2026/1月(38~67)

 山札から一枚抜いて、手札と場札を見比べる。ひとつ役を作れたが、勝負をかけるか? 幹部さんの顔を覗き込むものの──いや、こういうときの仮面ってほんとに邪魔だな。ええいままよという気持ちで「こいこい!」と宣言した直後、突如として幹部さんが、くつくつと喉奥でかみ殺したような笑みを漏らし始めた。
 まさか。場に出したのは桜に幕で、花見で一杯がそろいやがった。ちくしょう。俺の月見で一杯がッ。
 俺は「だーっ」と呻きながら手札を投げた。
「強すぎますって~、なんで札遊びすら手慣れてるんです、おかしいでしょうよ~」
「ふふ・・・幹部ともなれば場のタイミングは推し測れねばな。それこそが上に立つ者としては重要なのだ」
 炒った木の実を口に放り込み、香ばしい風味を葡萄酒で流し込むと、タイミングを見計らったようにカップが攫われていく。
 それから「どうぞ」と差し出されたおかわりを、「あざす」と受け取った。差し出してきたのは幹部の奥方で──俺達がワハワハ笑いながら正月を満喫できる要因そのもの。なんてったって、家事を一手に引き受けてくれてんだから頭が上がらない。
 数日前のことだ。最低限の荷物を携えて、幹部の奥方が「暫くお世話になります」と突如としてやって来た。年末年始になっても帰ってこない旦那の仕事場に転がり込んできたわけだ。
 聞けば二人はまだ籍を入れて日が浅いとか。年の瀬くらい二人きりでゆっくりできると思ってたところに「帰れない」となりゃあ、そりゃヤキモキもするだろう。だからって押しかけ女房するもんか? 間に挟まれる気になってくれ。
 正直「マジかよ…」と思ったもんだが、奥方は抜け目なかった。「これ、つまらないものですが・・・」と渡してきたのは袖の下バナナ。更には家から持ってきたありったけの葡萄酒・麦酒、つまみの数々。
「アッ!俺のとっておきがッ」 「家に帰ってこられないんだから、ここで飲めば良いでしょう!」
 幹部さんのお宝は、こうして年の瀬に配されることになったわけだ。

 俺が負けたところで札遊びは一旦おしまい。そろそろ夕餉の時間で、今日は昼間に刈ってきた鹿肉で水炊きをするんだと。土鍋にはここいらで採れる旬の野菜がパンパンに詰め込まれていて、綺麗なピンク色の削げ肉が、皿の上に整列して鍋に入れられるのを待っている。
「あ、ごめんない。私ちょっと、食材を採ってきます。火だけ少し見ておいてください」
 それまで窯の前に立っていた奥さんが、思い立ったように振り返って言った。
 ほろ酔いの俺達が「うーい」と機嫌良く片手を上げる合間に、彼女が扉を抜けていく。後には、ぱちぱちと薪の爆ぜる微かな音だけが部屋に残った。
 「いやア、こんなことしてていいんですかね」と、昼間から飲んだくれていた俺は、”目出度い”を煮詰めたような状況に思わず口を開いていた。
「なーんもせずに酒飲んで飯食って・・・こんな状況から一転、仕事に復帰できるのか疑問ですよあっしは」
「ある程度は我々の裁量に任された支部勤めなんだ。少しくらいは許されたいものだな・・・なんせ正月だ」
 普段は真面目に業務へ打ち込む幹部が、これほど自分に甘いセリフを吐くとはね。「そうっすねぇ」と呟きながらまた葡萄酒を舐め、一層ぐらぐらと踊る窯元の火を眺める。
「ただまぁ、いつかは俺達も新年の挨拶をしにカルサーに行かなきゃですよねぇ。このままじゃコーガ様に申し訳が立たねえです」
「確かに直接の挨拶に越したことはないが、かといえ年賀状も出しているのだし」
 そんなことしてたのか。感心して「年賀状ですか」とオウム返しにした。そういやぁ昔に母ちゃんが「あけましておめでとうございます」って芋に彫ってたっけ。使わなかった片側はサツマイモの炊き込みご飯で食ったっけ。
「さすが幹部さんですねぇ。やっぱり俺なんかよりしっかりしてらぁ」
 ぼやきながら木の実をつまむ。同じく木の実を摘んだ幹部さんの指先がぴたりと固まったことに、口の中でカリカリやり始めていた俺は気が付いていなかった。
「・・・なに言ってる。この支部を代表した年賀状だぞ。お前にも話したろ」
「え? そうなんです? 幹部さんの個人的なやつじゃなくて?」
「俺はお前に・・・託したはず、だが・・・」
 言いながら、幹部さんの言葉がどんどんと消えていく。思ってもみないことが起こってしまった事実に、一句言い進めていくごとに気付いていったような声色だった。
 幹部さんはことりとコップを置いた。
「・・・ひとつ聞きたい。俺は年が明ける前に、お前に渡したよな。 アジトへ向かう団員がここへ立ち寄ったら、この年賀状を渡してくれと」
 俺は無言のまま小刻みに首を横に振った。知らない知らない。そんなの知らない。
 彼は両手で頭を抱え込み、「まじかよッ」と叫んで立ち上がった。
「支部勤めでコーガ様に年賀状を出してないなんてッ! まずいことになった!!」
「ね、年賀状ごときでそんな・・・大丈夫ざんしょ、今度団員が来た時で」
「バカッ、これは定期連絡を怠ってるのと同じだ! つまり俺達は本拠に自らの所属を明かしていないことになる!」
「・・・それってどうなるんです」
「義務付けられた連絡を送らないってのは、足抜けを疑われてもしょうがないってこと!」
 足抜け。即ちそれは、イーガでの裏切り、及び死。
 身体の火照りが一気に冷める。こうしちゃいられないとバタバタ旅の準備を進め、太刀を穿いた幹部さんは扉に手をかけながらやにわに振り返った。
「いいかっ、俺はこれから急いで谷に向かう! 定期連絡・・・もとい年賀状が送れてなかったのは手違いで、足抜けの意思は無いと伝えねばならんッ」
「は、はい、気をつけて」
「あいつにはくれぐれも事情を伝えてくれ、すまんが後のことは任せた!」
 それから彼は木の扉をガタンッと言わせながら、外へ飛び出して行った。決して丈夫ではない扉だから普段は丁寧な開閉を心掛けているのだが、今はそんな事言ってる場合じゃない。
「あの人が飛び出して行きましたけど、なにかありましたかっ?」
 入れ違いで顔を見せた彼の奥方に「かくかくしかじかで」と説明する。すると彼女もまた、両手で額を覆った。それから「ああーっ」と一声吠えながら地団駄を踏む。
「年賀状なら私が出したって言ったのに!!」
「えっ」
「私捕まえてきます!もうっ、あの人はほんとに!」
 それから奥方はスカートの裾を掴んで走っていった。夜風に押され、扉がきぃ、と甲高い音を立てた。そうしてひとりでにパタンと閉まり、さんざんになった正月の空気の中でぽつねんとした。
 突如として耳に入ってくるのはぐつぐつと湯の沸く音。・・・鍋が煮立ったんだろう。蓋を開けると野菜たちがちょうど良くくったりとしていて、隣に置かれた朱色の肉たちが、今か今かと鍋に入れられるのを待っている。
 酔いはすっかりどこかにいっている。俺は酒もつまみも手を出す気になれず、夫妻が正月の空間に帰ってくるのを一人で待つばかり。
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