2026/1月(38~67)

夕餉の時間の後、イーガの炊事場へ向かうと、なにやら恋人がキッチンに向かって俯いている。いつもであれば鼻歌でも歌いながら皿洗いでもしているところを、どうも神妙な様子。
「どうかしたか」と声をかければ、「お疲れ様です」と振り返った声に、やはり生気がない。
「元気がないな。何かあったのか」
「いえ・・・それが、久しぶりに夕餉がたくさん残ってしまって」
彼女の視線の先を追うと、確かに麻の袋の中に残飯が詰め込まれている。緑色の細長い野菜を炒めたもので、俺も夕餉で食ったばかりだ。
「ほんとだ。美味かったが・・・珍しいな、最近は残されることなんてほとんどなかったろう」
「ええ。だからちょっとショゲちゃって・・・。残す理由も理由なので、怒るに怒れない、というか」
「というと?」
「辛すぎて食べられないと」
そこで俺は、「ああ」と全てが一繋ぎに納得した。
「しし唐、だもんな」
そういえば最近、懇意にしてる農家から大量に貰ってきたんだっけか。とりあえずここに持って来ればどうにかなるだろうと、彼女に丸投げしたのを思い出した。
青みのあるニオイで味も濃く、ほんのり舌に残る苦味が俺好みの野菜だ。しかし生育環境によるのか稀に唐辛子として発育し、歯で噛んだ瞬間に辛み成分に口の中を焼かれることも割にある。
彼女は腕を組んで、悩まし気に唸った。
「まだ材料自体はたくさんありますし、明日からのレシピも悩ましくって。使い切らないと勿体ないし、かといえ辛いのを避けるのはさすがに難しいです」
「そうさなぁ。俺としては、あれくらい辛いのが食えないやつなんて、ほっとけば良いと思うが」
「もうっ、文句を言われるのは私なんですからね!それを他人事みたいに!」
露骨に頬を膨らませてみせた彼女を「まぁまぁ」と制す。
「しかし俺は割と本気だぞ。団員の子供舌なんてほっとけばいい。偏食を矯正する良い機会だ」
「うーん・・・でも食べてもらえないのでは矯正も何もありませんよね。もう苦手意識のついた方もいるでしょうし」
「もしくは、もう俺達の晩酌に使ってくれても良いぞ。辛いのは割合平気な性質だ」
2人で酒を飲む場合、いつも彼女は飯炊きで使わなかった端材で肴を作るのがお決まりだった。
団に持ち込まれた食材を私物化するのに抵抗があるのだろう。「それは・・・」と言い淀む彼女に、言い募る。
「捨てるよりそちらの方がまだマシだろう。これは一個人として、というより、補給班を務める幹部役として願いたいところだな」
「・・・貴方ってほんと、公私混同してますよね」
「失敬だな。状況を把握した先の賢明な判断だぞ」
わざとらしく偉ぶれば、彼女は呆れたように「はいはい」と笑みを漏らした。
「じゃあ、さっそく今日の肴は炙りにでもします。ちょっと待っててくださいね」
思わず「よっしゃ」とガッツポーズをしたのは良いものの、このあと数週間にわたって晩酌がしし唐まみれになることを、この時の俺は露とも思いいたってはいなかった。
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