなさってたから、件の団員が撤収したんじゃないっすかね。気まずくなって」
 たまたま部屋にやって来た団員を捕まえれば、ケロリとそう言われた。
「ああ、そうか。そりゃそうだわな」やけに拍子抜けして、すとんと座り込む。
 なんとはなし視線が寄ったのは、机の端。今まで小さな一輪挿しと野花がぽつりと鎮座していたその場所だ。
 雑然と寄せられた文献と使い古された筆や墨。こんな色気のねえ文机が当たり前だったはずなのに、なんだかひとつ、足りないような気がしちまうんだもんなぁ。こんな小暗い部屋の中を、軽やかに揺れてた小さい花が。
 俺様は、今まさに立ち去ろうとしていた団員を引き留めた。
「なあ、今度、外に行ったときによお・・・」
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