2026/1月(38~67)
これからアジトに戻ると言った彼女が、振り返った瞬間だった。
そっ、と仮面に指を沿わせ、近づく。自分の仮面を微かに持ち上げ、前かがみになって、唇を突き出して。
「・・・え?」
丸みを帯びた木の面に柔らかく唇を落とした彼は、彼女に見られる前に自らの口元を仮面に隠す。
ゆっくりと、まずは身を引き、添えた指を引き、一歩足を引き。彼女が仮面をつけていても分かるほどポカンとした様子で自分を見つめてくるものだから、なんだかおかしくて。
「いってらっしゃい。気を付けて」
ただ、なんでもない行動のつもりだったのだ。少なくとも彼にとっては。
「い、今のッ」
彼女にとっては、そうではなかったというだけで。
「え?」
「今、なに、ですか! 何しましたか!」
「なにって・・・」
改めて口にすることじゃない。それは恋人に施すには、珍しくない行動のひとつだと思っていたから。
男は、「えっと」と仮面越しの頬を引っかいた。
ただ、彼女の道中に何も起こりませんようにと願いを込めただけ。そして、甘やかな時間が終わってしまう名残惜しさで。
しかし、拳を握って自分に迫ってくる彼女の声は切実で、まるで「とんでもない失敗をしでかした」ときの音に似ている。
彼女と想いを一つにしてからまだ日も浅い。・・・軽薄、だったろうか?
なんと弁明すれば良いかと、男は頭の中で言葉を巡らせる。
「なんというか、・・・まじない、のつもりだったんだが・・・。すまない、急だったな。まだちょっと・・・はや、かったか」
「違いますっ、そうじゃなくて!」
ぱっ、と彼女の仮面が大きく持ち上がる。
「行ってらっしゃいの口付けなら・・・っ、仮面越しでは嫌だと思ったんです」
大きく目を見開いて下から見つめてくる恋人。ぱちくりと二度三度瞬きをしても、彼女の潤いに満ちた瞳は瞬きひとつすらしないのだ。
彼女は一生懸命で、一途で、愛情深くて。そんなのは分かってるつもりだったが、今回は輪をかけている。唇をむっと山にして、頬なんか朱に染めて。こんな男のまじないに、彼女のなりの名前をつけて欲しがっている。
そんなことに気付いた途端、ふっ、と思わず表情が崩れた。
「君はほんとに、好きだなぁ」
「好きですよ、ご存知の通り」
「ふふ・・・じゃあ、気を付けて」
仮面をずり上げる。今度は彼女の、素肌に指を沿う。
「行ってらっしゃい」
柔らかい唇の感触。暖かな口先のまじない。ちゅ、と微かな水音をたて、名残惜しそうに離れた恋人は、ふわっとした笑みを浮かべていた。
男は、頬の赤みを知られる前に、またそそくさと仮面を装着し直した。
そっ、と仮面に指を沿わせ、近づく。自分の仮面を微かに持ち上げ、前かがみになって、唇を突き出して。
「・・・え?」
丸みを帯びた木の面に柔らかく唇を落とした彼は、彼女に見られる前に自らの口元を仮面に隠す。
ゆっくりと、まずは身を引き、添えた指を引き、一歩足を引き。彼女が仮面をつけていても分かるほどポカンとした様子で自分を見つめてくるものだから、なんだかおかしくて。
「いってらっしゃい。気を付けて」
ただ、なんでもない行動のつもりだったのだ。少なくとも彼にとっては。
「い、今のッ」
彼女にとっては、そうではなかったというだけで。
「え?」
「今、なに、ですか! 何しましたか!」
「なにって・・・」
改めて口にすることじゃない。それは恋人に施すには、珍しくない行動のひとつだと思っていたから。
男は、「えっと」と仮面越しの頬を引っかいた。
ただ、彼女の道中に何も起こりませんようにと願いを込めただけ。そして、甘やかな時間が終わってしまう名残惜しさで。
しかし、拳を握って自分に迫ってくる彼女の声は切実で、まるで「とんでもない失敗をしでかした」ときの音に似ている。
彼女と想いを一つにしてからまだ日も浅い。・・・軽薄、だったろうか?
なんと弁明すれば良いかと、男は頭の中で言葉を巡らせる。
「なんというか、・・・まじない、のつもりだったんだが・・・。すまない、急だったな。まだちょっと・・・はや、かったか」
「違いますっ、そうじゃなくて!」
ぱっ、と彼女の仮面が大きく持ち上がる。
「行ってらっしゃいの口付けなら・・・っ、仮面越しでは嫌だと思ったんです」
大きく目を見開いて下から見つめてくる恋人。ぱちくりと二度三度瞬きをしても、彼女の潤いに満ちた瞳は瞬きひとつすらしないのだ。
彼女は一生懸命で、一途で、愛情深くて。そんなのは分かってるつもりだったが、今回は輪をかけている。唇をむっと山にして、頬なんか朱に染めて。こんな男のまじないに、彼女のなりの名前をつけて欲しがっている。
そんなことに気付いた途端、ふっ、と思わず表情が崩れた。
「君はほんとに、好きだなぁ」
「好きですよ、ご存知の通り」
「ふふ・・・じゃあ、気を付けて」
仮面をずり上げる。今度は彼女の、素肌に指を沿う。
「行ってらっしゃい」
柔らかい唇の感触。暖かな口先のまじない。ちゅ、と微かな水音をたて、名残惜しそうに離れた恋人は、ふわっとした笑みを浮かべていた。
男は、頬の赤みを知られる前に、またそそくさと仮面を装着し直した。