2026/1月(38~67)
俺の目の前には今、ケモノ肉丼が置かれている。肉の種類はよく分からんが、食べ応えのありそうな厚い筋肉っぽい質感。ジューシーな肉汁に濡れた表面には程良い焼き色がついていて、見る者全ての箸をおいでおいでと誘っている。
なんと言ったって、仮面越しでもよく分かるこのにおいだ。鼻腔に突き刺さるように刺激的で、昼餉から何も食っていない俺の胃袋を、直接鷲掴みにして揺さぶってるようじゃないか。間違いなくガンバリ草だ。ステーキのところどころに、スライスした欠片が見えた。鼻先を近づけて深呼吸すれば、あまりの香りにじわあっと唾液が滲みだしてくる。
昼餉を食ってから数刻。グウグウと音を立てるほど空腹なことだし、温かいうちにかぶりつくべきだった。しかし、俺は迷っていた。ツルギバナナにも負けるとも劣らないほど大好物であるこれを、このまま食うべきか食わざるべきかという迷いが。
「今日はスタミナ丼か~!カーッ最高っ、俺これ大好きなんだよなぁー!」
唐突の声に、隣の机を見遣る。机にはもちろん俺と同じケモノ肉丼が置かれている。が、少々違うのは、肉の上にこんもりと盛られた生成り色の小山──潰しガンバリの存在だった。
滋養強壮によく効くあの薬草を、大量に食べたいという輩は意外と多い。かくいう俺もその一人で、そしてそれこそが、今まさに悩みの種のど真ん中であった。
食欲をそそり、口に頬張った瞬間に鼻を抜けていく刺激臭。それこそが旨味の塊として強く刻まれるわけだが、同時に強い残り香を漂わせる。隠密集団の人間としてはあるまじきニオイだ。大量に食った奴の体臭は、風下であれば深穴の対面に立つ人間の顔を顰めさせるほど。
少し前だったら、俺はそれでも気にせず食っていた。アジト内で団員たちに鍛練をつける業務に就いている俺としては、厳格に体臭消しを徹底せずとも問題がない。
ただ、ここ最近は事情が違う。一日一回、必ず鍛錬場へとやってくる新人の女団員。俺は彼女に、間違ってもクサイと思われたくない。
「あれ、食べないんですか。幹部殿」
連れ立ってきていた部下の鍛練班員が言う。ご多聞に漏れず、彼の丼にも生成りの山が盛られている。
「少し、迷っててな」濁しながら先に食うように促すと、彼は悪びれもないように「そうですか?じゃあさっそく!」と言って、仮面を少しずり上げた。
手慣れたように、潰しガンバリを肉で巻く。べろ、と出した舌で迎えるように肉にかぶりつき、米の上に肉汁と混ざり合ったガンバリ草を零した。大袈裟な動きで咀嚼し、うんうん頷きながら米をかきこんでいく。その美味そうな唸り声といったら。
生唾を飲み込む。ガンバリ草を山のように盛って、肉で巻いて、頭が痺れるくらいの美味い香りを充満させたい。あれさえ食えば、明日もしっかりやっていこうと思えるに違いない。でも、いいのか。彼女とこれから会う可能性は0じゃない。ああ、でも鍛錬にはさっき来ていたし、正直言って今日改めて会うかは怪しいもんだ。それに残り香だって、明日彼女が鍛錬場にやってくるまでに消えてれば問題ないはず。いや、しかし万が一にでも臭かったら。臭いと思われたら。俺は、俺は・・・。
「いやー、美味かったですね。俺、ケモノ肉丼なんて久しぶりに食べました」
腹を満たした俺達は、食堂を抜けてひやりとした廊下に出ていた。
そうだな、と返事しながら感じるのは多幸感。そして仮面の内側に籠る達成感の香り。仄かに燻る罪悪感は、さっさと湯浴み場で流してしまおう。
足を踏み出したその時だった。
「あ、幹部殿。こんばんは。奇遇ですね、このような場所でお会いするなんて」
背中から聞き覚えのある声。ぶわ、と噴き出してきた冷汗は、おそらく滋養強壮の効果が効いた所為では無かった。
