2026/1月(38~67)

「これ、頼むな」と放られた装束からべちゃっと聞こえて、嫌な予感はしたのだ。水の所為じゃない。見た目はいつもの装束だけど、たぶん触れてみればすぐ分かる。
 おそるおそる撫で返して、「ひっ」と息を飲んだ。うっすらと肌膚に付着したのは赤。生き物には必ず蓄えられている、べっとりと滑らかな体液だった。
 こうまでぐしょぐしょの布なんか見たことなくって、さすがにぞおっとした。いくら私が暗殺集団の洗濯担当だったとして、これはちょっと、さぁ。なるべく触らないように親指と人差し指でつまみ上げる。いつもは羽根かと思うくらい軽い装束が、今日はこんなにずっしり重い。
 舌の根が疼くような気がしてオエエと口を半開きにすれば、「ほらっ、遊んでる場合じゃないっ」と先輩から檄が飛んできた。
 遊んでないです、と毅然と言えれば良かった。しかしそれもこれも私が、剣も弓も術も使えない新人だから悪いのだ。戦闘技術があればこんな部署に配属されなかった。恨むなら自分の未熟さか…と自分を宥めようとしたけれど、胸焼けが収まる気配はない。
 ええいままよ! 鼻での呼吸を止めた。それから洗濯桶の中にそれだけを放り込んで、地下水を溜め、桶の中でギュッギュッと血を押し出した。
 うわあ出てくる出てくる。桶の水が物の数秒でまっかっかだ。なんとなくぬるつくのは気の所為?しかもなに、固形物ついてない? 肉片? 誰の? そりゃもちろん、団員じゃなくてターゲットの・・・。
 ぐっ、とお腹の底で疼いていたムカムカが急にせり上がってくる。やばいと思って口元を押さえ、寸でのところで我慢できたのは褒めたい。しかし『寸での』というだけで、吐くことは吐いた。ガタンと桶を放って下流の方でゲエゲエしてると、後ろから先輩の「あーあー」という声。
「新人はこれだから・・・こんなんじゃ外業務だって行けねえぞ。俺たちが相手すんのはマモノじゃなくてヒトなんだから」
「うぅ・・・あい・・・」
「これが嫌なら戦えるようになって、外業務の部班に回されるように努力するこった」
 お前には無理だろーけど! と盛大な笑い声が続き、「今に見てろ・・・」と呟いた。もちろん心の中でのことである。
 仮面の下ですら睨めない私は、やっぱりひよわすぎるのかもしれないや。

 だけども、何事もちょっとずつ鍛錬を重ねたら、変化は訪れるものだ。
 弓の弦を握る力が足りないと言われれば、汚れ物を力強く揉んで握力を鍛えたし、首刈刀でさえ充分に振れないのかと言われれば、洗濯桶を上下に振って自らの細腕を苛めた。
 先輩からバカにされて数か月。未だに外での業務は任されていないけど、日に日に身体が成長していることだけは如実にわかる。
 こんもりと汚れ物を盛った洗濯桶を抱え上げたとき、先輩が仮面越しにでも驚いているのがよく分かった。
「お前・・・見違えたなぁ! すげえじゃん!」と褒められて、素直に首を掻く。まぁ、悪い気はしないよね。
「洗濯番! 今いいか? 悪いがこれを洗っといてくれ!」
 そこへ突如としてやってきた新たな業務。洗濯場に踏み込んできたのは幹部さんだった。放られる装束。べちゃっと音をたてて床にへばる。
 急ぎなのだろう。幹部さんは私たちの返事も待たないまま踵を返して、立ち去ろうとした。
 のを、「なんですかこれ!?」と大きな声で引き留める私。
「なんでこんなに返り血浴びてるんですか!? 幹部さんだったらもうちょっと綺麗に仕留めてくださいよ! 汚しすぎです、しかも乾いてる! 川で多少落としたりしないんですか!?」
「す、すまん・・・持って来ればやってくれるかと」
「洗濯場に丸投げすれば良いと思ってたら大間違いですからね!?」
 それから幹部さんは、小さく頭を下げた。もう一度すまんと謝って、すごすごと退散していく。私は大きく鼻を鳴らしながら桶を一旦置いて、洗濯用のマックスラディッシュを擦った。酷い血の汚れには、これを擦った汁に漬け置くとよく効くのだ。
「・・・ん?先輩、どうかしましたか?」
 顔を上げると、先輩の手が止まっている。それどころかこちらを見て、呆然と立ち尽くしている感じ。
「いやなんつーか」と彼は頬を掻いた。
「お前・・・本当に見違えたなぁ」
 そうですか? と首を捻りながらも、私はずっしりと重い装束をひっつかんだ。
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