2026/1月(38~67)

 珍しいものを仕入れてきた。と告げた棘売りの団員が敷物に広げていたのは、確かに彼にしては珍しい売り物道具であった。
 ズラリと並べられたのはいつもの鉄棘などではなく、ガラス瓶や蓋つきの磁器製容器。どれも手に収まるサイズであり、中には液体や軟膏が詰められている。無論、今回は瓶や壺に価値があるのではなく、目玉は中身の方だ。
 「薬か」と、商業班を任されている幹部は、その内のひとつを手に取ってしげしげと眺めた。
 ハイラル全土を襲った天変地異の所為で、ゲルド砂漠の気温差が一日の内で激しいとはご承知のこと。どのような環境にも対応できるように、懐に薬品を忍ばせておくのが立派な隠密の嗜みだ。
「面白い商人と知り合いましてね、薬と一言にいっても品を今回は仕入れてきました。痔の塗り薬に、下痢止め、あかぎれ軟膏に喉ぬーるスプレー」
「・・・医療班に回した方が良さそうだな」
「いくつかは販売させてくだせえよ。ア、そうだせっかくだから、旦那にはこれを」
 手渡されたのはキリコ細工の施されたガラス瓶。指でつまめるサイズで、ご多聞に漏れず透明の液体が中で揺れている。
「なんだこれは」
「媚薬です。旦那には大事でしょ」
 言われた瞬間、それをアジトの岩床にパキョと叩きつけた。くだける小瓶。幹部は吠える。
「ばかものっ!俺がそんな破廉恥なもの使うか!!」
「あーあー勿体ない。せっかく恋人との夜を心配してやったってのに、あんたって人は」
「お前俺をコケにして」
「はいはいじゃあ幹部殿の悩みを言ってみてくださいよぉ、それに合わせてなにか見繕いますから」
 む、と押し黙って考える。悩み、といえばまぁ、思い当たることがないわけでもない。
「寝つきの悪さは・・・まぁ、悩んでるといえば悩んでるな」
最近、業務が忙しいのもあって、瞼を閉じても一向に眠気がやってこないのをそろそろ医療班に相談するか、とは考えていた。それを棘売り如きに解決できると、本気で思ったわけじゃない。
 しかし、想像に反して棘売りは「だったらいいのがありますよぉ」とのんびりした声で手を打った。それから、あれだったかこれだったかと独り言を漏らしつつ、茶色い小瓶をひっつかむ。
「これ、睡眠薬です。飲めばたちどころに眠気がやってきてコテン。ただし効き目が良いんで、次の日の朝に起きられるかどうかは保証できやせん」
「それは困るが」
「まぁ、もし今日試すんだったら、明日の朝は俺に任せてくださいよ。一日くらいだったら門番を請け負いましょ。なんたって、あんたには普段から世話になってるしぃ?」
 口端を持ち上げたようなニヤケ声は気になったが、そうまで言うのであれば乗っても良いだろうか。うーむと悩んだものの、結局は小瓶を受け取ることにした。
 「寝るちょっと前に飲むのがよろしいでがんす」と念押しする意味に、この時気付いていればよかった。



 その日の晩のこと。自室で日課の日誌を書き終え、既に湯浴みを済ませた幹部は敷いた布団の上にいた。
 湯浴みに発った恋人が帰ってきたら、後はもう寝るばかり。ゆったりと過ごす間に眠気がやってくるかと思ったが、やはりそんな気配は微塵もなくて、主君のいない間に任された業務やら数字やらが頭の中をぐるぐると巡っている。これではきっと今日も寝付けないに違いない。
 マァ、ちょっと試してみようか。懐に忍ばせていた茶色の小瓶。恋人が帰ってくる前に試さないと、好奇心旺盛なあいつのこと。「どうなるんですか!? 直ぐ寝ちゃうんですか!?」などと大騒ぎになること請け合いだろう。
 きゅぽ、とコルク栓を抜いて、まずはニオイを嗅ぐ。蜂蜜でも煮詰めたように甘ったるい。悪いものでもなさそうだと見当をつけ、それから一息に喉へ流した。
 舌を刺すような甘みの後、まるで酒でも流し込んだみたいにひりひりと疼きだした。暫く動かずにいれば、次第に身体がぽっぽと火照って来る感じ。体温を上げて睡魔を呼ぼうということか? なんて、そんなこと考えてる場合じゃなかったと直ぐに思い知ることになる。
 読書灯の元で文字に目を通していると、なぜだか酷く喉が渇く。それに息切れも。顔を上げた折、なぜだか視界に移る紙の白と墨の黒が明滅しているような気がして、目を瞬かせる。何かおかしい。どうしてこうも汗が出る?
 身体中をなにかが駆け巡っているような感覚がはっきりとあった。しかも堰を切った勢いで一斉に向かっているのは下半身。視線を落とすと、着流しの奥で張りつめ始めているのは、自らの中心だった。
 急に、おかしすぎる。それまではなんともなかったはずなのに、腹の奥底にはぐつぐつと煮えたぎる欲求が渦巻いている。出たい。出したい。何を。ナニを。と意味分からない言葉が頭の中を巡るが、待て。なぜ俺はこうなっている? ばちばちと物の輪郭線がやけに鮮やかでうるさい視界の中、目に飛び込んできたのはつくねんとした茶色い小瓶だった。
 蘇ったのは棘売りのニヤケ声。やられた。睡眠薬ではなく、これはつまり。
「くそ・・・」
 出さねば落ち着かないことなど、生まれてこの方ずっと男をやっている幹部には分かり切っている。放置していてどうにかなるような状態じゃない。ああ、まずい。そんな時間がどこにある。
「台座さん、湯浴みから帰ってきましたよ~!」
 がら、と突如開け放たれるドア。分かってた。ああこうなることは分かってた。どうかしたんですか、と問うてくる彼女。どくん、どくん、と鼓動を強く感じるのは、ただ変な薬を飲んだからというだけでは無い。どれほど吐き出せば落ち着くのか、次々溢れだしてくる欲望に見当もつかないのだ。
『明日の朝に起きてこなくても俺に任せてくださいよ。一日くらいだったら請け負ったっていい』
 棘売りの言葉。その意味に漸くつきあたった瞬間だった。
「台座さん・・・?」
 不思議そうな声と共に、背中にそっと落ちてくる手の平の熱。
 彼女の名前を息交じりに呼びながら、幹部は張りつめた面持ちのまま振り返った。
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