2026/1月(38~67)

 最後の一人が「すまない、遅れてしまった」と円卓に座った瞬間、その場に集まった紅き一つ目の印が、にわかに中央に寄せられた。
 ゲルド地方にひっそりと存在するイーガ団アジトの一角。集団に属するほぼすべての幹部役が雁首を揃えたのはいつぶりのことであろうか。にっくき敵である剣士リンクにコーガが破れ、彼を深穴から発見してから早数か月が経ち、イーガ団は現在、新たな組織体系を築くに至っている。
 明日から本格的に、それぞれの部班での業務が始まる。今回の緊急招集は今後に向けた決起集会であろうかと、集まった幹部は誰もが信じ込んでいた。
「多忙な中で皆に集まってもらい申し訳ない。明日から各地へ赴く諸兄らに、とある重大事項を確認したく、一堂に会してもらった」
 まとめ役を買って出ている幹部が立ち上がって告げる。その途端、筋骨隆々と圧迫感の強い男たちで満ちる部屋に、ピリッと緊張が走った。彼の重々しい声音は、この場にいる誰もが想像し得る内容を話すつもりではないのだと物語っている。
「重大事項、というと」訝し気に呟く幹部へ厳かに頷き、まとめ役は腕を組んだ。
 そして、深く息を吸う。
「コーガ様が深穴に突き落とされたあの日、そもそもなぜリンクの侵入を許してしまったのか」
 告げられた命題が、静寂にずっしりと沈み込んでいく。
 それは、騒乱に乗じ、今まで正面から向き合うのを避けていた核心──まとめ役は円状に座る幹部の仮面を一つひとつに視線を合わせ、続ける。
「当時、アジトには団員の中でも熟達者である幹部役が7人も揃っていた。だのにリンクは易々と最奥まで侵入し、あまつさえコーガ様を深穴に突き落とし・・・厄災復活の阻止に至っている」
「・・・」
「彼奴の侵入を防いでさえいれば、昼寝から起きたばかりのコーガ様が襲われる悲劇にも至らなかった。今このようにイーガの民が追いやられているのは、我らが招いた事態と言っても過言ではない」
「し、しかし・・・それは」
 遮るように重い声が続く。
「実はあの当時、バナナを食べている幹部がいた、という報告を受けている」
 しん・・・と水を打ったように場が静まり返った。
 まとめ役は幹部を見渡し、嘆息した。
「誰が当時のアジトを受け持っていたか、という犯人捜しをするつもりはない。しかしこれは由々しきことだ。業務中のバナナはご法度。これは諸兄らにも染み入った鉄の掟であろう」
「・・・」
「ツルギバナナは確かに美味い。あれは至高だ。抗えぬ魅力があると俺だって知っている。だがあれが原因でリンクを逃したとあらば、今一度、規則を改めなければならぬやもしれん」
 一度、ぎり、と奥歯を噛み締め、まとめ役は呪詛のように呟いた。
「このままでは・・・バナナ自体を禁止せざるをえない」
 途端、円卓の幹部数名が立ち上がる。「そんな」「やりすぎだ」「俺達の楽しみを」「いくらなんでもそれは」
「たわけッ!!!」
 八方からの糾弾。耳を劈かんばかりの一喝がそれを掻き消し、場に静寂が戻る。
 まとめ役はあらんかぎりの怒気を籠め、ダンッ、と足を踏み鳴らした。
「貴公ら分かっているのか!? この事態を引き起こしたのは我らの失態だぞ!」
 皆一様に視線を落とす。彼の言うことはもっともだった。いくら喚こうと、大願成就を掲げるのであればなりふり構ってなどいられない。日々の中で癒やしを求めることが愚かであるのだ。我らが目指すべきは、そんな生半可な道ではなく、癒やしがないからと腐っている場合でもない。
 それが心の隙になっていたのは、疑いようもない事実であった。我らはもっとコーガ様の掲げる夢のため、この修羅道に本気を見せるべきだったのだ。

 叛意を唱えれば、如何に自分の心構えが緩いのか、開け広げにするようなものだ。肩を落とす者もいれば、拳を戦慄かせる者もいた。ただ皆、共通して口を閉ざした。もう腑抜けたことは言っておられぬ。
 まとめ役は周囲を見渡し、重々しく頷く。彼にだって本当はこのような決定、本懐ではなかった。

「・・・では、ツルギバナナの飲食は、禁止に・・・」

「おーうお前らお疲れ~!差し入れ持ってきたぞ~!」

 決定しかけた会議に割って入った大声。はっとなって全員が振り返った先、戸口に立っていたのは誰であろうイーガ団総長・コーガであった。
 狼狽する幹部役の後ろを素通りし、円卓の中央に「よっこいせ」と背負っていた風呂敷を下ろす。ふんふんと軽妙な鼻歌と共に風呂敷が開かれると、現れたのは黄色い果実──今しがた話題の中心になっていたツルギバナナではないか。
 幹部一同は「ウッ」と身を引いた。

「こ、コーガ様! バナナは・・・ッ今しがたの会議で、その・・・」
「ん!? なんだ、、俺様がせっかく持ってきたのに誰も食べねえのか!?」
「リンクの侵入を許した責を負い・・・禁止にしようかと、言っていたところで・・・」

 もごもごと奥歯に物の挟まった言い方で説明すれば、コーガは「かーっ」と額を手で押さえる。

「ばかだな、んなことしてもやる気が削がれるだけだろ!? 確かにツルギバナナに気を取られたやつも居ンだろうが、そんなのは結果論に過ぎねえ!」

 コーガは円卓に片足を乗せ上げ、パシンッと手を打って見得を切った。

「アッ! 俺たちゃァ泣く子もイーガ団! 王家との戦に容赦は無用! しかしそりゃ身体が元気で初めて為せる偉業だろう! バナナが足りねエのは仕方ねえ、しかし自ら食わねエなんてのぁ与太ってもんだ! 食える時に食っておけ! バッキバキに鍛えた暗殺術で、今度こそ王家の野郎どもの首刈ってやろうじゃアねえか!!」

 この時、円卓の幹部の心はひとつになった。お互いに頷き合い、コーガの口上に衷心を傾けた。
 コーガは、壇上のバナナをひとつもぎ、皮を剥く。幹部も同じく彼に倣う。
 頭上に輝く提灯に、しっとりとした白い果芯を掲げた。

「俺たちに栄光あれ!」
「コーガ様に栄光あれ!!」

 ──かくして、イーガ団員からツルギバナナが取り上げられることはなくなったのである。
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