2026/1月(38~67)

 正月の餅つき。それはイーガのお正月で必ずおこなわれる恒例行事である。主に各班の幹部役が中心となって付き手を担い、できたての餅は全団員に振る舞われることとなる。
「じゃあ、次を頼んだな」
 臼を前に杵を託されたのは、鍛練班の幹部であった。ご多聞に漏れず毎年の餅つき大会に参加してきた男だが、今年はどうも正月らしい晴れ晴れしさがない。彼自身、その理由には検討がついている。
「ああ・・・貴方ですか」
 返し手役を担う男がせせら笑うように言う。諜報班の幹部だ。鍛錬班の幹部は、正直言って彼と折り合いが悪かった。
 鍛練班の幹部は「よろしくお願いします」と平坦に言い放つや否や、杵を大きく振り上げた。
 ベチッ。重さを利用し、最小限の力で餅に一撃を叩き込む。すかさず手水を足しながらひっくり返す諜報班の幹部。餅が未だに熱いのか、指先でモタモタと弄っているのがまどろっこしかった。そして完全に手が引っ込んだタイミングを見計らい、ベチン。
 「それでは日が暮れてしまうぞ」とヤジを飛ばしたのは、既に出来上がった餅を丸め続ける先達だ。
「ひっくり返すタイミングが遅いから」
「何を言います、杵を持ち上げる動作が遅いからでしょう」
「じゃあ何か。もっとスピードを上げても良いってのか」
「やってごらんなさいよ、どうせ重くてすぐ根を上げることになります」
 バチンッ。その瞬間、二人の戦いの火ぶたは切って落とされた。
 杵を上げた瞬間にサッと割り込んでくる筋の浮いた手の平。鍛錬班幹部は間髪入れずに杵を振りかぶり、重力で落ちるより早く臼を打つ。
 「おッ!?」と短く叫びながら、指をひっこめる諜報班の幹部。
 間一髪、指が肉餅にならずに済んだ。
「あ、貴方ねぇ!」ペッタン!
「やってごらんなさいよ、とお前が言ったんだ」ペッタン!
「だからといって指を狙う者がありますかッ、わざと以外の何物でもない!」ペッタン!
「あんたなら回避できると分かってた。ああ~ほら水が足りない、餅がくっつく!」ペッタン!
「杵自体にも水をつけるんですよッ、餅のつき方さえ分かってないとは構成員からやり直した方が良いのでは!?」ペッタン!
「あんたの水がしっかり入ってればこんなことには・・・ほら! 早く返せよ!もたもたすんなよ!」ペッタン!
 鍛練班の幹部と諜報班の幹部の罵り合いは、奇跡的に餅つきにおける丁度良い掛け合いの様相を呈していた。見る者によっては阿吽の呼吸。粒の残った餅米はつやつやとした照りの美しい餅へと変化していく。

 はぁはぁ。と肩で呼吸をする二人の合間から「見事だ、二人とも。ありがとう」と、先達が餅を回収していく。やりあっている内に餅が完成していたのだ。二人は黙って顔を見合わせた。
 口を回しながらも、彼らには分かっていた。相手の呼吸を掴み取れた瞬間があったことを。餅つきは言葉を使わさせず、二人の間をとりもった。
 「お前たちが初めに食べるといい」 先達から出来立ての餅を受け取って、彼らはおもむろに口を開く。
「・・・なかなかやるんだな。見直した」
「私も、・・・貴方のことを誤解していたのかもしれない」
「・・・食うか。餅」
「そうですね。・・・何味にしますか? やはりここはアレでしょうかねぇ」
「そうだな、やっぱりアレだよな」
「砂糖醤油」
「アンコ」
 はた。二人の動きが止まる。
 仮面を見合わせた瞬間、本日二回目となる戦いの火ぶたが切って落とされた。
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