2024/11月(1~6)

 荒涼としたゲルドの地は、夜に酷く気温が下がる。びょうびょうと吹き付ける風は肌を叩くようで、痛みを伴う寒さは、実際に傷として残るんじゃないかと思うほど。
 街道沿いだというのに松明やランプの類もなく、高い崖の所為で星も遠いし、僅かばかり見えるだけ。提げたカンテラの乏しい灯りだけが、寒々しい漆黒の中を歩く唯一の頼りになっている。
 石礫に足を取られないよう進みながら、胸の内がじりじりと焦った。獣がいるだろうとか、魔物がいるだろうとか、そんな身の危険に焦らされてるからだけじゃない。
 形のない黒々とした夜が、そのまま心に染みわたり、侵されるようで怖かった。魔物や獣よりも得体の知れない、誰にも捕まえられない、夜の闇が。
 転げることも気にせずほとんど走っていたのは、そんな黒から逃れたかったからだ。

「どうしたんだ、そんなに息せき切って」
 幹部詰所の扉をノックした先に現れた彼は、私の姿を見て酷く驚いていた。
 肩で息をして、鼻先を赤くしながら現れたのだから当然だろう。彼は「獣か、魔物でも出たのか」と辺りを見回した。
 でも私は、小さく首を横に振る。
「違うんです、そうじゃないんです。・・・でも、幹部さんに会えたら、どうでもよくなっちゃった」
 面食らったように言葉をなくした彼が、ややあって笑ったときの息を漏らした。

 彼が、ぽ、ぽ、と部屋の蝋燭へ火を灯していく。
 ふんわりと広がっていく橙色。決して広くはない部屋だけど、私たちを守ってくれるような遺跡の壁が、夜はこんなに心強い。
 椅子代わりの木箱へ腰掛け、かじかんだ指先を握りしめていると、暫くして彼が戻ってきた。
 湯気立つ陶器のカップを差し出される。中にはウグイス色の液体。この前贈ったお茶に違いない。
 「ありがとうございます」と受け取ると、じわっと指先の冷たさが沁みだした。手の平で包んでありがたがってると、彼が隣に座ってくる。
「ほら、これを使うといい」
 彼は言いながら、私と彼の膝の上へブランケットをかけた。
 そしてもう一枚、肩にもブランケットをかけて、二人して包まれる。

「今日は特に冷えるなぁ」

 すぐさま茶を啜るのは、きっと少し、照れたからだ。
 私は彼のもどかしそうな口元を見つめて「そうですねぇ」と、暖かい胸元へ、ゆっくりと寄りかかった。

 洞穴の奥は別世界。こんなの誰が知ってるだろう。
 こんな夜のためならば、私はいつだって、暗闇を乗り越えることができるのだ。
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