2026/1月(38~67)
「旦那、”コレ”ができてから、随分丸くなりましたよねえ」
おそらく商業班員の全員が常日頃から思っていることをついに口にした。イーガのアジト玄関、その見晴台から腕組みして仁王立つ幹部は、即座に「なに?」と睨みを利かせてくる。
鬼と呼ばれるほど恐ろしい人だった。当時であれば、きっとその微かな首の動きだけでも新米団員をチビらせることだってできただろう。
しかし今となっては、なんぴとも揺るがせられない鎧のようだった威厳は、厚く張った氷のようなものだったと知っている。固いといえば固いものの、文明の理知たる火に晒せば溶け、四角四面の角がとろりと丸みを帯びてきた。
その”火”というのが、彼にとっての”彼女”だったわけで。
「俺は昔と変わらん」
よくもまあ抜け抜けとそんなことを。バナナ売りは「へえ」と息を漏らす。
「じゃ、自覚がないんでさぁーね。昔は泣く子も黙る鬼幹部だったってのに」
「泣く子も黙ったかどうか、鬼幹部かどうかなど俺は知らん。しかし変わったつもりなど毛頭ない」
「いいんじゃないですか。今の方が生きやすくなったでしょ。昔のあんたは息苦しそうだった」
バナナ売りがそう言ったきり、幹部は言葉を返さない。仮面の表情は変わらないものの、過去を思い返しているようなだんまりだった。
とはいえ、結局彼は刺々しく「そんなわけあるか」と一蹴。いやでもね、とバナナ売りは考える。オレの言葉で真面目に考えこんじまうところ。そういうとこ。そういうとこなんですよ、旦那。
大袈裟に天井を仰いで「旦那には分かんねえか~」とへらへら笑った。
「ま、別に悪いことじゃありませんからね。自覚なんてなくったってへーきへーき。生温かい目で見守りますよ。旦那」
「だから別に変わってなどいないと」
その時、幹部の声をぶつ切りにしたのは廊下をタッタッタと駆けてくる音。耳ざとく廊下の奥を見遣った幹部につられて視線を向ければ、階段の奥からブンブンと布を振る構成員が見える。
「台座さーんっ!お直し終わりましたよ~!」
縫製班の新人団員。噂をすれば、鬼の幹部を丸くさせた火種である針子の登場だ。
何を持ってるんだ、と目を凝らすバナナ売りの横で、早くも正体に察しをつけたらしい巨漢が「ばッ」と手を戦慄かせる。
「ばかもの!!下穿きを堂々と掲げながら走ってくるやつがあるか!!」
なんと下穿き。それは確かに少々恥ずかしい。
ぴょこん、と目の前に降り立った彼女は、一瞬「しまった」というようにハッとしたものの、すぐさまつぎはぎのある下穿きを差し出した。
「だって、上手くお直しできたから早くお見せしたかったんです! ほら!お尻の擦り切れがきれいさっぱり!どうですか?」
「む・・・まぁ確かに、綺麗に縫えている。・・・じゃなくてだな」
「台座さん、相変わらず物持ちが良いですねぇ、新しいの作ってあげるのに」
「そんな贅沢が許されるか、俺はこれで充分。・・・それに、肌馴染みがいいから気に入ってるんだ」
「あ~クッタリしてて気持ちいですよね。それも分かります。・・・アッ、そろそろ行かなくちゃ!じゃあ台座さん、業務が終わったら、またあとで!」
「あぁ、いつものところで・・・ではな」
ニコニコ顔のまま、最後にバナナ売りにまでペコリと頭を下げ、そうして針子は足音高く下がっていった。
「で、何の話だったか?」
またキリとした声音でいけしゃあしゃあと向き直る幹部に、バナナ売りは静かに仮面を向ける。
「あんたが随分、腑抜けちまったって話ですよ!」
おそらく商業班員の全員が常日頃から思っていることをついに口にした。イーガのアジト玄関、その見晴台から腕組みして仁王立つ幹部は、即座に「なに?」と睨みを利かせてくる。
鬼と呼ばれるほど恐ろしい人だった。当時であれば、きっとその微かな首の動きだけでも新米団員をチビらせることだってできただろう。
しかし今となっては、なんぴとも揺るがせられない鎧のようだった威厳は、厚く張った氷のようなものだったと知っている。固いといえば固いものの、文明の理知たる火に晒せば溶け、四角四面の角がとろりと丸みを帯びてきた。
その”火”というのが、彼にとっての”彼女”だったわけで。
「俺は昔と変わらん」
よくもまあ抜け抜けとそんなことを。バナナ売りは「へえ」と息を漏らす。
「じゃ、自覚がないんでさぁーね。昔は泣く子も黙る鬼幹部だったってのに」
「泣く子も黙ったかどうか、鬼幹部かどうかなど俺は知らん。しかし変わったつもりなど毛頭ない」
「いいんじゃないですか。今の方が生きやすくなったでしょ。昔のあんたは息苦しそうだった」
バナナ売りがそう言ったきり、幹部は言葉を返さない。仮面の表情は変わらないものの、過去を思い返しているようなだんまりだった。
とはいえ、結局彼は刺々しく「そんなわけあるか」と一蹴。いやでもね、とバナナ売りは考える。オレの言葉で真面目に考えこんじまうところ。そういうとこ。そういうとこなんですよ、旦那。
大袈裟に天井を仰いで「旦那には分かんねえか~」とへらへら笑った。
「ま、別に悪いことじゃありませんからね。自覚なんてなくったってへーきへーき。生温かい目で見守りますよ。旦那」
「だから別に変わってなどいないと」
その時、幹部の声をぶつ切りにしたのは廊下をタッタッタと駆けてくる音。耳ざとく廊下の奥を見遣った幹部につられて視線を向ければ、階段の奥からブンブンと布を振る構成員が見える。
「台座さーんっ!お直し終わりましたよ~!」
縫製班の新人団員。噂をすれば、鬼の幹部を丸くさせた火種である針子の登場だ。
何を持ってるんだ、と目を凝らすバナナ売りの横で、早くも正体に察しをつけたらしい巨漢が「ばッ」と手を戦慄かせる。
「ばかもの!!下穿きを堂々と掲げながら走ってくるやつがあるか!!」
なんと下穿き。それは確かに少々恥ずかしい。
ぴょこん、と目の前に降り立った彼女は、一瞬「しまった」というようにハッとしたものの、すぐさまつぎはぎのある下穿きを差し出した。
「だって、上手くお直しできたから早くお見せしたかったんです! ほら!お尻の擦り切れがきれいさっぱり!どうですか?」
「む・・・まぁ確かに、綺麗に縫えている。・・・じゃなくてだな」
「台座さん、相変わらず物持ちが良いですねぇ、新しいの作ってあげるのに」
「そんな贅沢が許されるか、俺はこれで充分。・・・それに、肌馴染みがいいから気に入ってるんだ」
「あ~クッタリしてて気持ちいですよね。それも分かります。・・・アッ、そろそろ行かなくちゃ!じゃあ台座さん、業務が終わったら、またあとで!」
「あぁ、いつものところで・・・ではな」
ニコニコ顔のまま、最後にバナナ売りにまでペコリと頭を下げ、そうして針子は足音高く下がっていった。
「で、何の話だったか?」
またキリとした声音でいけしゃあしゃあと向き直る幹部に、バナナ売りは静かに仮面を向ける。
「あんたが随分、腑抜けちまったって話ですよ!」