振り返るその刹那、呼吸をせずにこの場を切り抜けるにはどうしたら良いか、俺は必死に考えていた。
なんと言ったって、仮面越しでもよく分かるこのにおいだ。鼻腔に突き刺さるように刺激的で、昼餉から何も食っていない俺の胃袋を、直接鷲掴みにして揺さぶってるようじゃないか。間違いなくガンバリ草だ。ステーキのところどころに、スライスした欠片が見えた。鼻先を近づけて深呼吸すれば、あまりの香りにじわあっと唾液が滲みだしてくる。
昼餉を食ってから数刻。グウグウと音を立てるほど空腹なことだし、温かいうちにかぶりつくべきだった。しかし、俺は迷っていた。ツルギバナナにも負けるとも劣らないほど大好物であるこれを、このまま食うべきか食わざるべきかという迷いが。
「今日はスタミナ丼か~!カーッ最高っ、俺これ大好きなんだよなぁー!」
唐突の声に、隣の机を見遣る。机にはもちろん俺と同じケモノ肉丼が置かれている。が、少々違うのは、肉の上にこんもりと盛られた生成り色の小山──潰しガンバリの存在だった。
滋養強壮によく効くあの薬草を、大量に食べたいという輩は意外と多い。かくいう俺もその一人で、そしてそれこそが、今まさに悩みの種のど真ん中であった。
食欲をそそり、口に頬張った瞬間に鼻を抜けていく刺激臭。それこそが旨味の塊として強く刻まれるわけだが、同時に強い残り香を漂わせる。隠密集団の人間としてはあるまじきニオイだ。大量に食った奴の体臭は、風下であれば深穴の対面に立つ人間の顔を顰めさせるほど。
少し前だったら、俺はそれでも気にせず食っていた。アジト内で団員たちに鍛練をつける業務に就いている俺としては、厳格に体臭消しを徹底せずとも問題がない。
ただ、ここ最近は事情が違う。一日一回、必ず鍛錬場へとやってくる新人の女団員。俺は彼女に、間違ってもクサイと思われたくない。
「あれ、食べないんですか。幹部殿」
連れ立ってきていた部下の鍛練班員が言う。ご多聞に漏れず、彼の丼にも生成りの山が盛られている。
「少し、迷っててな」濁しながら先に食うように促すと、彼は悪びれもないように「そうですか?じゃあさっそく!」と言って、仮面を少しずり上げた。
手慣れたように、潰しガンバリを肉で巻く。べろ、と出した舌で迎えるように肉にかぶりつき、米の上に肉汁と混ざり合ったガンバリ草を零した。大袈裟な動きで咀嚼し、うんうん頷きながら米をかきこんでいく。その美味そうな唸り声といったら。
生唾を飲み込む。ガンバリ草を山のように盛って、肉で巻いて、頭が痺れるくらいの美味い香りを充満させたい。あれさえ食えば、明日もしっかりやっていこうと思えるに違いない。でも、いいのか。彼女とこれから会う可能性は0じゃない。ああ、でも鍛錬にはさっき来ていたし、正直言って今日改めて会うかは怪しいもんだ。それに残り香だって、明日彼女が鍛錬場にやってくるまでに消えてれば問題ないはず。いや、しかし万が一にでも臭かったら。臭いと思われたら。俺は、俺は・・・。
「いやー、美味かったですね。俺、ケモノ肉丼なんて久しぶりに食べました」
腹を満たした俺達は、食堂を抜けてひやりとした廊下に出ていた。
そうだな、と返事しながら感じるのは多幸感。そして仮面の内側に籠る達成感の香り。仄かに燻る罪悪感は、さっさと湯浴み場で流してしまおう。
足を踏み出したその時だった。
「あ、幹部殿。こんばんは。奇遇ですね、このような場所でお会いするなんて」
背中から聞き覚えのある声。ぶわ、と噴き出してきた冷汗は、おそらく滋養強壮の効果が効いた所為では無かった。
振り返るその刹那、呼吸をせずにこの場を切り抜けるにはどうしたら良いか、俺は必死に考えていた。