2026/1月(38~67)

 面白いものを手に入れたんですよ、と告げたときには前のめりだったのに、取り出した瞬間に彼が身を引いたのが分かった。まるで波のように。
「なんだ、それは・・・薬か?」
「ご明察!媚薬です!」
 蝋燭が数本しか立っていない幹部詰所の奥。埃っぽい暗がりに響く私の声は、場違いに明るい。眩しすぎるとでも言うように、彼がまた小さく身を引いていく。でも私は、めげずに続けた。
「薬品を取り扱う商人を見つけて、たまたま手に入れたんです!媚薬なんて初めてで、面白そうだなって」
「ええと・・・君、媚薬って・・・なんのことか分かっていってるか?」
「もちろんです。飲んだら、ふふ・・・、いやらしい気持ちになっちゃうやつ、ですよね?」
 ぽ。と頬が照った気がして頬を押さえる。彼はというと、暫く微動だにしなくなって、それから「はぁ」とため息を吐きながら、仮面を手の平で覆ってみせた。
「前々から興味があったんです。本当に効くのかなって。だから幹部さん、こ」
「私は飲まないぞ」
 すかさずビシッ、と腕でバッテンを作られてしまった。太い腕で組まれたバツは、彼の意思の硬さを表してるみたい。
 だけど私の意思だって固い。彼に言い募る。
「でもでも、幹部さんも興味ありませんか?こういう物珍しい道具、嫌いじゃありませんよね?」
「そんな怪しい薬試せるわけないだろう!毒だったらどうするんだ」
「大丈夫です、商人の裏はとってます。ねえ、ちょっと試してみましょうよ、後生ですから」
 可愛いはずの恋人の頼みと言えど、幹部さんは強情だった。
「断固、拒否!」



 その日の晩、夕餉は猪肉のシチューだった。お皿に盛って彼へ差し出すと、「自分で盛るから大丈夫」との声。
「こう言ってはなんだが、君が盛った皿に何か仕込まれてそうで」
 じっとり声に肩を竦めて「そんなことありませんよぉ」と唇を尖らせる。随分信用されてないんだなあって悲しくなっちゃうけど、それこそが隠密仕草として正しいんだろう。仕方ないね。
 二人して机につき、食事が始まった。ふわ、と湯気立つクリーム色にほかほかと浮かぶゴーゴーニンジン。パクリと一口にすると、甘みがあってとても柔らかい。新鮮なミルクで作るシチューは、差し入れした初日の特権だ。早く傷んじゃうから、クリームシチューのときは当日中に食べきらなきゃいけない。
 そんな話をしていた彼が口数を減らしたのは、食事が済んだ後のことだった。お皿を片付けるまでの寸暇、「今日も美味しかったなぁ」という会話が突如としてぶつ切りになる。
 「なにか・・・」と彼は仮面の隙間から額を押さえ、それから徐々に肩で呼吸し始めた。隙間から見える頬がほんのりと火照り、次いで胸を押さえながら傾倒していく。
 急な容態の変化に「どうかしましたか」と覗き込むと、思ってもみない、キッとした鋭い瞳。
「盛ったのか!?」
「えっ」
「媚薬! 盛ったろう! これ!」
 つらそうに息を漏らす彼を見据え、私は押し黙った。肩で息をする、はぁはぁという呼吸音が暫く続き、・・・最終的にこく、と小さく頷く私。
 彼は「君なぁ!」と膝に両手をついてがっくりと項垂れた。
「いついれたんだ・・・。まさかシチューに入れたってわけでもあるまいし」
「ご名答です。じゃないと幹部さん、飲んでくれないと思って」
 「き・・・っ」と言いかけて、言葉を呑み込む代わり、大きくため息を吐く。
 遠慮なく睨む瞳は、まるで恋人に向ける目つきじゃない。けど、薄く潤んでることに彼は気付いてない。
「・・・じゃあなんでそんなに余裕なんだ。私と同じものを食べてるはずなのに」
「そうです、私も食べました。媚薬入りのシチュー」
 目を見張る彼の前で膝立ちになって、視線を合わせたまま汗ばみ始めた太ももに枝垂れた。
 にぃ、と薄く笑う。眦の下がった彼の表情は、もう逃げられないって分かってるのだ。
「だから、同じです。私もおんなじ気持ち、ですよ」
 指を伸ばした先、捕まえた彼の肢体は酷く熱く、湿っぽかった。

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