2026/1月(38~67)

「どういうつもりですか、これ」
 その声は低かった。昼時。がやがやと騒がしい食堂の中を、地を這うようにして耳の中に入ってきた。
「どういうつもり、とは。そういうものなんだろう。この前、お前が言ったんだ」
 炊き込み飯をかっ食らっていたとき、女の瞳は山を描いていた。その瞳がすぅ・・・っと糸のように眇められている。まるで会話を通す中で暗殺対象の人物だと判明し、心の気温が下がったときのように。
 そんな顔で見られるのは心外だ。なんてったって、彼女に差し出したのは、赤い包装紙に金色の織布を巻いた贈り物。・・・いわゆるクリスマスプレゼントのつもりだったのだから。
 もう十日ほど前になるだろうか。「外にでも行きましょ」と女に呼び止められ、夜を共に過ごした。それ自体は決して珍しいことではなく、特に俺が休みの日は大概をそうして過ごしていた。そりゃ確かに、酒やら肉やらを準備して外で食おうと言われたのだから、夜にピクニックなどこいつは本当におかしなやつだなと思ったことも事実だが。
 「これ、どうぞ」と突然に差し出されたのは、イーガの蛙像を模した木の根付け。指先ほどの大きさのそれには、赤い紐まで通してある。
「なんだこれは」
「お守りです。貴方、危ないことをしているのだから、せめてと思って作ってみました」
「作ったのか? それは良いとして、なぜ急にこんなものを贈って寄越すんだ」
「なぜって・・・今日はクリスマスですよ?」
「それが何だと言うんだ。ハイリア神の生誕祭というだけだろ」
「・・・え、ちょっと待って。貴方、もしかしてクリスマスがどういうイベントか、分かってない?」
 何も言わず見返したときの、「本当に常識がない!」と立ち上がった女の顔と言ったら、俺を心底軽蔑したような目つきであった。
 クリスマスは、良い仲の男女が共に過ごすことが定番なのだということ。それに、贈り物を交換するのが通例なのだということを、懇々と説き伏せられた。
 それまでの俺には一切関係ない行事だったのだ。知らずとも仕方ないだろうと言い返せば、あろうことかこいつは「くそやろう」と罵ってきた。呆気に取られてる間にフンッと鼻を鳴らして去っていったことがつい昨日のように思い起こされる。
「だから、お前に言われた通り贈り物交換とやらに応じてやったまで。そんな目で見られる理由なぞ無かろう」
 差し出した包み紙の経緯を説明してやれば、女は「はぁ~・・・」と眉間を揉む。それは長旅の業務から帰ってきたときのような溜息の重さだった。
「贈り物はありがたいです。忙しい貴方が私のために準備してくれたんですから、それだけで感無量です。そこに対して文句を言うつもりはありません」
「まぁ、そうだろうな」
「でも! なんで今なんです!? クリスマスも随分すぎて、年も明けて、三が日も過ぎてます! それまでに私たち、何度も会ってますよね!?」
 確かに女の言う通り、年末の忘年会でも顔を合わせたし、年越しの瞬間も一緒にいた。正月の三が日もほぼほぼ毎日顔を合わせており、俺としては明日から仕事始めというところ。
「仕方ないだろ。良いタイミングが無かったんだ」
「ご飯を食べ終わった後に出すものでもない! まだお皿もそのままなのに!」
ガチャン。女が拳で食卓を殴った途端、食堂の絶え間ない喧騒が一瞬控えめになった、気がする。
 「そんな大きい声を出すな」と茶を啜りながら幹部職らしく窘めた。本当に普段、諜報の業務をつつがなく遂行できてるんだろうか。
 それでもガルルルと歯を食いしばるものだから、俺は湯呑を置くのと同時に息を吐いてみせる。
「文句を言うなら返してくれ。ごちゃごちゃ言われるために渡したわけじゃない」
 指先を伸ばした途端、女が奪うように包み紙を攫って行く。「それはいけない」とでも言うような睨み目で首を横に振る。最初から受け取るつもりがあるなら、どうのこうの言う前にそうしておけば良いのに。相変わらず面倒なやつだな。


「────これは」
赤い包装紙にくるまれていたのはゲルド族特有の焼き印が入った白木の箱。その蓋を開けた先、おがくずのような緩衝材の中に、俺が彼奴へ贈った贈り物の本体が横たわっている。
ルビーの首飾り。ゲルドの街で、昨日手に入れたばかりの品物だ。
 俺が行ってからにしてくれと言ったのに、女は問答無用で包みを開けやがった。さっさと去ろうというつもりで女の食器と俺の食器を重ねながら言った。
「女はそういうものが好きかと思った。お前の好みは知らんが、髪の色に似てたから」
「え、えっ・・・こ、こんな高級なもの・・・いいんですかっ? 私の贈り物・・・単なる手作り、なのに・・・」
「なに言ってる、時間はかかってるだろ」
 女は唇を真一文字に結んで押し黙った。
「ま、ここに居る限り、そんなものを付ける機会は無かろうがな」
 お盆を携えて立ち上がる。いい加減、昼の時間に長居をし過ぎたようだ。決して多くない席をいつまでも陣取っていては、他の団員が飯にありつけない。
 次はまた数日後、と振り返ったとき、その言葉を、俺は最後まではっきりと口にしなかった。
 いそいそと襟足の辺りに両手を回した女。そいつがパッと顔を上げて居住まいを正すと、胸にきらりと光る赤い宝石がある。
 首筋を飾るルビー。炎の力が宿るといわれるそれは、俺の見立て通りかつての女の髪色そのままだった。
「・・・いいんじゃないか、悪くない」
 その途端、女がにへら、と相好を崩した。
 だらしない顔だ。だが俺も似たようなものかもしれない。
 なんでかやけに笑えてくる口元。それを仮面の下に隠せていたのは、俺にとっての僥倖だったに違いなかった。
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